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20話 がんばります・2

 お祝いという名のどんちゃん騒ぎは夜遅くまで続いて……騒いでいたのは主にアリアだが……後片付けを終えた頃には、夜の0時を回っていた。


「すかー……すかー……すぴぴぴー……」


 騒ぎの張本人であるアリアは、ソファーで横になって寝息を立てていた。

 本当に寝ているのか怪しい寝息だが、気にしないことにする。


「あ、あの、悠さん。アリアちゃんを客室に運んでもらえませんか? その、布団はもう敷いてあるので」

「ああ。そこで消してくればいいんだな?」

「ち、違いますよぉっ」

「冗談だ」


 フィニーはいちいち真面目に反応するからおもしろい。

 悠は笑いながら、アリアを客室に移した。


「ふぁ」


 リビングに戻ると、フィニーがかわいらしいあくびをこぼしていた。

 こういうところを見ると、女神というよりは普通の女の子のようだ。

 もっとも、ドジをやらかしてばかりなので、普段は女神に見えるかというと、それはそれで微妙なのだが。


「眠いのか?」

「はぃ……こんな時間まで起きているの、初めてなので……あふぅ」

「いつも夜の9時には寝てるもんな」

「寝てませんよ!? さすがに早すぎますっ」

「でも、フィニーはそんな体だから……早く寝ないといけないだろ?」

「お子さまって言いたいんですか!? そりゃあ、確かに私はグラビアモデルとは程遠くて、どちらかというとお子さまですが、でもでも、お子さまってハッキリ言われると、お子さまなりに……」

「どうした?」

「……じ、自分でお子さまお子さま言ってて、とても虚しくなりました……ぐすん」


 訂正。

 お子さまではなくて、やはりぽんこつだ。


 悠は心の中でそうつぶやいた。


「寝るか。いい加減、俺も眠い」

「そ、そうですね。えっと……あの、その……」


 何か言いたそうに、フィニーはチラチラと悠を見た。


「ん? どうした?」

「……い、いいい、一緒に寝てもいいですかっ!?」




――――――――――




 泣きそうな目でじーっと見つめられて、さすがの悠も断ることができなかった。


 ただ、さすがに一つのベッドで一緒に寝るわけにはいかない。

 その辺りは、フィニーも同じ考えだったらしく、悠はベッドに、フィニーは床に布団を敷いて寝た。


「あ、あのあの……こういう時は、普通、女の子にベッドを譲ってくれるものじゃあ……?」

「いきなり押しかけてきたのはフィニーだろう。俺が招いたわけじゃないのに、なんでそこまで配慮しなきゃいけないんだ」

「そ、そこは、ほら、なんていいますか、女の子に優しくといいますか……」

「かわいい女の子なら俺も考えたけどな」

「遠回しにかわいくないって言われました!?」


 ガーン、と震えるフィニーに、悠は疑問を投げかける。


「で、なんでまた一緒に寝ようなんて言い出したんだ? おばけが怖いのか?」

「わ、私、神さまなんですけど……ゴーストに負けるほど、弱くないんですけど……」

「………………あぁ、そういえば、フィニーは女神だったか」

「忘れられてました!?」

「冗談だ」

「やけに間が長かったんですけど……?」

「冗談だ」

「そ、そうですよね、忘れられていませんよね……」


 ひょっとしたら本気かもしれない。

 そう思ったフィニーは、これ以上踏み込むのが怖くて、追求を諦めた。


 とりあえず、脱線した話を元に戻す。


「えっと、その……悠さんと一緒にいると、なんていうか、勇気が湧いてくるみたいで……」

「そうなのか?」

「は、はい。その……色々と頼りにしちゃっています」

「まあ、俺はフィニーの使徒だからな。主をサポートするのが仕事だ」

「た、頼もしいです」


 フィニーの瞳に、無条件の信頼が宿りつつある。

 そのことに気づいた悠は、なんともいえない、むずがゆい気持ちになった。


 使徒になった以上、悠はフィニーの力になると決めたが……

 あくまで、無理のない範囲での話だ。

 危険を犯してまで助けるつもりはないし、無茶をする気もない。

 薄情かもしれないが、出会って少しの相手にとことん尽くす気にはなれない。


 そんなことを考えていたのに……

 フィニーは、気づいているのか気づいていないのか、無条件に信頼を寄せる。


 とても純粋なのだろう。


 そんなフィニーが、悠には少しまぶしくもあり、うらやましくもあった。


「悠さんが一緒にいると、がんばれるような気がして……だ、だから、その、もうちょっと一緒にいたいといいますか……今日の余韻に浸りたいといいますか……離れるのが、ちょっと寂しくて」

「だから、一緒に寝る?」

「は、はい……ダメですか?」

「ダメじゃないが……俺は男で、フィニーは女なんだぞ。そのこと、ちゃんと理解してるのか?」

「ぴゃっ!?」


 最もなことを指摘すると、フィニーの声がひっくり返った。

 暗くてよく見えないが、たぶん、顔は真っ赤になっているだろう。


「い、意識させるようなことを言わないでくださいよぉ……こ、これでも、そういう意味では緊張してるんですから……」

「そうだったのか。まるでわからんかった」

「が、がんばって意識しないようにしていたんです……な、何かするんですか?」

「かもな」


 心なしか、フィニーの布団が少し離れたような気がした。


「冗談だよ。俺はお子さまに興味はないんだ」

「そ、それはそれで、すごい複雑な気分になるんですが……」

「どうしろと?」

「す、すごく興味はあるけど、でもでも、襲ったりしたらいけません」

「めんどくさい女神さまだなぁ」

「あ、あのあの、迷惑ですか……?」

「……好きにしたらいいさ」

「あ、ありがとうございます」


 なぜか、フィニーが笑ったのが、ハッキリと見えたような気がした。


「でも、まさかとは思うが、これから毎日ってわけじゃないよな?」

「あ、いえいえ、きょ、今日だけです……な、なんていいますか、悠さんが隣にいるのが最近当たり前になってきて……それで、離れがたくなって……今日だけですから。明日からは、だ、大丈夫です」

「そうなることを祈るよ」


 一応、悠も男だ。

 そして、フィニーは女の子だ。


 ぽんこつではあるが、容姿はすごくかわいい。

 性格も良い。


 これから毎晩一緒に寝るとなると、さすがに過ちを犯さない自信はなかった。

 なので、安心する。


「あふぅ」


 間の抜けたようなフィニーのあくびが聞こえてきた。


「眠いんだろ? 寝ろ」

「悠さんは……?」

「俺も寝るさ。今日は疲れたからな」

「そうですね、疲れました……でも、充実した一日でした……」

「そうだな」

「私、が、がんばりますね……たくさんたくさん、がんばりますね……」

「ああ、がんばれ」

「はい……おやすみなさい、悠さん……」

「おやすみ」




――――――――――




「すぅ……すぅ……すぅ……」


 小さな寝息が聞こえる。

 フィニーのものだ。

 いびきをかかれたらどうしようかと思ったが、いらぬ心配だったらしい。


 暗闇に目が慣れて、フィニーが穏やかに寝ているのがわかる。

 今頃は、きっと良い夢でも見ているのだろう。


「……この調子ならうまくいきそうだな」


 フィニーは、過去の失敗を乗り越えつつある。

 まだ、完全に乗り越えたとは言えないが……

 少なくとも、過去と向き合う努力をする強い意思を見せている。


 このまま順調に事が運べば、そう遠くないうちにトラウマを克服できるだろう。

 そして、一人前の女神になることができる。


 その時、フィニーはどんな顔をするだろうか?

 笑うだろうか?

 それとも、泣いて喜ぶだろうか?


 その時を考えて、悠は口元に笑みを浮かべた。


「俺も寝るか」


 悠は、そっと目を閉じた。




――――――――――




 問題ない。

 きっとうまくいく。



 ……この時は、そう思っていた。

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