02話 駄女神さま、爆誕!
「ん?」
ふと、後ろで光があふれた。
見ると、教会の入り口で光の柱が立ち上がる。
光は粒子となって、やがて、人の形をとる。
「あれは?」
「あ、新しく転生する方ですね……こ、ここに来る時は、ああいう風になっているんです」
俺もあんな感じで現れたのかな?
興味が湧いて、悠は様子を見た。
光が人の形をとり……
最後に光が弾けて、メガネをかけた知的そうな青年が現れた。
「おや? ここは……」
悠と同じように、青年は不思議そうに周囲を見回した。
悠は、フィニーに言う。
「説明してきたら?」
「えっ、えっ。で、ですが……先にここに来たのは、悠さんなので……」
「俺は後でいいさ。もうちょっとここを見ていたいし」
「そ、そうですか……で、では……あちらの方を先に……す、すみません」
「だから、謝らないでいいさ」
「は、はい、すいませんっ」
この子は、謝るのがクセになっているのだろうか?
思わず、悠は苦笑してしまう。
フィニーは、新しくやってきた青年のところに歩み寄る。
「あ、あのあのっ」
「ん? なんだい、キミは?」
「わ、私は、その……し、信じられないかもしれませんが、女神、でして……」
フィニーが説明をはじめた。
悠は、少し離れたところで様子を見る。
気になるので、会話が聞こえる程度は近くにいた。
「……と、いうわけで、あ、あなたは異世界に転生することになったんです」
フィニーが説明を終えた。
青年は、しばし無言を保った後……おもむろに言う。
「そうか……わかったぞ、これは夢だな?」
「え? い、いえ、あの……」
「なんてリアルな夢なんだ……もしかして、これが明晰夢というやつか? すばらしい。僕は今、なんて貴重な経験をしているんだ」
「で、ですから、そうでなくて、ですね……」
「この記憶は、起きても覚えていられるのだろうか? できれば、この経験をレポートにしたいところだが……うーむ、何か良い方法はないだろうか?」
「はぅ……は、話を聞いてくれないよぉ……」
……見ていてかわいそうになってきた。
というか、あの女神、もうちょっとうまく説明できないものか? 新人のセールスマンの方が、まだ口が達者だ。
そもそも、押しに弱い。流されてばかりだから、話を聞いてもらえないのだ。それもこれも気が弱いせいなのだろうか? まだ会って5分と経たないが、フィニーが気の弱い女の子ということは理解した。
見ていられなくなった悠は、フィニーに代わって青年に話しかける。
「あー、もしもし? ちょっといいか?」
「む? 僕以外に人がいるなんて……おや。よく見たら、女の子もいるじゃないか。ますます素晴らしいな。色々とできる」
「色々ってなんのことだ。犯罪か、こら」
「これは僕の夢だ。夢だから、何をしても問題はないだろう」
やばい、こいつ、犯罪者の思考だ。
冷や汗を流しつつ、悠は会話の主導権を必死に握る。
「違う違う。これは夢じゃない、現実だ」
「なにをバカな。こんな現実があってたまるか」
「まあ、信じられない気持ちは理解できるけどな。えっと……さっきも説明を受けたかもしれないが、ここは、簡単に言うと死後の世界なんだ」
「死後の世界……だと?」
「そう。お前は死んだんだ」
「バカな、そんなことが……いや、待てよ? 僕は、あの時、車に……」
「どうやら心当たりがあるみたいだな」
「そう、なのか……僕は死んでしまったのか……」
「気持ちはわかるよ。残念だったな」
「気軽に言うな! 君に僕の何がわかる!? 死んでしまったんだぞ!? 死んで……死んでしまったんだ……」
「わかるさ。俺も、死んでここに来たんだからな」
青年が驚いたように目を丸くする。
それから、悠に共感するような視線を向けた。
同族ということで、多少は気を許したらしい。
「僕は、これからどうなるんだ……?」
「異世界に転生するらしい。そこで、新しい人生をやり直すんだ」
「……まるで漫画だな」
「昆虫とか魚に生まれ変わるよりはいいだろ?」
「はは、それもそうだな……」
「で、なんか、能力を一つもらえるらしいが……フィニー? さっきのカタログ、貸してくれないか?」
「……あっ、は、はい! ど、どうぞ」
フィニーからカタログを受け取り、青年に見せる。
「この中から能力を一つ選んでくれ。あ、暗くなっているのは選べないから注意な」
「ふむ……では、この『絶対記憶力』で頼む」
「そんなんでいいのか?」
「記憶はとても重要だ。時に、記憶は知識にもなり、武器にもなる。僕にとって、これ以上ないくらいの能力だよ」
「おお、そう言われてみればそうだな。記憶力があれば、その分知識が増えるってことだもんな。確かに使い勝手が良さそうだ。うらやましい能力だな」
「ふむ、なかなか話がわかるじゃないか」
「ってわけだ、フィニー。さっそく能力を与えてやってくれ」
「は、はいっ、わかりました!」
フィニーはあたふたとこちらに駆け寄ってきた。
びたんっ!
途中、何もないところで転んだ。え、えへへと、笑ってごまかしながら、ようやく青年のところに移動した。それから手の平を青年に向けて、集中するように目を閉じた。
英語のような、聞きなれない言葉を口にする。
魔法というやつだろうか?
フィニーの手の平から光があふれた。
光は青年を包み込み、ゆっくりと体の中に入っていく。
「ふぅ……こ、これで完了です。転生したら、能力が備わっているはずです……です」
「そうか、ありがとう」
「じゃあ、出口はあそこだ。魔法陣の上に移動すれば、自動的に異世界に転生できる……だよな?」
「は、はい」
「というわけだ。またな……っていうのも変か。あんたの新しい人生が良いものになるといいな」
「ありがとう。君も、良い人生を得られることを」
青年は柔らかく笑い、魔法陣の上に移動した。
光があふれて……
そして、青年は異世界に転生した。
「……こんな感じか。ぶっつけ本番のわりにうまくいったな」
「わぁー、わぁー、わあああああっ」
フィニーがキラキラとした目で悠を見た。
アイドルを見るような、憧れと尊敬の眼差しだ。
「す、すごいですっ……あんなに、スムーズにできるなんて……」
「さっきのおっさんと違って、話が通じるヤツだったからな。大したことじゃないって」
「い、いえっ、そんなことありません、すごいことです! す、素晴らしいですっ! わんだふるですっ! びゅーてぃふぉーですっ!」
「それ、褒めてんのか?」
そこはかとなくバカにされているような気もした。
「それはともかく、仕事、横取りして悪かったな」
「い、いえ……その、すごく助かりました。きっと、私だったら、うまくできなかったと思いますから……」
「そうなのか?」
「は、はい……あの、その……私、引っ込み思案というか、人見知りというか……こ、こんな性格なので、うまく話をすることができなくて……いつも失敗しているんです……ぐすっ」
こういう時は、「そんなことないよ」とか「今日は調子が悪いだけだよ」とか、そんなことを言って励ました方がいいのだろうが……
だよな、と思わず悠は納得してしまう。
こういう物語に出てくる女神や神さまは、毅然としていて、とても立派な人物だ。人々を優しく導いてくれる。
しかし、フィニーは違う。
おどおどしていて、頼りなさが全開なので、『この子に任せて大丈夫なんだろうか?』という不安を覚えてしまう。
一言で言うのなら、『ぽんこつ』なのだ。
「うーん」
これから悠も転生するわけだけど……
どうにもこうにも、フィニーのことが気になってしまう。もちろん、恋愛的な意味じゃない。
例を挙げるならば、初めてのおつかいに出た子供を見つけた時のような感覚だ。
うまく買い物ができるだろうか? と、ハラハラしながら見守るあの感覚。
そんな気持ちを抱いた悠は、素直に転生する気になれないでいた。
「あ、あのっ……!」
ぎゅうっと、胸元で拳を握りしめて、フィニーは一生懸命な顔をする。
「こ、こんなことは本当はいけないのかもしれなくて……というか、る、ルール違反なのはわかっているんですけど……で、でもでも、私、このままじゃいけないと思っていて……ほ、他に頼れる人もいなくて……あぅ……で、ですから、その……」
顔を赤くして。
必死になって。
フィニーは、大きな声で言う。
「わ……わ……わ……私のモノになってくれませんかっ!?」
一瞬、時が凍った。
「は?」
「あわわわわわっ、い、いいい、言い間違えました!? ち、違いますっ、そういう意味じゃないんですっ! 違うんです、ホントに違いますから!」
「えっと……つまり?」
「わ、私の仕事を手伝ってくれませんかっ!?」
今度はちゃんと言うことができた。
「それは、さっきみたいに異世界転生の案内をする、っていうことか? フィニーと一緒に?」
「は、はい、そうです……悠さんは、とても見事でしたので……い、一緒にお仕事をできたら、と、とても心強いと思いまして……わ、私、一人ではダメダメなので……」
「確かに、ダメっぽいな。そんなオーラが漂っている」
「慰められないで肯定されました!?」
「なんていうか、こう……女神というよりは、駄女神?」
「駄女神っ!?!?!?」
「そんくらい頼りないからな、フィニーは」
「はぅ……あうあう……ど、どうか、そのダメダメな女神に力を貸してもらえないでしょうか? 一生のお願いですからぁ」
うるうると瞳に涙を溜めて、すがりつかれた。
ますます、見捨てられなくなった。
悩んで、考えて……
「その、あの……だ、ダメでしょうか?」
「ほい」
おどおどするフィニーに、悠は手を差し出した。
その意味がわからずに、フィニーはきょとんとする。
「あ、あの……この手は?」
「一緒に仕事をするってことは、俺たち、これからパートナーになるんだろ? がんばっていこうぜ、っていう握手だよ」
「あっ……そ、それじゃあ!」
「おう。これからよろしくな」
「は、はいっ。こちらこそ、よ、よろしくおねがいします!」
笑顔でフィニーが悠の手を握った。