16話 困った時は月の女神におまかせあれ
翌日。
土曜なので、仕事は休みだ。
悠は、普段よりも長く寝て、いつもより遅い時間に起きた。
色々あったから、疲労が溜まっていたのかもしれない。
「おはよう」
「お、おはようございます」
リビングに移動すると、フィニーの姿があった。
先に起きていたらしい。
「おっはよー! ご飯食べる?」
「いや、もうすぐ昼だから、今はいい」
「じゃあじゃあ、その分、昼は豪華にしてあげるね」
「期待してやるよ」
「デフォルトで上から目線!? っていうか、ツッコミ入れてよー」
アリアが、当たり前のような顔をして家に上がり込んでいた。
「どうしてここに?」みたいなリアクションを期待していたらしいが、悠がスルーしたため、ダダをこねる子供のような声をあげた。
案外、寂しがりやなのかもしれない。
「はいはい、なんでアリアがここにいるんだ? 飯をタカリに来たのか?」
「ボクのこと、食いしん坊だと思ってない?」
「思ってるぞ」
「肯定された!?」
「むしろ、それ以外の何者でもないだろ」
「ボクどんな存在なの!?」
「妖怪飯タカリ魔」
「妖怪にランクダウンした!?」
朝から騒がしい女神だった。
やれやれ、と悠はため息をこぼすが……
フィニーは口を開かないで、うつむき加減でじっとしている。
昨日のことがまだ尾を引いているらしい。
そんなフィニーの様子を見て、アリアがコソコソと話しかけてくる。
「ねぇねぇ、フィニーちゃんどうしたの? もしかして、やっちゃった? 使徒くん、やっちゃった?」
「何をやったのか知らんが、適当なことを言うな」
「じゃあ、どうしたのさ?」
「あー……まあ、アリアならいいか」
友達なら事情を話してもいいだろう。
それに、他人の意見を聞きたいところだ。
そう判断した悠は、昨日の出来事を説明した。
「なるほど、そんなことが……」
「気にするな、とは何度も言ったんだが……まあ、見ての通り、効果はないな」
「フィニーちゃん、優しいからね。自分よりも他人のことを気にしちゃうタイプだから、気にするな、って言われても無理があるよ」
「まあ……それは同意するよ」
フィニーは優しい女の子だ。
誰かのために。
そのことだけを思い、より良い結果を求めている。
だからこそ、失敗した時は、人一倍落ち込んでしまう。
どうして、そこまでするのか?
その理由を悠は知らない。
でも、そこまでがんばるフィニーだからこそ、応援したいと思う。
「どうしたらいいと思う? アリアの小さい脳をフル活用して、良いアイディアを出してくれないか?」
「人にものを頼む態度じゃないよねぇっ!?」
「俺、不器用なんだ」
「そんな言葉で済まされるかぁっ!」
「まあ、本気はこれくらいにして」
「冗談じゃなかった!?」
「何か良い案はないか? 俺も手詰まりでな」
「そうだねぇ……」
腕を組んで、小首を傾げて、考えるアリア。
ほどなくして、ぽんっと手の平を打つ。
「よしきたっ、このボクに万事おまかせあれ」
「何か思いついたのか?」
「根本的な打開策じゃないけどね。一時的な治療法みたいなもの」
「今はそれでもいいさ。どうすればいいんだ?」
「今のフィニーちゃんは、落ち込んで落ち込んで落ち込んで、自分の存在を虫けら……ううん、ミトコンドリアのように思ってる状態じゃない?」
「お前ら、ホントに友達か? めたくそに言うな」
「ただの例えだよ」
それにしては、サラリと口にしていたが……
とはいえ、踏み込んだら余計なことを聞いてしまいそうな気がする。
悠は、深くは気にしないことにした。
「人によるけどさ、うまくいかない時って何をしてもうまくいかないじゃん?」
「だな。俺も徹夜明けで上司に無茶振りされた時は、頭が回らなくてミスばかりしたな……あの上司、ふざけたことしてくれたな。今なら殺れるか?」
「こらこら、サラっと怖いこと言わないの」
「冗談だ」
「目が本気だったけど……まあいいや。で、フィニーちゃんのことだけど、今は仕事はしない方がいいと思うんだよね。失敗しやすい状態になってると思うし、またミスしたら、トドメになっちゃうかもしれないし。となると……」
「わかった、話が読めたぞ」
「おっ、理解してくれた?」
「クビにするんだな?」
「ぜんぜん理解してなかった!?」
「ぽんこつだから、誰も文句言わないだろ」
「キミ、ホントにフィニーちゃんの使徒!?」
「獅子は我が子を谷に突き落とす、って言うだろ? あれと同じだ」
「谷どころじゃないよ! 底なしの奈落に突き落とす勢いだよ!」
「冗談だ」
「使徒くんの冗談は、ホントに笑えないんだけど……」
「要するに、息抜きをさせろ、っていうことだろ?」
アリアの考えを理解した悠は、そんな答えを口にした。
何をやってもうかくいかない時というものは、確かにある。
そういう時は、がんばっても意味はない。どツボにハマるだけだ。
無理をしないで、息抜きをするのがベストだ。
「そーゆこと。ちょうど今日明日は土日だから、息抜きにちょうどいいんじゃない?」
「しかし、何をしたものか……何かいい娯楽は知らないか?」
地球に戻ることができれば、山ほど娯楽はあるが、あいにくとそうはいかない。
行ける場所は、この教会と住居。あと、太陽の世界だけだ。
「ストーリアから北に100キロくらい行ったところに、王都があるよ。いつも賑わってて、たくさんのお店があるから、そこでデートをするといいんじゃないかな?」
「なんでデート?」
「年頃の男女がすることといったら、それ以外にないじゃん」
「……まあいいか」
ぽんこつぶりが目立ち忘れがちになるが、フィニーはとんでもない美少女だ。
そんな女の子とデートできるのは、普通にうれしい。
もっとも、フィニーの息抜きが目的なので、色々を気をつかいそうではあるが。
「でも、100キロなんて遠すぎるだろ。もっと近場でいいところはないのか?」
「ん? 100キロなんて、ボクたちにしたら大した距離じゃないよ。魔法を使えばいいんだから。速く空を飛ぶ魔法、使徒くんに教えてあげるね」
アリアから魔法を教えてもらう。
ついでだから、便利な魔法をもっと教えてもらおうか?
悠は、ふと思うが……
やめておくか、と後回しにした。
今はフィニーを優先しないといけない。
「じゃあ、さっそくフィニーちゃんを誘ってきなよ」
「アリアは一緒に行かないのか?」
「デートを邪魔するほどボクは空気が読めない子じゃないよ」
「そのニヤニヤした顔がイラッとくるな」
良いアイディアを教えてもらったこともあり、悠は我慢した。
部屋の隅でどんよりしているフィニーに声をかける。
「フィニー、今ヒマだよな? ちょっと出かけようぜ」
「いえ……そ、そんな気分じゃないので、悠さんお一人でどうぞ……私なんかが一緒にいたら、その、不幸な目に遭ってしまうかもしれませんし……ぽんこつですから……」
アリアと話し込んで放っておいた間に、ネガティブ思考が加速して、なかなかめんどくさい状態になっていた。
わざわざ説得していたら、それだけで一日が過ぎてしまいそうだ。
そう判断した悠は、猫を掴むように、フィニーの首根っこを掴んだ。
「ぴゃっ!? な、ななな、なんですか!?」
「いいから行くぞ」
「で、ですから、私は……」
「拒否権はなしだ」
「そ、そんな無茶な……えっと、えっと……悠さんは私の使徒なんですから、その、言うことを聞いてください」
「そうだな、俺はフィニーの使徒だな。言うことを聞かないといけないな」
「わ、わかってくれましたか……」
「だが断る」
「えぇっ!?」
この台詞、爽快感が半端ないなぁ……
悠は、妙なことを考えながら、フィニーを引きずり教会に移動した。
後ろから、「がんばれー」なんてアリアの声が聞こえてきたが、とりあえず無視した。
というか、アリアは主不在の住居に居座るつもりなのだろうか?
そして、また勝手にご飯を食べるつもりなのだろうか?
……まあいいか。
考えるのが面倒になって、悠はアリアのことは気にしないことにした。
「ど、どうするんですか? その、異世界に行くんですか? 休日出勤ですか?」
「そんなことしてたまるか。俺はもう、社畜は卒業したんだ」
「そ、それじゃあ、どうして……?」
「今からデートするぞ」
「あ、そういうことですか」
納得したように、フィニーはコクリと頷いて……
「デートぉっ!?!?!?」
一瞬遅れて言葉の意味を理解したらしく、ボンッと顔を赤くした。
「え? え? えええぇ? ど、どうして……あの、その……」
「質問なら後にしてくれ。今から転移するから、喋っていると舌を噛むぞ」
「そ、そんなこと言われても、なにがなんだか……むぎゅっ!?」
悠の忠告も虚しく、転移の衝撃でフィニーは舌を噛むのだった。