13話 奪われた能力
日は巡り……
異世界に赴いて、転生者の様子を見る日がやってきた。
「準備はいいですか?」
「ああ、問題ない」
「で、では、行きましょう」
悠とフィニーは魔法陣に乗り、異世界に転移した。
光に包まれて……弾ける。
目の前に広がる青空と白い雲。
そして、重力に引かれて落ちていく浮遊感。
「アンチ・グラビティ」
フィニーに続いて、悠は空を飛ぶ魔法を唱えた。
先日、フィニーに教えてもらったのだ。
さすがに、前回と同じ轍は踏まない。
少しずつ高度を下げながら、フィニーに問いかける。
「今日はどこに?」
「す、ストーリアです」
「またあの街か? っていうか、あの街しか行ってないよな?」
「あ、あそこは冒険者が集まる街なので……転生者の方々は、その、冒険者になることが多いので……」
「なるほどな。なんとなく、理解した」
異世界を冒険する、なんて娯楽は地球にはない。
未知の刺激だ。
異世界に転生したら冒険者になって、思う存分に旅をする、という刺激に憧れる人は多いだろう。
かくいう悠も、異世界転生と聞いてわくわくしたものだ。
ゲームは漫画のような活躍を想像し、胸を踊らせた。
もっとも、今は女神の手伝いなどという立場にいるが……
「まあ、これはこれでアリか」
「何か言いました……?」
「なんでもない。そろそろ街に着くぞ」
悠とフィニーは、ストーリアから少し離れた草原に降り立った。
人に見られないように配慮してのことだ。
歩いて街に入る。
「チャチャッと、手早くいくか。足を引っ張るなよ?」
「あぅ……そ、そんなことはありませんよぉ……」
「言い切れるか? ヘマをしないって、断言できるか?」
「…………………………で、できます」
「すごい間を作った上に言葉につまってるんじゃねぇっ!」
「ぴぃっ!?」
もはや、どちらの立場が上かわからない二人組であった。
――――――――――
「の、能力が消えた……!?」
転生者の様子を確認すること、しばらく……
三人目の様子を見に来たところで、事件が起きた。
三人目の転生者は、街で薬屋を営んでいた。
店に入ると、すぐに見つけることができたが……様子がおかしい。この世の終わりのような顔をしていた。
まだ若い青年なのに、中年のように老け込んで見えた。
事情を聞いてみると、能力が使えなくなったと言う。
「ど、どういうことですか?」
「わかりません……ある日突然、使えなくなっていて……」
「えっとえっと……クレスさん、ですよね? あなたの能力は、確か……
「『コピー』です。どんなアイテムでも複製できる、という能力ですね」
「へぇ、便利な能力だな。そいつがあれば、簡単に儲けられそうだ」
「はは、そうなんですけどね。なんか、悪いことをしてるみたいで、そういうことはなかなかできなくて……」
「じゃあ、何に使ってたんだ?」
「俺、薬を作ってるんですが、その素材となる薬草をコピーしてたんです。薬草の採取って、けっこう危険だったりするんで……でも、能力があれば一度採取するだけで、もう取りに行く必要はないので」
「なるほど、良い使い道だな」
「ありがとうございます。ですが……」
「能力が消えた……か」
ちょいちょいとフィニーを手招きして、悠は二人で話をした。
「俺は詳しくないから聞くが、能力が消えるなんてこと、あるのか?」
「い、いえ……そんなことありません。他の世界でそんなことがあった、なんて話も、その、聞いたことがありません」
「スランプのようなものに陥って使えなくなることは?」
「そ、それもありません……ない、と思います……ない、ですよね?」
「俺が聞いてるんだろうがこの駄女神!」
「ぴぃっ!? す、すいませんっ」
フィニーの知識は微妙にアテにならない。
そう判断した悠は、クレスに話を聞いてみることにした。
まずは、詳しい事情聴取が基本だ。
「具体的な話を聞きたいんだが、能力が使えなくなったのはいつだ?」
「つい最近ですね。えっと……ちょうど一週間前です」
「ふむ……それまでは、問題なく使えてたんだな?」
「はい。使えなくなる前日も、たくさんコピーしたので」
「一週間前、何か変わったことはなかったか? どんな些細なことでもいい。いつもと違うことがあったら教えてくれ」
「そうですね、えっと……」
記憶を掘り返すように、クレスは目を閉じて考えた。
そのまま、考えることしばらく……
「あっ」と、何かを思い出したようにつぶやいた。
「そういえば、妙なお客さんが来ました」
「妙? どんな感じに?」
「黒いローブを着ていたから、顔は見てないんですが……雰囲気が独特というか、イヤな感じがしたというか……」
「そいつは、何かおかしなことをしたか?」
「いえ、普通に薬を買って帰りましたが……なぜか、握手を求められました。良い薬だ、って言われて」
「応えたのか?」
「まあ、褒められてるのに断るのもどうかと思ったので……ただ、1分くらい握手してたんですよね」
「なるほど……」
悠は頭の中で情報を整理する。
ローブを着た素性の怪しい男。
独特の雰囲気があり、イヤな感じがした。
男はクレスと一分近く握手をしていた。
ローブの男が怪しいことは間違いない。しかし、その先がわからない。
いったい、ローブの男はクレスに何をしたのだろうか?
「あっ」
何か思い出した様子で、フィニーが小さな声をあげた。
「どうした? フィニーのくせに何かわかったのか?」
「わ、私のくせに、っていうのは余計ですよぉ……」
「いつもぽんこつなんだから、たまには良いところを見せろ。で、何か心当たりが?」
「あ、はい。その、握手、っていうのが気になって……い、今思い出したんですけど、接触することで相手の力を奪うことができる、っていう能力があったのを思い出して……別の転生者に、その、与えたことがあって……そ、その人だとしたら、クレスさんの能力を奪うこともできたんじゃないかな、って」
悠は頭が痛くなるのを感じて、こめかみの辺りに手をやる。
「あ、あのあの……ど、どうしたんですか?」
「どうもこうも使用用途が犯罪しかなさそうな能力を気軽に与えるあほがどこにいるこのあほがぁっ!!!」
「ぴぃっ!? あ、あほって二回言われました!?」
「あほだからあほと言ったんだ! このどあほうっ!」
「はぅあぅ……あ、あの時は、よかれと思って……悪人をこらしめる義賊になりたい、って言ってたので、つ、つい……」
「はぁ……そういうことを真に受けるな。世の中、悪人だらけなんだぞ?」
「で、でもでも……人を疑うよりは、信じる方がいいですよ……?」
そう言われたら、悠は何も言い返せなかった。
「まあ、犯人も転生者っていうなら話が早い。フィニー、そいつのことを教えてくれ」
「わ、わかりませんよ……?」
「……なんだって?」
「えっと、その……その人、せ、整形して名前も変えて……まったくの別人になってしまったので、どこにいるかデータがなくて……」
「そんなヤツを放置しておくなぁあああああっ!!!」
「すいませんすいませんすいませんっ!!!」
とにかくも、ここでフィニーを責めても仕方ない。
悠は、深呼吸をして気持ちを落ち着けた。
頭をフル回転させて、今後の方針を練る。
「……よし」
「あ、あのぉ……?」
「フィニー。転生者かどうか、判別する方法はあるか?」
「は、はい。それは魔法を使えば」
「それと、奪われた能力ってのは、返すことができるのか?」
「は、はい。没収した能力は、ぜ、全部私のところに戻ってきますから……それから、また与えれば問題ありません」
「なるほどな。クレス、安心してくれ。あんたの能力は、ちゃんと取り返してくる」
「ほ、本当ですか?」
「ああ。俺とフィニー……いや、俺に任せてくれ」
「な、なんで私を除外したんですかぁ!?」
「理由を聞きたいか? 聞きたいなら、細部に至るまで、ねっちりじっくり話すぞ?」
「……や、やっぱりいいです……ぐすんっ」
なんとなく、言われることを想像したのだろう。
何も言わないうちから、フィニーは涙目になっていた。
「あの、犯人がわかったんですか?」
「いや、わからない。話を聞いただけで特定できるほど、この世界のことを知ってるわけじゃないからな」
「え? それじゃあ、どうやって……?」
「さ、さては当てずっぽうですね? も、もしくは、適当なことを言ったか。ゆ、悠さん、そんなことはいけませんよ」
「ぽんこつと一緒にするな、このぽんこつ」
「ついに女神も略されました!?」
ガーンとショックを受けるフィニーは放っておいて、悠は自分の推理を話す。
「クレスの能力はとても便利なものだ。金をコピーすれば、簡単に金持ちになることができる。俺も、真っ先にそう考えたからな」
「ゆ、悠さん、意地汚いです……ぴぃっ!?」
余計な口を挟んでくるフィニーにでこぴんをしつつ、悠は話を続ける。
「普通のヤツなら、金をコピーする。他人から能力を奪う悪党ならなおさらだ。そうやって金をコピーしたら、悪党は次に何をする? もちろん、金を使う。良い能力を手に入れて気分がよくなってるだろうから、きっと派手に金を使うだろう。だから、この一週間で急に羽振りがよくなったヤツを調べる。その中に転生者がいたら、そいつが犯人だ」
「な、なるほど……悠さん、さすがです。その、あの、ちゃんと考えていたんですね」
「主が頼りなさすぎるから、色々と考えてるんだよ」
「はぅ……わ、私、ディスられまくっています……」
「落ち込むなら後にしろ。ほら、行くぞ」
「ど、どこにですか?」
「街で聞き込みをするんだよ。居場所がわからないなら、足で探すしかないだろ」
「わ、わかりました……が、がんばりますっ」
フィニーががんばると、ロクな結果を生まないことを理解しつつある悠は、心の中でがんばらないでいいぞ、と思った。
「あのっ、よろしくおねがいします!」
「ああ、任せておけ」
クレスにしっかりと頷いてみせて、悠とフィニーは外に出た。