12話 特訓です!
どうすれば転生者をうまく管理することができるか?
悠とフィニーは、夜遅くまで話し合い……
『特訓しよう!』という結論に達した。
より具体的に言うと、フィニーの性格をなんとかする、というものだ。
異世界転生をスムーズに行えないのは、フィニーの自信のない性格に問題がある。
自信がないから、うまく説明をすることができず……
自信がないから、自分のペースを掴むことができない。
自信たっぷりとまでは言わないが、ある程度、自分を信じることができるようになれば、だいぶ改善されるだろう。
それが、悠の出した結論だ。
では、自信をつけるためにはどうすればいいか?
――――――――――
「というわけで、特訓だ」
「と、特訓ですか……?」
教会に移動して、仕事に備える。
その前の空いた時間に、悠はフィニーにそう伝えた。
「フィニーのゼラチンのような根性と自信を、俺が叩き直して、鍛え上げてやる」
「ぜ、ゼラチン……あの、それは言い過ぎじゃあ……?」
「そうだな。ゼラチンは妥当じゃないか。なら、こんにゃくにしておくか」
「違いがわかりませんっ!?」
「それくらい、フィニーの根性と自信はふにゃふにゃで、あっさり折れる、っていうことだ。否定はさせないぞ?」
「そ、それは……はい、そうです……私はこんにゃくです……」
言われるまま認めてしまうあたり、悠の言葉は大体合っているようだ。
これは、相当重症だな。
悠は頭を抱えたくなるのを我慢しながら、改善案を口にする。
「自信をつけるっていうのは、本来なら一朝一夕でどうにかなるもんじゃない。毎日コツコツと訓練して、ようやく改善されるものだ。が、そんな時間はない。これから毎日、フィニーの尻拭いをさせられるのは面倒だからな」
「あのあの……そ、そういう本音は黙っていてもらえたら……わ、私、傷つくんですけど……」
「陰でコソコソ言われるよりマシだろ。それとも、そうされた方がいいのか?」
「あぅ……どっちもイヤです……」
「なら、少しはマシになってみせろ」
「は、はい……」
「俺のことは、サーと呼べ」
「さ、さー?」
「返事はイエス、だ!」
「い、いえすっ」
「声が小さい!」
「イエス、サー!」
「聞こえないぞっ、もう一度だ!」
「イエスっ、サー!!!」
うろ覚えの知識ではあるが、悠は軍隊の訓練を施してみることにした。
軍事訓練は戦う術だけではなくて、激しい戦闘に耐えられるだけの勇気と頑丈な精神力を身につけることができる。
今のフィニーに一番必要なものだ。
「今の貴様は人間ではない。ウジ虫だ。いや、それ以下の存在だ。何もできず、ただ飯を食べるだけの無能だ」
「ひぅ……ひ、ひどいです……」
「黙れ。誰が口答えしていいと言った? 貴様が喋っていい言葉は、イエスかノー、それだけだ!」
「い、イエス!」
「いいか? 貴様は存在価値のない、どうしようもない無能だ。ゴミ同然の存在だ」
「は、はぃいいい……」
「貴様のような無能を一人前にしなければいけない俺の苦労がわかるか? わかるまい。これならば、まだ犬に芸を仕込む方が楽というものだ。だがしかし……」
確か、こんな感じで罵声を浴びせて訓練をさせて、最後に褒めればいいんだよな?
映画で得た知識を頼りに、悠はフィニーに訓練を施した。
――――――――――
「私はダメダメな無能です……駄女神です……存在価値ゼロのミジンコさんです……」
フィニーは虚ろな目をして、小さな声でぶつぶつとつぶやいていた。
「……しまった、やりすぎたか」
途中から、悠もノリノリになって、がんばってみたのだけど……
その結果が、コレだ。
自信をつけるどころか、完全に心が粉砕されてしまった。
軍隊の訓練は、完全に失敗だった。
「おーい、フィニー。聞こえてるか?」
「私はミジンコさん……ミジンコさん……ミジンコさん……」
「てりゃ」
「いたっ!?」
デコピンをすると、フィニーが軽く飛び上がった。
衝撃で我に返ったらしく、ハッとした様子で、キョロキョロとする。
「あ、あれ? 私、何をして……? な、何か、とんでもなくひどい目に遭っていたような……」
「……気にするな。それは夢だ。悪い夢を見ていたんだ」
さすがの悠も罪悪感を覚えて、ごまかしておいた。
「えっと……その、特訓はどうなったんでしょう……?」
「あー……失敗だ」
「そうですか……やっぱり、ダメでしたか……」
やっぱり?
その言葉に引っかかりを覚えた悠は、疑問をぶつけてみる。
「やっぱり、って言うと?」
「えっと、その……悠さんが来る前のことですけど、わ、私、なんとかしようとしたことがあって……色々と試してみたんです。自信をつける方法を調べてみたり、その、心が落ち着く薬を飲んでみたり……」
「なんだ。今日が初めての特訓ってわけじゃないのか」
「わ、私も、このままでいいなんて思っていませんから……でも」
「うまくいきませんでした」と、暗い顔でフィニーは言葉を付け足した。
自信をつけるために、毎日コツコツと、小さいことに取り組んできた。
自分を褒めてみた。
猫背にならないように気をつけて、姿勢を正してみた。
精神安定剤などを飲んでみた。
しかし、効果は現れない。
今も昔も、フィニーは変わらないままで……
『成長』という要素は見られなかった。
「……と、いうわけなんです」
「なるほどな。自分でも、色々と試してたわけか……でも、効果はない」
「はい。だ、だから……もうほとんど諦めていて……私は、ずっとこのままなのかな、って」
「ずっと、ってことはないだろ」
フィニーの暗い感情を吹き飛ばすように、悠は間髪入れずに否定した。
まっすぐに顔を見て。
目と目を合わせて。
言葉を心に届ける。
「人は変わるものだ。変わらないヤツなんていない。変わるからこそ、『人』なんだ。まあ、フィニーは神さまだけど、その辺りは変わらないだろ」
「で、でも……ぜんぜんうまくいかなくて……」
「何かしらきっかけが必要なんだろうな」
「きっかけ……ですか?」
「俺が思うに、フィニーが自信を持てない原因は過去の失敗にある。転生者が魔王になりかけた、っていうアレだ。その失敗がトラウマになって、フィニーの成長を妨げてるんだよ」
「それは……」
「そのトラウマを乗り越えることができれば、フィニーは成長できると思う」
「ど、どうすれば……?」
すがるようなフィニーの視線を受けて……悠は、静かに顔を横に振る。
「わからない。内容が内容だけに、これだ、っていう方法は思いつかないな。けっこう難しい問題だ」
「そうですか……」
「トラウマってもんは、解決方法は人それぞれだからな。こればかりは、なんとも言えない」
自転車で怪我をして、自転車に乗れなくなった人がいるとしよう。
どうすれば、再び自転車に乗れるようになるか?
勇気を出して自転車に乗ることで、一気に解決する場合もある。
一から自転車に乗る練習をして、時間をかけることで解決する場合もある。
人それぞれなのだ。
『心』というものが関わっている以上、解決方法は一つじゃない。
こうすることが正しい、なんて無責任で適当なことは言えない。
「一つ言えることは……いつか解決できる、ってことだ」
「で、できますか……? 私なんかに……?」
「できる」
悠は断言した。
……本当に解決できるかどうか、実のところ、悠は知らない。
心の専門家でもないし、預言者でもないし、答えなんてわからない。
でも、大事なのは、他人が背中を押してあげることだ。
動けなくなっていたら、そっと背中を押して支えてあげること。
それこそが重要なのだ。
そのことを悠は理解しているから、あえて断言してみせた。
「だから、もっと自信を持て。前を見ろ。すぐに、っていうわけにはいかないかもしれないが、その間は俺が支えるよ。前もそう言っただろ?」
「は……はいっ」
「まあ、しばらくは現状維持でいこう。無理に直そうとしても、ロクなことにならないってわかったからな。仕事をこなしつつ、トラウマを乗り越える方法を探す、ってことでいいな?」
「が、がんばります……あの、その……め、迷惑かけますが、よろしくお願いします」
「ああ、お願いされた」
ぽんぽんと、悠はフィニーの頭を撫でた。
子供扱いしないでくださいと、フィニーが頬を膨らませる。
穏やかな雰囲気の中……悠は、フィニーのことを考えていた。
実のところ、トラウマを解消する方法は、一つだけ心当たりがあった。
しかし、それを実行することは難しい。色々と条件が必要なのだ。
うまい具合に条件が満たされればいいが……
果たして、どうなることか。
これからのことを考えて、悠は小さな吐息をこぼした。