11話 駄女神さまのいつもの日常
日曜日が終わり、月曜日が訪れる。
一週間の始まり。
仕事の始まり。
「まったねー」
仕事があるアリアは、自分が担当する異世界に戻った。
しっかりと、朝食を食べていった。
とりあえず、悠は玄関に塩を撒いておいた。
悠とフィニーは、そんな朝を迎えて……
そして、異世界転生を管理する仕事が始まる。
――――――――――
「よっ、よよよ、ようこそいらっしゃいましたー!」
「歓迎してどうするんだ。あほかお前は。ああそうか、あほだったな」
「あ、あほあほ言わないでくださいぃいいい……」
さっそく、一人目の転生者を迎えるが、フィニーは居酒屋のような歓待をしてしまう。
愛想がないよりはマシかもしれないが、一応、転生者は死んだ身なのだ。それなのに歓待されても、普通にうれしくないだろう。
「な、なんなんだ、ここは……? 私は、どうしてこんなところに……」
新たにやってきたのは、スーツをピシッと着こなしたビジネスマン風の男だった。
できる男、という雰囲気が漂っている。
右手首にロレックスの時計をつけているのを見ると、やはり、それなりに能力が高いのだろう。
「ほら、落ち着け。手の平に『人』って書いて、それを飲み込むんだ」
「は、はいっ……んっ……けほっ、こほっ」
むせた。
ダメだこいつ。
悠は呆れたように、むせるフィニーにジト目を向けた。
フィニーに任せていたら、いつまで経っても終わりそうになり。
残業があるかわからないが、仕事を溜めてしまうのはよくない。
仕事はその日のうちに消化して、次なる仕事に備えなければいけないのだ。
生前の社畜魂に火が点いた悠は、フィニーを放っておいて、自分で対処することにした。
「ようこそ、死後の世界へ」
「な、なんだと? キミは今、なんて言ったんだ?」
「なかなか認められないかもしれないが、ここは死後の世界だ。つまり、あなたは死んだ、ということになる」
「そんなバカな。そうか、これは夢だな? こんな悪い夢を見るなんて、疲れが溜まっているのかもしれないな。今度の取引を終えたら、有給を申請することにしよう」
「なんだと? 有給が使えるのか? くっ、ふざけやがって……俺がいた会社は、そんな制度なかったぞ……!」
「ゆ、悠さん、悠さん。妬んでいないで、は、話を進めないと……」
嫉妬にかられていると、落ち着きを取り戻したフィニーがツッコミを入れてきた。
フィニーなんかにツッコミを入れられてしまうなんて……!?
悠は愕然とした思いになりながらも、かろうじて我に返り、話を進めた。
「夢だと思いたくなる気持ちはわかる。でも、これは夢じゃない、現実だ。最後の瞬間が記憶にないか?」
「そんなことは……いや、待てよ……私は……」
心当たりがあるらしく、男は顔色を青くした。
カタカタと体を震わせる。
無理もない。
自分が死んだ瞬間……何もかも、全てを失った時のことを思い出したのだ。
冷静でいられる人なんて、まずいない。
「あ、あの、お気の毒ですが……」
「ち、違うっ! こんなことがあってたまるか、やはりこれは夢だ!」
「えっ、いえ、でも、あなたは確かに死んでしまって……」
「黙れっ! そんなこと、信じないぞ!」
「ひゃっ!?」
男は大声で喚いて、意味もなく手を振り回す。
現実を認められず、完全に錯乱していた。
「お、落ち着いてください。あなたは、その、死んじゃいましたけど、転生するチャンスがあって、ですね……」
「お、私には妻子がいるんだ! こんなところで死んでいい人間じゃないんだ!」
「お、お気の毒にです……で、ですが、あなたは星になって奥さんとお子さんを見守ることが……」
「ふざけるなっ、そんな、そんなこと納得できるはずがないっ!」
「ですが、その、事実ですし……もう、も、戻れませんし……」
「ウソだ! 帰せっ、今すぐ私を元の世界に帰せっ」
「む、無理ですよぉ……規則に反しますし、げ、現実のあなたの体は、今頃灰になって、ですね……」
「おいこら」
「ひゃんっ!?」
ぱこん、と悠はフィニーの頭を丸めた新聞紙ではたいた。
「傷口に塩を塗り込むようなことばかり言って、何がしたいんだお前は? いじめっ子なのか?」
「そ、そんなつもりはっ……私は、その、説得を……」
「説得だったのか、それは驚きだな。どう見ても、挑発してたぞ」
「がーんっ!?」
……結局。
暴れる男を必死になだめて。
異世界転生のことを説明して、受け入れてもらうまでに、多くの時間をとられてしまい……
本日の仕事の成果は一人だけ、という結果になってしまった。
――――――――――
「はぁ……」
夕食の席で、フィニーは箸を止めたまま、ため息をこぼした。
さっきから、ずっとこんな調子だ。
今日の失敗を引きずっているのだろう。
「わ、私のせい、ですよね……あんなことに、なってしまって……」
「そうだな、駄女神のせいだな」
「そ、そこは否定してくださいよぉ……優しく慰める、と、ところだと思うんです」
「俺はウソがつけないんだ」
「うぅ……意地悪です……」
がくりとうなだれるフィニー。
本格的に落ち込んでしまったらしい。
さすがにやりすぎたと思い、悠は話題を変える。
「ところで、今日来たヤツも地球人だよな?」
「はい……そうですが……?」
「この前も地球からだったけど、なんでだ? 他に11の世界があるんだろ? そこからは来ないのか?」
「あ、はい。地球……蒼の世界のみといいますか……順番が決まっているんです」
世界は、全部で12、存在する。
例えるなら、干支だ。
12の世界は、干支のように順番に並んでいる。
そして、一方通行だ。
1の世界で死んだら、次は2の世界へ。
2の世界で死んだら、次は3の世界へ。
3の次は4。4の次は5……
12の世界は、そういう形で繋がっている。
フィニーが担当する太陽の世界にやってくるのは、地球……蒼の世界の人だけだ。
そして、次の星の世界に転生させる。
「なるほど、そういう仕組みになってたのか」
「人々の魂は、その、12の世界を巡っていて……それは、必ず順番通りになっていて……な、なので、私のところには、蒼の世界の人しかやってこないんです」
「……ついでに世界のことについて聞くが、他の世界に魔法はあるのか? 逆に、機械とか科学が発展してるのは地球だけなのか?」
「そ、そうですね……大体、その認識で間違いありません。ほ、他の世界は魔法や、それに似た力があって……逆に、科学技術はそれほどではありません。い、一番は蒼の世界です……」
「そうなると、厄介だな」
「ど、どういうことですか……?」
「地球って、魔法なんてないから、そういう超常的なことは信じられてないんだ。だから、今日みたいな反応をする人が大半だと思う。超常的なことを信じてない人に、うまいこと説明して転生させるなんて、お前、ちゃんとやれるのか? 今日やこの前みたいに、俺がいつまでもやるわけにはいかないだろ」
「あう……」
ぐさっ、とフィニーの胸に何か鋭いものが刺さったような気がした。
超常現象を信じていない人に、あなたはこれから転生します、なんて言っても納得してもらえないだろう。
逆に、魔法などの超常的な力が当たり前の世界の人ならば、転生のことはわりと簡単に理解してもらえるだろう。
異世界転生を管理するにあたり、地球は、ある意味、最も説明が難しい世界だ。
それなのに、どうしてこんな駄女神が配属されているのか……
悠は頭を抱えたい気分になり、ため息をこぼした。
「あ……な、なんとなく、今、バカにされたのはわかりました……」
「お、わかったか? えらいえらい。成長してるな」
「え、えへへ、褒められちゃいました……あれ? これもバカにされてる……?」
「そんなことはないぞ。それよりも、対策を考えようぜ」
「は、はい。その、わざわざありがとうございます……」
「気にするな。俺はフィニーの使徒だし……それに、手伝うって約束したからな」
「悠さん……ありがとうございます、えへっ」
うれしそうにはにかむフィニー。
その笑顔は、優しくて温かくて……
ついつい、ドキっとしてしまう悠だった。
「ど、どうしたんですか? いきなり黙って……あの、その……わ、私、何かやらかしちゃいました……?」
「いや……なんでもない」
自覚なしに悠をやりこめていたとは知らず、フィニーは、ただオロオロするのだった。