10話 予兆
悠は眠れない夜を過ごしてた。
ベッドに横になって、目を閉じるものの、眠気は訪れない。
頭は冴えていて、あれこれと考え事をしてしまう。
異世界のこと。
神さまのこと。
転生者のこと。
……そして、フィニーのこと。
失敗に怯えるフィニーの顔が忘れられなくて、頭から離れてくれない。
「……喉、乾いたな」
――――――――――
冷蔵庫から牛乳を取り出して、喉を潤した。
わずかに残っていた眠気は消えてしまうが、代わりに、サッパリとした気分になる。
「……そういや、牛乳とか食材とか、どっから仕入れてるんだ?」
ふと疑問に思うが……まあいいか、と気にしない。
どうせ、魔法で地球から仕入れてるとか、そんな感じなのだろう。
自分の理解の及ばない超常現象のことを真剣に考えても仕方ない。
仕組みがわからなくても、そういうものだ、と理解していればそれでいい。
パソコンやテレビと同じようなものだ。
「ん?」
ふと、教会に繋がる扉がうっすらと開いていることに気がついた。
泥棒……ということは考えにくい。
仮にも神さまの住居であり、セキュリティは完璧……と、聞いている。
そもそも、他に人がいないから、泥棒も何もあったもんじゃない。
となると……
――――――――――
「やっぱりアリアか」
「やっほー、使徒くんじゃないか」
教会に移動すると、アリアの姿があった。
「やっぱり、って……ボクのことに気づいてたの?」
「いや。誰か外に出た跡があったから、アリアかな、って思っただけだ。あの駄女神さまは、夜はぐっすりだからな」
「うわ、主を駄扱いするなんて、ひどい使徒くんだね」
「実際、ダメダメだろう」
やることなすこと失敗だらけ……
というか、そもそも、物事をちゃんとやり遂げることができない。
突発的な事態に対処できず、慌てるだけ。
普通の人なら、それほど強く言うことはないが、フィニーは女神なのだ。
もっとしっかりしてもらわないと困る。
「ダメダメっていうなら、なんで、使徒くんはフィニーちゃんの使徒になったのかな?」
「ま、やる気はあるからな」
自信がなくて、すぐに自分を卑下して、どうしようもないけれど……
それでも、フィニーは逃げ出そうとはしない。
ドジをしたことは数え切れないほど見てきたが、逃げ出そうとしたことは一度もない。
失敗しながらも、なんとかしようとがんばっていた。
そういう姿勢は嫌いじゃない。
だから、悠も彼女の力になると決めた。
「なるほどねー」
悠の話を聞いたアリアは、うんうんと頷いてみせた。
「愛、だね」
「頭腐ってんのか?」
「えー、好きになった女の子の力になる、っていう方がロマンチックじゃない?」
「いや、フィニーは嫌いじゃないが、そういう目で見たことはないぞ? あんな駄女神のどこに惹かれるっていうんだ?」
「……ごめん、フィニーちゃん。かばおうとしたけど、言葉が出てこなかったよ」
「アリアもたいがいひどいな」
「マブダチだからね♪」
「親友が友達の悪口言うのか」
「愛の鞭、っていうヤツだよ」
「いらねー」
アリアはアリアで、ロクでもなさそうだ。
女神っていうのは、全員、頭のネジが数本抜けているのだろうか?
悠は真剣に考えた。
「ところで、ちょっと聞きたいんだが」
「いやん。スリーサイズが気になるお年頃なのねん」
「黙れ、パスタを茹でる鍋みたいな体をしやがって」
「パスタ鍋!? ものすっごい悪口言われた!?」
「真面目な話なんだ。いいから、黙って答えろ」
「まるっきり悪役の台詞だね……まあいいや。で、聞きたいことって?」
「飯の時の話だ。ルーテシアとかいう女神の世界が、転生者のせいでボロボロになった、って言ってたな? その転生者に関することを聞きたい」
「転生者のスリーサイズ? でも、男だよ?」
「黙れ。スリーサイズから離れろ、この絶壁が」
「心がショックで割れちゃいそう!?」
ガーン、というような顔をするアリアだけど、そんなツッコミができるあたり、まだまだ余裕がありそうだ。
次は、もっと辛辣な言葉をぶつけてみよう。
悠は、どうでもいいことを誓う。
「えっと、翠の世界の転生者だっけ? そんなこと聞いてどうするの?」
「ちょっと気になるんだ。機密保持とかあるのか?」
「うーん……まあ、使徒くんならいっか。他言無用だよ?」
しー、っと唇に指先を当ててから、アリアは転生者について語りはじめた。
翠の世界の担当者ではなくて、交流が多かったわけではないから、それほど多くのことは知らない。
ただ、聞くところによると、転生者は至って普通の人だったらしい。
強い能力を手に入れて無双することで、多少は気が強くなっていたのかもしれない。
ただ、根本的に優しい心を持っていた。
世界征服は元より、小さな悪事も働けないだろう。
少なくとも、翠の世界の女神ルーテシアは、そう判断していた。
しかし、転生者は暴走した。
己の欲望のままに生きるようになり、その牙は他人に向けられた。
やがて、世界を巻き込み、全てを己のものにしようとした。
「……と、いうわけ。なんで暴走したのか、未だによくわかんないんだよねー」
「こういうパターンだと、裏に黒幕がいた、とかだよな。そそのかされたとか、操られてたとか」
「うん、使徒くんの言う通りなんだよね。その可能性は高い。ただ、証拠がなくてねー。暴走した転生者はかなり厄介なヤツだったから、ボクたちも必死でさ。捕縛なんて悠長なこと言ってられなくて、全力で消し飛ばしちゃったんだよね」
「そいつに仲間はいなかったのか?」
「いたけど、同じく消し飛ばしちゃった」
「全力出しすぎだろ。手加減って言葉知らないのか? ああ、そうか。知らないんだな。見るからに……そんな感じだもんな」
「どんな感じ!? やめてっ、ボクを哀れみの目で見ないで!?」
ボク、脳筋なのかな? 猪突猛進なのかな?
……などと、ぶつぶつと呟くアリアは放っておいて、悠は考える。
「……似てるな」
思い返すのは、仕事を終えた後、フィニーとした話だ。
転生者が魔王のような存在になって、世界が滅んでしまいそうになった……
フィニーは、自分が能力を与えすぎたせいと言ったが……
本当にそうなのだろうか?
まともな転生者が、ある日、突然暴走して我欲を貪る。
フィニーの一件は、それとよく似ている。
もしかしたら、フィニーの一件も……
証拠は何もないが、そう考えずにはいられなかった。
「太陽の世界では、そんなこと起きてない? 兆候とかある?」
「いや……ないな。増長したあほならしばいたが、善人が悪人になったなんて話、今のところない。もっとも、俺はつい先日使徒になったばかりだから、それ以前のことはわからないが。あの駄女神なら、兆候があっても見逃してそうだ」
「そだねー。フィニーちゃん、へっぽこだもんねー」
「ずいぶんストレートに言うな?」
「だって、本当のことじゃん? 友達だからって、優しい言葉ばっかりかけるのって、なんか違う気がするし……ボクは、ケンカしてもいいから、思ったことはズバズバと言い合う仲の方がいいな」
「アリアらしいな」
出会ってまだ数時間の仲だけど、それなりに『アリア』という女神がどういう存在なのか理解できたような気がした。
良い友達がいるじゃないか。
悠は小さく笑う。
「ボクがここに来たのも、忠告っていうか……注意してね、って言いたくて。使徒くんも、十分に気をつけてね」
「わかった、気をつけるが……その『使徒くん』っていうのやめないか? 俺には、東雲悠っていう名前があるんだが」
「親しみを込めて、使徒くんって呼んでるんだよ? それに……男の子を名前で呼ぶなんて、アリア、恥ずかしい……きゃっ」
「さて、そろそろ寝るか。アリアもあまり夜更かしするなよ」
「お願いだからボケをスルーしないで……すごく切ない気分になったよ……いつも遠慮なくツッコミ入れるくせに、どうしてこういう時は無視するかな?」
「もちろん、嫌がらせのためだ」
「清々しい笑顔で言い切られた!?」
ガーン、というような顔をするアリアを置いて、悠は教会を後にした。
住居スペースに戻り、自室に移動する。
「……どうも、イヤな予感がするな」
悠は、若くして色々な経験を積んできたからか、勘が冴えているとこがある。
自然と物事の違和感や矛盾を感じ取ることができるのだ。
そんな悠の直感が、悪いことが起きる、と告げていた。
それが、悠に関することなのか。
それとも、フィニーに関することなのか。
あるいは、まったく別のことなのか。
今は、予想もつかない。
「何も起きてくれるなよ……俺は、のんびりが一番なんだ」