第六話 最強の仲間
2015/12/16 文構成を修正実施
「ゲーム以外で、仲間を見つけるねぇ・・・」
上杉は自室にある机の椅子の背もたれにもたれ、天井を見ながら呟く。
現実世界では、なるべく目立つ行動をしたくなかった上杉は、リレイズをプレイしている事も周りの誰にも話してはいなかったが、アステル社のクエストを達成した事によって、今は知る人ぞ知る有名人になり、今でもリレイズをやっているユーザーから言い寄られる事も多かった。
同じゲームをしている人間は皆ライバルで、互いに切磋琢磨し高みを目指す関係だと上杉は常にそう考えていて、仲間の川上や清水とは、互いの実力を認め合い目指す方向性が同じだから一緒にいられる。
この関係は今の所は上手くいっているが、ゲームの世界でのパーティーは、報酬の山分けや意見のぶつかり合いなどで、短命に終わる方が殆どだ。
サイレンスのメンバーは、元々個人行動の好きで束縛を嫌うタイプで、趣旨が合う仲間が好きな事をしているコミュニティー的な感じの為、今回の仲間集めも個々で探すという落とし所が一番しっくり来たのがその証拠だ。
上杉は、パーティーを馴れ合いの集まりと考える事が好きではなく、学校で言い寄られているリレイズのユーザーのように、誰かに依存して生きていく事をするのが理解出来ない。
リレイズのゲームの世界を自分で考え悩み攻略する楽しさを目的でプレイしている上杉にとって、その飽くなき好奇心こそが、僅か一年足らずで二つ名を持つ程の実力を手にした原動力だが、逆にその尖った性格が人を集める人徳を持たない孤独な性格を生んでいるのも確かで、ゲームの世界で冒険もせず、誰かの腰巾着で生きているリレイザー達を、上杉は偏見の目で見ていた。
ゲーム内で探すか、ログアウトするプレイヤーを地道に探すか。
ゲーム内で仲間を募集するのが一番楽な方法だが、ゲーム人口の30%以上は存在すると言われるリレイザーを引く可能性は高い。
だからと言って、ログアウトプレイヤーを探すのも苦労が多く、通常、奇襲を掛けられたり個人情報漏えいを気にして、ログアウトは誰も居ない場所で行なうので、探す方法は今のところ思い浮かばない。
暫くうな垂れていた上杉は、気付かぬうちに眠りにつき、気が付けば机の前の窓からは光の矢のような鋭い光を放つ朝日が上杉の頬を突き刺していた。
寝起きの目覚めには丁度良い、朝のひんやりとした空気を受けながら上杉は自転車を走らせる。
ゲーマーだとバレた今、下手に遅刻でもしたら周りから何言われるか分からないので、最近は真面目に通学している。
今日の放課後は、上杉と鮫島が以前より準備していたバザーの催しがあり、今回も鮫島の指示に翻弄されながら上杉は売り子として働き、催しも無事終了し、二人で片づけを済ませた後、ようやく長い委員会の行事が終了した。
「上杉君、お疲れ様」
達成感からなのだろうか、鮫島の口調が何時もの突き刺さるような重みが無く軽快さを感じる表情を見た上杉は、そんな彼女の顔を見れたのが今まで苦労が報われたように感じ、この時ばかりは、いつもは冷徹なクラス委員に心奪われていた。
「あ、ああ・・・お疲れ様」
「まさか上杉君が、最後まで手伝ってくれるなんて思ってもいなかった。正直、途中で逃げちゃうんじゃないかって」
「まぁ、それも間違ってないかも。でも、鮫島の的確な指示のお陰で滞りなく済んだし、結構楽に仕事させて貰っていたよ」
「事前にスケジュールは立てていたし、これくらいなら全然問題ないわ」
「ははは・・・、さすが我が委員長」
滞りない迅速な指示に助けられた礼を話した上杉に、いつもどおりのと言わんばかりの鮫島の冷徹な返事が返って来て、もう少し可愛げがあるといい女なんだけなぁ、と思いながら上杉は苦笑いを浮かべた。
準備した机やシートなどの片づけを終えて、帰り支度をしている上杉に鮫島は話し掛けて来た。
「・・・上杉君。ちょっと話があるんだけど、今日時間あるかな?」
冷徹な委員長から、有り得ない発言を上杉は聞いた。
その口調は、昨日屋上で聞いた恥じらいにも似た乙女な声で、その声を聞いた上杉は、背筋に電撃が走るような緊張間が走り思わず背筋を伸ばした。
「あ、だ、大丈夫だけど」
「ありがとう。私も準備するから少し待ってて」
俺は、鮫島に恋をした!?
彼女が荷物を取りに、走り去った後姿を見て上杉は、彼女の去り際に残る微かに香るフレグランスな香りに酔いしれていた。
「ごめんなさい、急に誘ったりして」
恥かしそうに上杉を見る目の前の女性。
それは、冷徹な委員長の名で知れているクラスきっての秀才、鮫島だ。
人気の無い、渋い大人が隠れ家に使っていそうな静かな喫茶店で二人席のテーブルで向かい合う二人の前に、先程注文したコーヒーが届き、緊張しているのか上杉のカップの持つ手は微かに震えている。
俺を誘った目的はなんだろう。
冷静に解析をしようとするが、己の期待妄想が圧倒的に勝っている為、頭の中のシュミレーションはいつものようには行かず、上杉の予想する結末はいつも同じ道を選んでいた。
「・・・実は、私をパーティーに入れて欲しいの」
「はい・・・?」
鮫島から発せられた言葉に、上杉の頭の中は一瞬で真っ白になった。
おおよそシュミレーションしていた結末に、間違いなくこの答えは入っておらず、上杉は頭の中を必死に整理する。
「な、なんで鮫島が!?お前なんて一番ゲームしてないタイプだろうが!?」
ようやく止まっていた思考回路が復帰し、溜まっていた物を吐き出すかのように、珈琲豆を炒ったほのかな臭いしかしない静かな喫茶店に似つかわない叫びに近い声と流れるような口調で、上杉は鮫島へ立て続けに質問を続けると、鮫島の口から意外な言葉が返って来た。
「私は・・・、あのゲームはやった事がないの」
「だったら、なぜパーティーとかわかるんだ!?しかもこのタイミングであれば、今回のクエストも知ってるんじゃないか!?」
慌てる表情で話す上杉を落ち着かせたい為か、鮫島は、時間が経ち少し冷めたコーヒーの入ったカップを取り一口すすり少し間を置いた後、話を始めた。
「・・・上杉君は、鮫島と言う名前に覚えは無い?」
「え、鮫島?えーっと、うーん・・・!!」
鮫島の質問に対し、上杉は暫く考え込んだが、数秒もしないうちに上杉はその答えに気付いた。
「・・・鮫島 春樹、か」
「はい、鮫島 春樹は私の父親です」
「え!?、お前、鮫島 春樹の娘なの!?」
鮫島 春樹。
日本を代表するエンジニアで、アシメントリーの開発に協力した一人で、今はテック社の社長である人物で、彼女はその鮫島の娘だと語った。
それを聞いた上杉は、ゲームをした事が無い彼女がパーティーやクエストを知っている事に納得が行き、やがて現状の整理が出来て、冷静さも取り戻した上杉は話を続ける。
「で、どうし才女であるお前が、突然下らないゲーム遊びに参加しようとしてるんだ?」
「私個人の理由だけど、私は父と一緒に居た記憶が殆どないの。小さい時から、父は個人事業で始めた会社に没頭して、家にも帰らない事は普通だった。何時しか母も愛想をつかせ、私を連れて父の前から姿を消したの」
「姿を消したって、お前は今でも鮫島の姓を名乗っているじゃないか」
「それは、母が途中で姓が変わる事で私が余計な詮索を受けることを気にしていたから。だけど母は結局、父の名声とお金が目当てだったと今は思っている」
この時、初めて鮫島は片親という環境で世間の目を気にしながら生きていた事を知り、彼女のクールな性格は、そういった偏見の目から生き抜いていく為の術だったのかとも感じたが、その事を口に出し、彼女の闇であろうその理由を聞くには、まだ若い上杉にとって、その話の切り出し方すら思いつかなく、それは経験と裁量が必要だと感じ、上杉は彼女のセリフに耳を傾ける聞き手になる事に徹した。
「父の会社がメディアに写るのを久々に見た時、今回のクエストを知ったのだけど、何が切っ掛けか分からないけど、私の脳内に突然一つのIDが発行され、そのIDはリレイズのゲームIDだったの」
「ログインは?」
「ハードウェアも無いし、どうやってログインするのか分からないから何もしていないけど、こんな事を出来るのは父しか居ない筈だし、父は私に何か言いたいてIDを渡したのかなって・・・」
「ログインくらいであれば方法は教えるけど、鮫島はお父さんに会いたいの?」
「・・・分からない。けど、脳の記憶にわざわざ組み込む手の込んだ方法を取ったのは、何か私に伝えたい事があるのかな、と思って」
「・・・分かった。とりあえずハードを買うところから始めようか」
「ありがとう、上杉君」
そんな事で急遽、才女とゲーマと言う有り得ない組み合わせで隣町の電気街へ足を運び、リレイズとヘッドマウントディスプレイを購入する事になった。
ここで話をするより、実際にゲームの世界に入ってから話した方が手っ取り早いと考えた上杉は、使い方はそれ程難しい物ではないので、ログインまでの方法を簡単にレクチャーし、上杉のゲーム内でのチャットの連絡先と、現在の居場所であるイスバールの住民区の地図を渡し、ゲームにログインした際の集合場所を確認した。
上杉が自宅へ戻り、リレイズにログインした事をチャット機能を使い鮫島に連絡を取り、暫くして鮫島からログインしゲームの世界に入り、イスバールの商業区にいる事の連絡を受けて、上杉は鮫島と合流した。
「・・・凄い世界ね」
「ようこそ、これがリレイズの世界だよ」
鮫島の瞳に写る周りの光景は、ローブを纏う魔法使いや頑丈そうな鎧を着る者が徘徊し、それはまるで古代文明の城塞都市にいるかのような景色だ。
その映像は、脳に直接送る事で現実に近い擬似体験をしているだけだが、頬を撫でる風の音も、脳に直接信号が送られている為なのか、その感触も臭いも、まるで実際にその時代の風に触れているかのよう感じ、現代には存在しない、異世界に直接来ているかのようなその感覚に鮫島は、その広大な世界観に目を輝かせ感動していた。
「これが、父の作った疑似体験装置の力・・・」
「まっ、世界観はゲームを作ったソフト屋さんの力もあるけどね」
田舎から上京して来て、初めて都会を経験しているかのように鮫島は、商業区の繁盛する商店の活気に目を奪われながら、気付くと上杉と距離が離れているのに気づいては、小走りに上杉の後ろを追いかけて行く。
巨大な壁の城壁に目を奪われながら城を横目に進むと、やがて閑静な住宅街が並ぶ住民区へ辿り着き、サイレンスのアジトに着いた。
川上達には連絡を取らずにログインしていた為、家の中には誰もおらず、台所を通りリビングのソファーに鮫島を通した後、上杉は台所へ戻り、この世界ではポピュラーな飲み物である豆茶をコップへ注ぎ、鮫島の居るリビングへ戻り、自身も鮫島の対面側にあるソファーに腰を下ろした。
「さっそく、そのログインの事を聞かせて貰ってもいい」
「ええ、IDとパスワードは私の脳裏に組み込まれていたらしくて、意識すれば思い出せる感じになっているわ。それが、いつ組み込まれたかは分からないけど」
「リレイズが発売されたのは、今から5年前の2025年だけど」
「5年前は父と母が離婚した年で、その年は父が家に帰る事は殆ど無かった。でも、父が珍しく昼間に帰って来ていて二人で出掛けた日があって、帰り際に父からこの指輪を貰ったの。その後、父はもう家に帰る事は無く、家族は離れ離れになったの」
鮫島は、父親から貰った青い指輪をした手を見つめながら寂しそうに話す。
その姿を見た上杉は、再び彼女の中にある闇を見た気がして何も言う事が出来なかったが、暫くしておかしいと思う事に気付いた。
リレイズは、基本現実世界の物を持ち込む事は不可能で、アバター作成時も服装は選べるがアイテムを持つ事は出来ず、装飾品等もこの世界で購入し身に付ける事しか出来ないはず。
だが目の前の鮫島は、現実世界から付けている指輪をこの世界でも装着していた。
「鮫島、その指輪は現実世界の物だよな?」
「ええ、そうだけど。ログインした時に写っていた映像と同じ服装になったから他に身に着けていた物は無いけど、指輪だけは残っていたわ」
「鮫島、そのカバンの中に本がある筈だから、それを見せて貰える?」
「・・・本?、あ、あった!これでいいの?」
鮫島のゲームのアバターは、恐らく鮫島 春樹がデザインした物で、黒が基調のワンピースに、メイド服のような白いフリルが付けられている。
鮫島は、肩に掛けていたブラウン調の皮のショルダーバックを開け中身を探ると、中に入っていた一冊の本を取り出し上杉に渡した。
その本は『ステータスバイブル』と言い、リレイズのログインIDを持つ全てのプレイヤーが持っていて、自身の基本情報や手に入れたアイテムなどを収められる本で、その本には現在のステータスや取得魔法なども記載されている。
上杉はステータスバイブルを開き、鮫島のステータスやアイテムを確認する。
基本情報も載っている本であるので、他人に渡ると悪用される恐れがある為、大体のユーザーはなくさないようにアバターにカバンを追加し常に身に着けているようにしてある。
アバターにはアイテムは装着できないが、カバンは着けられる。
それを既に装着されている事に、作成者があの鮫島 春樹であれば当然か、と上杉は考えた。
名前は鮫島で、職業は召喚術士。
召喚術士は他の魔法職同様、レベルよりも魔法の数が重要なので従者の確認をすると、やはり魔法は初期程度の召喚獣しか契約していなかった。
だがレベルもある程度上げてあり、基礎的な事は訓練は必要だが短期間で戦闘参加は可能そうだ。
「・・・うん。鮫島のお父さんが、ある程度セッティングしてくれていたみたいで、慣れる訓練は必要だけど、それ次第でパーティーに推薦出来るかも知れない」
「本当!?」
「ただ、召喚術士は覚える魔法と契約が結構大変だから、転職も考えた方がいいかも知れない」
「でも、せっかく父がくれた物だから、出来ればこのままがいい」
召喚術士は、リレイズでは一番人気の無い職業ではあるが最強の職業でもあり、現にこの世界では四大従者と言われる召還獣も存在しており使いこなせば魔法職では最強なのだが、覚える魔法に加え従者との契約が必要で、即戦力になりずらい職業の為、担い手も少なく確認されている召喚術も少ない。
だが鮫島は、父のステータスバイブルを出来れば変更したくないと言ってきた。
確かに召喚術士はレアな職業で、ムルティプルパーティでの戦闘なら属性攻撃で必要になる存在になるかもしれないと上杉も考えたが、それ以上に召喚術士の難しさを説明した上杉の意見に左右されず己の考えを貫く鮫島が、上杉には彼女の意外性を見た感じがし、この職業で参加希望する事に了承した。
だが、鮫島のステータスバイブルを引き続き確認すると、後ろにあるメモ書きのページに、まるで辞典のような細かさでギッシリとメモが書かれていて、そのメモを読んだ上杉は驚きの表情に変わった。
そのメモには、従者となる召喚獣の居る場所や、クエストで手に入る従者の攻略法などが所狭しと記載されていて、恐らく彼女の力量に合わない従者は最初から入れずにクエスト攻略で手に入れら得れるように、鍛錬として仕組んでいるのだ。
確かに、いきなり四大従者の『ベヒモス』を使いこなせと言われても無理な話だ・・・。
そして、上杉はページをめくるとさらに驚く。
今回のクエストであるケルベロスの居場所が記載されていて、ケルベロスは五大陸の一つで一番北にあるミリア大陸の『オズの奥地』に生息し、その入り口にムルティプルパーティーの選別をするエリアがあるそうだ。
ここまで情報が分かっていれば、鮫島を無理に最初から探索には参加させずに小規模クエストで鍛え、川上達には先にミリア大陸へ進行してもらい、ケルベロス戦に間に合わせれば、彼女は強力な仲間になる筈だ。
それよりも、ケルベロスの居場所まで記載されていて、ここまで情報が入ったステータスバイブルを持つプレイヤーは、鮫島以外居ないだろう。
まさに、最強の仲間だ。
「わかった、お前を仲間に推薦するよ」
「上杉君、ありがとう!」
「とりあえず、うちの作戦参謀が戻って来たら今後の打ち合わせをしよう。だけど、鮫島は暫く俺と召喚獣探しと、この世界に順応する為の訓練だな」
「わかったわ、これからよろしく」
「まだ認められた訳じゃないから、これからの訓練次第だな」
こんなゲームの世界で、そこまで必死になる必要はない筈なのに、目の前の女性は上杉の教えを受けようと必死になっている。
その姿は、上杉のよく知る腐ったリレイザー達とは違う覚悟を感じ、普通なら簡単に仲間を推薦しない上杉の心を動かしたのだ。
二人はこのままリレイズの世界に残り、この世界に慣れる為の訓練を行なう為に、このイスバールで短期的な合宿を行なう事になった。