第七十一話 冒険者のエンドロール
上杉が『黒い雨』を降らしてから数カ月後、世界中にある程度の動きが見られる中、各国は他国の現状を知る為に偵察隊を派遣し自国の伝令士へ逐一報告を行っている。
その中の一国であるミリアも礼に洩れず他国へ派遣している偵察隊の報告を聞く為に伝令士を派遣し、偵察隊の報告を行う為にミリア二世の居る王室へ現れる。
「ミリア国王、世界状況の近況報告に上がりました」
「うむ、御苦労。・・・して、他の国の状況はどうだ?」
「はい。まずはカシミールですが、カシミール十世の急病により後継者選びが急務になっておりましたが、後継者が決定致しました」
「・・・して、跡取りはシャランか?」
「・・・いえ、即位したのは冒険者エスタークの下山です。どうやら、エスタークの村雨から受け継いだ人脈を使い、組織内外の票を集めた模様です」
「ほう・・・、冒険者が王位に即位したのか」
カシミールの新国王になった下山は、村雨から受け継いだ人脈を使い大量の票を集めたと話しながらも、それを良かれと感じていない様子の伝令士に対し、王国設立から日が浅く若くして国王に即位しているミリア二世は時代の流れを既に察知していたかのように表情を変えず伝令士の言葉に耳を傾ける。
「新国王カシミール十一世の方針は」
「はい、カシミール十一世は現在の生産人口を上げる事で経済活性を上げる事を方針にしており、領地内に職業訓練校を設立する考えを示しております」
「職業訓練校とは・・・」
「言わば経済の学校らしく、兵士達をそこへ通わせ、まずは城内の兵士達が率先して生産性向上に努めるとの事です」
エスタークの頭脳と言われた手腕をいかんなく発揮する下山は、カシミールの生産人口を以前より引き上げる為に職業訓練校を設立し城内の兵士達に日常行務以外はそこで技術を学ばせる事で、リレイズ最大の生産国の地位を揺ぎ無いレベルに達する事でリレイズの需要を一挙に引きうける事を国の方針を掲げ、生産性を向上させ他国の受注を増やす事で、後にカシミールは侵略などを受けない大国へとなった。
カシミールの方針を理解したミリア二世は、それこそが瀧見が話した新しいシャングリア(理想郷)の始まりだと実感しながら自身の座る玉座の背もたれに体を預ける。
「なるほどな・・・、生産性向上は我々も見習うべき所だ。我が国は永年氷に覆われる大地故生産には向かない国故、戦略と言う形で領地を広げて来たが、それこそがアイリスのような歪んだ思想を生む原因にもなっている。資源が無くても人が育てば新しい産業を生み出す事は出来る」
「国王・・・」
「残りの国はどうだった」
これまで領地を広げる事でその地の技術を取り入れる戦略を行っていた事で、自身もアイリスのような世界に恐怖を与える存在であった事を振り返るミリア二世は、カシミールが作り上げたモデルスタイルを共感すると同時に、己の今までの行動に対し遠い目をしながら少しの後悔を覚えながら伝令士に他国の動向を尋ねる。
「イスバール五世は冒険者の木村を相談役に任命し、キャラクター・プレイヤーが平等に生活出来る仕組みを編み出しております」
「具体的には?」
「双方の人権を尊重した法律の施行と、政治などの権力を民間へ移管する方針を発表し、イスバール国王は国の象徴として各国の訪問などのみにして、民間の為の国を発足しました」
「カシミールと違い、権力を民間へ移行する事で国民に自立心を持たせ経済の活性と冒険者と我々の隔たりを無くす考えを持ったか・・・」
イスバール国王であるスミスは相談役に木村を指名し今後の方針を決め発足したのが『民間による政治』で、国王の権利を全て民会へ移管し自身は国の象徴としてのみ動く事で独裁的な権力を無くし、それが後に『侵略を知らない子供達』と言われる新人類を作り出す程に長い間戦争が起こらない関係を保ち続けた。
国としての相談役である木村が民間人として入閣した事で互いのパイプ役をこなし、木村の推薦で入閣した川村と共に他の閣僚達にアドバイスを送る事で互いの関係をバランスよく調整するクッション材としての役割を果たし、現実世界のような妬みなどを持つ身内を無くす働きに努めていた。
元はミリアと比べても経済大国で二カ国だったが、アイリス陥落後に起こした行動に感銘を受けるミリア二世の前に、赤い法衣を纏い赤髪を靡かせる一人の少女が現れる。
「おお、瀧見か」
「伝令士の話は大方聞かせて頂きました。我々も他国に続き、新しい国のモデルスタイルを早急に築くべきだと思います」
「瀧見、そなたの考えを聞かせてくれ」
「あたしの魔術を使えば、領土にある永久凍土を溶かす事が可能です。その地を使い農地開拓を行い食糧不足解消と共に他国への輸出も可能でしょう」
「そなたに、それが可能なのか」
「あたしは消えた現実世界に絶望しリレイズに住み付き、自身の能力を隠し衛兵として最小限の生活が出来ればいいと思っていました。ですが、この世界でも他人の為に必死に生きる姿を見て。あたしも『ゲームマスター』としてこの世界の為に何かするべきだと思います」
「確かに、オズマン大地で見せたそなたの実力があればそれも可能か。だが瀧見よ、そなた達冒険者はなぜここまで他人の為に尽くせるのかが私には理解出来ん。そなた達の行っている事は間違っていない事は今の歴史が証明しているが、まるでそれが見えているかのように迷いが無い。そなた程の力があれば、アイリス同様にこの世界を侵略する事も可能な筈なのに・・・」
「さぁ・・・どうしてでしょうか。あたしも元は冒険者を嫌いこの世界へ移住した人間です。あたしが再び冒険者に興味を持ち始めたのも、それが知りたいだけかも知れません」
瀧見は自身のメテオスラッシュで永久凍土の領地を溶かし栽培ハウスを造る事でミリアでは万年の問題であった食料事情を解決する試みる事を提案し、それを輸出業としても始める事でカシミールなどと同様に世界やキャラクターとプレイヤーとの関係を確固たるものに変える提案を告げる。
現実世界に絶望を感じリレイザーとなり、これまで一切表舞台へ姿を現さなかった謎多く『ゲームマスター』だったが、オズマン大地で自分を顧みず他人を守った川上の存在を知った事で、今はミリア国では知らぬ人はいない程の知名度を持つようになった瀧見は、今度は自身が『ゲームマスター』としての責任を全うする為に生きる事を決意し、その言葉に戸惑いを見せるミリア二世に瀧見は優しく笑い掛ける。
「あたしは、短い間でしたが彼らと戦った日々が忘れられません。・・・それに」
「瀧見よ、どうした」
「あ、いえ・・・何でもございません。それでは、あたしは開拓の為出発致します」
共にリレイズを倒しアイリスを侵略した短くも密度の濃い日々が忘れられないと告げる瀧見は、それとは違う感覚を上杉達に覚えていた事を思い出すが、上手く言葉に出ないそれを押し殺す。
それは、上杉が共に闘う仲間を常に『家族』と呼んでいたそれと近い感覚で、それは瀧見が現実世界で受ける機会が少なく飢えていた家族との愛情だと感じていたが、血の繋がりの無い上杉達にそこまでの感情を覚える自分に少なからず違和感を覚える。
だが、それを抱く瀧見の感情は間違っておらず、それこそが家族として血の繋がっていた村雨との少ない触れ合いで育った彼からの愛情であり、結局村雨は劉と共に姿を消しその真実を知る事は無かったが、瀧見は確実に家族から愛情を受け取る事は出来ていた。
その違和感を心に残しながらも世界を変える事に使命感を感じている瀧見は、ミリア二世に今後の方針を話しトレードマークの赤いマントを風に颯爽と靡かせながらミリア城を後にした。
イスバール・カシミール・ミリア連合軍に破れ主を失ったアイリスへは、王族の長女であったリシタニアが王位を継承した。
リレイズの世界では異例の女性国王と『美しき暴君』と呼ばれ王族からも恐れられていたリシタニアに対しアイリスの国民の反応は複雑だったが、これまでの冒険で手に入れた思想の片鱗を見せた彼女の所信表明演説からその反応は逆転し、その後のアイリスは新興宗教団体から一つの産業国へと姿を変えて行った。
その手助けを行ったのがリシタニアの側近として務めた上杉と鮫島で、二人はリシタニアにアイリスの王位即位を促すと共に自身達も彼女の手助けをすると持ち掛け、リシタニアと共にアイリス復興の立役者となった。
これにより、サイレンスのメンバーである上杉と鮫島はイスバールからアイリスへと拠点を移し、小沢と川上がイスバールへ残る事でアジト自体は存続するがサイレンスアは事実上休業状態となったが、別れ間際に「理想の世界を実現したら、再びサイレンスとして冒険に出よう」と誓い合い、互いに違う道を歩み出した。
世界中のリレイズユーザーと一般庶民約七十億を巻き込んだ大災害は、独裁的な理想郷を築こうと企んだアイリスを倒した上杉達が再び降らせた『黒い雨』により、リレイズの世界は現実世界同様にその地に生きる人類同士が協力し合う世界へと変わりつつあった。
生まれ変わっても再び生き返りたいと思える世界。
それこそが上杉が指輪に込めたリレイズでのシャングリアであり、その試みはまさに今始まったばかりであった。
- サイバー・バウンダリー 完 -
最後までご覧頂きありがとうございました。
よくある異世界転移を自分なりに解釈し書いてみましたが、この世界に関してはまだ勉強不足な部分が多い気がしたのが正直な感想です。
文章能力が至らない所も多々あったかと思いますが、引き続き他の作品もご覧頂ければ幸いです。




