第七十話 シャングリア(理想郷)
アイリスの重鎮とアイリス三世を失い陥落したアイリス城の王宮の間に居る上杉達は、鮫島 春樹が話した娘である鮫島の指にある指輪を使い再び『黒い雨』を降らせる効果がある事を知らせられる。
だが、その指輪にプログラムされている『黒い雨』には世界を変える命令は入っておらず指輪を使う者に委ねられていると説明を受けた上杉達は、それが事実であっても『黒い雨』を降らせる事で世界を再び変える事に少なからずの戸惑いを見せている。
「俺達がリレイズの世界を変える事は、果たして正論なんだろうか・・・」
「ああ・・・、数十億人の命を一瞬で奪い去った驚異のプログラム『黒い雨』だよ。それを、あたし達だけで簡単に思想を決めるってのも幾らリレイザーのあたしだって戸惑いはあるよ」
「瀧見さんの意見も十分理解出来ます。・・・けど、このままでは再びアイリスのような強大な組織が現れてリレイズの世界の秩序を脅かす可能性も否定出来ません。」
「私も、今の不安な世界を長く持続させるのは危険だと思うし、劉が再び現れた時に世界が一つにならないと、また世界は混乱するだろうな」
鮫島の持っていた指輪を受け取った上杉は自身の持つ白と赤の玉を取り出し指輪の内側にある窪みを見つけるが、その玉を挿す直前にこれから行う自身の行動が『ルシフェル』が起こした『バウンダリー(境界)の破壊』と同様だと感じるとその手を突如止めると、上杉の言葉に同情する瀧見に対し今の世界の状態を危惧する鮫島と小沢は上杉の行う事は正当だと感じている。
仲間内でも意見が分かれる状態に己の判断の責任は大きいと感じる上杉の後ろから、負傷した清水とリシタニアの救助へ向かっていたイスバール国王であるスミスが、入口と共に二人を連れ王宮の間へ訪れる。
「皆さん!無事でしょうか!?」
「スミス国王。こちらは全て終わりました・・・」
「そうですか・・・。この戦いは諸悪の根源であるアイリスが先に仕掛けた事による反撃であり、上杉様冒険者が背負い込む事ではありません」
「国王・・・。俺達は、『バウンダリー(境界)の破壊』同様の現象を起こせる力を得ました」
「『バウンダリー(境界)の破壊』級の現象・・・ですか?」
「・・・はい。それを行う事で俺達が思想する世界へ変えられる事が可能ですが、俺達の願う世界と、リレイズの世界に住む貴方達キャラクターの願う世界は必ずしも一致する物では無い事は間違いないです」
後から来たキャラクターであるスミスへ指輪の秘密を語った上杉は、ここにいる数人のプレイヤーで決めるには大き過ぎる責任を押し付ける気持ちもあり恐縮気味に話すが、その言葉に対しスミスは緩やかに微笑む。
「いいのではないですか?その指輪を手にした者が世界を制する権利があります。それは、『バウンダリー(境界)の破壊』を起こしたアイリス同様に神より与えられた使命であり、特権だと私は思います」
「そなたは、この世界に住む我々に遠慮しているのであれば、その考えは大きな勘違いだぞ」
「リシタニア・・・なぜです?」
「そなたへは前にも話したが、この世界は力のみが支配する世界。それが例え悪であろうが、力を持つ者がリレイズの世界を征服する事が出来る。ダークゲートでリレイズを倒し、冒険者最強である猛者達を倒したそなたには、その権力を持つには十分だと思うがな」
「俺が・・・この世界を支配する人間」
「それが、この世界、リレイズの世界だ。私はサイレンスのメンバーとして、そなたの思想を共にしよう」
「リシタニア・・・」
キャラクターであるスミスとリシタニアから発せられた以外な言葉に、唖然としながらも理解した上杉は指を見つめ決意を固めると同時に、鮫島 春樹が使った事で消えた筈の『時空の鏡』が再び姿を見せ、その鏡から出て来た見覚えのある黒皮のジャンパーを纏う姿を見た上杉は驚きのあまり言葉を失う。
「随分と、お困りのようだねぇ」
「川上さん!」
「川上・・・本当に、川上なのか?」
「事情はカーンさんから大方聞いたよ。どうだい?再び生き返った俺が再び来たいと思わせる理想の世界は出来ているかい?」
知らぬ間に帰還していたカーンは『黒い雨』を使う事に躊躇する上杉を説得する為、イスバールから川上を連れ出しアイリスへ送り込んだ。
再びリレイズの世界へ戻って来た川上は戸惑う様子の上杉にはっぱを掛けるように軽快に語り掛けた後、少し間を置き寂しい表情へと変わる。
「・・・俺は、戦争がしたくてリレイズを始めた訳じゃない。未知の世界を切り開き、まだ見ぬ景色を探す冒険がしたかった。・・・だが、この世界は現実世界同様に欲と力が支配する汚れた世界で、A級戦犯が祖先の俺には、なんだがその先の暗い未来が見えて居心地が悪かった」
「川上・・・」
「だけど、それはリレイズが悪いんじゃなく『バウンダリー(境界)の破壊』の影響だと知った時、俺は自身の夢見る理想郷を目指しお前と共に戦争に参加する事を決意したんだ。『妖術師』から『竜神』へと変わりアイリスとの戦いに勝ったお前には、この世界を変える権利を得られるのは当然の結果だと思う」
川上の言葉に言葉少なく返事をする上杉は、彼がなぜゲーム時代も含め今まで戦争へ参加しなかったのか、そしてそれを変える為に自身の暗い過去を抜けだし世界を救う戦争へ参加した事を知った事で目の前にあった暗闇が無くなり心の視界が戻る。
「・・・川上、俺は自身のシャングリア(理想郷)叶える為に『黒い雨』を降らせる」
「いいんじゃないか?その権利は今のお前には十分ある。・・・それに、間違っても俺が恐れる理想郷にはしない筈だ」
力強く語る上杉の言葉に答える川上に続きキャラクターであるスミス・リシタニア、プレイヤーである鮫島・清水・小沢・瀧見・辰巳・入口が連動するように頷くと、鮫島から受け取った指輪に石を埋め込み天に掲げる。
掲げられた指輪は即座に眩い光を放ち、その光は天を覆い空一面に広がり辺りを全て輝かせると次の瞬間にその光は消え去って行く。
「これで良かったの・・・かな」
「ちょっと、まってくれ・・・」
すぐに消えた光の現象に不安の表情を見せる上杉に対し、その光の特性を既に把握しているかのように余裕の表情を見せる川上はポケットから携帯を取り出しアプリを立ち上げ上杉へ見せる。
「ほら、このアプリを通せばあの光は確認出来るんだよ」
「へぇ・・・。これが、さっきの光の正体」
「そう、『黒い雨』は業界じゃ『死の領域』と言われる高周波域の電波で、恐らく国は人工衛星などに使われる帯域に近いその周波数を使う人間を躊躇させる為にわざとその名前を付けたんだとは思うけど、実際には名前とは違い他の電波同様の単なる高周波なんだよ」
「なるほどね、その周波数と反共振する周波数が『アングレア』の消滅魔法が放つ高周波って事なのかい」
「そう言う事だろうね。俺は『アングレア』に関しては知らないけど、反共振する周波数をぶつければ互いが消滅する事は騒音除去などで実際に使われている技術だしね」
「なるほどね・・・。今更だけど、あんたがリレイズのキレ者『黒竜の川上』って訳だね」
「『ゲームマスター』に知って貰っているとは、プレイヤーとしては嬉しい限りだね。だけど、瀧見さんのその美しい美貌には敵いませんよ」
「・・・う。木村の言う通り、ウザいヤツだな」
「川上、お前やっぱりロリコンでしょぅ!?」
「清水、何を言う!俺は立派な女性好きだぞ!」
「だって・・・瀧見ちゃんは、木村ちゃんと同い年だよぉ」
「・・・」
「やっぱり、お前は本物の川上、だよ・・・」
相変わらずの川上の行動を見て、これまでの緊張感が一気に解されたように笑う表情の上杉を見た鮫島は安堵の表情をする。
「・・・で、あんたは『黒い雨』に願った理想郷は一体何だい?」
「まっ、それは追々分かる事だよ」
「それよりも、瀧見さん。俺と一緒に二人で理想郷を・・・」
「川上・・・そなたは少しウザいぞ」
「姫・・・真剣は仲間に向けてはいけません・・・」
「さぁ!とりあえず、皆で帰ろう!」
瀧見の質問に曖昧に答えた上杉は、全員無事揃った事に胸を撫で下ろしながら帰還を叫ぶその言葉に全員が答え、陥落し主の居ないアイリス城を後にそ上杉達はそれぞれの国へと帰還する。
上杉が指輪に込めたシャングリア(理想郷)は、それぞれの国を自身達で統治する事で戦争の無い平和な世界を目指す思想だった。




