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サイバー・バウンダリー  作者: りょーじぃ
第七章 アイリスでの決戦
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第六十九話 アイリス陥落

 リレイズ最強の戦士、上杉と村雨の攻防が繰り広げられたフロアに聳え立つ巨大な扉の先は、アイリス城の最高指導者にしてリレイズでのアイリス教の教祖であるアイリス三世の王室になる。

 その国王の部屋でも戦場の跡が残されたそれは、国王を警備する為に設置されていたプレイヤー達の亡骸で、その無数に転がる死体の山の前では焦る表情を隠せないアイリス三世の目の前にいるのは『ゲームマスター』鮫島 春樹だった。


「貴様・・・。世をどうするつもりだ」

「別に、これまでも何かをしようとした訳ではありませんよ。貴方達が私を敵と見なし攻撃して来ただけです。ただ僕は、国王である貴方と話がしたかっただけです」

「瞳術使いである貴様であれば、私を拷問に掛ける事は容易い事。・・・なのに、なぜ真意を話す可能性が低い正常の状態で話を聞こうとする」

「さぁ・・・なぜでしょう。そもそも僕は変わり者ですし、人に次の行動を悟られたくない僕としては、瞳術を知る人間にそれをすれば相手に未来を捕まれている、それが嫌だという所でしょうか・・・」


 ネクロマンサーや『ゲームマスター』であるミハエルから情報を得ていた『裁きの目』を実際に目の辺りにした事で鬼気迫る表情のアイリス三世に対し、相手に自身の手の内を先読みされるのを嫌うかのように笑みを交え穏やかな表情の鮫島 春樹は答える。

 鮫島 春樹が知りたかったのは、『バウンダリー(境界)の破壊』によりキャラクターがどこまで自己意識を持ち得ているかで、それこそが現実の世界をも巻き込んだ今回の災害の原因では無いかと考え、現実世界とリレイズの世界を入れ替えた張本人であるミハエルと江が死んだ今、その真実を知る唯一の人物が目の前のアイリス三世であると感じている。


「僕はアイリス教徒ではないから、貴方達の考える思想を理解出来ない。・・・だけど、そんな僕でも転移させられたこの世界で、宗教的な思想の強い貴方達と互いに生きていく事は出来ないと思っている」

「貴様は、一体何か言いたいのだ」

「僕は、互いに歩み寄り共に共存し生きて行く世界を・・・理想郷シャングリアを共に築きたいと思っています」

「貴様達と同盟を結べと言うのか!?」

「いえ、そうとは言いません。・・・ですが、リレイズが現実の世界になった以上、僕達は新参者であるのは間違いありません。確かに力では冒険者は無限の可能性を持ちますが、政治を行うには役不足は否めません。それこそが互いのデメリットあり、不足部分を補う事で互いを尊重し合う世界が築けると思います」

「貴様達は、自ら国を治める力が無いと申すのか?国を治めるとは、力さえあれば造作もない事・・・。それを出来ないと申す貴様は、私を侮辱しているとしか感じない!」

「その互いの認識の不足を補う為に、僕は国王、貴方とお話がしたかった。僕達には政治的権力なんて必要ありません。必要なのは、これまで同様に平和に働ける環境と少しの冒険心だけです。江や菊池も倒れた今、この世界の運命は貴方が握っておられるのです」


 鮫島 春樹は『バウンダリー(境界)の破壊』により影響を受けたのはキャラクターの思想だけではなく瀧見が開発したAIが蓄積したデータがキャラクターの意識を変えたと感じている。

 確かに、それは今回の災害による偶然の産物に過ぎない出来事であったが、それはミハエルは愚かこうや菊池ですら気付かなかった事実であり、プレイヤー達によって仕組まれた『バウンダリー(境界)の破壊』の影で気付かれなかったその変化こそが、キャラクターであるアイリス三世が通常では有り得ない程プレイヤーに依存し共に悪事を働いたのだと気付く。


 もっと早く気付くべきだった・・・。

 その事に気付くのが遅過ぎたと感じる鮫島 春樹は、この時初めて『バウンダリー(境界)の破壊』が起きた事による影響を一番受けたのはキャラクター達だと感じ、それぞれに個性を持ったキャラクター達が自身の思想に赴くまま進んだ事が、ここまで世界を変えたのだと実感する。


 瀧見が開発したゲーム内のキャラクターに個々の思想を持たせるAI技術を目にした時、鮫島 春樹はあの時に彼女が木村以上の天才だと感じていた理由が、己の手を離れても自ら歩み出した人工知能を完成させた今の状況だと感じ取る。


「・・・では、国王は僕達連合軍との同盟を拒否する、と言う事ですか?」

「我々の神はアイリスのみ。共に同じ神を崇拝する以外の者は、私達にとって異教徒としか見れん」

「僕の『目』を使って無理やり服従する事も、可能ですよ・・・」


 同盟を拒否し続けるアイリス三世に対し、これまで穏やかに話していた鮫島 春樹は自身の両目で赤く光る『裁きの目』を見開き挑発を掛けた時、鮫島 春樹の後方から突如巨大な鏡が現れる。

 その鏡に驚くアイリス三世に対し、その鏡を知っている鮫島 春樹は鏡が現れた事に驚きを見せなかったが、そこから現れたカーンの姿に表情に少しばかりの驚きを見せる。


「なぜ、突然鏡が!?」

「・・・なぜ、貴方がここへ。貴方は僕がリレイズの世界でIDを作らなかった代わりにこの世界へ入る為に作った、僕の指示通り動く只の『器』だった筈」

「おぬしからそんな質問をされるとは思わなかったのぉ。・・・その答えは、アイリス三世の姿を見た事で理解していたと思っていたがの」


 自身がリレイズのIDを持たない代わりの『器』として用意していた筈のカーンが、自己意識を持ち行動していた事に疑問を持つ鮫島 春樹に対し、カーンは既にその答えに辿り着いている筈だと返すと、蓄えた髭をさすりながら話を続ける。


「ワシらリレイズのキャラクターは、おぬし達『ゲームマスター』によって生命を与えられたが、所詮はゲームを盛り立てる為の引き立て役にしか過ぎん。・・・じゃが、おぬしがリレイズの世界へ来る度にワシを利用する事によって、この世界と別にプレイヤー達が住む近代的な世界がある事をワシは知った」

「馬鹿な・・・。僕がただこの世界での目暗ましとして利用していただけのキャラクターに過ぎない貴方が、僕の心を見たと言うのですか。確かに、僕は貴方に世界を救う『ムフタール』の素質を持つ人間を育てる事をお願い・・・いや、組み込んだ。・・・だけど、今貴方の行っている行動は僕や瀧見が作ったプログラムのアルゴリズムの範囲を逸脱している」

「瀧見のAIプログラムの話は、彼女がワシの道場へ来た時に聞いておる。おぬしがワシに三大高級職業を育てる役割を与えたお陰で、ワシはリレイズで最高峰の人間と触れ合う事が出来た他に、瀧見のようなそれ以外の人材とも交流を持つ事が出来た。瀧見の話すワシにも組み込まれているAIプログラムは『バウンダリー(境界)の破壊』と共に起きた奇跡の配合により、ワシやそこのアイリス三世のような特異な人物を産み出したのじゃ」

「それは、僕が住む現代の技術でも立証する事は不可能でしょう・・・。僕の世界では、まだ二足歩行ロボットがある程度の自立歩行が可能レベルです。AIが各々に思想を持ち、自身の信仰を守る為に戦争を仕掛けるなんて有り得ない話です」


 自身が作り上げた幻想のキャラクターと対面する奇妙な感覚に多少の戸惑いを感じながら、今の状況はキャラクターに組み込んだAIプログラムのアルゴリズムでは実現出来ないと話す鮫島 春樹に、カーンが語る『バウンダリー(境界)の破壊』がもたらした奇跡だと言う言葉に、自足歩行程度しか出来ない現代のテクノロジーに対し、カーンのような思想を持ち行動するキャラクター達の存在が目の前に居る事に返す言葉無く立ち竦む。

 ただ、自身の住む駆け引きや裏切りが横行する息苦しい現代社会と比べれば、己の思想に向かい真っすぐに生きるこの世界こそが、自身が望む理想郷シャングリアなのかも知れないと鮫島 春樹は考える。


 瀧見は以前、ゲームの世界のキャラクターに知識を持たせるAIプログラムを作ろうと考えた訳を、閉鎖された暗い現代社会に未来が見えないから仮想空間であるゲームの世界に可能性を見出したいと言っていた事を思い出し、だが皮肉にも瀧見は嫌っていた現代社会の住人である上杉達により更生し、自身の理想の為に手掛けた筈のキャラクターにより今の危機を招いている事を感じる鮫島 春樹の横に居たカーンはアイリス三世へ話し掛ける。


「国王、おぬし達の側近である江や菊池は既に絶命し、他の兵士達も戦意を失い逃走を図っておる。これ以上は無欲な殺生は必要の無い行いだとは思わんか?ワシもおぬしと同じ冒険者から見れば一介のキャラクターじゃが、『バウンダリー(境界)の破壊』により、今は自身の思想を持つ一つの生命体でもあるのじゃよ」

「・・・アイリス国王。貴方も、そして僕達も未完成な人間です。互いの不足部分を補う為に共存し、この世界を盛り上げる必要があるのではないのですか」

「江や菊池も倒れた今、私が彼らの力を利用してアイリス教を世界中へ布教する為の計画もここまでだろう・・・」

「・・・では、僕の話を聞いて頂けるのでしょうか」


 江や菊池が死に他の兵士が逃亡した事を聞いたアイリス三世は、その真意を既に見抜いていたかのように今までの険しい表情を崩し語り始める。


「・・・いや、いくらおぬし達が寛大な心を持とうが、我がアイリスは変わらない。私達は、アイリスの教え通り従うだけだ」

「先程も話したように、僕の『裁きの目』を使えば貴方を操る事も可能ですよ・・・」

「おぬしに、それを行う気が無いのは分かっておる。幾らその目で私を睨みつけようと、人本来の心までは隠す事は出来ない。・・・心優しい異教徒よ、おぬしの言う通りこの世は異世界と一つになった事で皆が協力しなくてはならない。・・・だが、その為には私達アイリス教は自我が強過ぎる組織であり、権力を持つアイリス教徒はこの世では邪魔な存在だ。おぬし達と力を合わせられるアイリスの成員のみが生き残れば・・・それでよい」

「・・・!?国王!」


 鮫島 春樹の言葉に優しい表情へと変えたアイリス三世は、自身の後ろにある手すりに手を掛けると両足を揃え飛び超えその先に見える大地に向かいその身を投げる。

 今までの言動からは想定されなかった行動に意表を突かれ身動きが出来なかった鮫島 春樹は、姿が消える寸前のアイリス三世へ叫ぶ事しか出来なかった。


「・・・我がアイリスよ!永遠なれ!」


 王室から身を投げたアイリス三世は遠くから聞こえた鈍い音と共にその命を落とし、その場に残された二人の前に遅れて来た上杉達がこの部屋に辿り着き、上がった息のまま目の前に立ち竦む鮫島 春樹を見る。


「さ、鮫島 春樹!」

「やぁ・・・君か。御覧の通り、今全ての戦いが終わった所だよ」

「お前が、アイリス三世を殺したのか!?」

「・・・いや、僕は何もしていない。むしろ、これからそうせざるを得ないと感じていた。だが、アイリス三世は己の思想を最後まで曲げる気は無かった・・・そういう事だよ」


 突然の登場に驚きの表情で叫ぶ上杉に、丸い背中を見せていた鮫島 春樹はゆっくり振り向くが、その重く激しい物憂い表情に娘である鮫島が心配そうに口を開く。


「お父さん・・・ここで一体何があったの。それに、カーンさんまで」

「僕達『ゲームマスター』の理想とした世界は、ミハエル達によって起こされた『バウンダリー(境界)の破壊』により完成した。・・・だけど、結局それは現実世界同様に互いの思想を叶える為の意地がぶつかり合う薄汚い世界だった事を見せつけられた」

「鮫島 春樹、あんた・・・」

「瀧見、お前のAIプログラムはカーンとアイリス三世によって、世界最高の人工知能技術だと言う事は証明されたよ。自身の新興宗教を世界へ広げる為に江達と戦略の道を選んだアイリス三世。そして、それを止める為に僕のリレイズでの仮の姿にしか過ぎなかったキャラクターが僕の意思を汲み取り『ムフタール』を育て、智子に『至高の召喚士』の称号を与えたカーン。結局、『バウンダリー(境界)の破壊』を起こさせた真の原因はキャラクターで、またその世界を救ったのもキャラクターであり、『バウンダリー(境界)の破壊』を計画しリレイズの全てを手に入れようと企んだ僕達プレイヤーは踊らされていただけだったと言う事だよ・・・」


 鮫島 春樹は、リレイズと現実世界を巻き込んだ今回の騒動の発端はAIプログラムにより知能を蓄積したキャラクターであり、そのキャラクターの思想を利用したつもりであった江達や自身も含めたプレイヤーが互いの腹の内を隠していた事で、逆にキャラクターの思想にのめり込まされ収拾がつかなくなったと結論する。

 ネクロマンサーとミハエルの二人で始まったリレイズを征服する小さな企みは、瀧見の開発したAIプログラムの僅かにずれた歯車が奇妙な形で噛合い、やがて現実世界を巻き込み数十億の尊い命が犠牲になった世紀の大惨事となった。

 だが、その責任は瀧見を指名しミハエルの企みに気付きながら手を打たなかった自身にあると感じている鮫島 春樹は、日が沈みゆく空を仰ぎ優しい口調で話す。


「僕は、リレイズの世界に無限の可能性を感じていた。キャラクターが独自に考え動くシステムや、実際にフィールドに立っているかのような臨場感。全てのユーザに、ゲームの世界にはまだ多くの挑戦する事が残っている事を伝えたかった。・・・だけど、その為に僅かに狂った歯車に気付きながらも似て見ぬふりをした僕にこそ今回の事件の責任がある」

「いや・・・、俺も今までその二人が始めた企みだと思っていたけど、本当の黒幕は別に居たんだ。」

「黒幕だって」

「俺は、村雨にとどめを刺していない。その直前に割って入って来たネクロマンサーの劉こそが、今回の黒幕だったんだ。」

「劉が・・・」

「『バウンダリー(境界)の破壊』の真実は、劉がプレイヤーとキャラクター達の欲望を利用した計画で、互いが黒幕だと感じさせる事で自身が手を下さずに実施されていたんだ」


 この世界にした責任は己にあると語る鮫島 春樹に、上杉は『バウンダリー(境界)の破壊』の真の原因は別にあると話し、それは自身が戦った村雨を連れ去り消えたネクロマンサーの劉だと話すと、その真実は想定の範囲になったかのように以外にも鮫島は 春樹は冷静な表情を崩さなかった。


「以外・・・いや、そうでもないかも知れないね」

「どう言う事だ。お前は、劉の企みを知っていたのか」

「そうではないけど・・・。ネクロマンサーが何かを企んでいるのは知っていたし、『ルシフェル』を打ち上げる計画を出したのは江だけど、実際にリレイズへ『ルシフェル』をシンクロさせたのはプログラマーの劉だった。そう考えれば、『ルシフェル』に何かを仕掛けられる人物は劉かミハエルしか居ない」


 鮫島 春樹は上杉に、『ルシフェル』完成の過程でプログラマーとして関わっていた劉が全てを把握していた筈だと話すと、上杉の隣に居る娘の鮫島の右手を指さす。


「・・・そして、それを想定していた僕が『ルシフェル』に対して作った保険がそれだ」

「保険って・・・、鮫島の持っているその指輪が?」

「元々現実世界で智子が持っていたその指輪は、リレイズの世界へ来ても消える事は無かった筈だ。それは、僕が『ルシフェル』と同様の物をリレイズの世界へ持って来られるように指輪の形に変え作った物なんだ」

「これが、『ルシフェル』と同じ物に?」

「そして、上杉君はハヌマーンとケルベロス討伐で、赤い石と白い石をそれぞれ手に入れている筈だ」

「・・・ああ、これか?」

「実際にプログラミングした劉とミハエルにしかその真実は知る由もないけど、僕がカーンを使いリレイズの世界で集めた情報の全てを集結して作った物がこの中に入っている。智子に持たせたのは僕の知る人物以外が使用出来ない為で、ケルベロスとハヌマーンが持っていた石はそれを開く鍵になる」

「じゃぁ、私の持っているこれがお父さんの言う『ルシフェル』同様のプログラム・・・」

「だけど・・・、それって『バウンダリー(境界)の破壊』を再現するって事か!?」


 リレイズの世界へ入った時から持ち続けていた鮫島の指輪が『ルシフェル』同様の力を持つ事を知った上杉は、それを使う事によって再び『バウンダリー(境界)に破壊』が起こる事を危惧するが、鮫島 春樹は上杉の緊張を解きほぐす様に軟らかな笑みを見せる。


「・・・いや、アイリスによって作り出された『ルシフェル』による『バウンダリー(境界)の破壊』はミハエル達の思想を詰めたプログラムだが、僕の作ったプログラムにはまだ実現しようとする世界の思想を入れていない。・・・代わりに、君達がそれを使い理想とする世界を作り出せるようにしてある」

「俺達が、理想の世界を・・・」

「ミハエル達が行った事は『バウンダリー(境界)の破壊』を起こし現実世界とゲームの世界を入れ替えてしまった。・・・それに関しては『アングレア』を使った事によって、もう戻す事は出来ない。・・・だけど再び『黒い雨』を降らせる事で、世界を変える事は可能だ。アイリスと言う異常なまでの思想を持つ宗教組織を抑え、個々の思想で幾らでも未来を変えられる世界に変える事も・・・」

「・・・だが、私は現実世界でアイリスを崇拝する人間。そういった人間は消えた劉と同じで残るのではないか?」


 自身の作った指輪に込められているプログラムを使い再び『黒い雨』を降らせる事で世界を変えられる事は可能だと話す鮫島に対し、現実世界でアイリスを崇拝する人間はそれに影響は受けないと話す小沢に鮫島 春樹は話を続ける。


「君達の思想を変える気は無いよ。だから、現実世界同様に宗教的な争いはこの世界でも続くけど、この世界の主役は僕達であり、またリレイズに住むキャラクター達でもある。・・・だけど、今やこの世界では僕達よりも人口の多いキャラクター達こそ『バウンダリー(境界)の破壊』によって主役になりつつあると僕は思っている。彼らの思想はこの指輪によって変えられる事は可能で、それこそがミハエル達が現実世界を捨ててまでリレイズの世界にこだわった理由だよ」

「あんた・・・まさかアイツらの目的を知りつつ放置してたんじゃないだろうな!?」


 『バウンダリー(境界)の破壊』により数的支配率が圧倒的に高くなったキャラクターこそがこの世界の主役であり、逆にそれを操作する事が可能であればこの世界を征服する事は可能で、それこそがネクロマンサーとミハエルの目的だったと話し、真実を知り過ぎると感じ叫ぶ瀧見に背を向ける。


「君の言う通り、僕は全てを知っていたのかも知れない。その答えは智子の指輪に入っている。・・・やはり、僕は気付くのが遅過ぎた。全てに・・・」

「何処へ行くんだ!?」

「アイリスが陥落した今、君達を脅かす程の敵は居なくなったけど、消えた劉と村雨は再び君達の脅威として現れる。・・・僕は、それに備えて、また影となるよ」

「お父さん・・・」

「智子・・・父さんは昔からこんな人間さ。だから母さんに愛想尽かされ、お前からも心配される頼りない父親さ。・・・だけど、この世界になれば僕はこの目で全てを把握する事が出来る。その使命がある限り、今度こそ現実から目を逸らさずに全てを守り切るよ・・・」


 再び離れる事を感じた鮫島が心配そうな表情で父親である鮫島 春樹に声を掛けると、自身のこれまでの不甲斐なさを語りながらこれからはリレイズを見守る影として生きて行く事を話す鮫島 春樹は、カーンが現れた『時空の鏡』に入る姿を消す。


「お父さん・・・」

「では、鮫島 春樹の代わりにワシが説明する必要があるようじゃの・・・」

「カーンさん」

「鮫島よ、お前の父さんは逃げている訳でも、ましてや諸悪の根源でも無い。ただ、表現が不器用なだけじゃよ」

「・・・はい」


 姿を消す鮫島 春樹の姿を心配そうに見つめる鮫島に、自身がこの先の説明をする義務があると感じるカーンは鮫島を慰めるように優しく語り掛ける。


「アヤツはワシにもあんな感じで、何時もそっけなく命令を下す男じゃった。正直、ワシも鮫島 春樹だけに出会っていたら、これ程までに冒険者達に加担する事はなかったじゃろうが、おぬしを含む幾人の冒険者と出会い言葉を交わす事で鮫島 春樹の言わんとする事が分かって来た。確かに、アヤツは『バウンダリー(境界)の破壊』の前兆を誰よりも早く察知していた。じゃが、それが遅過ぎた事も同時に悟った事でワシに『ムフタール』を育てる事を頼んだのじゃよ」

「カーンさん・・・お父さんは、この世界を救う為に現れた正義の味方だったのでしょうか」

「ああ・・・それは間違いない。随分と不器用な正義の味方じゃがな・・・」


 蓄えた口髭から見える笑みから語られたカーンの言葉に、先程までの暗かった鮫島は笑みを見せる。


 陥落したアイリス城の王室の間に居る上杉達は、再び『黒い雨』を降らせる為に鮫島の右手にある指輪を手に取った。


 - 第七章 アイリスでの決闘 完 -

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