第六十八話 決着の果て
江と張達により鮫島達と離れた事で再び静けさを取り戻したフロアには、『竜神』上杉と『聖なる青い剣』を持つ最強剣士の村雨が静かに対峙する。
リレイズの世界でも数回の決闘を経験している二人だが、侍に転職し『竜神』となった上杉とは初対決になり、リレイズ史上最強の剣士同士の決闘の勝敗は紙一重に等しい危ういバランスで成り立っている。
「・・・さて、お前の剣の実力はある程度見させて貰った」
「・・・で、どうだよ?」
「互いに奥の手を持っている以上、これ以上の踏みこみは危険だと俺は感じている。お前もそうだろう?」
「ああ・・・、互いの持つ最後のカードが勝負の分かれ目ってとこだろうなぁ。お前の『神速』と俺の『水影』、互いに知り得ている必殺技に他の技を合わせる事で己の技を繰り出せた方が勝ちって事だな!」
先程までの戦いで互いの力を確認した村雨は、これ以上の領域はプラスαである特殊攻撃が必要だと話した村雨は剣に血を送り攻撃態勢に入ると、それに合わせて上杉も『妖魔刀』に闇の力を込め始める。
先制攻撃を仕掛けたのは村雨の血の塊で、鋭く尖った硬度の高い血の塊が上杉目掛けて襲い掛かり、上杉はその血を『神速』のスピードを使い全てを切り刻んで行く。
「さすがリレイズを倒した『神速』だな!だが、『バウンダリー(境界)の破壊』で覚醒したのは何も『ムフタール』だけじゃないんだぜ!」
「村雨、お前との決着はここで付けるべきじゃない!俺達の戦いにふさわしい場所は、もっと別にある筈だ」
「何を今更言ってやがる!死んだ時の言い訳か!?俺はアイリスを守る為に攻めて来たお前を殺しに掛かっている!これは、城を攻める者と守る者同士の戦争だ!」
再び説得を試みる上杉の言葉は逆に村雨の心に火を付ける逆効果を生み出していて、逆上した村雨は『聖なる青い剣』に更に血を送り込むと剣は分身し二本の赤い剣が現れた。
「『聖なる青い剣』が二本に・・・」
「これこそが俺の覚醒だ!存在しない三種の神器を二本持つ技、これこそ剣士としての最強の証を得る為に必要な必殺技だ」
二刀流になった村雨は上杉に向かい突進し、上杉も妖魔刀を構え村雨の攻撃に備えるが、単純計算で二倍の量になった村雨の剣は上杉の『神速』のスピードを上回り、二本の剣を乱れ打ちする村雨の攻撃に上杉は防戦一方になる。
乱れ狂う村雨の攻撃を上杉が『神速』でかわした直後、村雨は上杉の足下にアイスアローを放ちバランスを崩し攻撃を仕掛けると、倒れかかった態勢のまま『神速』を使い後方へ下がり村雨の攻撃を紙一重でかわし距離を取った上杉は、連続で『神速』を使った事による疲労が蓄積し肩で息をする。
「今の村雨なら、『神速』無でもリレイズと対等に渡り合えるかも知れないな・・・」
「どうした上杉!キサマの実力はこんなもんかよ!?互いに手の内を知り過ぎている仲だし、今更隠し事はねぇだろう?お前が『聖なる青い剣』と『水影』を知るように、俺も『妖魔刀』と『神速』はリレイズでの戦闘やシャーラでの戦いで十分見ている。何時までも極意を見せねぇつもりなら、その前にキサマを殺す!」
目に見える疲れの蓄積を感じ苛立つ村雨は上杉に叫ぶと、持っている二本の『聖なる青い剣を』手前で交差し構えると、トップスピードで上杉の目の前に突進し、上杉との間合いに入ったと同時にその剣を操作したまま振り抜くと、剣の残像がそのまま赤く残り上杉へ襲い掛かる。
「俺のトップスピードから繰り出された二本の血の閃光だ!例えお前の『神速』を用いても二本の閃光を避け切る事は出来ねぇ!!」
至近距離から繰り出されたクロスの血の閃光に対し、上杉はそれを受け止めるかのように妖魔刀を目の前で水平に構えると、向かって来二本の血の閃光の交差する中心でそれを受け止める予想外の姿に村雨は驚きの表情を見せる。
「何!?」
「お前の言う通り、『聖なる青い剣』を俺は知り尽くしている。だから、二刀流になってもお前が繰り出す必殺技も以前と同じ閃光だと思っていた。クロスする中心部は両方の閃光が交差する場所、一本であれば剣で抑えるのは難しかったバランスの中心が分かったお陰で抑える事が出来る」
村雨の放つ血の閃光は一本であれば抑える為の中心点を見つけ出すのは困難であったが、それが二本になった事で交差する中心が生まれた事で、同じ三種の神器『妖魔刀』を持つ上杉は血の閃光を抑える事が出来た。
だが、自身の必殺技を止められた事に驚きを見せていた村雨だったが、抑えきれない笑みを見せ始め上杉の足下を見ながら話す。
「・・・だが、それは想定済みだったよ。俺の攻撃は同じ三種の神器である『妖魔刀』であれば押さえる事が出来るってな」
村雨が血で作った片方の剣を地面に置くと、村雨の能力によって固着されていた剣は血と化し地面に付着した瞬間、上杉の体は縛られるような感覚に襲われる。
その感触に覚えのある上杉にとって、その予想外の攻撃に全身から発汗する汗と共に村雨の語った意味をここで知る事になる。
「そうか・・・。お前の狙いは、これだったのか」
「そうだ、これまでの攻撃は俺の『水影』を使う環境を作る為の下地作りだって事だよ。お前の近くに水分を作る為のな」
「さっきの氷の攻撃とお前の血で、『水影』を使う環境を作ったって事か・・・」
村雨は最初に放ったアイスアローの氷が解け水になるタイミングに合わせて血の閃光を使い、己の血を合わせて『水影』を掛ける為の下地を作ったと話す。
だが、リレイズとの決戦の時に村雨は『水影』の弱点は己と同調した動きを取る為とどめが刺せないと話していた事を思い出すが、その答えは目の前の村雨の悲しくも清々しい表情を見て上杉は悟る。
「・・・お前、まさか」
「ミハエルがこうなっちまったのは俺の責任だ。遅かれ早かれその罪は償わなくちゃならねぇんだよ・・・。お前には罪は無いがミハエルが敵だと言った以上、俺の命に変えても倒さなきゃらなねぇんだよ!」
相打ち覚悟の村雨は遠くを見つめながら、『聖なる青い剣』を自身の心臓のある位置へ剣先を付き立て、その仕草を真似るように、上杉も持っていた『妖魔刀』の剣先を村雨同様に己の胸に向ける。
「・・・上杉。リレイズ時代のお前とは確かに互角・・・いや、剣士としての俺は互角以上の存在だった。だが、『バウンダリー(境界)の崩壊』の影響でお前が侍に転職し『竜神』の生まれ変わりとなりリレイズと戦ってから、俺はお前に憧れに近い感覚を覚えた。それは圧倒的な遠く及ばない力と存在感を覚えたからで、俺の全勢力を込めて放った二本の血の閃光も意図も簡単に破られた事で、これまで感じていた感覚は間違って無いと実感出来た」
「だけど、お前のスピードだって俺の『神速』に劣らない驚異的なスピードだった。今の俺には、お前がリレイズと戦っても負けないと感じている」
上杉の言葉に嘘は感じない。
だが、上杉の話す村雨のスピードはあくまで『シャインムーブ』を織り交ぜての攻撃であり、魔力消費が多いこの技を使うには剣術を両立する『パラディン』としては既に限界が来ていて、それが持っている能力の差だと感じる村雨は静かに口を開く。
「・・・いや、俺にはリレイズを倒す事は出来なかったよ。あれはお前だからこそ出来た偉業であって、他のプレイヤーでは倒す事の出来なかった言わば『バグ』に近い存在だったんだよ。それを倒したお前は間違いなくリレイズ史上最強の戦士であり、命を賭けないと倒せない相手だと実感したよ」
「・・・俺は、お前とこう言った形で決着する事は望んでいない。これで俺と相打ちになっても、お前がそれを満足するとは思っていない」
「・・・俺には、元々そんなコダワリはねぇんだよ。・・・あるのは、己の罪の意識だけだ!」
上杉の語る自身の存在を否定した村雨は両手に力を加えると、持っている『聖なる青い剣』を自身の喉元に引っ張り、それと同時に『水影』に掛けられている上杉も村雨と同じ動作を取るように持っている『妖魔刀』を自身の喉元へ突き刺す。
だが、村雨が『竜神』として生まれ変わり上杉との実力の差を感じていた感覚は間違っていなかった事を示すかのように、村雨の捨て身の攻撃にも動揺を見せない上杉は、自身へ向かって来る『妖魔刀』の刃先に恐怖を感じておらず、それは既に村雨の奥義『水影』を破る策を講じているからだった。
上杉は、村雨が『水影』を使う為に自身の周りに水を作り出すと考え戦闘中も常に水分を気に掛けて戦っていて、最初に繰り出されたアイスアローが溶ければ水分になる事も知っていたが、時間の掛かるその作戦は最終的な工程だと考えていた。
村雨の見せた『聖なる青い剣』の血の硬化能力を使い二刀流にする奥義を見せた事で、通常よりも使用量の多い血を使うそれこそが『水影』を使う為の最後の切り札と察知し、二本の閃光攻撃を受け止めたその時に、『妖魔刀』に宿る精霊を村雨の血へ送っていた。
互いの喉元に刺さる寸前で剣が止まった事に驚きの表情の村雨は、己の体内の血に何時もと違う感覚を覚え、同時にそれが上杉の放った奥の手だと理解する。
「・・・お前、俺の血に妖魔を送り込んでいたと言うのか」
「俺はお前の『聖なる青い剣』と違い、『妖魔刀』剣の精霊と交渉する事で契約を結んでいる。リレイズ時代では『聖なる青い剣』の精霊は血を剣に捧げる事で自身を使い手と認識させるのみの儀式だったが、この世界になり妖魔と話せるようになった事でお前の剣の中にいる精霊と直接相手が出来るようになったんだ」
「お前は、俺の『水影』を繰り出す切っ掛けが分かっていたのか?」
「ああ・・・。味方の時は頼もしい『水影』も、一対一での戦闘じゃ相打ちでしか使えないからな。お前が相打ち覚悟で『水影』を使うと考えていたからこそ、戦いの最中に発動条件である水分になる物を常に気にしていた」
「・・・フッ。幾ら『バウンダリー(境界)の破壊』による覚醒があったからとは言え、お前との奥の手の差がまさかこれ程まで付いていたとは・・・な」
上杉の言葉に村雨が納得した瞬間、村雨に持っていた深紅に輝く『聖なる青い剣』は村雨の血を通り『聖なる青い剣』の内部へ侵入した妖魔により粉々に砕け散り、フロア内に大量の血飛沫が舞う。
体内の血を殆んど失い自身の流した大量の血の上に倒れ身動きの取れない村雨の前に歩み寄る上杉は、悲しいようなやるせない表情を見せながら『妖魔刀』を振り上げる。
「・・・こういった形で決着を付けたくなかった。・・・けど、お前と同じで俺にも負けられない戦いがあった。・・・それが、お前との戦いだった」
「で、どうよ?その戦いに勝った、勝者の気持ちって言うのはよぉ・・・」
「さぁ・・・。俺はお前と違い社会の厳しさを知らない極普通の平和な高校生で、元々勝負事に執着した事は無い。競争や争いなんて社会に出てからの事だと思っていたし、剣道もゲームの世界での戦いも所詮は娯楽の一部だった。だけど、この世界になってお前と一緒に戦った事でお前が俺の生涯のライバルであり『家族』だと感じていた。・・・だけど、初めて負けたくない相手と互いの刃を向けて戦った結果は、俺には虚しさしか残らなかった・・・」
「まったく・・・所詮は甘ちゃんだな。俺は現実世界で共に会社を築いたミハエルを陥れ、自身の理想を貫こうとした。・・・だが、それは今になって自身に十字架を背負わせる結果になり、お前と対峙する事になった」
「・・・それが、お前がアイリスに付いた理由なのか」
「友を裏切った俺は、それ程義理の厚い人間じゃねぇよ。・・・俺は、ミハエルを裏切ったあの時から既に全てに対して敗者だった。・・・ただ、その事に気付くのが遅かっただけだ」
「これは、お前との結末としては望んでいなかった俺の結末だ・・・」
「いいんじゃねぇか・・・。理想と現実が何時一緒とは限らなねぇよ。さぁ、お前が勝者だ。早いとことどめを刺してくれよ。どうせこのままじゃ、俺は長くは持たない・・・」
村雨の言葉に目と閉じ返事を返さない上杉が両手に力を込めると、その手に持つ『妖魔刀』は一気に村雨の体へ落下して行く。
だが、その刃は村雨の元へ届くと同時に村雨の姿が消え、驚きながらも村雨の動きを追っていた上杉は目の前に立つ村雨を助ける人物に面識が無かったが、その様子とこれまでの流れで正体を理解した上杉はその人物を睨む。
「・・・劉か」
「始めまして。・・・だが、さすがだな。この一瞬で、私が何者かは理解しているようだな」
赤い武術服を姿とは違い村雨を助ける為に使用したのは明らかに魔法であると感じた上杉は、ネクロマンサーに所属し名は知っていたが初めて見る劉の姿に只ならぬ気配を感じ緊張の趣の上杉に、劉は静かに口を開く。
「・・・私はネクロマンサーの作戦参謀としてリレイズに参加していたが、その正体はミハエルと共に『ルシフェル』に『負のエネルギー』を蓄えそのエネルギーを使い殺人兵器を作る事を企んでいた、『バウンダリー(境界)の破壊』を起こした張本人の一人だよ」
「殺人兵器だって・・・。『ルシフェル』を打ち上げ『上書き』を行ったのは、お前達ネクロマンサーじゃないのか」
「表向きにはネクロマンサーのリーダである江が『ルシフェル』の全てを握っていると思わせ、真実は私とミハエルはプログラム側から『ルシフェル』を乗っ取っていたと言う事だ。『ルシフェル』を打ち上げたのはネクロマンサーの陰謀であったが、『バウンダリー(境界)の破壊』も『上書き』も全て私達が作ったプログラムで、私はアイツらが知らない術も使える。例えば、今使った空間移動の魔法も私だけが使えるオリジナルだよ」
「・・・お前が、この世界を変えた張本人と言う事だな」
「私はただ、江達の企みに乗ったついでに自身の理想郷を作りたかっただけだ。ミハエルは、結局『ゲームマスター』の生け贄になったがな」
「何!ミハエルが死んだって言うのか!?」
「木村の欲望の餌食として、『リレーション』の生け贄となったよ。まさか、『ムフタール』になった木村が使うまいと考えミハエルと対峙させる運びだったが、正直ミハエルが居なくてもプログラミングに関しては問題無い事。・・・だが、戦闘力が無い私には新しい戦力が必要だ。お前達のせいでミハエルと『人造人間』を無くしアイリスが陥落した今、私の手足となって働く人間が居なくなってしまったからな」
ミハエルが死んだ事を聞き込み上げる怒りと共に叫ぶ村雨を光る紐状の謎の力で縛り付けている劉は、自身が『バウンダリー(境界)の破壊』を起こしそのプログラムに仕掛けを施した黒幕であり、上杉達のせいでアイリスが陥落した事で駒を無くしたと話すと、縛り付けていた村雨を自身と共に謎の光の紐で巻くと一筋の光と化し姿を消し、残された上杉の元へ戦いを終えた鮫島達がやって来る。
「上杉君!」
「あ、さ、鮫島・・・」
「村雨さんはどうしたの?」
「アイツは、この世界の黒幕と共に消えた」
「黒幕?」
「あたし達が倒した菊池や江以外にもプレイヤーで黒幕が至って事かい!?・・・って事は、ミハエルが!?」
「・・・いや、ミハエルは木村が唱えた蘇生魔法の生け贄になったと話していた・・・」
「木村が『リレーション』を詠唱したのか!?」
自身の身を案ずる鮫島に対してシャーラ以来の再会になる上杉はぎこちない言葉で返し、戦っていたはずの村雨の姿が見えない事に疑問を持った瀧見に『バウンダリー(境界)の破壊』を企んだ黒幕と共に姿を消したと話す上杉の返答に、自身達が倒した菊池や江を除けば残りは同じ『ゲームマスター』であるミハエルが黒幕だと瀧見は理解するが、上杉はミハエルも既に『リレーション』の餌食となったと話すと『負のエネルギー』で作った魔法を唱えた木村に驚く小沢に上杉は話を続ける。
「『ルシフェル』を打ち上げさせた張本人はネクロマンサーとミハエルだけど、その『ルシフェル』に自身の理想のプログラム打ち込んでいたのは劉とミハエルで、劉はアイリスが陥落し手駒を無くした事で村雨を取り込む為に連れ去っていった」
「劉って・・・、ネクロマンサーの劉か」
「妖魔を操る事で全ての力を使った俺には、村雨を救う事は出来なかった。多分、劉は村雨を取り入れ再びリレイズを自身の理想郷築く事を企てる筈だ」
自身の力を使い果たした上杉は『妖魔刀』を杖代わりに寄りかかりながら劉が話した『ルシフェル』の真実を話すと、ネクロマンサーの中では戦闘能力としては一番目立たなかった劉が『バウンダリー(境界)の破壊』の真の黒幕である事に小沢は驚きの表情を見せる。
「だけど、あたしはこの世界の思想を変えたのはその先に居るアイリス三世だと感じている。ここまでキャラクターの思想を変えられるのは、あたしのAIプログラムを持ってしても想定出来ない事だったからね」
「全ての真実は、この先の扉っていう事か・・・」
アイリスの戦闘兵が殲滅した今、この先に居る国王のみがアイリスの真実を知る人物だと感じる上杉達は、目の前にある巨大な扉に手を掛け重量のある扉を開けると徐々に見えつつあるその先の光景は、自身達が考えていた事とは掛け離れた光景が広がる。