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サイバー・バウンダリー  作者: りょーじぃ
第一章 リレイズの世界
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第五話 リレイザー

2015/12/15 文構成を修正実施

 クエストを達成した数日後。

 全世界のリレイズユーザ間では、その事は最もホットな話題となっていた。

 

 その理由は、クエストを配布した会社であるアステル社がアシメントリーを用いてヘッドマウントディスプレイを作った二大メーカのうちの一社だからで、全世界でユーザーの居るリレイズでクエストを配布する事は投資金額以上のスポンサー活動になる為、ゲームとはそれ程関係の無い健康食品の会社等もクエストを配布するほど企業に取っては格好の宣伝活動の場となっていて、今回のクエスト制覇はニュースの一部でも話題となったほどだった。

 

 だが、ゲームのハードウエア会社であるにも関わらずゲーム内のクエスト配布を一切行なっていなかったアステル会社が、今回その沈黙を破り二社のうちのアステル社が初めてクエストを配布した事に関して、新規ハードの発表用の宣伝か?それともソフトのヴァージョンアップの宣伝か?など、未だに謎のベールに包まれているその理由はユーザ間では様々な憶測が飛び交っていた。

 サイレンスが得られた報酬金額的にも他のクエストと比べ代わり映えはなかったが、今回のアステル社のクエスト制覇はサイレンスの知名度を瞬く間に世界中のゲームユーザーに知れ渡れさせる事になり、元々有名だった日本でもさらに知名度が上がった事に加え、リレイズの実名システムの影響も相まって上杉は学校で時の人として有名になった。

 

「上杉、お前リレイズやってたのかよ!?」

「スゲーなお前!」

「ねぇ、私達と一緒にプレイしてよ」

 

 上杉の前に来る人達は、皆一斉に同様の言葉を送る。

 スマホゲームは遥か昔に廃れたこの時代に限りなく現実に近いバーチャルゲームは、進学校でもあるこの高校でも大多数の生徒がリレイズを経験していて、元々珍しい名前と本人に酷似したアバターだった事もあり上杉の噂は同級生から学年へと広がり他高へも拡散し、やがて近県内外でもその噂が広まりつつあった。

 

「あー、面倒くさいなぁ。これじゃ、今後はゲームの為にズル休みは出来なくなるよ」

 

 言い寄る人々を嫌い、校舎の屋上へ逃げた上杉は大きくため息をつく。

 あのクエストには上杉も正直何かを期待していたが、得られた報酬も他のクエスト同様だったのが以外に唯一得られた物と言えばハヌマーンの死体から出て来た赤い艶の無い宝石のみで、それに関しては川上が鑑定中だが、どうもゲーム内ではまだ出てきていないアイテムらしく、鑑定するまでに時間が掛かると言われた。

 それがかなりのレア物であればいいが、そうでなければ正に骨折り損の何とかで、別に名声が欲しい訳ではない上杉にとって今までみたくゲームの為に休みずらくなった環境は逆にマイナスで、その事を考えながら屋上の床で寝返りを打ち横へ視線を向けると目の間に誰かが立っている事に気付く。

 寝そべっている上杉の視界ではその姿は下しか見えない状態で、黒いストッキングを履いた細い足が見えたので間違いなく女性だと判断出来たが、また何かのお誘いかと思った上杉は面倒臭そうな態度で話し出す。

 

「・・・何か用ですか?」

「上杉君、今日も行事準備委員の仕事あるのよ」

「鮫島か・・・。え!、そうだったのか・・・。悪かったな」

 

 聞き覚えのある声に上杉はハッとなり飛び起きるように体を起こし視線を目の前の女性に合わせると、目の前にはクラス委員の鮫島がいつも同様クールな表情で立っている。

 上杉はこの手のタイプの女性が苦手で、元々女性に対してそれ程経験豊富な訳では無いのに苦手なタイプと接触しないとならないこの状況は上杉に取って苦痛な他なく、右手で頭をかきながら面倒臭そうに上杉は鮫島の話に返事をする。

 二人は先日同様バザー開催前の最終調整や展示品の見直しなどを行い、鮫島の的確な指示に上杉は翻弄されながら走り回りようやく準備が終わり、残すところは明日の開催のみとなったので今日は早めに切り上げる上杉は荷物が置いてある自身の教室へ戻りながら携帯のチャットを開き川上からの報告が来ていないかを確認しながら体育館を後にしようとした時、背後ろから上杉を呼び止める声が聞こえる。

 

「・・・上杉君」

「・・・何?」

「あ、・・・いえ。明日の開催は放課後からだから、帰らないでこっちへ来てね」

「分かってるよ・・・。明日は逃げたりしないよ」

「そう・・・。それじゃ、また明日」

 

 その声の主は鮫島で、さっき校舎の屋上で呼んだ時のクールな口調と違いその声色は少しだけ恥じらいや緊張感が伝わるような震えた声に聞こえたが、同時に一瞬何かに戸惑ったような仕草を見せる鮫島に上杉は見逃さなかったが即座にいつもの口調に戻ったのを見て、上杉は呆れるような口調で軽く答えて振り返らないまま体育館を出た。

 

 帰りの電車内でなった上杉の携帯の着信者は川村からで、今の時代の通話は携帯の音声電波を脳に直接接続できるシステムは脳で直接会話をする事で通話が成り立っている。

 人間の脳は実際20%程しか能力を使っていない為、運転中などの通話も脳に対しての負荷は殆ど無いので運転しながらの通話が可能になるこのシステムを使えば、現代では何処で通話をしても迷惑にはならないようになっている。

  

「上杉?」

「ああ、例の件どうだった?」

「どうやら、アイテムが新し過ぎて鑑定が出来なかったんだ」

「まだ正式に登録されていないアイテムって事?」

「でも、そんな事ってあるの?ゲームの世界なんだからさ、登録してから出すのが普通じゃないか?」

「確かに、バグ確認やアイテムの能力確認の為に普通なら、一度ゲーム内テストしている筈だよな」

「どちらにせよ、鑑定士に見ても結果が出ないんじゃ、あのアイテムは今の所ゲームの世界じゃ存在しない物って言うのが俺の見解だ」

 

 川上からの内容は、ゲームの世界で有名な鑑定士に依頼した結果が今まで聞いた事の無い鑑定不能という答えだったと言う事で、モンスターを倒し手に入れたアイテムはすぐ使える物でばかりではなく、例えばモンスターの内臓から出て来た物は強力な胃酸で外部が腐食し使えない物もあり、それを使えるようにするようにする『鑑定士』がゲームの世界の町などに必ず存在するゲーム内のキャラクターだ。

 だがゲームのシステム上鑑定不能なんて有り得ない話で、ましてやこれほど有名になるクエストのアイテムを運営側が登録忘れなんて考えなれないと上杉は感じるが、このアイテムはクエスト報酬ではなくハヌマーンの体から出て来た事を合わせて考えると、本当にただの登録忘れか別の意味を持つアイテムなのかと結論した川上は後者である特別なアイテムだと推測する。

 

「とりあえず、来るべき日まではこのアイテムは隠す事にしようと思う」

「来るべき日って?」

「もちろん、アステル社がクエストを出したんだ。・・・ならば、もう一社も黙ってはいない筈だろう」

「なるほどね・・・『テック社』て訳か」 


 川上がこのアイテムの件は今後伏せる事を進める理由は、次に来ると予測する推測するクエストに備えてとの事だ。

 それはアステル社と並び、ヘッドマウントディスプレイを発売しているメーカである『テック社』で、この二社が新世代ゲーム機の基礎であるアシメントリーを使い今までに無い画期的なゲームの世界を提供しているハードメーカだが、世界的に有名なリレイズの開発に協力したのはテック社のみになる。

 今回の流れを見て近いうちにテック社も何かしら動き出すのでは無いかと考えた上村は、このアイテムはそれに通じる何かがあるのでは無いかと考える。


 その川上の読みは見事に的中し、数日後テック社より正式にクエストが配布される。

 その内容は、『ケルベロスを討伐せよ』と言った内容だった。

 

 ケルベロスと言えば現実世界では複数の首を持つ伝説の猛犬の事だがリレイズの世界では存在しておらず、今回のクエスト用に新たに追加されたモンスターだがハヌマーンの時のようにモンスターの住む場所は記載されておらず、5大陸に分かれるこの世界の何処かに居ると言う事しか分からなかった。

 それと諸注意として追記されている部分があり、それは『ムルティプルパーティーで戦う事』で、リレイズでは『ムルティプルパーティー』と呼ばれる6人の複数パーティーで挑む事が今回の条件は、ケルベロスの居る入り口は6人で入らないと進めない構造になっていると考えられる。

 

「で、ここで問題だ・・・」

 

 ここはイスバール都市の住民区で、上杉達サイレンスのアジトで三人が部屋の中央にあるリビングで集まり会議をしている。

 いつものラーメン会議であればもう少し穏やかな雰囲気であるが、今日はいつもと違い真剣な表情の三人がその場で重い空気を漂わせる。

 議題になっているのは先日発表されたテック社のクエストの件で、もちろんサイレンスもそのクエストには参戦する予定だが少数精鋭が売りのこのパーティーは現在三人しかおらず、クエスト攻略の条件であるケルベロス討伐は6人構成のムルティプルパーティーでないと挑めない為、新たにメンバーを募るかの話し合いをしている。

 

「補助要員として追加するか正式にパーティーに入れるかだが、手っ取り早いのは街でリレイザーに参加を頼む事だけど、ゲーム慣れしているから連携などは組み易いが報酬の交渉が面度だろうな」

「リレイザーか・・・」

 

 川上が話題に挙げた『リレイザー』はこの時代では社会現象になっている程の問題で、リレイズの限りなく現実に近いゲームの世界に居心地の良さを覚えたユーザーがログアウトせず長期に渡りゲームの世界に滞在する人間の事を指し、彼らの主な収入源はゲーム内でのクエストの補助や商売などで、その世界に暮らす為に現実世界と同様に仕事をしてお金を稼いでいる。

 それこそがリレイズが世界中で支持されている理由の一つで、ゲーム内で必要となる通貨を現実世界の通過と両替する事で現実の通貨と同等の価値を与える『共通通貨システム』を採用し、ゲームのお金と現実世界のお金は同等の価値を持つ通貨になる事でゲームの世界での億万長者は現実世界でも億万長者になれるのだ。

 

 現実世界の通貨『1円』に対し、ゲームの通貨は『1ルーディー』と同価値になる。

 

 だが、それを行なうには資金が必要で、それを融資しているのがクエストを配布する各スポンサー会社で、クエストに配布される金貨はスポンサーが投資したクエスト報酬の20%を充て、残りの80%をフィールドのモンスターや宝箱の中身として分けている。

 迷宮やクエスト、モンスター討伐等で手に入れたアイテムや宝石類は商業区でゲーム通貨に換金すればゲームの世界で使えるのと同時に、両替すれば個人の口座へ振り込も事が可能なので現実世界の通貨にも変える事が可能で、アイテムを直接現実世界へ持って行く事は出来ないが、アイテムはログインID間で転送可能な為オークション等で取引すれば現金を入手する事が出来る。


 だが、ゲームの世界に生きたいと現実逃避者が多数現れそれが社会問題になっており、またゲーム通貨を資金運用する人間も現れ通貨バランスが崩れる恐れが出始めたのと、年齢制限の無いゲームの為未成年でもお金のやり取りが出来てしまう事も問題視されている。

 上杉達もゲームの世界に無い食事を作る事でゲーム通貨を稼ぐ事を目論んでいるが、それはあくまでゲームを楽しむ為の資金稼ぎであって、ゲームの世界で永住するとか通貨バランスを崩そうとは考えてはいないが、異例のゲーム人口を誇るリレイズではその小さな行為が積み重なりバランスを崩す可能性もある程、リレイザーはゲーム内で多大な影響力を与えている。

 

 神妙な趣な二人の話を横で聞いていた清水が、その様子を見て素っ気無い表情をする。

 

「だったらさー、現実世界で探せばいいじゃん」

「・・・しかし、上杉はどうしてそこまでリレイザーを嫌うのかね」

「俺は、奴らの生き方が気に入らないんだよ。現実世界から逃げた奴なんて」

「大人になれば逃げたくなる時もあるんだよぉ」

 

 清水の考えは至って単純で、リレイザーを嫌うのであればゲームの世界で探すのではなく新たな新規ユーザーか現実世界に帰るユーザーを誘えばいいと話すが、嫌そうな表情で崩さない上杉にリレイザーを嫌う事を疑問視する清水に、上杉はリレイザーの趣味の悪さを語る。

 どの世界でも生活してゆくには金が必要なのは分かるが、その為に偽物を売ったり酷い者は同じプレイヤーを襲い金品を奪う強盗をするリレイザーも居る。

 上杉は純粋にゲームを楽しむプレイヤーの邪魔をする極僅かだが存在する最悪のイレイザーを見た事がある為、そう言った偏見でリレイザーを見てしまうのだ。

 リビングの二人掛けのソファーに一人腰を深く座り背中をもたれながら腕を組み考える川上は、二人の会話が途切れた後即座に会話の中に入ってくる。

 

「・・・よし、じゃあ三人で一人ずつ仲間をスカウトして来るか?」

「俺達、個人で誘うって事か?」

「おお、上杉も清水もそれぞれ考えがあるんだから、己の理念に乗っ取った探し方をすればいいじゃないか。俺達は年齢は近いが、現実世界で置かれている立場は全く違う。なら、三者三様の考えで一人ずつ連れて来てみようぜ」

 

 上杉は学生であるが清水は看護士主任として皆をまとめているし、川上は一営業であるが独自の理論で行動し成果を上げている。

 それぞれの生き方があると同時に考えも違うのは当然で、ならば各自の理念に基づいたムルティプルメンバーに必要な追加メンバーを探し出して来ればいいのではないかと言う川上の提案に二人は賛成した。

 

「だが、時間は限られている。出来るだけ急いでメンバーを探そう」

「分かった」

「はいよぉ」

 

 このクエストに時間制限は無いが早い者勝ちクエストでもある為、川上は二人に急ぎである趣旨を説明する。

 

 今回も最大のライバルであるエスタークは既に6人のメンバーが揃っているので情報収集とダンジョン捜索へ既に出発していて、今回も後追い方法を使いエスタークの情報を収集してから出発する予定だが、それでもメンバーを一から集める事を考えれば時間がいくらあっても足りない。

 

 三人はその場で解散すると上杉は一旦現実世界へ戻る為ログアウトし、川上と清水の二人はまずはイスバールで仲間を集める事を目的に多くの冒険者が集う商業区へ移動した。

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