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サイバー・バウンダリー  作者: りょーじぃ
第七章 アイリスでの決戦
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第六十七話 アイリスの思想

 アイリス城の宮廷内には広大な中庭があり、そこは四季折々の草木が咲く風光明美な場所であるが、アイリス城が戦火となっている今はその場所も戦火と化していた。


 奇麗に敷かれていた筈の宮廷の芝の上には『パラディン』の辰巳と『ゲームマスター』の瀧見がアイリス幹部でキャラクターのムスカとネクロマンサーのちょうと向かい合い、辰巳達と一緒に居る鮫島は菊池との戦闘で魔力を使い果たした為、辰巳と瀧見の後ろで戦局を見つめていた。


 通常であれは三大高級職業の『パラディン』と『ゲームマスター』であれば、幾らネクロマンサーの張と軍の最高司令であれ一介のキャラクターでしかないムスカが互角に渡り合う事は無いが、瀧見と辰巳の攻撃を防ぐどころか押し始めている状況に鮫島は驚きの表情で見つめる。

 張の繰り出すホロゴーストの霊魂を瀧見が受けると、横に居た辰巳が瀧見の持つ『雄鶏の杖』から放出される魔力により切り裂かれたホロゴーストの霊魂の残像を振り払いながら目の前の張とムスカに攻撃を加える。

 だが張はその攻撃を受ける造作もせずに余裕の表情で受け止め、ムスカが繰り出す不規則な動きをする鋼鉄の棘を持つ鞭が辰巳襲い、辰巳は剣で鞭を受け止め互いの武器が跳ね返ると鞭を自身の元へ戻しながらムスカが口を開く。


「どうしました?三大高級職業の『パラディン』が、キャラクター如きに苦戦していてはその名が泣きますよ!」

「お前の鞭の動きは、明らかに普通に考えられる動きじゃない。例えお前がリレイズでのキャラクターであっても、アイリスの最高位に居る要人を簡単に倒せるとは思っていません」


『至高の召喚士』誕生を目の前の見た事で『バウンダリー(境界)の破壊』による影響は多岐に渡ると理解している辰巳は、自身の死角を付き変則な動きを繰り返すムスカの鞭の動きは、意思を持ち動いているのか、又は別の方法で鞭を操っているのかを考ムスカの挑発に近い言葉にも動揺せず冷静に分析する。

 その時、辰巳の脳内に突如フラッシュバックのように映像が飛び込んで来るそれは、『バウンダリー(境界)の破壊』により覚醒した『相手のステータス状況が確認出来る』能力で、その能力を使い辰巳はムスカの振るう鞭の状態を確認するとムスカが鞭を使う時に僅かだが魔力が減少する事を見抜き、ムスカの鞭は魔力を込める事で変則な動きを可能性にしていると結論付けた辰巳に瀧見が話す。


「辰巳、あの鞭の動きは間違いなく自ら意識を持って動いている感じだね」

「・・・ですが、あの動きに生命を感じないのが気になります」

「何だい、それは?」

「これが『バウンダリー(境界)の破壊』による影響だと思いますが、『パラディン』になった私には相手のステータスが数値として見えるようになりました。それが人間の身にしか反応しないのかも知れませんが、もしあの鞭自身に生命が宿っていれば私の目にはムスカ同様のステータス反応がある筈なのですが、それが無いのです」

「『相手のステータスを見る能力』ねぇ・・・。確かに、ゲームの時代じゃそれが当たり前だったから能力としては語れなかった物だけど、この世界になってからじゃその能力は重宝される能力だね。・・・で、辰巳、あんたの結論が聞きたいね」


 辰巳の能力を理解した瀧見はその目に映った物の結論を辰巳へ訪ねると、ムスカが鞭を操る度に消費される唯一の物が魔力だった事と、ムスカが鞭を持たない逆の腕の指をこまめに動かしている事から辰巳は既に一つの結論を出していて、張のホロゴーストから放たれる霊魂を撃退しながら話す瀧見に前を向いたまま辰巳は答える。


「あの不規則に動く鞭の正体は、ムスカの逆の手から放たれる魔力によって操作されていると言う事です」

「なるほど、操作系の鞭って事かい」

「僅かですが、鞭を使う度に魔力が消費されたのが確認出来た事で、鞭の動力源は確定しました。それと同時に行われる動作が逆手の指の動き。私の結論は、ムスカは魔力で鞭を操作している、です」

「・・・よくそれが分かったな。私が冒険者から貰った能力は、対象物を操る事の出来る『愚儡子』(くぐつ)の術。本来の動きである鞭の動きを変則的にしているのだよ」

「だけど、それだけの能力であれば私達を倒す事は出来ません・・・」

「私の魔力操作に加え、その真意にも気付きつつあるのか・・・。お前のその能力は菊池殿や村雨殿同様にこの世界を制するほどの力ですな。やはりお前は、私がここで倒しておくべき相手だったのは間違い無さそうですね」


 自身の能力の特性を暴かれても余裕の表情を変えないムスカは、自身の能力の底を見せていない事にも気付きつつある辰巳を生かして置くべきではないと悟る。


 先手を切ったのはムスカの高速で動く鞭で、その鞭の鋼鉄で出来た棘はどんな物でも引き裂く力を持ち、例え強力な防具を持ったプレイヤーでもその鞭に掛かれば鎧の隙間から侵入した棘によりダメージを与える事が出来る。

 高速で動く鞭に対し辰巳はシャインムーブを使い変則的な鞭の攻撃を見極めながらムスカとの間合いを詰め、自身の剣をムスカの戻って来た鞭と交差させた時に見たムスカの薄気味笑いと共に自身の体が強張った感覚を覚えたと同時に、全身の力が入らなくなった事に気付く。


「捉えた!『愚儡子』とは本来人形を操る他に、からくり人形として狩猟にも使われた部族の名前だ。その鞭の正体は武器では無く拘束具だよ」

「そ、そうか・・・。これが、私の感じていた違和感だったのか」


 辰巳の体に巻かれた鞭は先程までとは長さも大きさも変わると鞭として武器と見せかけていたその正体は相手を拘束する為の武器だとムスカが話すと、辰巳に巻かれた鞭は一枚の筒となり辰巳を飲み込むと、ムスカは自身の纏っていた鎧をおもむろに脱ぎ出した。


「そして、私の纏っている鎧こそが武器であり、最強のパートナーです!」

「愚儡子・・・なるほどな。あんたの持つその鎧こそが、武器として使う愚儡人形って事かい」

「お前達は勘違いしているかも知れないが、私がアイリス軍の最高位に居るのはキャラクターを幹部に入れバランスを計っていたのではなく、私自身の能力が単に他の人間より高いからだよ。私が与えられたその能力は、張よりも強大だ!」

「あたし達は、別にあんたらを軽蔑している訳じゃないよ。ただ、『バウンダリー(境界)の破壊』によって現実世界としてしまった『ゲームマスター』の責任として、この世界を皆で平和にしようとしているだけだよ」

「そんな甘ったれた思想を語っているから、その能力がありながらお前達はいつまでもこの世界の主役になれないのさ!例えこの世界がお前達の住む世界と合併しようが、リレイズの世界は戦略と戦争で成り立っている己の思想を叶える為に実現する世界だ!」


 瀧見の言葉に湧きあがる怒りを抑えきれず叫んだムスカが目の前に置いた鎧に己の魔力を込めると、その鎧は巨大化すると共に鶏の顔と蛇の尾を持つ伝説の魔獣『バシリクス』の形へと変化して行き、現れた鋭く尖る爪先から垂れる不気味な色の液体は間違いなく毒の一種であると瀧見は判断する。

 襲い掛かるムスカの愚儡に対し瀧見は『雄鶏の杖』から魔力を放出するが、その閃光はバシリクスの鎧に当たると鏡に反射され城壁へ弾き飛ばされて行く。


「私の愚儡『バシリクス』が纏う鎧の魔力を弾く効力があれば、魔術士ではバシリクスを倒す事は出来ない!張よ、二人で瀧見を倒すぞ」

「・・・まったく、召喚が出来ない『至高の召喚士』なぞ何も役に立たないな。お前は二人の死を只見つめている事しか出来ない」


 辰巳を拘束し物理攻撃が出来る人間を無くす事で自身の操る愚儡であれば魔法は効かない事で勝利を確信するムスカに返事をする張は、奥に居る魔力の尽きた鮫島に対し吐きセリフを投げかけ二人で瀧見へ向かう。

 膨大な魔力を持つ瀧見であっても魔法が効かない愚儡バシリクスと三大高級職業『ロード』である張を相手にするには負担が大きく、この状況では直接攻撃を与える『無属性』メテオスラッシュも詠唱する暇も与えられず、間髪入れず放たれるホロゴーストからの霊魂を魔力で撃退しバシリクスの攻撃をシャインムーブで避け続ける瀧見にも、その先に待ち受ける魔力枯渇に焦りを感じる。


 瀧見の攻撃パターンが単調になったその時、バシリクスから放たれた蛇の尾の攻撃を慌てて避けた瀧見に襲い掛かった張のホロゴーストでの直接攻撃を間一髪で交わしたが、完全に避け切れなかった瀧見の肩には大量の血が流れる。

 その後も容赦なく訪れるバシリクスの攻撃に反応が出来ない瀧見の前に無い筈の水が現れると、その水から現れた水竜の従者が水壁を作りバシリクスの攻撃を防いだ。


「鮫島!」

「まだ魔力が残っていたか。・・・だが魔力の無い今、水竜の壁クラミツハを出すのが精一杯のようですな」

「まぁ・・・この程度まで、ですけどね・・・」


 張とムスカの嵐のような連続攻撃は鮫島の召喚したクラミツハによって一旦停止するが、現れた従者から魔力の枯渇は深刻だと悟ったムスカに対しそれが正論だと言わんばかりに答える鮫島だったが、その言葉とは逆に決意の宿る表情で前に居る瀧見へ話し掛ける。


「瀧見さん。あなたであればこの状況を打破出来る筈です」

「・・・何だい、いきなり訳の分からない事を話し出すな」

「『雄鶏の杖』は自身の魔力を具現化し放つ事の出来る三種の神器。なら、『ゲームマスター』である貴方であればその能力を逆の方法にも使える筈です」

「逆の方法?まぁ、ある程度はこの杖の特性は掴んでいるからな・・・。あんた!まさか!?あれをあたしにしろと!?」

「さすがですね・・・。私はこの戦いで『雄鶏の杖』のもう一つの可能性を試すべきだと思います」

「だが、あたしもその方法は試した事はないぞ。魔力特性は人それぞれだし、もし調整を誤れば魔力が少ないあんたの命に関わるかも知れない」

「ですが・・・、このままでは全滅は免れない、それは瀧見さんも感じている筈です。・・・張の言う通り、魔力の無い私はただの人でしかありません。リレイズの全てを知る『ゲームマスター』の瀧見さんであれば、それが可能です」

「・・・分かったよ。あんたが考える方法は試してみる価値はある」


 鮫島の言葉に瀧見は暫く黙り込むが、鮫島の真剣な表情を見て決心が付き鋭い視線を目の前のムスカと張へ向けると、同時に『雄鶏の杖』からこれまでに見た事の無い程の強大な魔力量と色を作り出しムスカへ放つ。

 だが、その攻撃を受け止めようとしたムスカのバシリクスの目の前で光は突如向きを変えブーメランのように引き返し、再び瀧見の元へと戻る不意を突く行動に驚きの表情のムスカは瀧見へ叫ぶ。


「お前!一体何をするつもりだ!?」

「あんたの言う『バウンダリー(境界)の破壊』の恩恵を一番受けているあたし達は、常に新しい多くの可能性を追求しているって事だよ。その答えがこれさ!」


 不意を突かれ叫んだムスカは瀧見の元へ戻る魔力の閃光を凝視した時、その閃光は今まで自身達へ放たれていた魔力のそれとは違う事に気付くと、先程の鮫島の言葉とこれから行う瀧見の行動に気付き瀧見の後ろへ控える鮫島を睨むが、鮫島は二枚の術紙を広げ既に次の行動への準備を行っている。


「そう言う事か。張!鮫島にホロゴーストを放て!」

「一瞬遅かったね!あんたが次に放つのが飛び道具だって事も想定済みだよ!」


 ムスカの指示に従い張がホロゴーストを振りかざし霊魂を鮫島に向け放つが、その行動を既に読んでいた瀧見は杖を持つ逆手に魔力込めて閃光魔法アンセムを放ち、鮫島が召喚したクラミツハの壁と共にホロゴーストから放たれる寸前で全ての霊魂を受け止める。


 鮫島が持つ二枚の術紙の従者は四大従者のリヴァイアサンとウロボロスであったが、今の鮫島の魔力では到底召喚は出来ない筈の従者を召喚準備に入る鮫島の元に、先程瀧見が放った魔力の閃光が襲い掛かる。

 そして詠唱を終え召喚儀式に入ると同時に鮫島の元へ辿り着いた閃光は鮫島の体を包み込み、その全てを吸収し切った鮫島の目の前に二体の四大従者リヴァイアサンとウロボロスが現れる。


「ば、ばかな!そのタイミングで召喚するとは・・・」

「『雄鶏の杖』の魔力放出能力を利用して、それを相手の魔力として取り込めるようにあたしが調整したって事さ。・・・正直、ここまで上手く行くとは思わなかったけどね」

「いえ、瀧見さんの魔力放出のタイミングが絶妙だったからですよ」

「まぁ、褒められて嬉しくなくはないけどね。・・・さて、後はあんたの考える作戦に任せるよ」

「はい!後は任せて下さい」


 瀧見との絶妙のタイミングで従者を召喚した鮫島に驚くムスカを向いた鮫島は、先程までと違い魔力を全て鮫島へ送った事で枯渇した瀧見と前衛を入れ替わり、召喚した従者をムスカの傀儡バシリスクを囲むように放つ。

 鮫島は傀儡で出来た人形であるバシリクスも伝説通りの幻獣であれば、自身の持つ鮫島 春樹が記載したステータスブックのメモの方法が有効であると考え瀧見に魔力を分けて貰う作戦を取った。

 だが、それはあくまで幻獣の話であって傀儡で操られる人形が果たして同じ行動を起こすか多少の不安はあったが、これまでの見たバシリクスの動きのそれはムスカからの指令以上の行動力を見せている事から、この作戦は試みてみる価値はあると鮫島は感じている。


 鮫島 春樹が残したメモに記載されていたバシリクスの特徴とは、鶏の頭と蛇の尾は別の意識を持つ為戦闘時の死角が無いとの事は今までの戦闘で実感しているが、そのバシリクスの無敵の部分が唯一の弱点だとメモには書かれていた。


「リヴァイアサン、ウロボロス。同時に攻撃を前後から仕掛けて!」

「幾ら四大従者が来ようとも、私のバシリクスの攻撃力には敵いませんよ!・・・それに、貴方に魔力を与えた事で、今度は瀧見の魔力が枯渇しているのは今の行動で知っていますよ」


 四大従者を前にしても動じないムスカの自信は、後に放たれたリヴァイアサンの津波を鋭い足で切り裂き、ウロボロスの氷の柱を砕く事で実感した鮫島は、自身の作戦を成功させるカギはタイミングが必要だと感じ、ムスカの言葉にも魔力の枯渇した瀧見が覚醒した『浄天眼』で敵の動きを予想する事でかわし切れると想定する事で挑発にも動じずに視線を反らさずにいる。


 リヴァイアサンとウロボロスが攻撃を繰り返す毎にバシリクスが有利に見えていた状況が徐々に変化を見せ始め、それこそが自身の狙っているムスカとの決着だと感じ決心を固めた覚悟の表情の鮫島はリヴァイアサンとウロボロスへ叫ぶ。


「リヴァイアサン、ウロボロス。これからあなた達を『解放』します!」

「何を考えているか知れませんが、解放したと所でこの状況にそう変化は見られませんよ!やはり、お前の魔力枯渇の方が先に来そうですね!」


 鮫島の解放の指示にムスカは驚きの表情を見せたが、その行動は今の戦況を変えるには先走りしている事を感じ魔力の枯渇が先だと想定し叫ぶが、その言葉にも動じない鮫島は術紙に新たに魔力を込める事でリヴァイアサンとウロボロスを解放する。

 解放された二体の従者が本来の威力の攻撃をバシリクスへ繰り出した時、これまでは攻撃を繰り出す事で防御をしていたバシリクスの動きが止まる。

 それは止まると言う表現よりも麻痺している感じを受け、目の前に襲い掛かる大津波と巨大な氷の柱に身動き出来ないバシリクスの想定外の様子を見てムスカが叫ぶ。


「どうしたバシリクス!?なぜ動きを止める!?」

「・・・どうやら、私の作戦が成功したみたいですね」

「何だと!?」

「バシリクスは鳥の頭と蛇の尾を持つ幻獣で、その部位はそれぞれに独立した意志を持つとの伝説です」

「だから何だと言うのだ!?それこそバシリクスの武器であり、二つの意識があるからこそ死角が無くなる筈だ」

「・・・そうですね、私もそう思います。ですが、普通死角である場所を失くせるメリットを逆手に取り二つの意識へ同時に攻撃を仕掛けたらどうなるでしょう。・・・その答えが、今のバシリクスの状況です」

「・・・まさか!?二方向の死角を同時に付く事で、バシリクスの二つの神経回路を麻痺させたと言うのか!」


 自身のステータスブックに父親の鮫島 春樹が書き残したメモの内容を全て把握している鮫島は、その中に記載されていた四天王の一人バシリクスの特性をムスカの操る傀儡バシリクスにも試みて幻獣同様に神経回路を麻痺させる事に成功させた。

 一つの体に二つの意識が存在するが故のデメリットを利用した鮫島は、解放した四大従者の最強の攻撃を死角から放つ事で二つの意識を同時に反応させバシリクスの動きを封じる事に成功した。


 無防備状態のバシリクスの後方からウロボロスの鋭く尖った氷柱が命中し、バシリクスの体の一部である蛇の頭は消し飛び、同時に襲い掛かるリヴァイアサンの大津波により鳥の頭部から被った津波が一瞬にしてバシリクスの体全体を包み込むと、バシリクスは庭園を押し出され城外へと流される。

 遠隔操作にも限度がある傀儡のバシリクスはムスカの操作域を超えると、リヴァイアサンの津波に抵抗なく流されムスカの傀儡は完全に只の人形と化した。


「クソ!まさか、二つの意識にそんな欠陥があるとは・・・」

「私も父の教えにヒントを得なければ、ここまでの結論までには至りませんでした」

「お前の父親・・・。鮫島・・・そうか、お前の父は鮫島 春樹と言う事か。たかが数人のパーティーとしか思っていませんでしたが、やはりお前達が最後に立ちはだかる壁になると言っていた江殿の話は、満更ではなかった言う訳ですね」


 鮫島の攻撃に驚きと怒りを覚えたムスカだったが、以前から江が気に掛けていたサイレンスの存在に鮫島 春樹との繋がりを知った事で、それまで一介のパーティーとしてしか考えず大国であるアイリスが屈服する筈が無いと考えていた己の判断の甘さを感じると、その表情は諦めに似た哀愁漂う表情に変わると同時に、近くに居た張が両手に青と白の光を作り出す。

 それは『ロード』のみが使える消滅魔法のプットアウトで、張はムスカに勝利が見えない事を悟り全員が接近しているタイミングで全てを消し去る事を選択した。


 それは既にムスカも知っている事実である為、あの時見せた哀愁漂う表情は傀儡が無くなった自身にはこれ以外に最強のプレイヤーは倒せないと感じた己への虚しさと最後のあがきでもあった。


「我がアイリスは永遠なり!お前達も一緒に地獄へ来て貰おうか!」

「しまった!あたしの残りの魔力じゃあの攻撃は防げない」

「瀧見さん、逃げて!」

「遅い!全て消えされ!」


 魔力を枯渇し反撃する術を失った瀧見に、召喚した従者ではプットアウトを防ぐ術がないと感じ逃げるように叫ぶ鮫島に向け、張はプットアウトを繰り出す。

 だが、その強大な光は突如現れた一人の魔法使いにより吸収され、その吸収した武器はその姿に似合わない剣を持つ人物で、その人物が魔法を吸収した直後に張の体に一本の剣が刺さり張は絶命する。


 張が放った光が消えた事でその人物の姿が露わになると、その二人はムスカによって傀儡に捕らわれていた辰巳と『属性吸収』の二つ名を持つ魔法剣士の小沢の姿であった。


「小沢さん!辰巳さん!」

「さっき来た小沢さんに傀儡を解いて貰いました」

「ムスカ、アイリスは既に我々イスバール・カシミール・ミリア連合軍によって殲滅されている」

「バカを言うな!裏切り者であるお前の話しなぞ聞くものか!」

「私は、先の戦いで江を倒し、後ろに居る鮫島さんが菊池も倒している。今は上杉が村雨と対峙しているが、そっちには江を私と倒した鮫島 春樹も居る」

「鮫島 春樹・・・だと」

「ムスカよ、お前はアイリスの教えが世界を戦場と化す事だと思っているのか?我がアリスの神は民以上の存在を作らず皆平等を謳っている筈だ」

「・・・私はもっと世界にアイリスを知って欲しい・・・そう願っているだけだ」

「それが、殺戮の世と私達プレイヤーと無関係な人間数十億を巻き込む事だったのか」


 元アイリスに居た小沢の言葉にムスカは唾を吐き捨てるように反論するが、小沢から語られたアイリスの教えに自身の後悔を感じ始める。

 だが、小沢が話した言葉は世界の『上書き』以前にリシタニアから言われた言葉であり、それまで所詮はゲームの世界でとしか感じていなかった小沢はリレイズの世界から感銘を受けた事で、それを再びキャラクターであるムスカへ教えとして説いた。

 その言葉を聞いた瀧見は、自身が作り上げたAIプログラムがここまでの領域に来るとは考えておらず、現実世界までを巻き込んだムスカの思想に驚きの表情でいる。


「まさか・・・、あたしの作ったAIがここまでの独自の思想を作り上げるなんて。確かに、あのプログラムは情報蓄積型にしてあるから、人間同様に経験をすればそれが己の糧になるようにしてはあったけど・・・。だけど、それは所詮ゲームの世界に過ぎない仮想の領域に過ぎない筈だ」

「私は『バウンダリー(境界)の破壊』以前からリシタニアを知っていますが、彼女もムスカ同様に深い思想を持ち合わせていました」

「やはり、これは二人の『ゲームマスター』が作り上げたプログラムとしては域を超えていると思います。・・・まるで、個々のキャラクターが己の意思を持つかのように」

「己の意思・・・かい」


 瀧見の言葉に鮫島は人間である小沢をも動かしたリシタニアの思想を語り、そのリシタニアに動かされた小沢は鮫島の言葉に対し、『バウンダリー(境界)の破壊』以降、一介のキャラクターであったリシタニアが己の意思に目覚めたと話す。

 だが、その答えを持っている可能性のあった目の前のムスカは、瀧見達が動揺していた隙を付き持っていた短刀で自らの首を切り付けると、動脈まで達した傷口から噴き上がる血と共に瞳子が開き無言のまま永遠の眠りに着いた。


 ムスカの死により軍の中枢を全て失ったアイリス軍は戦意を失い自害する者やその場で力尽きる者が現れ、瀧見達の前に居たアイリス兵もその例に洩れず庭園の先にある城壁から逃げるように跳び降り自害して行く。

 その行動はムスカの死後から僅か一瞬での出来事であり、動揺を隠せず身動きが取れない瀧見達は自滅して行くアイリス兵を只見ている事しか出来ず、その地獄のような光景が終わりを告げた時、達成感の無い完全勝利を実感する事となった。


 プレイヤーである自分達は、キャラクター達とは一緒に生きて行く事は出来ないのだろうか。

 瀧見がムスカと戦った時に、甘ったるい思想はこの世界で主役になれないと語られたその言葉が今でも辰巳の心の奥で疼き続ける。


「・・・私達は、この世界で生きて行くには甘い思想の持ち主なのでしょうか」

「・・・何だい?いきなり。ムスカにあたしが言われた事を、あんたが気にする事は無いだろうよ」

「私達は全滅を恐れ、皆の力を分けあい協力して戦おうとしました。・・・ですが、ムスカはその敗北を己の責任と感じ自害し、さらにその責任は自分達にあるとアイリス兵達は最後まで戦わずして連帯責任の責務を負い自害の道を選びました。・・・私達のように解決の糸を皆で考えようとする事はしないのですか?」

「・・・それは、既にあたしのプログラムの領域を超えた世界になっているね。AIを埋め込んだ時から何れそれは訪れるとは思っていたけど、アイリスに関しては宗教団体としての色が強く出たのかも知れないな」

「・・・ですが、アイリスは!」

「ああ・・・分かっている。人の上に神を作らない平等な教えだろう。だが、その答えはこの先に居るリレイズでのアイリス教最高指導者であるアイリス三世が知っていると思うな」

「リレイズでの、アイリス教最高指導者・・・」


 瀧見に語る辰巳の口調はこの世界へのやるせない気持ちをぶつけるかのような感覚を感じていた瀧見は、重苦しい表情で辰巳の言葉を受け止めながらその答えはアイリス三世が知ると話す。

 その言葉に少し胸の気持の整理が付いたのか、辰巳は無言のままフロア先に見える巨大な度らを目指し歩み始める。


 その辰巳達の向かう扉の前では、村雨と上杉の激しいぶつかり合いが続いていた。


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