第六十六話 罪と生還
「オレを止めに来るのは、オマエだと薄々感じていたよ・・・」
「貴方の作った『人造人間』の加須は、私の手で倒したわ。あとは、そこの仁王時と自身も『人造人間』と化した貴方を倒すだけ」
「・・・キサマ、なぜそれを」
木村の言葉に対し冷徹な目のままのミハエルは、対峙した加須からある程度の情報を得ている事は想定の範囲内であったが、誰にも明かしていなかった『人造人間』の秘密を語る木村にその目を見開き驚いた様子を見せ話し始める。
「・・・まさか、『人造人間』の答えに鮫島 春樹ではなくキサマが辿り着くとは思っていなかったが、なぜオレも『人造人間』になっていたと分かった?キサマの『見透かしの目』でも真相を確認出来ないように、加須にはシステムを組んでいた筈だが」
「『バウンダリー(境界)の破壊』以来、初めて会った今の貴方を見て確信したわ。貴方には人間としての生気よりも、今戦った加須と同じ人間では無い感覚が感じられる。」
「・・・それが、オレが『人造人間』だと見抜いた訳と言う事か」
「そして今、貴方と対峙してようやく理解出来たわ。やはり、貴方は私達の敵でありアイリスの味方でも無い・・・」
自身の企てていた全てを理解した目の前の敵に敬意を表するかのように、これまで見せなかった笑みを見せたミハエルは語り始める。
「オレがアイリスへ付いたのは、オレに裏のあるソフトを売りつけたネクロマンサーがそこに居ただけで、ただ利用しやすいヤツが多かった・・・それだけだ。オレはネクロマンサーの劉と共に、世界中の秘密機関へ進入する世界的ハッカー組織集団として活動を続けていて、その劉からの紹介で『ルシフェル』の存在を知り、オマエ達に江を紹介した。
「やっぱり・・・。リレイズ制作チーム結成当時から、貴方はハードでは無くソフトに精通していると感じる時があった。だから、『バウンダリー(境界)の破壊』により転移された時に、私が真っ先に疑った『ゲームマスター』は貴方だった」
「流石に、天才プログラマーを騙し切る事は出来なかったと言う訳だな。・・・オレは村雨と共に小さなベンチャー企業を興したが、ヤツの裏切りによってオレの人生は全て破壊された。あの状況から再び立ち上がる為に必要だったのはハードや人脈ではなく、自身で道を切り開くソフトの力だった。だから、オレは劉と共に世界中の機密情報を盗み売る事で実力を付け、リレイズと言うゲームを隠れ蓑に世界を征服する為のプログラムを作り始めた。そして、ネットのみで存在する異質な会社組織テック社を立ち上げ、表向きはヘッドマウントディスプレイ制作会社を装い、その正体は世界中の研究データをもハッキングし『人造人間』を作るプロジェクト、と言う訳だ!」
笑みを見せながら話していたミハエルの表情を語る度に凶器の表情へと変わり、それは天才と言われた木村を騙し切る事が出来なかった悔しさと取れるような変わりようだったが、再び冷静さを取り戻したミハエルは静かに話を続ける。
「江達には、『ルシフェル』は放射する電波で世界を『上書き』し『負のエネルギー』を吸収する蓄積装置だと話してあった。だが、その実態はその電波と『負のエネルギー』を利用して『人造人間』を作り最強の軍隊を作りリレイズの世界に君臨するのがオレ達の目的だった。『負のエネルギー』はリプレイスのような欠点だらけの欠陥品を作る為に存在するのでは無く、完璧な殺人兵器を作る為に存在する」
「なぜ、そんな遠回りな事を・・・。リレイズを作った私達なら、それをプログラムに組み込む事でリレイズの世界を己の物にするのは可能でしょう?」
「それだけでは、結局ゲームの世界での自己満足で終わってしまう。それを現実世界で実現するからこそ意味があり、『人造人間』を操るエネルギー採取として最も手っ取り早い方法が、『上書き』によってリレイズを現実世界に変え不要な人間を『負のエネルギー』とすれば、余計なコストを掛けず理想を実現する事が出来た。・・・まぁ、同時にキサマ達のような邪魔な存在が残る可能性もあったが、結局それが覚醒と言う形になり最後に我々の足を引っ張っているのが現実だがな」
「貴方は・・・己の欲望の為に、数十億の命を悪に捧げたと言うの!」
木村の語る言葉にもその二つ名通りの冷徹な表情を一切崩さないままミハエルは、木村を自身の計画を脅かす存在だと答えると、戦火と化した宮内で唯一静けさを保ち続ける部屋で剣を上段に構え戦闘態勢を取りながら話を続ける。
「・・・キサマ、『黒い雨』の秘密を知ったのは何時だ?」
「川上さんが『ルシフェル』の電波を解明してからよ。『ルシフェル』に組み込まれた『黒い雨』は『死の帯域』と言われる高周波と同調するシステムであれば、そのプログラムは事前に『ルシフェル』へ組み込む必要がある。なら、アイリスへ『負のエネルギー』を与えると見せながら全てが幻であれば、江の作り出した『リプレイス』も貴方が作り出した幻影で、真実は全てのエネルギーを貴方が独り占めしていた」
「・・・そう言う事だ。江や菊池が死んだ今でも、オレは『負のエネルギー』で作った魔法を扱う事が出来る。そのタネはキサマが話した通り、アイツらに与えていた力は結局『黒い雨』で見せていたオレの幻影に過ぎないからだ。・・・やはり、ヤツは早い段階で片づけておくべき人間だった。まさか、ヤツが電波に精通する人間だとは思いもよらなかったからな」
自身が企んだ『ルシフェル』に密かに組み込まれていた計画を川上や木村が理解している事に気付いたミハエルは、上段に構えた剣を木村目がけて突き出し攻撃を仕掛けると、木村はその攻撃をかわし自身の剣で応戦し始める。
だが、その傍らには微動だにせず不気味に佇む仁王時の姿があり、その不気味な雰囲気に木村は常に警戒の糸を張り巡らせていなくてはならに状態であったが、次の瞬間、仁王時が木村の視界から突如姿を消した。
「・・・仁王時が消えた!」
焦りを見せる木村の背後にある筈の無い壁を感じると、それは魔法の一種だと理解すると同時に木村は炎に包まれフロアの壁に飛ばされる。
己に受けたダメージでそれがフィンガーボムだと感じた木村は、その攻撃がミハエルの影である仁王時からの攻撃だと理解し、胸に手を当て回復呪文を唱えながら的にならないように移動する。
「無駄だ。キサマには仁王時の姿は見えない」
「姿の消える魔法!?そんな魔法なんて・・・」
「オレの手に掛かれば造作も無い事だ。同じプログラマーでも、それを作った者とそれ以外の者ではシステムに関しての熟知度は雲泥の差だ。幾ら天才プログラマーのキサマであろうとも『バウンダリー(境界)の破壊』を作り出した我々が独自に作った暴走するプログラムを止める事は出来まい!この世界ではオレが神だ!キサマの能力『見透かしの目』は相手の目を見る事で行動を把握する能力。・・・そして、『バウンダリー(境界)の破壊』の影響で相手の能力を使う力に覚醒した。だが、見えない相手ではその能力も使えまい」
木村の前に突然姿を現した仁王時は、再び火炎系魔法を木村へ向けて放つと、その姿に即座に反応した木村はリムーブシールドで襲い掛かる炎を回避したが、再び姿を消した仁王時を見失い辺りを見渡す。
加須を使い木村の能力を解析した後に、再度『人造人間』である仁王時を繰り出す事で木村を完全に攻略したミハエルは、冷徹な表情から憤然とした面持ちへ変わり叫ぶ。
リレイズ制作陣『ゲームマスター』は、ハードとソフトの天才を集めた集団だと言うのが一般の認識で、その中でソフトの天才と言われていたのが木村であり、その実力はソフト制作者の瀧見を含め制作陣の中でも周知の事実であった。
村雨の一見でソフトの才能を備えていたミハエルは、リレイズのモンスターやキャラクターが独自に考え行動する画期的なAI回路を埋め込んだそのアルゴリズを作った木村の実力に敵う余地が無かったが、過去の地獄から這い上がって来た自身こそがソフト最強の称号に相応しいと感じていた。
だが、彼女の開発したAI回路を超えるプログラミングを作れない事に苛立ちを覚えていたミハエルは、その時にネクロマンサーが売り込んだ『ルシフェル』にその可能性を見出し、そのメンバーの劉と共に『バウンダリー(境界)の破壊』のプログラムを開発し、世界中を巻き込んだプロジェクトを僅か数名のハッカー達で成し遂げた。
だが、回収した全ての『負のエネルギー』を使い作った傑作である『人造人間』の加須を意図も簡単に木村に壊された時、この世界でも彼女の能力に適わない悔しさを感じ、鮫島 春樹以上に毛嫌いしていた彼女をこの世界で倒す事が、ミハエルの目標であり悲願でもあった。
「今度こそ・・・。オレはキサマを超え天才の称号を得る!」
ミハエルの言葉に大きくため息をついた木村の心は、『ムフタール』として覚醒する為に必要だった年相応の素直な彼女ではない以前の冷徹な木村へ戻っている。
それは、これから行う自身の行動は覚醒した純粋な気持ちで挑めば心が崩壊すると体が感じた為で、今彼女の心の中を支配するのは『ゲームマスター』でも『ムフタール』でも無く、自身の愛する人の為に尽くしたい一心だけであった。
ミハエルの言葉にも動揺せず静かに佇む木村に対し、これまで見た事のない程の興奮状態でいるミハエルは木村にとどめを刺す為、独自に編み出した『魔法迷彩』で姿を消した仁王時に木村殺害の指示を送る。
「これで最後だ!仁王時、ヤツを・・・木村を殺せ!」
自身の思惑通り木村の後方に突然現れた仁王時は、『ゲームマスター』の体を貫けるほどに研ぎ澄まされた氷の槍を木村目掛け突き刺す。
だがその氷の槍は木村に届く前に空気の如く消滅し、その様子に驚き表情のミハエルは、それと同時に己の体から重要な部分が抜き取られる今までに感じた事のない恐怖を覚える。
「こ、これは一体・・・」
「確かに、この魔法を味わった事のある生け贄は、私が知る限りこの世界では一人だけですから・・・」
「なっ!?キサマ!そ、その魔法をどこで!?」
木村の話す生け贄の言葉に大量の汗を浮かべるミハエルは、木村がこれから唱える魔法が理解出来た事で、これまで見せた事の無い恐怖の表情で叫ぶ。
「キサマがなぜこの魔法を知っている!?」
「・・・貴方は、私の目の真の進化を理解し切れていない。この目は対象者の情報を読み取る能力ではなく、過去を辿る事も出来る」
「過去だと!?」
「貴方がこの魔法を見たのは、江が張を復活させた時よね?その傍らには仁王時と加須が居て・・・そして、貴方はアイリス兵の一人を生け贄に差し出した!」
「キサマ!あの時に、加須から能力を探るのでは無くヤツの記憶を辿ったと言うのか!?・・・だが、キサマがオレと同様に、人を生け贄にする残酷な行為が出来るのか」
「私は・・・。彼を救う為であれば、鬼にでもなれます・・・」
「や、やめろー!!!」
木村は覚醒した『見透かしの目』を使用した状態に入り、その様子に叫ぶミハエルに対し一切表情を変えない木村は両手を合わせ、これまでリレイズでは存在しなかった魔法の言葉を詠唱する。
「神よ、遥か世界へ渡った魂を再び現世に呼び戻し、その代償に己に目に映る人物を神の生贄として捧げる。~リレーション~」
木村が詠唱した魔法は『ルシフェル』から得た『負のエネルギー』によって作られた蘇生魔法で、『見透かしの目』で全てを悟った木村は、『リレーション』は死者を蘇生する代わりに『生け贄』が必要な事を読み取る事で、自身がこれから行う残酷な儀式を理解していたが為に無意識に己の心を閉ざしていた。
その『生け贄』は目の前のミハエルで、蘇生の対象者はオズマン大地で自身をかばい犠牲になった川上。
イスバール国王であるスミスは僅かな可能性に掛ける為に、川上の死後の埋葬を行わず術者による冷凍保存を実施している事を木村へは話していなかったが、木村は『見透かしの目』でその事実を知っていた。
そして、ミリアで見た張の復活の秘密を菊池から聞いていた事で川上を蘇生させる唯一の方法だと感じていた木村は、ミハエルの分身でもある加須と戦い記憶を辿る事で『リレーション』を習得し、その術の『生け贄』として術の開発者であり『バウンダリー(境界)の破壊』を起こし世界を混乱に陥れたミハエルを選択する残酷な道を選んだ。
それは、この世界に蔓延る悪を倒す為では無く、たた最愛の人を取り戻す為。
彼を救いたい・・・。
その一心で、木村は非道に近い禁術に手を付けミハエルを生け贄として捧げた。
木村から詠唱された蘇生魔法『リレーション』に驚きと恐怖を覚えたミハエルは、自身の人生で二度目になる言いようの無い恐怖感を覚え、今まで見せた事の無い絶望の表情を見せるミハエルは、木村から発せられた光に取り込まれ遥か彼方へ飛ばされると、同時にミハエルの『影』として連動していた『人造人間』仁王時も姿を消し、残された木村は冷静さを取り我に返ると同時に両目からは大量の涙を流す。
「私は・・・。私は、愛する人の為とは言え、人を・・・己の欲望の為に人を殺めた・・・」
『バウンダリー(境界)の破壊』により戦いの世界に身を置いた事で人を殺める事に覚悟を決めていた木村だったが、それはあくまで世界を平和にする為の手段であり、己の欲望の為に人を殺めた事に、木村は強烈な罪悪感に襲われ押し潰されそうになる。
「だけど・・・これで、川上さんは復活した筈。でも、汚れた私は彼に顔を合わせる事は出来ない・・・。ミハエルが居なくなった今アイリスにはもう敵はいない、後は上杉がこの世界を理想の世界へ導いてくれるはず・・・」
大量の涙を流す木村はその涙を拭く事無く静かに目を閉じると、鞘から抜いた剣を喉元に突き付け涙ながらに口を開く。
「川上さん・・・皆とこの世界を・・・リレイズを幸せな世界にして下さい・・・。私がまた、生まれてきたいと感じる魅力的な世界に・・・」
涙声で呟いた木村は己に突き付けた剣に力を込め自身の首を貫いたが、突き刺された筈の剣が喉元から消えた事に動揺する木村の目の前に現れたのは、木村の自殺行為を『瞳術』を使い阻止した同じ『ゲームマスター』の鮫島 春樹であった。
「鮫島 春樹・・・。貴方は、ミハエル達によって殺されたんじゃ・・・」
「木村・・・。そんな事をしても己のした事への罪は消えない。その相手が、例え極悪人であっても、だ・・・」
「・・・そうよ!だから、私はこの命をミハエルへの罪として差し出すのよ!」
「じゃぁ・・・生き返った川上への説明は誰が行うんだい?どういった経緯で現世に戻されたかを知らないで生きる川上の気持ちも考えた事は無いのかい?彼は、これまで軍隊一族の家系で苦しんだ人生を送っているが、これからは他人の命を犠牲にして蘇った人間と言う事を背負って生きて行く人生を支えてあげる必要はないのかい?」
鮫島 春樹は、他人の命を犠牲にして蘇った川上がその重荷を背負って生きて行く事を語ると、力無く俯く木村は表情と違い力強い口調で語る。
「そうですね・・・。彼に、罪を背負わせたのは私の責任です。もし、彼がこれを望んでいなかったら、その責任を感じるのであれば、私が支えなければなりません・・・」
「じゃぁ、ここで死んで責任逃れしている場合じゃないよね。菊池も江も倒れたアイリスはもうその先に居る国王のみだ。後は僕達に任せて、川上のフォローへ回ってやってくれ」
「ええ・・・」
自身に罪の意識があるのか木村の表情は曇りがちであったが、鮫島 春樹の話を聞いた木村は川上の居るイスバールへ戻る為、進んで来たフロアを引き返して行き、一人残された鮫島 春樹は全てが消えたミハエルの遺品にあたる銀色に輝く鎧を見つめる。
「・・・本当は、この残酷な役は僕がするべきだったが間に合わなかった。・・・この世界に来て二年、彼女も自身の感情をコントロール出来る立派な大人になったのかも知れない。・・・ミハエル、僕達はリレイズをリアルに体験出来る新時代のゲームとして提案したかっただけじゃなかったのか?確かに、君は僕の知らない裏でネクロマンサーと共謀し『ルシフェル』に『黒い雨』を組み込ませた。だけど、それだって本当は天才プログラマーに一泡食わせてやりたい、ただそれだけだったんじゃないのかい・・・」
両目を赤くしミハエルの遺品を見つめる鮫島 春樹は、彼が本当に世界を自身の手に入れるのが目的だったのかの事後的な事実は確認出来ないと感じていたが、冷徹な瞳の先に見えた彼の純粋な心は決してその類では無い事も瞳術によって知っていた鮫島 春樹にとって、その謎こそが彼が自身に仕掛けた最後の攻撃だったと感じ、銀色に輝く鎧を一なでした鮫島 春樹は、アイリス十世のいる扉に向かい静かに歩み出す。
「・・・俺は、・・・一体なぜ」
そして、イスバール城の地下にある薄暗い一室に密閉された棺に納められ肌寒さを感じるその中で、川上は静かに生還した。




