第六十三話 『最強』と『至高』
宮廷の中央フロアを進む上杉達に無数のアイリス兵が襲い掛かるが、上杉の『神速』によりプレイヤーを斬撃しキャラクターである兵士同士が戦う事で、強力なプレイヤーが上杉しか居ない最前衛の軍は立ち止まる事無く突き進む。
だがその先にある垂直に立ちあがるような巨大な白い中央階段の前には白いローブを纏う魔法使いと、同様の色ではあるがそのローブには幾何的な模様が施される魔法使い風の男が立ちはだかり、その姿を見た上杉は即座にその片方の人物が『軍師』菊池だと理解する。
「・・・菊池か」
「たったそれだけの兵で我がアイリスに刃向かうつもりなのか。その兵力だと、途中で幾人の仲間を犠牲にしたのかな?」
「何!」
「まぁ、途中にはお前達の配置を予想したネクロマンサーのメンバーを配置しているし、無傷では済まないだろうなぁ」
「貴様!」
「ここは神聖なるアイリス講堂だ、残念だが私の召喚獣を出すのは忍びがたい。『加須』、ここは貴様に任せる」
「・・・はい」
上杉を挑発した菊池は背を向け横にいる加須に上杉達の相手を任せると、加須は無愛想な声で返答し階段最上段の先端へ姿を現す。
「こいつはミハエルの『ステータス操作』によって生まれた試作品だ。こいつを倒せたらこの階段を上って私の所へ来るがいい」
「・・・」
高笑いし去る菊池とは対照に無言を貫く加須が右腕を前に出し放たれた無数の閃光に、上杉と共に戦闘に立っていた複数のプレイヤーはダメージを受け、その攻撃を『神速』でかわした上杉は中央階段にいる加須の元へ向かい妖魔刀を繰り出す。
だが上杉は空中で動けなくなり妖魔刀も加須の目の前で止まったまま動かなくなってしまい、上杉は何かに縛り付けられた感覚を覚えながら叫ぶ。
「なんだ!?体か動かない!」
「・・・」
驚きの表情の上杉に対し終始無言を貫く加須は、差し出した右腕を下に下ろすと同時に上杉の体も地面に叩きつけられる。
「・・・ヤツの手と同時に動く感じからすると、ヤツは俺に何かで縛りつける能力を持っているって事か。なら、ヤツの前でもう一度『神速』を使って動きを捉えられなくすれば!」
起き上がった上杉は即座に距離の近い加須に向かい『神速』を使うが、その速度でも怯む事の無い加須は再び手を差し出し上杉の動きを自身に斬りかかる寸前で止める。
次の瞬間、上杉は己の体が激しく締めあげられる感覚を覚えると、上杉を纏う目に見合ない何かが己の体を締め上げ、上杉の体は悲鳴を上げる。
「クッ!!!」
締め付ける激痛に耐えられる苦痛な表情で言葉少ない上杉に回りのプレイヤーも助けに入るが、加須の左手から発せられる無数の閃光にダメージを受け、加須の間合いまでに到達するには上杉並のスピードを持たなければならないと感じるプレイヤーは成す術が無く上杉を見つめるしかなかった。
絶望を覚えるプレイヤー達と明らかに違う気配を感じた加須はその見えない敵に向け閃光を放つと、『神速』並ではないとかわせる筈の無いその攻撃をかわし目の前に現れた人物に表情の伺えない加須の僅かながらの動揺を上杉も感じる。
その上杉が見た先にいた人物は、ショートボブの銀髪に青いストライプの入る純白の衣装の内に見える銀の鎧を纏う戦士で、その容姿から上杉はそれが木村だと即座に理解する。
「上杉、幾ら『神速』があるからって、闇雲に突っ込んで行くのじゃ『竜神』の名がなくわよ」
「木村!!」
「話は瀧見から聞いているわ。私達はアイリスの野望を阻止する為にここに集まった。菊池の所へは鮫島さんが向かっているわ」
「鮫島が!?」
川上の一件以来の木村との再会に上杉は、自身へ攻撃の仕方に文句を言う彼女の様子を見て安堵の表情を見せ、木村は鮫島が菊池の所へ向かっている事を話すと上杉は驚きの表情を見せる。
木村は即座に加須へ向かい、その速度が『神速』に近いと感じ上杉の術を解き二人との間合いを取り、術から解放された上杉は木村の所へ駆け寄る。
「・・・大丈夫よ。彼女は既に菊池を上回る『至高の召喚士』として、今はリレイズの世界に君臨する最強の存在よ」
「『至高の召喚士』・・・」
驚きの表情の上杉に反し、木村は冷静な表情で現在の鮫島の存在を話すと、目の前の加須に己の剣を向けながら話を続ける。
「・・・ここは私が相手をする。上杉は先へ進んで」
「だけど、ヤツの不気味な能力は未知数だし、ここは協力して加須を倒した方が・・・」
「恐らくアイツは、私達『ゲームマスター』が作り出した物で、あのプレイヤーは人間として存在するけどゲームの世界では存在しない『影』よ」
「影・・・」
上杉に代わり加須の相手を引き受ける事を話す木村に協力して倒す事を提案する上杉に対し、加須の正体が『ゲームマスター』によって作られた存在の『影』と話す木村は、加須の方を向きながら上杉へ話を続ける。
「上杉は、この先にある貴方にしか出来ない事をやるべきよ。私がするべき場所はここ・・・それだけよ」
「木村・・・」
「行って。川上さんの思い描いた、理想の世界にする為に・・・」
木村は自身の刹那な願いを聞き返事に迷う上杉に対し背中を押すかのように話すと、上杉の体は金縛りから突然解放されたかのように心と体が曖昧になりよろけそうになるが、それを必死に堪え木村の意志を引き継ぎ宮廷の奥へと進んだ。
加須が放った無数の閃光の餌食になるプレイヤーを見て高笑いをしながら中央階段を後にする菊池の目の前に一人の女性が立ちはだかるが、菊池はその姿や雰囲気からその人物が一度手合わせしたプレイヤーだと即座に理解し口を開く。
「・・・決着を着けに来たのか?鮫島よ」
「ええ・・・。あの時の貴方は、村雨さんと戦った後の手負いの存在だった。今度は正面から戦って決着を着ける。今の貴方が『リプレイス』状態の人間であったら私には絶対勝てないから、元に戻る迄待っていてもいいわよ」
「フン!貴様もくだらない心配をする程強くなったって事か。だが、心配は無用だ。貴様らが全勢力をぶつけて向かって来るのであれば『リプレイス』ではどうにも出来ない事は知っていたし、正直『リプレイス』は攻められた状態で使うのはデメリットでしかない。不死の体の代わりに戦力が半減すれば、自身の城を守れない可能性もあるのだからな」
「・・・じゃぁ、遠慮なく行きます」
「フン!貴様程度に最強の召喚士を渡す事は出来ないね!」
菊池の目の前に突如現れた鮫島の姿を見た菊池は、決着を着ける事を話す鮫島に対し虚勢を張りながらも鮫島のその落ち着いたオーラから以前に戦ったシャーラとは違う事を感じ表情を変える。
菊池は火炎を纏う鳥の従者ヴィゾーヴニルを呼びし己の身に纏うと、それに続き円状に丸く蜷局巻く宙に浮く強大な『青竜』ウロボロスを召喚した鮫島は、即座に術紙に『解放』の印を書き戦闘態勢に入る。
火炎属性最強のベヒモスを操る菊池に対し、氷属性最強であるウロボロスをぶつける事で属性優位を狙っての鮫島の考えは菊池も推測済みで、それでも菊池は、あえて相手より格下の従者を呼ぶ事で己との力量差を見せつける作戦であった。
菊池に襲い掛かるウロボロスの巨大な氷の柱をヴィゾーヴニルの業火で溶解し、水分となり飛び散る水を盾に菊池は鮫島へ接近し、それまで見せなかった接近戦のスタイルを取ると、持っていた杖を鮫島へ降り下ろす。
「召喚は魔法と同じで、威力は従者ではなく術の熟練度で決まる。例えば、同じ魔法使いが使うファイヤーボムの威力がそれぞれ違うように、従者も召喚した術者によって威力は違う。その証拠が四大従者のウロボロスに対して、私は属性的にも劣るヴィゾーヴニルで十分対抗出来ているのが、その結果だ!貴様にはベヒモスは必要ない!貴様はアイリスの神の裁きにより消される運命は逃れられないのだよ!」
「魔力を放つ魔法使いと違い、従者を操る召喚士は相手との対話が出来る。私はその対話によって信頼を築き従者の潜在能力を上げた。貴方の言う力量はあくまで従者の力量であり、貴方自身の力では無いわ」
「ほざけ!なら今の状況をどう説明する?『解放』を使い本来の能力を解放した筈のウロボロスの攻撃が、たかが中級従者の攻撃に相殺される訳をな!」
菊池の叫びと共に周りから表れた炎に襲われる鮫島は、その攻撃にも相変わらずの冷静さを見せ、その姿に苛立ちを覚える菊池はヴィゾーヴニルが作り出す炎を鮫島目掛け放つと、その攻撃を氷の壁を作ったウロボロスにより受け止められる。
『解放』されたウロボロスは術者の能力を無視し本来の能力が発揮できると共に、己の意思で動ける事で術者を襲う事も可能な危険が伴う術であり、菊池のように圧倒的支配による方法と鮫島の交渉による友好的な方法の二通りが『解放』を行う事で必要なスキルになる。
鮫島の理論が正しければ、友好的な交渉により手に入れたウロボロスの『解放』は最も安全な策で最強の力を発揮する筈が、中流の従者に後れを取っている現状に菊池はそれが己と鮫島とのスキルの差だと話すが、その話を聞いても一切の動揺を見せない鮫島と同様に、自身より明らかに格下の従者に後れを取っているウロボロスでさえ、この状況でも黙々と目の前の敵に向かい続けている。
菊池は、目の前でウロボロスが作った氷の壁が次第に溶け出し、やがて訪れる自身の勝利を感じ余裕の表情を見せ始めた次の瞬間、ヴィゾーヴニルが開けた巨大な穴から氷が解けて発生したのでは無い程の大量の水が表れ、その壁の先には今まで居なかった四大従者の一人のリヴァイアサンが津波を引き起こしていて、ウロボロスの氷の壁を破る為に全ての炎を向けていたヴィゾーヴニルは、突如襲われた巨大な津波を受けた事で、自身が持つ炎の量が受けた水量が上回りその姿を消滅する。
鮫島は火炎系に強いリヴァイアサンを切り札として出す為にウロボロスに威力の調整をさせる事でヴィゾーヴニルの隙を作り出し、それは互いの信頼関係があるからこその戦力でもあり、それを初めから狙っていた事にここで初めて気付いた菊池は焦りと共に怒りの形相を見せ、その姿を見た鮫島は口元を緩ませ菊池へ話す。
「貴方の話した差は、あなたの得意な戦略的な差って事でいいですか?『軍師』菊池さん」
「き、貴様・・・。良いだろう、こっちも本気で相手をしてやろうじゃないか!」
普段は冷静な鮫島に似合わない挑発にも似た言動を聞いた菊池は、自身が持つ不気味な術紙を取り出し召喚すると、その紙から現れた従者は今まで見た事の無い不気味な雰囲気を醸し出し、黒いローブを頭まで被るその姿は一見すると人にも見えないシルエットをしていたが、その姿に見覚えのあるリヴァイアサンは鮫島に話し掛ける。
「ヤツめ、そう来たか・・・」
「リヴァイアサン、あれの正体が分かるの?」
「恐らく、ワタシの想像が合っていれば、あれは四大従者の一人だ」
「四大従者って、ベヒモスじゃないと言う事は」
「そうだ、サメジマと同じくヤツも二体の四大従者を持つ者だと言う事だ」
「四大従者の最後の一人・・・それは、『風の支配者』だ」
「・・・ご名答。これこそが私の隠し玉、『嵐王』『オデュッセイア』だよ!四大従者を二体持つ人物はお前だけじゃないって事だ!」
他の四大従者と比べ小柄で人に近い嵐王に戸惑いを見せる鮫島だったが、その迷いはオデュッセイアが繰り出した攻撃でかき消される。
オデュッセイアの体を纏い始めた竜巻はやがて巨大化し鮫島へ襲い掛かると、その攻撃を止めに入ったリヴァイアサンの津波をいとも簡単に突き破り、その後ろで放ったウロボロスの氷の壁によってかき消されたが、四大従者二体でなくては防げないオデュッセイアの竜巻の威力は、風竜派の使い手のリシタニアが放つ『大嵐の舞』を遥かに凌ぐ威力だと鮫島は実感する。
「これが『嵐王』の威力・・・」
「はーはっは!!貴様もこれでは作戦の練りようもあるまい!しかも、私にはベヒモスも控えているぞ」
オデュッセイアの攻撃力を実感した鮫島の姿を見た菊池は、自身にはまだベヒモスを控えている事を高笑いながら話しオデュッセイアに再び鮫島を襲う事を指示し、再び襲い掛かるオデュッセイアの竜巻を見た鮫島は、次はかわす事が出来ないと覚悟を決めたのかその場から動かずにいて、その姿を見えた菊池は笑いながら話す。
「ついに諦めたか!まさか、私が二体の従者を持っているとは思わなかったんだろうな。貴様の敗因は、ムカつくまでの貴様のその驕りだよ!」
オデュッセイアの放つ竜巻は先程よりも強力なのが分かる程の大きさに成長し鮫島に襲い掛かり、従者としての使命とばかりに果敢に繰り出すウロボロスとリヴァイアサンの攻撃をいとも簡単に弾き飛ばすと、無防備に近い鮫島の元へ竜巻は向かう。
「はっはっはっは!!死ね!!」
オデュッセイアの竜巻により弾き飛ばされたリヴァイアサンの水泡とウロボロスの氷柱が宮廷の天井にぶつかり激しい爆発と共に天井に巨大な穴を開けたその瞬間、その時を待っていた人物が放った魔法によって戦局は大きく変化を見せる。
「~メテオスラッシュ~」
穴の開いた天井から現れたのは、その穴の大きさを遥かに凌ぐ程の巨大な隕石で、それを既に知っていた鮫島は自身の従者を戻すと同時に一瞬にして姿を消す。
「バカな!?ヤツは何処へ行った!?」
この状態では共に自滅すると思っていた鮫島の姿が突然消えた事に気を取られた事で行動が遅れた菊池は、召喚したオデュッセイアと共に襲い掛かる巨大な隕石の餌食となり、術を掛ける事を前提にしていた瀧見はその威力を計算し周りに被害が及ばないようにしていたが、その強大な威力に広大な宮廷の一部は火の海と化した。
再び姿を現した鮫島が再び呼び出したリヴァイアサンの津波を使った事で周りの火を消し去ったが、焼け野原と化したその焼け跡からは瀕死状態の菊池が這いずりながら目の前の鮫島を鋭い目つきで睨む。
「き、貴様・・・あの時、い、一体どこへ・・・」
「私は、シャインムーブで瞬間移動してこの場を離れました」
「しゃ、シャインムーブだと・・・貴様は召喚士、そ、んな事は不可能な筈」
「私が使えば、それは可能です」
「なぜ、『パラディン」が、ここに・・・こちらが村雨を手に入れた事で、我が敵に『パラディン』は、い、いない筈」
「最近覚醒したばかりですし、無理はないでしょう」
「助かりました辰巳さん」
鮫島が辰巳のシャインムーブを使い瀧見の放ったメテオスラッシュから脱出した事を話すと、それと同時に目の前の戦士が『パラディン』だと気付き驚きの表情を見せた菊池は、二人に合流した瀧見達へ吐き捨てるように話す。
「ふっ・・・まぁ、『至高の召喚士』と『ゲームマスター』、それに『パラディン』が束になってようやく勝てた敵だったと考えれば、上出来、だろうよ・・・」
「いや・・・、お前達には連携が無い。それがお前の今回の敗因だ。私の知るゲーム時代のお前なら、どうだが分からないけどな・・・。リレイズの『軍師』菊池は、間違いなく最強だった」
「ふん・・・連携など必要無い。私は、最強・・・な、の、だ、か、ら・・・」
菊池のセリフに反論した辰巳は、『バウンダリー(境界)の破壊』によって自身も感じていた孤独から共に闘う事を誓ったあの時から変わったと感じていた心のままを菊池へ話すと、その言葉を吐き捨てるように話す菊池は静かに息を引き取り、その瞬間、鮫島は名実共に最強の召喚士の称号を得る事となり、鮫島の横に居た瀧見が口を開く。
「あいつは、あんたの召喚士としての実力に余程嫉妬したんだろうね。それが、最後の最後で自身の信念を謝って一番使い慣れたベヒモスを使わず、使い慣れない隠し玉を使う事で相手の心理的動揺を狙ったんだろう。・・・それとも、リレイズ最強の召喚士としての『意地』だったのかねぇ・・・。四大従者を召喚した体だ。これは間違いなく本物の菊池だよ」
「・・・そうですか。彼女にはもう未来はありませんが、私達にはまだ未来を夢見る権利があります。・・・先を急ぎましょう」
「・・・そうだな」
黒焦げになり死に絶えた菊池の果てた姿に憂愁を感じながら話す瀧見は、最強の召喚士の称号を渡したくないが為の意地が最後に本人の選択を誤らせたと話すと、鮫島は目の前で夢朽ち果てた菊池の姿を見ながら自身達にはまだ夢を叶えられる機会がある事を話し先を進む事を話す。
宮廷の中央階段奥で三人が菊池に勝利したその時、瀧見の放ったメテオスラッシュの激しい衝撃を切っ掛けに、謎のベールに包まれた加須と『ゲームマスター』木村の戦いが中央階段下のフロアで繰り広げられていた。




