第六十二話 再戦
覚醒したリシタニアに致命傷を受けた秦の捨て身の衝撃波を受け止める覚悟を決めたリシタニアだったが、その衝撃波は突如目の前に現れた長剣を持つ女性清水の放った『陽炎』によりかき消された。
アイリス殲滅を誓い各国へ協力を呼び掛ける為にイスバールで別れた清水は、この最後の戦地に間に合い、絶体絶命であったリシタニアを助けたその姿を見て安心し前のめりに倒れるリシタニアへ、清水は駆け寄り己の体を支えにしてリシタニアを起き上がらせる。
「リシタニアちゃん、大丈夫かい?」
「・・・ああ、傷は深いが少し休めば問題ない。それより、そなた達は間に合ったのだな」
「うん。・・・まぁ、ちょっと後味悪い報告もあるんだけどねぇ」
「後味の悪い?」
「村雨がカシミールを出て、今はアイリスへついている。多分、あの城の先にアイツは居る筈だよ」
「・・・なるほど、噂では聞いてはいたが、やはり真実だったか」
「だけど、カシミールからはそれを含め協力はもらってここへ来ている。・・・カシミールは村雨と戦う事を選択したんだ・・・」
リシタニアを心配する清水は当初はいつも通りの調子だったが、カシミールからアイリスへ寝返った村雨の話を始めると、それを噂程度では知っていたリシタニアの返事を聞いた清水は、多くのカシミール兵はこの城にいる村雨の存在を知るが、出陣の指示を出したカシミール十世を含め、全員が村雨討伐を了承したと清水は話す。
リレイズでカシミールをあれ程の規模の国にした村雨の功績はカシミール内では知らない人間はおらず、『バウンダリー(境界)の破壊』後に戦略させる寸前だったカシミールをシャーラで止めたのも村雨だった事も知られている事実で、その村雨の突然の裏切りにカシミール内では意見が今でも別れているのも事実であった為、結局参加した兵力は五千と圧倒的に少なかったが、その中には入口や出口等のプレイヤーの精鋭が揃う強力な陣営で、その貢献度は数では測りきれない部分が多く存在した。
清水と一緒に来た入口が早急にリシタニアへ回復魔法を掛けた事でリシタニアは命の危機を脱したが、傷口が完全に塞がる迄無理は出来ないので、リシタニアはここで待機し以後の侵略は清水達に委ねる事になった。
「一応、ここにも護衛の兵を数人置いて行くから、リシタニアちゃんは無理しないでよぉ」
「こんな時に何も出来ないなんて・・・、申し訳ない」
「・・・いや、リシタニアが倒したヤツはネクロマンサーの秦だろ?既にやられた張と合わせればネクロマンサーの戦力はかなり削減出来た筈だ。後は俺達も知っているヤツだけだからな」
「まっ、そう言う事。リシタニアちゃんも、回復したら必ず戻ってきてよ」
「・・・ああ、分かった」
相変わらずの清水の様子に口元が緩むリシタニアは、入口と清水が走り去る姿を見つめ続けた。
城の奥へ進む清水達の前へ現れた多くのアイリス兵を、清水は自身の長剣を振り回し撃退し、『炎神』となった清水の戦いぶりを初めて見た追随するイスバール兵やプレイヤー達は驚きを見せ、これなら少ないリスクでアイリスを陥落出来ると考えた瞬間、清水の後ろを走る兵士やプレイヤーが突如背後から現れた業火によって一瞬にして姿を消し、突然の出来事にパニックになる兵士達の前へ清水が戻る。
「皆!ここには何かが居る。気を付けて!」
その炎が魔法使いによって繰り出された事は理解出来たが、目の前に現れた軽装な鎧を纏う魔法使いに似合わないその姿を見た木村は、その人物が以前対峙した事のある人物だと理解し口を開く。
「あんた・・・確か、梁って言っていた、元魔法使いの剣士だったっけ」
「ほう・・・私の事を覚えていたのか」
「そりゃ、二度も会えば覚えるよぉ。だけど、あんたがその魔法で私に攻撃を仕掛けて来るなんて思わなかったけどねぇ」
「『炎神』の貴様にはファイヤーボムが効かないのは承知の上だ。まずは、私達の戦いの邪魔者を消す為に攻撃だ」
「そうかい!じゃぁ、前回の続きをしようかねぇ!入口ちゃんは仲間の救護を任せるよぉ」
「分かった。清水も俺が戻るまで無理はするなよ」
「さぁ・・・。とても無傷で終われる相手じゃないと思うけどねぇ」
梁とはイスバールとオズマン大地で二度対峙した事のある清水は繰り出された魔法に対し語ると、先程まで火炎系の魔法が再戦の為に邪魔な人間を消す為の行為だと話す梁は鉄の杖を振り上げ清水へ襲い掛かり、その鉄の杖を長剣で受け止め互いの武器から火花が飛び散ると、清水は挑まれた戦いを受ける事を決意し剣に力を入れながら入口へ仲間の救済を指示し、その入口の言葉に戦闘モードに入りながら返事をすると、オズマンの大地以来の再戦が火ぶたを切る。
以前に戦った梁の実力は、戦士から魔法使いへ転職したにも関わらず戦士の力を維持する異質の能力を持つ人物だと清水は理解していて、同じ転職組の魔法剣士の小沢でも歯が立たないそのパワーは木村が言う『ステータス操作』の影響だと考える清水は、魔法は使えないが炎竜派奥義『陽炎』があれば対等に戦えると考える。
清水は己の周りに業火の柱を立てそれを剣に纏わせ、残りの炎を自身の周りに纏わせ防御壁として梁へ向かい、梁も杖からファイヤーボムを作り出し清水の『陽炎』へ対抗し、互いにぶつかり合い弾かれた炎が辺りへ無数に散り、その炎は辺りを業火の海へと変えて行く。
「前回は『ゲームマスター』も居た状況での不利もあって撤退したが、今回はタイマン勝負。決着を着ける!」
叫びと共に杖で長剣を押し切った梁は、そのまま清水を城壁へ弾き飛ばし、その後も息つく暇を与えず梁は杖から無数の氷の矢を作り出し清水目掛けて放つと、氷の矢は『陽炎』の火柱を使い切った無防備な清水の体に突き刺さり、その激痛に動きが止まった清水へ続けざまに来る梁の接近戦の攻撃に手負いの清水はそれを受け取る事しか出来ず、力勝負では不利な清水は梁の振り下ろす杖に次第に押され始める。
「どうした!貴様の力はそんなものか!?『炎神』の実力がこんな程度であれば、あの時決着を着けておくべきだった」
「さぁ・・・それはどうかな!」
同じ火炎系を操り『陽炎』を相殺出来て力も勝る梁との戦闘の相性が悪い事は理解している清水は、本来の『陽炎』の能力を発揮する為に相殺される覚悟で『陽炎』を繰り出す事で梁のファイヤーボムを誘導させていて、状況的には圧倒的に不利に見えたが、今の所は清水のシミュレーション通り進んでいて、危機的状況でも梁が話す挑発にもいつも通りの口調で返すその真意は、敵に手の内を暴かれないように冷静さを装う為の虚位に過ぎなかった。
勝利を確信する梁は自身の杖で清水を押し潰しに掛かる為に己の全身の力を杖に集中した時、杖にかかる重量が一気に増した事によりそれを理解した清水も同時に奥の手を繰り出した次の瞬間、先程まで清水達の周りを囲み穏やかに揺れていただけの火が突如渦を作り出し、その様子の変化に気付いた梁が後ろを振り返るが、全神経を目の前の清水へ向けていた為、その反応は僅か一瞬であったが遅れを取る。
清水の真の狙いはそこにあり、これまで梁の攻撃を受けながら相手のスピードを探り、背後から繰り出す奥の手を避けられないタイミングはその僅かな一瞬で間に合うと清水は計算していたその能力こそが、リレイズがゲーム時代に少人数のサイレンスで数々の難関なモンスターを倒したヘイト管理能力で、戦闘時の敵の能力解析力に長けた清水の能力であった。
梁の背後に現れた炎の正体である炎竜派奥義『陽炎』は、通常の炎竜派の技では無い為その技を操れる人物はカーンのみであったが、『バウンダリー(境界)の破壊』により覚醒した清水は炎竜派の真の奥義を会得する事が出来た特殊能力であり、カーンは清水に『陽炎』が炎竜派の通常の炎とは違う四大従者同様に幻獣が住む世界から召喚した炎で、その世界でのみ存在する『生きる炎』こそが『陽炎』の正体だと説明した。
個々に意識を持つ炎である『陽炎』を今まで火柱状に形を変えなかった訳は、『陽炎』の真の正体を使うのは己が危機と感じる程の強敵のみにする事を伝えたカーンの意志であり、『陽炎』の炎を自在に操る操作系だと理解されている今こそ真の実力を解放する事で、異常なステータスを持つ梁を確実に倒す完璧なタイミングを計っていた。
城内の天井高く舞い上がった無数の炎の柱はやがて互いを巻き込み、それはドリルのような渦を描き梁へ襲い掛かり、その奇襲攻撃に対応しようと清水に背を向けた梁を羽交い絞めにする。
「き、貴様!死ぬつもりか!?」
「あんたも、あの炎はヤバいと感じたんだねぇ。『陽炎』の真の正体を教えてあげるよ。『陽炎』は炎竜派の技では無くて『異世界の炎を召喚』した『従者』だったんだよ」
「何!炎自身が生きていたって事か!?そんな事が可能なのか!?」
「異常なまでの能力を持つ、あんたに言われたくないけどねぇ。『バウンダリー(境界)の破壊』で影響を受けたのは上杉やあんた達だけじゃ無かった、って事だよ」
「『炎神』の二つ名に惑わされた結果、と言う訳だな・・・。カーンが教えた奥義、その正体はリレイズでは実現出来なかった『異世界空間からの召喚』だったと言う事か・・・」
「まっ、これはお師匠から言われていた事でね、『有事の際以外はこの手を使ってはならぬ。奥の手は最後まで残して置くからこそ意味がある』ってね。前の戦いであんたとは相性が悪い事は知っていたし、勝つためにはこの手段しかないと、あんたを見た時から感じていたよ!」
「貴様!!」
『陽炎』の火柱に気を取られ不意を突かれた梁を羽交い締めにしながら『陽炎』の正体を語る清水とその黒幕の話を聞き、梁は諦めに誓い焦りと共に最後の雄叫びをあげる。
やがて二人に遅い掛かる黒々とした不気味なスクリュー状の異世界から来た炎は、梁の胸を捉え抉り梁の体を炎の渦に巻き込むと、その後ろに居る清水の元へと襲い掛かる。
「川上・・・、他の奴らよりも先にお前の所へ行くけど、また一緒に冒険でもしようなぁ・・・。この世界は上杉がどうにかしてくれる。また、私達が生きてみたい世界へと・・・」
だが、死を覚悟した清水の目の前でその炎は突然消滅するように姿を消すと、清水の前には白く輝く剣を持つ戦士が立っていて、それは清水達と共にカシミールからアイリスを目指した小沢で、清水の放った『陽炎』は彼の能力である『属性吸収』により清水の目の前でかき消された。
「随分探したぞ。突然消えたので心配したぞ」
「いやー、小沢ちゃんナイスタイミングだったよぉ・・・」
「・・・どうもお前と話していると調子が狂うが。お前ほどの人間をここまで追い込んだのは、アイリスのプレイヤーか」
「あぁ、ネクロマンサーの梁だったよぉ。途中でリシタニアちゃんとも会ったけど、彼女は秦を倒したから、ネクロマンサーも残りは江・劉だけだ」
「なるほどな・・・。だが、私は元魔法使いとは言え魔術師だった身、回復魔法の術を知らないのでアイテムは渡せるが命に問題なければここへ置いて行くぞ」
「・・・まぁこの傷じゃ、この先の敵には太刀打ち出来ないのは私も知ってるよぉ。後は任せたよぉ」
別ルートから合流した小沢は、疲れた表情を隠せない清水の精一杯の平常心を見た小沢は呆れながらも口元を緩め話すと、清水は戦闘モードに入った時の真顔で小沢へ再び話す。
「・・・小沢ちゃん、私は多分この先の戦闘じゃ役に立たない。だから、上杉達を頼んだよ」
「・・・清水。ああ、分かった。私はアイリスの神を愛する者だが、この世界でのアイリスの教えは間違っていると、ここでハッキリ言おう。私は、これからもお前達の味方だ」
「ありがとう・・・」
清水は梁との戦闘で傷ついた右手をゆっくりと差し出すと、小沢もそれに答えるように右手を出し互いに無言のまま頷く。
「川上・・・、私はまだそっちへ行っちゃいけない人なのかい?」
仰向けで宮廷の高い天井を見つめながら呟く清水の姿をみた小沢は、この場に怪我人を置いて行く事に後ろ髪を引かれながらも清水との誓いを胸にアイリスの重鎮達が待ち受ける宮廷内の奥へと走り出した。