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サイバー・バウンダリー  作者: りょーじぃ
第七章 アイリスでの決戦
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第六十話 カシミールでの真実

 イスバールで上杉達と手分けし各国へアイリス討伐の嘆願を行う為にカシミールへ向かった清水と小沢は、 カシミールへ向かう最中の街でも幾つか噂として聞いていた事ではあったが、それをメンバーである下山から聞いた事で、それが現実だと知る事になる。


 それは、エスタークのリーダーであり共に決死の覚悟でリレイズを討伐した『家族』でもあった村雨がアイリスへ寝返ったと言う衝撃的な事実であった。


「・・・まさかあの男が、本当に・・・」

「村雨は人情で動くヤツだからね。おそらくアイリス側に誰か恩があった人間がいたとしか考えられないけど・・・」

「私も清水の考えに同意だ、アイツは昔からバカが付くくらい義理堅かったからな。考えられねぇがアイリスに恩義があるヤツが居たとしか考えられねぇ」

「菊池って事は?」

「・・・それも無いと考えられないな。だが、アイツは菊池がアイリスだと知ってエスタークへ入れているから変に義理は無い筈だ。だから、私達も村雨の裏切りの真意は分かってないんだ。事務所に一枚の紙切れ置いて出て行っちまったからな」


 小沢と清水の質問に答える下山も未だに信じられない様子を見せ、村雨は突然『後は任せた』と書いた紙切れ一枚を残しアイリスへ行き、その後下山の情報網から村雨がアイリス軍の統率役に付いたと聞き現実を知らされたと下山は話す。


「そういう訳で、今やリレイズ最強と言われたエスタークも村雨と菊池が抜けた事で開店休業状態だから、入口と出口も一時的に別の仕事に就いている。・・・まぁ、有事の際は何時でも呼んでくれ、補佐役程度なら役に立つと思うからよ・・・」


 帰り間際に話した下山の言葉は以前と変わらずサポートを約束してくれる事であったが、その言葉に清水達は覇気が無く疲れが溜まった様子の下山の表情と共に力無く感じていた。


 思いがけない状況に一時的に言葉を失っていたが、本来の目的を思い出した清水達はカシミール城へ赴く為に、夕暮れ迫る空を見上げながら明日の朝城へ行く事を決める。


「清水は村雨の取った行動にどう感じる?」

「さぁねぇ・・・。村雨とは何回か戦った事もあるし協力して戦闘をした事もあるけど、下山の言った通りの損得勘定では動かない義理堅い古い男だった事は確かだねぇ」

「よく言う・・・『大和魂』ってヤツか」

「まぁ、そう言ったところかねぇ・・・」


 明日の城の訪問に備え今日は宿を取った二人は近くの居酒屋で食事を取る事にし、目の前に置かれた地元の素材をふんだんに使った食事をつつきながら、小沢は清水に今回の村雨の行動の真意を訪ねる。

 幾つもの戦闘を繰り広げ、今回のリレイズ討伐などのように協力し合った戦争も経験ある清水は、今回の村雨の取った行動にリレイズとの戦闘で死んだ東の事を思うと複雑な気持ちになり、目の前にあるカシミール近郊と捕れた魚類のパスタにも食欲が無くフォークを刺し回したまま、小沢の言葉に考え込むように返答する。


 『バウンダリー(境界)の破壊』以前のリレイズでの清水は上杉や川上と違い護衛や戦争への参加で稼ぐ稼業を選択していて、戦争を嫌う川上とは無いが上杉とは幾つかの戦争へ参加した事もあり、同じ戦士職である村雨は敵側に回った時に対峙するのは大体が清水で、向こうはカーン道場の推薦者として『パラディ』の職業に就く事もあり対戦成績は村雨の方がやや勝っていた事は清水も覚えている。

 敵としての村雨は驚異であるのと同時に味方に回った時の彼の頼もしさは大きく、それは戦力としてではなくメンバーを支える中心的人物としての求心力であり、その力は同じサイレンスの上杉と川上の良い所を合わせた人物だと清水は感じている。


 そんな村雨を知っている清水だからこそ、彼のメンバーである東が己の身を犠牲にするしか無かった原因を作ったアイリスへついた事を未だに信じられずにいて、エスタークの事務所で真実を聞いた以来、清水の心は上の空であった。


 先に宿へ戻った小沢と別れ初夏の香りがする夜道を一人歩く清水は、自分はこれからどう進んで行けばいいのだろうか考えさせられている。

 現実世界の清水は看護師主任として周りをまとめる役をしていたが、今考えると己は人を動かしていただけに過ぎず、結局は目の前にあるただ漠然とした目標に向かっていただけだと気付き、現実世界の全てを失った今、自分はこれから何をしたいのか分からずにいる。


「リレイズ攻略だって、私は上杉に只ついて行っただけだし、川上や上杉、そして村雨が居たからこそ私は何時ものペースを守れた。・・・だけど」


 だけど、それでは自分はただ周りに流され生きているだけだと言いたかった清水は、そのセリフを己の口元で止める。


「私って、一体何がしたいんだろうなぁー・・・」


 清水が漏らした一言は今の清水自身を示しているものであり、自分とそれ程年齢の変わらない人間に引っ張ってもらい、ましてや上杉や木村と言った自身よりも遥かに若い人間に世界を守る重圧を背負わせている事に、清水は己が何もできない無力感を感じざるを得なかった。


 自身が村雨と同じ立場になったら上杉達を敵に回して戦う事が出来るのだろうか。

 この世界になってから全力で進み周りを顧みなかった事に、この時初めて清水は気付く。


 その時、清水の後ろから一人の人間がやって来る。

 夜更けの来客に少し緊張気味に背中の長剣に手をやり戦闘態勢を取った清水だったが、白いローブを纏う顔見知りのヴィショップの姿にため息を付く。


「なんだ・・・入口じゃないかい」

「あっ、驚かせちゃったか?スマン、スマン・・・。その女性に似合わない長剣を見てお前だって分かったもんだからな」


 清水を驚かせた事に軽く詫びた入口は、リレイズの世界特有の湿っぽい風の匂いを大きく吸い込み月明かりに照らされる木々を見ながら話し始める。


「もうこの世界に来て二年になろうとしているのか・・・。俺はリレイズの世界の湿ったこの風の匂いが好きだったんで、これをリアルに嗅げるようになってから夜に散歩するのが日課になってんだ」

「・・・お前達はこれからどうするんだい?リーダーが抜けたエスタークじゃ、どのみち今の商売は出来ないだろ?」

「確かに、エスタークは村雨の力があっての組織だったからな。だからって生活もあるから俺達はしょうがなく別の仕事をしてるんだよ」

「だけど、あんた等ほどなら財力は問題ないだろ?」

「・・・いや、俺達はエスタークを守って行かなくちゃいけないからな。人材紹介業とは言え、あれだけの規模の会社を維持するのは結構大変なんだよ」

「まだエスタークを残すつもりなのかい!?」


 ゲーム時代のリレイズは匂いの情報を直接脳へ送る事でその場の匂いも再現していて、ゲーム時代からその匂いを気に入っていた入口は、転移後の世界では常に感じるこの匂いを感じる為に人気のない夜に散策するのが日課だと笑いながら話し、清水は下山から聞いた村雨の脱退話を始めると、入口から返って来た思いがけない返答に驚きの表情を見せる。


 リレイズの世界で生活をするには現実世界同様にお金がいる為、常に仕事をしなければならないが、エスターク程の名声を持つプレイヤーであれば、これまでの冒険で得た資産や名声を利用しての護衛で生活していくには不足ない事は清水も知っている。

 現に清水はエスタークと肩を並べる程有名なサイレンスのメンバーである為、転移後は『バウンダリー(境界)の破壊』を止める活動を行い仕事もろくにしていないが、贅沢をしなければ己の寿命が尽きるまでの生活は保障されている程の蓄えは持っている。

 だが、エスタークが行っているような事業者は話が別であり、事務所の賃貸料はもちろん現実世界同様に事業主はその国へ税金を納めるシステムが存在する為、それを維持する為には現実世界同様に事業を続かなければならない。


 エスタークの事業主である村雨が居ない以上、事業を続ける事は無いと考えていた清水は、入口が話した思いもよらなかった返事に驚きを見せ、その表を見た入口は口元を緩めるが、その表情は寂しさの漂う悲しい表情だった。


「・・・お前の考えている通り、リレイズで事業をして行くのは現実世界同様に面倒な事が多いのは知っている。だが、俺達はアイツに裏切られたとは思っていないからそう決意できたんだよ」

「じゃぁ・・・アイリスと戦う事になったら、お前達は参加しないつもり?」

「いや、俺達はあくまでカシミール城御用達の人材派遣会社だ。それは、アイツも分かっている。例えアイリスと戦う事になっても、それがエスタークやカシミールの為なら参戦する。・・・アイツもそう考えての脱退だった筈だからな。それは菊池がエスタークに入った時に皆で決めた掟みたいなものでもあるし」

「菊池がエスタークに入った時に?」

「ヤツは菊池が入った理由がこうなる事だったとは薄々感じていたかも知れない。菊池の入隊は村雨以外全員が反対し、俺達は最初菊池を入れた理由はエスタークの名声を上げる為だと思っていたが、ヤツはその直後に条件を出したんだ」

「条件?」

「ああ、お前達の考えは分かる。だから、万が一菊池が裏切った時は、俺が直接討伐する。そして、俺が裏切った場合もエスタークを守るようにと、な」


 村雨がエスタークを脱退したのは己の意志で起こした行動であり、それはカシミールやエスタークの意志とは別だと話す入口は、それが例え村雨率いるアイリスと戦う事になってもエスタークとして参戦すると話すと、入口は村雨が菊池を加入した時に出した条件を話し出し、その理由を聞き真剣な表情を見せる清水に顔を向け笑顔を見せる。


「お前にしちゃ随分とマジな顔になってどうした?この答えは多分東だって同じだったはずだ」

「でも、これまで一緒に居た仲間と戦うなんて・・・、この世界になってからは、私には考えられない事だね」

「俺に取っちゃ、この世界になってからの思想はそう言った所なのかも知れないな。下山はまだ悩んでるみたいだが出口も俺と同じ意見さ。この世界になったんだから確かに世界も大切だけど、俺達はアイツを信じると同時に自分たちの居場所も守る、ただそれだけだよ。」

「そんなもんかねぇ・・・」

「まっ、結論は近いうちに出る筈だ。その為にお前達がここへ来たんだろ?」


 真面目な表情の清水をからかうかのように話す入口は、次第にいつもの調子を取り戻しつつある清水を確認した後、今回清水達がカシミールへ来た目的を聞こうと入口が話を切り出すと、表情を崩し小さくため息をついた清水はいつもの表情へ戻り入口の問いに答える。


「・・・知ってるだろうと思うけど、『ルシフェル』を破壊した事で現在唯一あった現実世界へ戻る方法が無くなった。だから、『ルシフェル』を打ち上げ世界を手に入れようとするアイリスを侵略しようと各国へ決起を頼みに来たんだ」

「アイツの話を聞いた後で言いずらかっただろうと思うけどよ、俺達はこの世界が好きだし、この世界の為を考えればお前達の意見に俺達は賛同するよ。明日、俺達とカシミール城へ行って話しをしてみようじゃないか」


 入口の言葉に何時もの調子を取り戻した清水が話す内容に対し、それを既に予想していたかのように入口は迷いもなく賛成し、明日にでもカシミール王と話が出来る準備をすると清水に伝える。


 翌日、清水と小沢、そして入口の三人でカシミール城を訪れる。


 ゲーム時代に護衛任務を主にしていた清水はカシミール王とは顔見知りであり、エスタークの入口の事前の紹介もあり城への入門はスムーズに進み、やがて宮内の奥になる巨大な扉の前に辿り着くと、慣れた手つきで入口が巨大な門を叩くと、その扉はまるで魔法が掛かったかのように即座に開き始める。


「エスタークの入口です。突然の訪問で失礼致します」

「おう、入口か。それに清水もか、久しいな。こんな早朝に珍しい面子でどうしたのか?」


 目の前の玉座に座る王にしては珍しく髭を蓄えていないその顔は王に呼ぶには若干若い印象も与えるが、入口に向けて話したその口調は王の貫禄を十分に感じさせる為ギャップを感じさせるのが、カシミール国王であるカシミール十世である。


 彼は前国王である父親の急死を受け若干二十代にして王に就き、当時は村雨などに支えられる事で業務をこなしながら、僅か数年でここまでの貫禄を付ける事が出来た苦労者でもあった。


 既に村雨の事は知っているようで、その話題を出さずに入口へ質問するカシミール十世に入口は話を続ける。


「はい、清水の情報によりますと、アイリスが再び世界戦略に向け動き出したとの事です。先の件も合わせれば、その事実は否定出来ない、そう感じております」


 エスタークでのこういった交渉役は下山が務めていると思っていた清水は、意外なほどの流暢さで国王と立ちまわる入口の姿に驚きを見せているが、入口の立ちまわりは何時も通りと感じ表情を崩さないカシミール十世は、入口の話しに頷く。


「・・・そうか、それで清水が我が軍の決起を申し出て来たと言う訳だな」

「いえ、この意見は我がサイレンスとイスバール国も協賛しております。そして、上杉達はミリアへ向かいミリア国王にも決起を促す準備を行っております」


 カシミール王の理解に修正を加えた清水は、己の懐から一枚の封書を取り出し提出し、その手紙に目を通したカシミール十世は静かに唸るように再び頷く。


「なるほど、世界を一つにしてアイリスを打つ、と言う訳だな」

「これまでの侵略に関してはイスバール国王スミス殿より伝言を受けており、同盟を結ぶ事で侵略行為を無くす宣言も頂いております」

「イスバールは三男が継いだのか?」

「はい、スミス国王は争いを無くす国を目指す為に自ら国を出て世界を放浪しておりました。その時に見た街の光景から、民を豊かにする事こそ、これからの未来に必要だと説いております」


 清水が手紙に記載されている内容以外の部分を己の口で語り、その内容を聞き入るカシミール十世は、口頭であるが故の信頼は無い筈の話である内容であったが清水の危機迫る表情で語るそれを否定する事が出来ずにいる自分に気付く。


「・・・分かった。清水の言葉を信じ、我が軍もアイリスへ向け出陣する事を約束しよう」

「ありがとうございます!」

「入口よ、お前が清水と連絡を取り出陣までの段取りを組んでくれ」

「了解しました」

「・・・入口よ。村雨に関しても、お前達エスタークに任せる」

「・・・わかりました」


 アイリスとの決戦に備え準備を行う事を約束したカシミール十世は、清水との連絡役を入口に任せると、それと合わせて村雨に関しても全てを任せると話したカシミール十世に対して一呼吸置いた入口は再び了承する。


 先代のカシミール九世が急死した際、突然の役回りに困惑するカシミール十世を一番理解し支え、時には汚れ役に徹してくれたのは村雨であり、今回の清水の申し入れを受けた事は、同時にその村雨と対立する時が来る事を覚悟しなければならないカシミール十世にとって、入口に話した言葉が今出来る精一杯の対応であった。


 だが、彼に助けられ義理堅い男だと知っているカシミール十世にとって、彼の起こした行動は決して自身の信念を曲げている事ではないと信じていて、またいつの日か互いに盃を交わせる日が来る事を今でも心の隅で感じている。


 それぞれの決意により決起したカシミールと、瀧見により動き出したミリアと合わせ、ついに打倒アイリスへ向けた準備が整った上杉達は、ついに最終決戦を迎える時が来た事を感じ取っていた。





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