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サイバー・バウンダリー  作者: りょーじぃ
第七章 アイリスでの決戦
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第五十八話 オズマンでの再戦

 北洋の底で『心』の臨界点を見極める為に死力を尽くし気力も体力も死の一歩手間に近い状態だった鮫島は突如現れた木村のお陰で命の危険は回避出来たが、未だ目の覚めない鮫島の様子を心配する辰巳は、横で回復魔法を掛け終り大きく息を吐いた木村に心配そうな表情で話し掛ける。


「・・・どうですか木村さん」

「取り敢えずの命に別状はないですが、目覚めるまでにはまだ時間が掛かりそうですので一度戻った方がよさそうですね」

「そうですか・・・よかった」


 鮫島の回復を考慮し戻る事を提案する木村に、辰巳は安堵の表情を見せ木村の意見に従い移動に使っていた『時空の鏡』に目を向けるが、それまであったはずの鏡が無い事に気付き辰巳は唖然とする。


「ど、どうして鏡が無くなっているのですか!?木村さん!?」

「辰巳さん、落ち着いて下さい。元はゲームの世界ですし『時空の扉』なんて実際には存在しないアイテムを使ったのですから、バグなどの現象は想定の範囲内です。とりあえずここから一番近い街を探すのが先決です」

「は、はい・・・そうですね。となると、北洋の底から一番近い場所は、ミリアですかね?」

「ミリア城は一度行ったことがありますので多少の伝手はあります。ミリアへ行きましょう」


 自身より明らかに若い木村に諭されるように徐々に落ち着きを取り戻す辰巳は、大人気なく取り乱した事に多少の恥じらいを残した表情で木村の意見に賛成する。

 カーンの用意した『時空の鏡』はリレイズがゲームの時にも存在しなかった架空のアイテムである事は二人も知っていて、それは鮫島 春樹によって作られたオリジナルアイテムであるが故に使用者が少なくバグが出てもおかしくないと木村は即座に判断する。

 だが木村の本心は目の前で倒れる鮫島の体調を気遣っての事で、たとえ命に別状はないと分かっていても数日前に見た川上のトラウマを忘れる事が出来ない木村は、彼女が自身の前で目を開くまで安心出来ないのが本音であった為、その先にあった真意を辰巳は理解する事は出来なかった。


 北洋の底からミリアまではそれ程の距離ではなかったが、一年を通して極寒の極地と言われる場所だけにあり、既に夏を迎えようとする季節に対し景色に残る雪がその場の気候を表している。


「木村さん、あれって・・・」


 北洋の底を出てミリアへ向かう途中、軍隊にしては少ない団体を見つけた辰巳がその方を指さし木村へ話すと、鮫島を背負っていたので正面以外を見ていなかった木村もその方角を見ると、先のオズマン大地で見たミリア軍の色とは明らかに違う見覚えのあるその鎧を見た木村は一瞬にして凍り付く。


 それはオズマン大地でミリア軍の奇襲を先読みし逆に襲う事で混乱に陥れようと企む国アイリス軍の鎧で、自身の思考回路が一瞬止まった事を理解出来た事で我に返った木村は辰巳へ答える。


「あれはアイリス軍の兵士です!恐らく再びミリアへ攻め込む為に向かっている筈です」

「・・・ですが、幾ら兵が少ないとは言え、こちらも動けない鮫島を連れていますし、この状態で軍相手に戦いを挑むのはさすがに・・・」

「ですが・・・」


 慌てる様子の木村に対し、幾ら少数軍とは言え万全でない鮫島を除けばたった二人で軍に戦いを挑む事に躊躇する辰巳の意見に木村も理解していたが、このまま手を拱いていれば万が一ミリア軍が気付かず奇襲を許せば、いくら少数軍でも『リプレイス』を使うアイリスに対し致命傷は避けられないとも木村は考える。


 そして、木村がその軍を見た先に居る白いローブを纏う魔術師を見つけると、その人物がミリア戦略時に瀧見の足止めを行い、このリレイズ侵略を企む張本人のアイリスの『軍師』菊池だと気付く。

 木村自身は菊池を見た事は無いが、『ゲームマスター』としての情報で現実世界のアイリス教徒でリレイズ最強の召喚士の名は有名だったのでその姿は知っていて、菊池を認識した木村はこの先に待ち受けるミリアの戦況を思い己の身を震えさせる。


 木村はその場をやり過ごそうと考え、距離がある為にこちらに気付いていないアイリス軍をただ見つめていたが、川上が自身の思想に反してでも向かおうと決意した時に見た状況も今と同じアイリス軍に襲撃され窮地に陥っていたミリア軍だったのではないだろうかと、木村は己の脳裏に考えが浮かぶ。


 木村達がこのまま見過ごせばアイリスは間違いなくミリア城へ攻め入り奇襲を成功させるかも知れないし、逆にミリア軍が既にその情報を掴み奇襲に備えているとも考えられるが、もし正解が後者では無く前者であれば、『リプレイス』を使うアイリスにとって捨て駒の奇襲は成功し、後に援軍が侵略に来ればミリアは致命的な状況に陥る。


 損得を考え行動する性格、それは自分自身が良く知る部分であり、プログラマーとして名を馳せる木村にとってプログラムミスやバグは致命傷である為、プログラム作成時は遠回りでも確実性を求め可能な限り選択肢を設ける事でリスクを回避する行動は間違っていないと考えていた。

 だが目の前の現実世界でのそれは己の身を守る為の行為であり、仕事と同じ考えで天秤に掛けてはいけない事も感じているが、上杉達と出会った事で押し殺していた素直さを取り戻しても自身の性格までは即座に変える事は出来ずにいた木村は、己の拳を強く握り締め辰巳の方を振り向く。


「辰巳さん、行きましょう!アイリスの狙いはミリアへの再侵略です。もしミリアがこの作戦に気付いていなければ奇襲は成功し、ミリアは壊滅的なダメージを受けます」

「ですが、あの人数であればいくらプレイヤーとは言え、一国にそれ程のダメージを与えられるとは思えませんが・・・」

「あの隊の中央に居る女性、おそらく彼女はアイリスの『軍師』菊池です」

「菊池って・・・あっ!菊池って、最強の召喚士と言われる菊池ですか!?」

「はい、彼女の四大従者『ベヒモス』を使えば、あの軍勢でもそれ以上の脅威になります。なら、私達で数を減らし進行を遅らせればミリアの加勢が来る筈です」

「・・・ですが、確かにこちらには四大従者を二体持つ鮫島さんが居ますが、今はとても戦える状況ではありませんし」

「ですから、私達で菊池を止めればいいのです」

「わ、わ、わ、私達で、ですか!?」

「迷っている暇はありません。私はこれからアイリスの進む道を防ぎ出来るだけ騒ぎ、ミリア軍が気付くまで戦い続けます」

「えっ!ま、待って下さい!」


 木村の一言に躊躇した辰巳は続けて話す木村の菊池の存在を知り更に尻込みするが、その様子にも微塵も動揺しない木村は、鞘から剣を抜きながら辰巳に己の決意を話し遥か先を進むアイリス軍へ向け駈けだすと、慌てた表情の辰巳はその木村の勢いにつられるように木村の後を追い走り出す。


 速さであれば『神速』に次ぐスピードを自負する木村は、相手が気付けない程の距離であったアイリス軍との間合いを一瞬で詰め、アイリス軍の進行方向へ立ちはだかる。


「ここから先へは行かせる訳には行きません」

「・・・ほう、こんな最北の地で別の『ゲームマスター』と出会えるとはな」

「なぜ私の名前を!?・・・そうか、ミハエルからある程度の情報は貰っている、と言う事ですね」

「貴様にはイスバールの件で世話になっているしな。私が再び侵略しようとしたが、これで手間が省けそうだ。貴様を殺せばイスバールには敵は居ない。」

「私は簡単には死にませんよ!」


 木村は菊池と話していた状態のまま高速移動を始め持っていた剣を握り菊池へ向かうと、菊池へ届いた筈の刃はその喉元手前で止まると、剣と喉の隙間から業火の壁が現れる。


「業火の防御、ヴィゾーヴニルって訳ね」

「危機発動型の魔法だよ。召喚士が無防備でロードの前で戦いを受けると思っているのか?」

「まさか、ですが接近戦を行っていれば貴方が召喚術を使えないのも知っているわ」


 菊池のヴィゾーヴニルの壁に勢いを殺された木村は、接近戦を繰り広げれば四大従者を呼び出す時間を与えずに済むと話すと、余裕の表情の菊池を見た木村は自身の背後に湿った不気味なオーラを感じた瞬間、後方から霊魂の塊が襲い掛かり、『見透かしの目』で既に捉えられたその攻撃を木村はギリギリでかわす。


「・・・なるほどね、お付きがいるって訳ね」

「そいつの攻撃をかわしながら私の召喚を止める事が果たして出来るのかな?」


 木村を挑発するかのように菊池はベヒモスを呼び出す術紙を取り出し、木村が菊池に注意を引かれている隙を狙い不気味な霊魂が木村を襲うが、『見透かしの目』を使い霊魂の発動位置を既に把握している木村は、その場所目掛けてウィンドーカッターを放ち発動者がその攻撃回避に意識が向く隙をつき剣を振りかざすと、その剣は敵の剣と交じり合う。


「さすが『ゲームマスター』と言った所だな。あの状況でよくこの場所が掴めたな」

「ホロゴーストのちょうか。あの不気味な霊魂の正体はそれって訳ね」

「いいのですか?このままでは貴様の言っていた菊池の召喚を止める事はできませんよ?」


 先程までの不気味な攻撃の正体が霊魂を放つ魔剣ホロゴーストだと理解した木村に、ちょうはこの状態では菊池の召喚を許す事を話し木村へ揺さぶり掛けるが、既に数秒先の未来を読む木村の目からは余裕の様子が伺える。


「さっきの菊池の言葉をそのまま貴方達へ返すわ。私がただ闇雲に一人でアイリス軍へ向かって行くと思っていたの?」

「何だと?」

「言ったでしょ、私はここで騒ぎミリア軍が気付けばいいと。それが例えミリア城迄の距離が多少あったとしても間に合う人間がいるって訳よ。・・・それに、この場に居るのは私だけじゃない」


 次の瞬間、木村達の上空が突如夕焼けのような茜色一面に染まると、上空から降る無数の隕石がアイリス軍の兵士達を次々と襲い、辺りは一面地獄絵図へと様相を変える。


 既にそれを察知していた木村は近くで戦う辰巳と倒れている鮫島と共にリムーブシールドで身を守り、強烈な奇襲攻撃を受けたアイリス軍は数人のプレイヤーのみとなり、その状態に驚く菊池は目の前で先程と同じ冷静な表情の木村を睨み叫ぶ。


「貴様、一体何をした!?」

「貴方も一度会っている筈よ、この術を発動した人物に」

「・・・『ゲームマスター』か。確かに、ヤツの職業で使えるシャインムーブがあれば異常なまでのステータスを利用して驚異的な速度でここへ来られると言う訳か。だからミリアでヤツを足止めした時、私が十分だと思っていた時間からでもミリア二世に加勢出来たのか」

「・・・そう言う事だよ」


 まだ前回の戦場の傷も癒えていない荒れ果てるオズマン大地に残された数人のプレイヤー達の中にこれまで居なかった人物の声が聞こえ、それはアイリス側につくネクロマンサーのメンバーの声では無く木村の良く知る人物で、その人物は前回のオズマン大地の決戦の時も木村の前へ遅れてやって来た『ゲームマスター』瀧見の声であった。


 瀧見は目の前の菊池を静かに睨みつけその言葉を放つと、後ろに居る木村へ声を掛ける。


「あんた、随分と無茶したじゃないか。以前のあんたなら、こんな無計画な事をするような人間じゃなかった筈だけどね」

「それはお互いさまでしょ。いままで孤独を愛し、私達『ゲームマスター』にさえあまり姿を見せなかった貴方とこの短期間ですぐ会えるなんて思ってもいなかったわ」

「・・・確かに、ね!」


 『バウンダリー(境界)の破壊』から以前とは違う行動を取る互いをからかうように話していた二人の会話を強制的に途切れさせるように、瀧見は手に持つスピアを振りかざすと同時にシャインムーブを唱え菊池の目の前へ瞬間移動し、その行動を既に察知していた菊池はヴィゾーヴニルを残し飛ぶように後ろへ下がり、業火の壁を切り裂く瀧見の一瞬のタイムロスを利用し従者を呼ぶ。


「接近戦の魔法使いか、まったく『ゲームマスター』ってヤツはゲームの法則を無視する滅茶苦茶なヤツだな」

「まぁ、それでも正攻法のステータスのあんたがあたし達とタメを張る方が、あたしから見ればメチャクチャだけどね。だけど、この間合じゃ召喚は無理よ!」

「それはどうなか?」


 ヴィゾーヴニルの壁を難無く突き破り菊池へ向かい召喚を封じた事を話なす瀧見が菊池に追いつきスピアを付き出すが、そのスピアは菊池の手前に壁があるかのように停止する。

 異変に即座に気付いた瀧見はシャインムーブで後方へ下がり距離を取ると、先ほどまでいた瀧見の場所に不気味なオーラを放つ剣を持つ男が立ちはだかっている。


「『ホロゴースト』って事は、あんたはその刀の通りの二つ名を持つネクロマンサーのちょうだね」

「・・・ほう、私の名を知るとは。さすが『ゲームマスター』と言った所でしょうか」

「あんたも引きこもりのあたしを知ってるんじゃ、結構な人間よ」


 ホロゴーストを構えるちょうにスピアを向けて話す瀧見は、ちょうがシャーラでの戦いで上杉によって殺された事を知らず、それは一緒に戦う木村と辰巳も同様であったが、その先で倒れる一人の人物のみが木村側で唯一目の前の現実に目を疑っている。


「・・・ちょうって、確か上杉君に殺された筈じゃ・・・」

「どうしたんですか、鮫島さん?」


 意識を取り戻した鮫島に戻って来た辰巳は驚きの様子の鮫島を心配するが、瀧見と対峙する人物が以前に殺された筈のプレイヤーと知る鮫島は、目の前で起きた突然の出来事に声を震わせ叫ぶ。


「・・・辰巳さん、あいつは本当のゴーストかも知れません。ちょうはシャーラでの戦いに参加し、上杉君に殺されている筈です」

「何ですって!そ、それは本当ですか!?」

「間違いありません・・・。あの不気味なオーラを放つホロゴーストが確かな証拠です」

「・・・ですが、鮫島さんが以前話していた器を入れ替える魔法の可能性もあるんじゃないですか」

「リプレイスは魂のみを別の個体へ移し遠隔操作する為、元の体の持つ特殊能力を使う事は出来ないので、シャーラでの菊池は逃亡直前まではリプレイスの体ではありませんでした。ですが、ホロゴーストを操るちょうは、間違いなく生身のプレイヤーの筈です」

「そんな・・・、『バウンダリー(境界)の破壊』後の世界で、死者が蘇るなんて・・・」


 鮫島の言葉に慌てる辰巳に対し、シャーラの戦闘時に菊池が四大従者を召喚する為にリプレイスを使っていなかった事を知る鮫島は、ちょうから放たれるオーラはリプレイスの状態では使える事の出来ないと理解し、目の前のゴーストの存在を信じざるを得ない辰巳は未だ自身の納得できない心と葛藤しながら困惑の表情で話すその二人の表情をみたちょうは、不敵な笑みを見せる。


「私が死霊の国から現れたとでも思っているのか?だが私は両足も存在し、こうして剣を振る事も出来る。・・・これが、どういった状態か貴様達でも容易に想像出来るだろう?」

「・・・ふん!どうせ、死の国から蘇ったとでも言うのでしょ?あたしはあんたの存在を知っているが殺された事は知らないし、それにここは元ゲームの世界、あんた達が作ったリプレイスの存在を知っていれば、その答えは造作も無い事よ」


 不気味な表情を崩さないちょうは持っているホロゴーストを構え瀧見へ向け不利かかざすと、無数の霊魂の群れが瀧見を襲いその攻撃が物理的攻撃で無い事を予感した瀧見はシャインムーブを使って避けるが、ホロゴーストから連続で放たれる霊魂のせいで詠唱の間も無い瀧見は不気味なセリフを吐くちょうの挑発に余裕を見せるが、内心は接近攻撃が出来ずに次の一手を出せずにいた。


 菊池とちょうと対峙する二人の状況を見て不利な現状を打破する方法がないかを考える鮫島は、ふと自身の横にある一本の棒に目を向ける。

 それはリレイズの世界で三種の神器と言われる武器の一つ『雄鶏の杖』で、その杖が己の魔力を攻撃に変えられるメリットを思い出した鮫島は『雄鶏の杖』を手にし、瀧見に向かい叫ぶ。


「瀧見さん、これを使ってください!」

「・・・これは、『雄鶏の杖』じゃないか」

「あなたの膨大な魔力があれば、その杖のデメリットはメリットとして使える筈です!」

「己の魔力を攻撃に変える杖ね・・・、それは面白発想だね!」


 鮫島の手から投げられた『雄鶏の杖』が瀧見の手に渡ると、その杖の特性を知る瀧見は鮫島の言葉を理解し鮫島へ笑顔を見せる。


 『ステータス操作』により膨大な魔力量を持つ瀧見が『雄鶏の杖』を手にした事で、この戦いの様相は先程までと違った流れに変わりつつあった。


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