表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サイバー・バウンダリー  作者: りょーじぃ
第一章 リレイズの世界
6/73

第四話 猿王ハヌマーン

2015/12/15 文構成を修正実施

どのくらい眠ったのだろうか。


時間にすれば僅か数時間の仮眠程度であったが、徹夜で迷宮を検索した事で思っていたより体力を消費していた為、テントに入り横になった途端に上杉は直ぐに深い眠りについた。

 起床時間にセットしていた懐中時計の目覚まし音に気が付くと、眩暈を覚える頭を奮い起こし無理やり己の体を持ち上げ、寝ぼけ間中な意識のままテントを出ると既に二人は起きていて、テントから顔を出した上杉に川上は気付く。


「村雨の奴は、もう出て行ったよ」

「そうか・・・。取り敢えず、俺達も出発しようか」

「おお、準備は出来てるぞ」

「おー、上杉おはよう」

「清水は早起きだね」

「上杉より、ちょっと早く起きただけだよ」

「やっぱり、年をとると・・・なの?」

「うっ!な、何を!? 私は、まだまだ若いんだから!」


 川上は挨拶がてらに話した敵パーティーの動向を報告を聞いた上杉は、想定内の範囲と言わんばかりの何時もと変わらない表情をする後ろから朝稽古を終えた清水が合流し、三人は早速荷物をまとめキャンプポイントを後にしダンジョン探索へ出発した。


 地下2階と違い四方が赤いレンガで覆われているこのエリアは、他の階と違いランプの少ない光量でも今までより数メートルは周りを明るく照らす。

 ダンジョン探索は引き続き川上が戦闘に立ち罠の確認とマッピングを行ない、行く先々に戦闘の跡であろうモンスターの肉片や返り血が辺りの壁に貼りつき散らばっている様子から、先を進んでいる『エスターク』が戦闘を繰り広げているのである事を想像させる。


 この世界での戦闘は敵を全滅させると一日経たないと復活しないシステムで、今回のように先のパーティーが居る場合は敵との遭遇率が減り、かつ迷宮の道しるべとして使うこの方法は『後追い』と言われ、冒険する時の一つの方法として確立されていた。

 だが、今回の場合のような先着順のクエストの場合は別で、先導するパーティーの先を越さないとクエストの報酬を得る事が出来ない為、追い抜くには戦闘を行くパーティーへ戦闘を挑むか多少危険でも近道などの別ルートを探さなければならず、後ろに居るパーティーの方がより危険を伴う事になる。

 しかも、前を進むのは日本屈指のパーティーであるエスタークであれば彼らが間違った道を進む可能性は極めて少なく、戦闘にでもなればこれから戦おうとしているハヌマーンよりも厄介な相手だと言う事はサイエンスの三人は理解している。


「川上、エスタークを抜くのは難しそう?」

「うーん・・・。奴らが出たのが今から二時間前だから、同じルートで追い抜くのは、まず無理だな」

「やっぱりそうだよね・・・」


 夜通し探索していた三人では探索を続けるには体力の消耗は激しかった。

 この世界は現実世界同様に昼動くより夜中動く方が遥かに疲労が激しい為、もしあのまま進んでいたらハヌマーンどころか地下4階へ辿り着く前に力尽きていたかも知れない。

 この世界では他のパーティー同士のぶつかり合いも多々あり、今回のような先着順のクエストでは常にに起きる出来事ではあるが、サイレンスの先を行く最強の戦士の村雨率いるエスタークはリレイズでも指折りのパーティーである為、万全の状態でない今戦い全滅すればこれまでの苦労が水の泡になってしまう。

 キャンプポイント内は謎の魔法により戦闘が出来ない構造になっていて、キャンプで会った村雨は物理攻撃では無く精神的な攻撃で上杉達を牽制して来た。


「だけど、上杉だってそんな事は承知の上だったんだろ?俺だってそんな事分かっていたけど、お前に何か作戦があったと思って延長に賛成したんだぜ」

「いや・・・、それが特にないんだよね」

「はぁ!?」

「・・・いやね、徹夜明けもあったけど、村雨の言葉にちょっとカチンと来ていたと言うか、どうしても負けたくないって気持ちが出て来ただけだったんだ」

「まったく・・・お前の感情に、俺達を巻き込むなって」

「それはすまないと思っているけど、奴らと違うルートを探すのであれば川上の右に出る者は居ないからと思って。それなら村雨達よりも早く着ける筈だから」

「それって、褒め言葉に聞こえないなぁ・・・。今回は相手が悪すぎるよ」


 リレイズの世界での体は、現実世界と同様に疲れもするし病気もする。

 無理に動く事のツケは後々で回ってくるのはリレイズ内の誰もが知っている常識で、適度な休憩はこの世界のセオリーだったが、それを承知で上杉は村雨に啖呵を切り自分達にログインの延長を言い出したのだから当然それには理由があると川上は感じていた。

 だが、上杉の無計画な考えに川上が覚えたのは憤りではなく、その意外な答えに驚きの表情をする。


 川上から見た上杉の性格は、年甲斐も無く冷静沈着で落ち着いた今どきの『悟り世代』を象徴するような高校生のイメージだったが、川上の仕事である作戦や情報収集に対し互いに意見を交わし決めるこのパーティーでの流れを考えれば今回の上杉の判断も意味があっての事だと思っていた。

 だが彼の口から出た言葉は、以外にも川上が今まで感じていた感情を表に出した現代の若者らしくない気合のこもった発言だった。


「・・・まぁ、何か上杉の意外な一面を見られたのは嬉しかったかもな」

「何だよ、それ」

「いやさ、上杉って高校生にしては冷静過ぎる所があったからさ。俺と大した年の差はないけど、お前を見ていると今楽しいのかなとか思ってたんだよ。前に剣道やってたんだから、少しは体育会系の血が流れているかと思ってたが、お前の冷静さは、正直狂気にも思える時があるんだよ」

「俺の冷静さが?」

「まっ、でもその年頃には一つや二つ心の闇があるのが普通かもな。俗に言う、中二病ってヤツ?」

「はぁ!?」


 川上は、最後に落ちを入れこの話を終わらせた。

 しかし、川上の思う上杉の心の闇は、自身も経験のある忘れたいが忘れなれない挫折による気持ちだとは薄々感じていたが、それはこの世界に居る者は誰も知らない事実で、自分も含めて誰にだって人には知られたくない秘密はある。

 ・・・なら話す必要は無い、そうやって人は前に進むのだから。

 川上は、忘れかけていた青春時代の甘酸っぱくもほろ苦い思い出に浸っている自分に気付くと、上杉との会話を止め罠の確認を行なう為に薄暗い迷宮の目を向け直した。


 地下3階は赤レンガのお陰で思ったより視界はいいがモンスターの数が多く、この階に住み着く蝙蝠こうもり型のモンスター『ダークバット』が多数現れ上杉達に襲い掛かる。

 敵に気を取られると床に仕掛けてあるトラップを発動させてしまう可能性がある為、川上はリュックから手の平サイズに包めた布を幾つか取り出し床目掛けて投げつけた布が破けると、中から黄色い蛍光色の液体が飛び散るその液は『夜光花』を潰した物で、床に飛び散った液体は薄暗いダンジョンで目立つ位に発光する。

 川上が夜光草を使った目的は罠が発動する床の場所のマーキングで、黄色の蛍光色は戦闘をする人間に罠の危険性を教える事に便利だ。


 清水は発光する床に注意しながら場所を選び、押しかかるダークバットを自慢の長剣で切り刻む。

 清水の長剣はその重さを嫌い使う人間は少ないが、彼女の能力は男性でさえ使い手を選ぶこの長剣をまるで短刀のように振り回せる力で、学生時代にウェイトリフティングをしていた異彩な経験がこの職業に生きていて、見た目とギャップがある薄汚いが見た目からして頑丈で重量のある鎧とその長剣を装備出来る源となっている。


 ダークバットの持つバットステータスは上杉のデトックスで対応し、その隙を見て上杉も攻撃を仕掛け、かなりの数だったダークバットを倒し終えると、上杉がある事に気付いた。


「今回のダークバットの数が多すぎないか?」


 上杉率いるサイレンスは村雨率いるエスタークの後方を行く言わば『後追い』の立場の筈なのに、この数は異常だと上杉は気付く。

 この数を避けて逃げるのは普通に考えれば得策ではなく、ダークバットのバットステータスや攻撃を受ける方が戦うより余程疲労するこの状況で、ましてや村雨率いるエスタークが逃げの一手を打つ筈が無いとなれば・・・上杉の脳裏にある答えが浮かび上がる。


「しまった、罠だ!」


 上杉の言葉に瞬時に反応したのは川上で、壁周りに付けられていた血痕や肉片は自分達を別のルートへ導く為の罠だったと気付く。


「参ったなぁ・・・これでさらに差がついちまった」

「あちゃー、私達まんまと罠にハマッタって訳?」

「仕方ないでしょー、どうせ、元々二時間も向こうにアドバンテージがあった訳だし」

「クソッ!念入り過ぎるな、奴らは!」


 敵の罠に嵌り悔しがる川上は、何時もの調子で自身を慰める清水で悔しがる上杉を見て少し冷静さを取り戻した後、ふと自身のリュックから一枚の紙を取り出す。

 それは地下2階の攻略用に急遽川上が商業区で購入した地図で、上杉が見た地図は先程見た地下2階の経路ではない別の経路が描かれていた。


「・・・これは?」

「実はな、この地図は地下3階の地図も少しだが載っているんだ」

「だけど、地図を信用しないって言ったのは川上だろ?」

「おお、確かにそうだったが、今の所、進んでいる道に相違は無いし、この地図の作成者はもしかするとそこのショートカットに気付いているかも知れない」


 地図を広げ二人に見せる川上は、この先にある一枚の壁の両脇に道がある他の階と違う構造があると話す。

 上杉達の感覚ではネロの洞窟の通路は常に四方向のどちらかに向かっている構造で、一度通った通路の近くを通るような構造では無かったが、この地図によるとこの先の通路は壁一枚で隔てられ、反対側にある通路は地下3階フロアの出口付近に通じる通路に出るようになっていた。

 その地図の作成者は恐らく東南アジアの人間らしく、アラビア語で書かれたその詳細を3人の中で翻訳出来る人間は居なかったが、その記載部分は先程指した壁付近に集中していて、その場所で何かを行なった事を示していると川上は話す。


「ちなみに、この通路はこの先にある。もしこの記載が嘘だったら、村雨に追いつく事は不可能だろう。だからと言って、これから別の道を探しても追いつくのは難しいとは思うが・・・」

「じゃぁ、決まりだね」

「ああ、これに賭けるしかないでしょう」


 川上の出した選択に上杉と清水は一切の迷いは無く川上の案に賛成し、三人は村雨が仕掛けた罠であった道を引き続き進み始めた。


 罠を調べつつ暫く進むと地図上に記載されている壁の前まで辿り着き、川上は最初に壁などの周辺の罠を慎重に調べ何も無い事を確認すると、向こう側に通路がある筈であろう壁の前に立ち軽く壁をノックする。

 叩いた音は軽い金属の膜を叩いたような薄い鉄板の音が聞こえ、それを聞いた川上は口元を緩め笑みがこぼれた。


「・・・ビンゴだ」


 川上のその一言で上杉と清水は安堵の表情を浮かべ、再び川上、壁を手で摩り持っていた炭で円を描いた。


「清水、この位置に攻撃してみてくれ。ここが、この壁で一番薄い所だ」

「はいよ、任せて!」


 川上の指示に清水は頷くと背中に背負った長剣を抜き、壁の前で長剣を後ろに引き構え大きく深呼吸をし目の前の円を見つめ集中する。


「セイ!」


 清水の気合の一声と同時に後ろに引いていた長剣を壁目掛けて降り抜くと、円を描いた部分の壁はもろくも崩れ去り、崩れた瓦礫の奥には大きな空洞が現れる。


「あった!通路だ!」

「以外と、この地図正確だったな・・・」

「いやー、そう考えると日本語じゃないから安かったけど結構お買い得だったよ。この地図を作った中東の人には感謝だよ」

「で、川上はこの先が何処に繋がるかは調べ済みなん?」

「ここが無事ショートカット出来たときの優位性ときたらな・・・」


 清水の後ろで心配そうに見ていた川上が崩れた壁の先にある通路を見つけ叫び、その緩んでいた表情のまま話を続けようとした時、通路の奥から今の騒動を聞きつけここへ向かってくる幾つかの足音が聞こえる。

 この階層に居るパーティーは、上杉の知っている限り自分達を含め三組。

 そう、内一組はまだキャンプポイントに居ると言う事は、向こうから来る人物はモンスターか村雨率いるエスタークかだ。


「どうした!向こうで壁の崩れる音がしたぞ!」


 人語が聞こえた時に、初めて上杉もこの状況を飲み込む事が出来た。

 そして、反対側の通路には先の見えない薄暗い地下への階段が不気味な雰囲気で佇んでいたが、その声を聞いて川上は話を途中で止め、急いで荷物を担ぎだす。


「行くぞ!奴らより先に階段を降りるんだ!」


 三人は慌ててその場から起き上がり、先に見える階段目指して一気に走り出す。

 途中に罠が無かったのが幸だったが、その事すら忘れてしまうような一瞬で起きた大逆転劇に三人は我を忘れ無我夢中で目の前の階段目掛けて向かっていた。


 地価へと続く階段を降りると今まで同様にキャンプポイントに到着し、三人は荒れ狂う己の呼吸を静める為にひたすら深呼吸をし、心拍数は落ち着きを取り戻し肩で息をしていた三人は落ち着きを取り戻した。


「・・・やった」


 上杉が呟いたその言葉には大きな意味があった。

 階層に居るボスモンスターと戦う際は、その階のキャンプポイントへは一組のパーティーしか入れず、そのパーティーが全滅するかその場を去らない限り次のパーティーはその階層に入る事は出来ないので、今の状況は上杉達サイレンスがこの場から居なくならない限り、村雨のエスタークはこの階層にも入る事は出来ないのだ。

 その事に気付いている二人も、上杉と同様に喜びの声を上げる。


「よし!最後は勢いだったが、なんとか主導権を取る事が出来たぞ。これで、俺達が全滅するまで村雨は地下3階には入れない」

「問題は、三人で倒せる相手かだよねぇ」

「川上、そこん所って情報入ってる?」

「今回のクエスト配布で新たに発生したモンスターだから、正直新しい情報は無い。・・・だけど、ネロの洞窟の本当の主である『ケクロプス』より前の階層にいる事を考えれば、ハヌマーンはそれ程脅威でなないと判断は出来る」

「どちらにせよ、情報が少ないから油断は禁物か」

「この作戦は、正直失敗の恐れもあると考えてはいたんだ。未知のモンスター相手なら、村雨達に先を行かせて『後追い』で倒す選択もあったかも知れないからな」

「確かにね、だけど村雨がしくじりそうな相手でもないから、川上はモンスターの階層の配置を見て今回の選択を取ったんだろ」

「そう言う事」


 ネロの洞窟には、最下階にボス的なモンスターが存在する。

 その名は『ケクロプス』といい、蛇の体を持ち首先からは3体の蛇繋がれているモンスターで、上杉達はケクロプスとは既に交戦済みで討伐もしているので、その強さは知っている。


 今回のクエスト配布に合わせて、放たれたハヌマーンはそのケクロプスより手前の階層に居る為、川上は、わざわざ洞窟の主を変えず追加と言う形を取った理由は、あくまでネロの洞窟の主はケクロプスとして、ハヌマーンは今回の為の処置として居ると考え、力関係はケクロプスの方が上だと判断した。


「しかし、属性も分からないんじゃ作戦も練る事も出来ないな」

「どうする川上?取り敢えず、ボスさんに会いに行ってみるか?」

「いーじゃん!初対面!」

「清水はお気楽だなぁ。どちらにせよ、一度相手の力量を見てみないと何も出来ないしな」

「で、手合わせしたら一度撤退するか?」

「・・・いや、イケそうならそのまま行こう」


 三人はキャンプで戦闘準備を整え、その先に見える地下4階へ通じる道を歩き始めた。

 ネロの洞窟の地下4階は通常であれば迷宮になっているが、三人の目の前に現れた景色は地下にはありえない一面に木々が多い茂るジャングルにも似た景色が広がっていた。

 ここからは恐らく戦闘エリアとなる為、先頭を川上から入れ替り先頭に立つ清水が通路を塞ぐように生い茂る木の葉を長剣で切りながら前へ進む。


 その先は、円を描くように気が生え揃い開けた構造になっていて、そこには巨大な猿の形をしたモンスターが侵入者を待ち構えるかのように佇んでいた。


「・・・あれが、ハヌマーンか」

「とりあえず、私が先陣を切る形でいいのかしらぁ?」

「見た感じ、ヤツの属性は猿だろうから恐らく動きが俊敏だろう。だとすれば、清水の速度じゃ捕まえられない可能性もある。ならば、二枚前衛で行くか」

「いいんじゃないのぉ」


 ハンマーンの容姿を見て、敵のスピード力の高を予想する川上は、スピード勝負になると不利な清水の前衛隊形より身軽な上杉を加える二枚前衛の案を出し、その案に清水は軽い返事で賛同する。


「じゃあ、俺と清水で前に出るから、後方は任せた」

「おお!」


 上杉と川上の短い打ち合わせが終わると、それを待っていたかのように一目散にハヌマーンの前に薄ら笑みを浮かべる清水が立ちはだかる。


「・・・よう、私と遊ばないかい?」


 荒れ狂うような表情のハヌマーンに対し清水は目の前に立ち軽いジョークを交し長剣を抜き構えると、清水の体からオーラとも言える光が彼女を包み込む。

 これが彼女の能力『ヘイト』で、このオーラを見たモンスターはどんな場面でも彼女の光から目を離す事が出来ず、他のメンバーから敵の攻撃から守る事が出来る。


 その光を見たハヌマーンは、その巨体を物ともせず素早い動きで光の中に居る清水を目掛けて突進して来る。

 ハヌマーンの繰り出す右手が清水を捉え、清水はその攻撃を長剣で受け止めハヌマーンの動きを止め、互いに力と力のぶつかり合いを演じている。

 その横を片手に白い光が発せらながら移動しハヌマーンの背後に回った上杉は、手に持ったその光を前に突き出すと、その光はハヌマーンの片足にのめり込んで行く。

 ハヌマーンは一瞬その攻撃に怯んだが直ぐに立ち直ると、尻尾を振り回し足元に居る上杉を追い払うかのように攻撃し、振り回される尾の風圧を受け上杉はフロアの地面に強く叩き付けられた。


「上杉、大丈夫か!?」

「表面の皮が厚くて、さっきの魔法量ではアイツの皮膚を貫く事が出来なかった。・・・けど、『調整』は完了したよ」


 上杉は自身の受けたダメージを自らの回復魔法で回復させると共に、もう片方の手から別の魔法を繰り出す。


「~キャスト~」


 上杉がハヌマーンに向けて放った魔法は敵の動きを阻害する延滞魔法で、光のロープが敵に絡み付く事で多少ではあるが動きを遅くする事が出来る。

 この魔法の欠点は動きの早い敵に放つのは難しく、誰かが動きを止めた状態でなければなかなか掛けられない魔法であるが、清水が動きを止めている今であればその魔法を掛けるのは可能だ。


「清水!ヤツの皮膚が意外と硬くて魔法だと内部まで届かない。攻撃は清水に任せて俺はサポートに回る」

「はいよぉ!」


 ハヌマーンと力比べ中の清水に上杉は作戦変更を告げると、清水は自身の能力であるヘイトを解くと、上杉はビショップの攻撃魔法を繰り出す。


「~ウィンドーカッター~」


 上杉の手の平に小さな台風を起こしハヌマーンに向けると、その台風は拡散し風の刃に変わり襲い掛かり風に刃がハヌマーンを捉える。

 先程の攻撃に比べてダメージではなかったが、清水のヘイトが解けた今の戦力図ではハヌマーンの意識を上杉の方へ向けるには十分で、ハヌマーンが攻撃した上杉目掛けて突進して来る。

 先程掛けた移動阻害魔法が効いている為、先程より移動スピードは落ちている今なら上杉であれは問題の無いスピードだ。


 上杉の必殺技の『過給による回復呪文』は直接触れなければならず、遠距離攻撃となるとビショップとしてはまだ経験が浅い上杉では初級的な攻撃魔法しか仕えない。

 それは上杉のレベルが低い訳ではなく、ここで言うレベルとはゲームを始めた年数を意味し、魔法使いはレベルを上げるのとは別に魔法を覚えると言う作業が発生するが、神話級の魔法は伝説の書物を手に入れたりする必要がある。

 だがゲームを初めて一年足らずの上杉は同じ魔法を使い込む事で効力を上げ習得する事を研究し、初期回復魔法であるヒールを研究し尽くす事で覚醒する方法を開発した。

 

 経験の浅く他の魔法に関してはその経験と同様並みの魔法使いと変わらず、ましてや伝説級の魔法など持っていなかったが、得意の接近魔法は使わずハヌマーンと適度な距離を取りつつウィンドーカッターを連発し続る上杉には、目の前のボスを倒す事の出来る奥の手を持つ自負があった。

 上杉の攻撃に業を煮やしたハヌマーンは両腕を水平に広げ己を軸にして回転すると、周りの木々をなぎ倒しながら間合いを取っていた上杉目掛けて攻撃を仕掛けるが、上杉はその攻撃を見て逃げようともせず立っている。


 上杉はこれを狙っていた。

 ハヌマーンが力ずくで攻撃を仕掛ける、この瞬間を。


 向かってくるハヌマーンの腕が上杉を直撃するが、その腕は上杉の体の脇で止まる。

 上杉の両手から発せられた魔法はキャストで、キャストの光る糸でハヌマーンの腕を受け止め、もう一方の糸で腕と地面を結びつけ、ハヌマーンの腕を固定する。

 これも上杉が開発した移動阻害魔法キャストの応用魔法で、強靭な光の糸はどんな物も縛る事で動きを完全に止める事が出来るが、これには欠点があり、術者は常に糸を発していないと光の糸は無くなってしまう為この場を動く事が出来なくなってしまう。


 それを知ってか、その動向を見つめていた清水が飛び出し、固定されたハヌマーンの腕を登ると、肘より先を進んだ時、清水はその思い鎧を物ともせず大きくジャンプをし、大きく振り上げた長剣を持ち、ハヌマーンの目前へ現れる。


「おりゃー!!」


 清水が長剣を振り降ろすと、ハヌマーンの頭部にその刀が刺さり、躊躇なく長剣を振り抜ききった後、ハヌマーンの顔に一本の巨大な切り傷が現れた。


 清水は、振り降ろした長剣を逆手に持ち替えハヌマーンに背を向けると、再び気合を入れ、逆手に持った長剣を突き立て己の背筋を利用して顔面目掛けて突き刺す。


 ウェイトリフティング選手だった清水は、バーベルを持ち上げる為に必要な背筋が他の筋肉より異常に発達している自身の特性を利用して、背筋を使った剣術で相手にとどめを刺す必殺技を編み出したのだ。


 その攻撃力は、この世界ではトップクラスで、現在確認されている物体や生物で貫ける物はないと言われている程だっが、後ろ向きで攻撃するこの技は常に出すのは難しく、隙だらけになる状態で、いかにサポートしてもらえるかが重要になってくる。

 だから上杉は、己の動きを犠牲にして絶対に解けない糸で動きを止めて、清水をフォローしたのだ。


 ハヌマーンは、清水の一撃を受け悶え苦しみ、やがて静かにフロアの床に倒れた。


「やったー!」

「さすが清水、あれを受けたらこの巨体も一たまりもないな」

「さすがの破壊力だな。よし、早速毛皮を剥ぎ取るか」


 上杉と清水とハイタッチを交しながら短い会話をした川上は、即座にハヌマーンの毛皮を剥ぐ準備をする。

 この作業には特殊な職業が必要で、モンスターを倒したまま売り買い取った業者が皮を剥ぐ作業を行なうが、持ち歩くのは効率が悪い迷宮内ではその場で解体出来る腕の持ち主が必要になる。

 川上は雑用からそう言った難しい作業をこなす専門家で、戦闘時はそれほど役には立たないがパーティーのまとめ役や、非戦闘の立場として中立的な意見を発するサイレンスにとって頭脳的な立場にあった。

 川上は手際良くハヌマーンの解体を終え、今回のクエストで必要な毛皮とハヌマーンが持っていたアイテム数点、それと保存食として使える食材とで仕分けると、三人はそのままムーブポイントを使い地下1階のキャンプへ戻った。


 地下4階の探索がまだ済んでいなので一回キャンプまで戻っても良かったが、恐らくその先にはエスタークが待っている為、交戦の可能性も考え上杉達はそのまま洞窟を出る事にした。


 町へ戻り管理者にクエスト報告を行った事で、サイレンスはアステル社のクエストを達成したパーティーとして、その栄光の歴史に新たな一ページを刻む事になった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ