第五十七話 それぞれの野望と選択
2016/4/07 最終行を修正。文を追加しております。
「・・・まさか、お前がこちら側につくとはな。だが、私はお前を信用した訳では無いからな。」
「それはこっちも同じだぜ、この世界になって一度は殺し合った仲だしな。」
アイリス城の宮廷最上階にある王室の横にある巨大な円形テーブルを囲む多数のアイリスの重鎮の中に居る菊池と村雨は、元は同じパーティーに居たにも関わらずその仲は険悪なムードに包まれている。
「ムラサメはオレの古い友人だ。今回はこの世界にアイリス教徒を普及させる為の力を貸してくれると言ってくれた。」
「・・・もし、裏切ったりでもしたら?コイツは前回のカシミール戦略時に邪魔立てした人間だ。」
「その時はオレの存在を知らなかっただけで、リレイズ最強のプレイヤーが相手の力を見誤る事は無いだろう。」
「・・・フン、好きにすればいいだろう。」
菊池に代わり軍を統率する役目を村雨に任せたミハエルに突っかかる菊池に対し、村雨程の実力者であれば『ゲームマスター』としての圧倒的な実力を持つ自身に刃向かう事は無いと話し、それは同時に万が一歯向かった場合は不死身の体で無くなったこの世界で抹消させる事も可能だと脅しも入る内容で話すミハエルに菊池は納得行かない表情も渋々黙り込むと、正面で立っている進行役の江が話し始める。
「今は身内で揉めている場合では無い事はここに居る方は存じている筈です。私の掴んだ情報では、ミリア軍が『ゲームマスター』瀧見と共にアイリスへ攻め込むとの情報を得ております。再び『リプレイス』を使うには少々時間が掛かる故に、今回の軍の統率を村雨殿に変更した次第にございます。」
「では、江の意見を聞こうではないか。」
円状のテーブルを囲む人物達はアイリスの重鎮達であり、江の話しに答えた人物はアイリスを統率する国王でリシタニアの父親でもあるアイリス三世で、その左右をミハエルと村雨が囲み、その先に菊池と師団長のムスカ、現実世界ではアイリス教の幹部であった『仁王時』と『加須』が並ぶ。
ムスカ以外はプレイヤーで構成されるアイリスの幹部は、現実世界で大金をミハエルへ提供した事で以前から特殊なパイプで繋がり、『仁王時』と『加須』も『ゲームマスター』同様の特殊能力を持つ人物であったがリレイズの世界ではアイリス三世が事実上の代表であり現実世界のアイリス教の影響力は名前程度であった為、江が説明する今後の方針に対しても何も意見する事無く沈黙を貫き続け、何時もの片言の日本語と違い流暢に話す江は、アイリス三世の言葉に答えるように話を続ける。
「今回、村雨殿が加わった事で『パラディン』が二人になり戦力も増強されました。・・・ですが、正直まだ気なる戦力がいるのは確かであります。」
「・・・サイレンスか。」
「はい、『竜神』の生まれ変わりの能力を身に付けた上杉の『神速』は無詠唱での瞬間移動以上の驚異であり、他に『炎神』となったの清水と『属性吸収』の小沢などがおり、戦闘能力は『上書き』前と比べ格段に上がっております。しかし、ミリアでの戦いで川上を失った今、彼らの戦略力はかなり落ちているのも確かです。」
「・・・なるほど、戦いには慣れているが戦略には慣れていないと言う事だな。」
「おっしゃる通りです。・・・それと、『美しく暴君』リシタニアもおります。」
「我がアイリスを裏切ったものは、例え身内でもアイリスの神を裏切る者は全て敵だ。見つけ次第片づける。」
「承知しました・・・。」
世界を戦略する為に邪魔な存在である『竜神』の存在とサイレンスの以前に比べ圧倒的に飛躍した戦闘能力を伝えた江は、『瞑目の薬』の副作用で命を落とした事でサイレンスの参謀がいなくなった事で戦略力は低下した事を聞いたアイリス三世は小さく頷く。
そして、少し間を置き取り上げたリシタニアの名を聞いたアイリス三世は、自身が実の父親であってもアイリスを裏切った者は躊躇なく殺害命令を下し、その言葉にも表情を変えずに江は頭を下げる。
「では、アイリスの『軍師』である菊池を自由に動ける状態にしたのは、戦略に弱いサイレンスを少数精鋭で攻めると言う事なのか?」
「それもありますが、本当の狙いは以前の戦略の影響で他国の戦力も我がアイリスを狙っている事ですので、こちらから先手を打つ考えです。」
「・・・で、私はどこから攻めればいいんだ?」
「まずは、一番隣国であるミリアに先手を打とうと思っています。菊池殿には我がネクロマンサーから張と梁を派遣させます。」
「張だと!?奴は上杉に殺されたんじゃねぇのかよ!?あいつの話だと張はプットアウトを使ったって言ってたから、シャーラに居たのは本物じゃなかったのかよ。」
菊池にミリアへの侵略とメンバーとしてネクロマンサーのメンバーを派遣すると話した江から出たメンバーの名に村雨が驚きの表情を見せ、その顔を見た江は薄気味悪い笑みを見せ話す。
「回収した『ルシフェル』の残りの『負のエネルギー』で作った魔法が、リレイズでは存在しなかった蘇生魔法『リレーション』です。火葬やある程度以降の腐食前の死体以外であれば蘇生出来る事が可能な魔法で、その実験第一号が上杉に殺された張です。」
「・・・そうか、それが噂の『負のエネルギー』ってヤツかよ。」
「では、菊池殿は二人と軍を率いて作戦を進めて頂き、村雨殿はムスカとこのアイリスの新鋭部隊をとして引き続き警備をお願いします。」
「で、オレはどうする江。」
「ミハエル様は次の戦略に向けての準備をお願いしたい。アイリスからは仁王時を派遣させます。」
回収した『ルシフェル』に残っていた『負のエネルギー』を使い開発した蘇生呪文によって上杉に殺された張を復活させたと話した江は続けざまに今後の指示を出し、自身の今後を確認したミハエルには次の戦略へ向けた準備をアイリスの幹部である仁王時と行う事を話すと、無言を貫き表情の変えない仁王時に不機嫌そうな表情をしたミハエルは席を立つ。
会議を終えアイリス城の宮内にある長い廊下を歩くミハエルと江は、今回の作戦に関して会議では話せなかった内容を引き続き話す。
「オマエ、今回の計画は随分と遠回りな作戦だったが、オレには上杉以外にも気になる存在がいそうな感じがするのだがな。」
「そんな特別な理由はないネ。ただ、前回は世界の混乱に乗じての戦略だったから、先を急ぎ過ぎて失敗したからネ。今回は慎重になっているだけネ。」
「オレ達に『ルシフェル』を売りに来た時も、確かそんな感じだったがな。どこで仕入れ入れたかは知らないが、リレイズのリフレッシュ計画が暗礁に乗り上げ焦っていたタイミングでオマエ達はあれを売りに来て、結局まんまとリレイズを現実世界と『上書き』する事に成功し、世界をオマエが崇拝するアイリス教へと染めようとしている。」
「・・・それも偶然、・・・だネ。」
「監視を含めての、仁王時とオレを組ませる事も、か?」
「お前は『ルシフェル』の恨みをまだ多少引きずっているから、ネクロマンサーのメンバーでは駄目ネ。だから接点のあまり無い仁王時にしただけネ。・・・お前が今回村雨を連れて来たように、過去の事に根に持つタイプだからネ。」
「取り敢えず、今回はそう取っておく。・・・オマエの言う通りオレは根に持つタイプなんでな。一応確認したかっただけだ。後で仁王時にオレの部屋に来るように話しておいてくれ。」
「わかたネ。」
江が話した配置に不満を持つミハエルは、現実世界で『ルシフェル』を売りに来た時のネクロマンサーの奇妙で的確過ぎた行動を持ち出し、今回も自身に仁王時を組ませる江に不信感を抱くミハエルに江はあくまで偶然だと話すと、不信感を完全に拭いきれていないミハエルは江に仁王時への伝言を残し別の通路を足早に歩き出す。
ネクロマンサーとは『ルシフェル』をリレイズ製作者へ売りに来た企業の名前で、その代表である江はリレイズの世界でそのままパーティー名として使用し数年前からゲームの世界へ潜入していて、高級職業者を多数抱えるパーティーとして有名になったある日、普通のプレイヤーが殆どその存在を知る筈の無い『ゲームマスター』へ接触を試み営業活動を始めた。
そのタイミングが丁度リレイズの次への話題投入に関して煮詰まっていた時期であり、自身の会社の業務が多忙であった鮫島 春樹は『ルシフェル』のプロジェクトの決定権をミハエルへ委任し、そのミハエルもアイリス教の信者と知る江達を毛嫌いしていたが、あのタイミングで提案された電波放射式のディスプレイレス立体映像の衝撃はアイデアに行き詰まりを感じていたミハエルには喉から手が出る程欲しい提案で、それと合わせ全ての試作品の無償提供とアイリス教からの多額の資金提供を受けていた手前もあり、多少の不安を飲み込んだミハエルは『ルシフェル』の提供の契約を結んだ。
だが、あの時ネクロマンサーは既に内部情報を掴み『ルシフェル』の詳細を知れば確実に拒否をする鮫島 春樹を避け自身と接触して来たとしか考えられず、昼間であっても高い城塞の影響で薄暗い廊下を歩くミハエルは、今回の配置といいネクロマンサーが『ルシフェル』以外に奥の手を持っていると感じている。
村雨の引き抜きの目的も、前回の戦略の失敗の影響で他国を敵に回す可能性がある為の戦力強化として高級職業の追加が欲しいと話した江は、自身がこのタイミングに乗じて村雨をアイリスへ引き抜いた本当の狙いを知っているのかも知れないと考えるミハエルは、ここで騒ぎを起こすのは得策でないと察し江の指示に従う事に決め仁王時と共に行動をする事を選択した。
翌日、ミリアへ向け菊池と率いる少数精鋭の軍隊が出陣し、アイリスの本格的な戦略がスタートする。
城の城壁でその出陣を見つめる村雨を隣で見るムスカは同じプレイヤーでもアイリス教徒ではない村雨をあまり歓迎しておらず、村雨に向かい少し皮肉めいた口調で話し始める。
「最強の戦士である『パラディン』殿が城の留守番では、さぞかし退屈ではありませんか?」
「・・・そうでもないさ、シャングリラ(理想郷)なぞ多くの人間が望み失敗した事でもあるし、俺達の出番は思ったより早く来るだろうよ。」
「では、その時は菊池殿のベヒモスに一人で立ち向かった『聖なる青い剣』を持つリレイズ最強の戦士の実力を見させて頂きましょう。」
「なぁに、ベヒモスは俺一人で戦っていた訳じゃねぇからな。俺なんぞまだヒヨッコに過ぎないぜ、ムスカ殿よ。」
ムスカの言葉に少し間を置いた村雨は、これからの未来を予想するか予言者のような言葉をムスカへ返すと、再び皮肉で返すムスカに変わらない態度で返事をする村雨に不機嫌そうなムスカは無言でその場を去って行き、一人残された村雨は大地を進む軍隊を細い目で見つめている。
十年前にミハエルを陥れたのは間違いなく村雨自身であり、義理堅い村雨にとって犯した罪への償いは行わなければならないと考えカシミールやエスタークを裏切りアイリスへ来たのは間違いなかったが、村雨が決断した本当の理由はミハエルの変化で、昔の彼からは想像出来ない思想の深さと冷徹さは当時の彼からは想像出来なかった。
約十年前のあの時、大学で知り合った二人は小さなオフィスを借りゲーム開発の会社を立ち上げた。
その時のミハエルは外国人らしいハングリー的な行動力で次々と会社へ売り込みを行い、立ち上げてから僅か一年で某有名メーカーの下請けとしてゲーム制作を任せられる程の会社へ成長した。
だが当時のミハエルはどちらかと言えば営業職が強い性格でプログラムの知識は村雨程無かった為、仕事量の多さに多忙を極めていたのは村雨の方で、自身の性格にも合っていたのもあり制作の手伝いもせずミハエルは営業へ出掛ける事が多々あり、その件を二人で話し合った時も「二人の得意分野を伸ばすべき」と話し聞く耳を持たずにいた。
単独行動に近かったミハエルに嫌気が差した村雨は紹介屋を通じハッカーを雇い、情報を共有しないミハエルの営業情報の入手を試みたが、そのハッカーが実は有名になっていた二人を知り機密情報を欲していた人物で、その際にミハエルが商談中であった機密情報のエスタークの情報を誤って公開してしまった為、ミハエルは機密保持契約違反で逮捕される事になった。
彼を陥れた原因は自身ではないと分かっている村雨であったが、ハッカーを雇い情報を収集しようとした事実には変わりはなく、連行される際に村雨を睨むミハエルの冷たく鋭い目を今でも忘れた事は無い。
結果的にミハエルは消滅したエスタークの情報をハッカーから奪い返すと同時に、ハッカーが進めていたエスタークの情報を収集しヘッドマウントディスプレイを開発しアステル社を立ち上げリレイズを制作した事で結果的には成功者となったが、たとえ一瞬でも一人の人間の人生を狂わせた罪は簡単には拭えないと村雨は感じている。
それと今のミハエルの実力はリレイズ製作者『ゲームマスター』として最強であり、今の世界で彼に歯向かう事は直接的な死を意味する事も村雨は理解していて、恐らく瀧見同様特殊能力を持つミハエルへ戦いを挑んでも良くて相打ちであり、会議の場で菊池に話したミハエルの言葉は虚勢やハッタリでは無い事は話を聞いた菊池も周知の事実だと村雨は感じる。
当時と違いソフトとハードの技術的な実力を身に着け、この世界では最強である『ゲームマスター』として君臨するミハエルはアイリス以上の脅威であり、同時に彼の考える思想が見えなくなっている事にも村雨は気付く。
遥か地平線へ消えて行く菊池の先発隊を見つめながら、村雨はこの世界での数々の思惑と思想を目の辺りにした事で、この世の行く末を不安に思いながら自身にいずれ迫る究極の選択を感じすにはいられず、それはこの世界で唯一の生き残りである肉親と、これまで幾つもの戦いを繰り広げこの世界で互いに手を取り合い平和の世界の実現を誓い合った『家族』との敵対であった。