第五十六話 決戦への決意
中央大陸上空を飛ぶ『ルシフェル』に『アングレア』を放った事で『バウンダリー(境界)の破壊』が停止してから数日が経った日、川上の容態が気になる上杉達は即座にイスバールへ向かったが、その先で待ち受けていた現実は変わり果てた川上の姿で、結局『バウンダリー(境界)の破壊』はゲームのシステムではなく世界そのものを変えてしまった事に気付き、沈痛な趣のままの上杉達はイスバール城下町にあるサイレンスのアジトへ戻る。
『バウンダリー(境界)の破壊』を止めた事によるプレイヤー達への影響は思ったより少なく、元はこの世界を気に入りゲームの世界へ住み続けるプレイヤーが大多数を占める特殊な環境であった為、元の世界へ戻れない事を前提に考えるプレイヤー達は前向きに生きて行く事を決意していたが、経験の浅い一部のプレイヤー達からは上杉達の勝手な選択で元の世界へ戻る唯一の手段を無くした事を恨む者も少なくなく、リレイズでは有名であった上杉が城下町を歩くと周りからは様々な声が聞こえて来る。
だが、それは上杉自身もある程度覚悟していた事で、リレイズ討伐成功の報告を全世界へ伝えたのも上杉自身であり、上杉はこれから行う行動が全世界のプレイヤーに対してどれだけ重大な事かを理解しているからこその覚悟であったが、世界中の同意を得てからでは間に合わない事も同時に理解していた上杉は、川上を助ける為にあえて茨の道を選んだ。
しかし上杉の選択は失敗し、川上も副作用は消える事無く永眠する最悪な結末となった現状に重たい空気が充満するサイレンスのアジトにあるリビングのソファーに深く腰を下ろし、対面側に同時に座ったリシタニアと横に座った清水に視線を合わせず俯いたままの上杉が口を開く。
「結局、仲間や世界中のプレイヤーを犠牲にしてまで挑んだリレイズとの戦いは無駄だったな・・・。」
「そなたのした事は決して無駄ではなかった。・・・ただ、その方法で川上を救う事が出来なかっただけの話だ。戦場では常に死が隣り合わせであり、戦死した全員の運命や思想を背負って生きていたら重圧で己自身が潰れてしまう。・・・戦いとはそう言う場所だ。」
「川上はあの時、ミリア軍がアイリス兵に潰される姿を黙って見ていられず誰よりも早く加勢をしようと話したんだよ。自分は戦争を嫌う人間の筈なのに・・・。それは今の上杉と同じで誰かを助けたいが為に起こした行動だから、それが上杉の時は失敗して、川上の時は成功しただけのでしょ。」
「確かに、今回の行動は上杉一人で背負うには大き過ぎた。だが私は上杉の行動は一人の人間が急で行った行動では最大限の配慮だったのは間違いないと思う。」
これまでの疲労が一気に襲い掛かって来たかのようにうな垂れる上杉の言葉に、常に戦場へ身を置くリシタニアは上杉の今の気持ちでは己が潰れてしまうと話し、それを聞いたリシタニアの横に座る清水は、上杉の行った選択はミリアを救おうと決意した川上の行動と同じだったと話し、深くうな垂れ表情の見えない上杉の後ろで壁に寄り掛かる小沢が上杉の行動は最善の行動だったと話し全員が暫く沈黙に包まれた後、入口の台所から豆茶を入れたコップを持ちながらリビングへ入って来た瀧見がその沈痛な空気を破るかのように話し始める。
「・・・あたしは今日にでもミリアへ戻ろうと思う。リレイズの世界は現実の世界になった今、次に起こるのは間違いなくアイリスが起こす領地拡大を目指す戦争だ。あたしは川上が目指していた冒険が舞台のリレイズの世界へ戻す為に、人間同士が殺し合う戦争の世界へ変えようとするアイリスを止める活動をミリアから起こすつもりだ。」
「瀧見・・・。」
「・・・で、あんたはどうするのさ上杉。あんたは川上の意思を引き継ぐ行動は起こさないのかい?元に戻せなかった事を後悔してこのまま過ごすのかい?」
「アイツの意思・・・。」
「確かに川上は戦争を嫌う思想の持ち主だった。・・・けど、あの時ミリアとアイリスへの戦場へ参戦し江との決闘を選択したのは川上自身だ。あいつは戦争が嫌いだからと言って戦争全てを否定しているんじゃなく、戦争を無くす為の戦争をいずれ起こそうとしていたんじゃないかと思う。あたしは川上の敵である殺戮の戦争を好むアイリスと戦う。それが命を賭けてあたしの国を守ってくれた川上への恩返しだし、リレイザーとしては、リレイズの世界は冒険がメインであるべきだと思っているしね。・・・あんたはあんたで、この先どうするかを考えな。」
瀧見は上杉との話を終えると、手に持っていたコップの豆茶を飲み干し、ゆっくりとした床の軋む音を立てながら、やがて扉を開ける音と共に姿を消した。
彼女の考える思想と行動は、世界を変える為の戦争を起こし悪となるアイリスを叩く事で、それが例え『リプレイス』を使う強敵であるアイリスに対して無謀な戦いだと分かっていても、それを承知で自身の命を引き換えにミリアを助けた川上に報いる為にはこれが最善だと考える瀧見の思想だと上杉は感じている。
だが上杉には瀧見のような決意より友を助ける事が出来なかった自分を責め、彼の行為に報いる為にはどうすれば良いのか分からずにいて、これまで川上を助ける事に必死になっていた上杉は、失敗して仲間を失うという選択肢を持たずにリレイズ討伐までを一気に駆け抜けて来た為、川上や他の仲間の思想を深く考える事をしていなかった事に気付く。
そして、友を失った失意の中で上杉の辿り着いた結論は普通の状態で考えれば至極当たり前の事であったが、混乱の中で自身が必死に探しだしようやく辿り着いた答えを、瀧見が去り残された三人へ上杉は話し始める。
「俺達も国を動かしアイリスと戦おう。今の勢力ではアイリスには勝つ事は出来ない事は瀧見も知っている筈だけど、彼女は川上の遺志を継いで行動を起こそうとしている。なら、俺達もこのイスバールを動かし、ここからカシミール・ミリアと手を合わせる事が出来れば、『リプレイス』を持つアイリスと互角以上の戦いが出来る筈だ。」
「確かに、カシミールもアイリスの戦略を受けた経由があるし、イスバールは一度滅ぼされたから皆で戦えばアイリスを倒す事も可能だ。しかし、国を動かすとなると一筋縄では行かない部分もあるぞ。」
「だけど、俺達が動かなければ世界は・・・リレイズは変わらない。それが、現実世界になったこの世界で生きて行く為の俺達の思想だろ。」
「そなたの言う通りだ。この世界を変えられるのは私でもそなた達冒険者でも無い、強い思想を持った人間だ。そなた達と違い私は戦いの中で育った人間で生きて来た環境も違うから、戦争の先にある目的など考えずこれまで生きて来た。正直、私もまだこの世界の目指すものが何なのかまだ理解し切れていない。けれど、そなた達が考える平和に戦いが必要であれば、今はその迷いを消し去り戦いへ赴こう。それは戦争とか平和とかの概念ではなく、サイレンスのメンバーとして同じ思想を共有したいからだ。」
「リシタニア・・・。」
「既に瀧見は私達と同じ行動を起こそうとしている。私達はずイスバールを説得し、アイリス討伐への参加を要請しよう。イスバールには木村が居るし、そう高い障害ではない筈だ。」
「・・・だけど、木村ちゃんは川上が亡くなった責任は自身にあると言って、あれ以来部屋から出て来ていないって聞いてるけど。」
「なら、まずは俺達だけでも王に一度この世界の現状を伝えるべきだ。」
サイレンスの一員として仲間の思想を尊重すると話すリシタニアの話に、イスバールであれば仲間である木村が王の側近にいて交渉はし易いと話すが、川上を失い失意の底に居る木村を心配する清水の言葉に、上杉は既に行動を起こそうとしている瀧見に合わせる為には自分達もすぐに行動を起こす必要があると話し、四人はそのままイスバール城へ行きスミス国王と直接話をする事にした。
王宮の応接室に通された四人は、見事に復興したイスバール城を象徴するかのような煌びやかな装飾品が並ぶ応接室の奥にある窓を眺めながら四人の到着を待っていたスミスが既に応接室にいて、スミスは上杉達を応接室のソファーへ案内すると、上杉達の話事を既に知っているかのように話を始める。
「イスバールをここまで復興できたのは木村様はじめとするサイレンスの方のお力があっての事です。お陰でイスバールは以前と変わらぬ景色を取り戻し町の活気も戻りました。・・・ただ、父上や母上、兄上達が居ないのを除けばですが・・・。」
「国王・・・。」
「私もアイリスへは語り切れない程の恨みはあります、・・・川上様を失った事も全て含め・・・。今、木村様は川上様と同じ思想を受け継ぐ為、仲間を助けにミリアへ向かっております。」
「木村が、ミリアへですか!?」
話を切り出したスミスの言葉に驚きの表情を見せる上杉の後ろから一人の老人が現れると、その姿に見覚えのある清水がソファーから立ち上がり声を上げる。
「お、お師匠!」
「おぉ、清水か。元気そうじゃのう。」
「清水の師匠と言う事は、あなたがカーンさんですか?」
「お前さんが上杉じゃな、話は大体知っておる。ワシは鮫島 春樹が自分のIDを持つ前までアヤツのリレイズ内でのキャラクターとして使われていた『ウォッチドック』じゃからな。」
「あなたが、鮫島 春樹のIDだったのですか!?」
「じゃが、今はアヤツとは連絡が取れない状態だから最近の話は知らんがな。」
「で、どうしてお師匠がここへ居るんですか?」
カーンの姿に懐かしむ清水との挨拶も簡単に済ませたカーンは、自身が鮫島 春樹との繋がりを持つ『ウォッチドッグ』だと説明され驚く上杉に対し、なぜこの場にカーンが居るのかを不思議がる清水がカーンへ質問する。
「ワシは『ウォッチドッグ』として『ムフタール』の資格を持つプレイヤーを補助するように鮫島 春樹から頼まれておるのが最もな理由ではあるが、ワシの教え子で一番才を持った木村をこのまま黙って見ておれんかったのが正直な所じゃ。」
「では、カーンさんが木村をミリアへ向かわせたのですか。」
「ワシの所へお前さんの仲間の鮫島が訪ねて来てな、自身の魔力を上げる為にミリアへ向かったのじゃよ。」
「さ、鮫島がカーンさんの所へ来たのですか!?」
カーンは鮫島 春樹に『ムフタール』の資格を持つプレイヤーの補助を指示されたと話し、道場を訪れた鮫島と木村の悩める二人を同時に助ける為、二人をミリアへ向かわせたと話すと、久しく聞いていなかった鮫島と言う突然の言葉に上杉はソファーから勢いよく立ち上がり驚きの表情を見せる。
「鮫島は既に四大従者の二体を持つ最強の召喚士じゃ、ワシの所へ来て転職をしたとしてもメリットは無いじゃろう。じゃが、己の潜在能力を伸ばす事が出来れば今以上の力を発揮できると考え、以前に来た清水のようにアドバイスを受けに来たのじゃよ。」
「まだ、鮫島はミリアへ居るのですか。」
「修行は成功したらしいが、その反動で体力が戻るのに時間が掛かるらしいから、今は木村が付きっ切りで看病しているから回復すれば時期に戻って来るじゃろうて。」
「じゃぁ、俺達もミリアへ行こう!」
カーンの話を聞いた上杉は鮫島を助けに向かう事を話すと、先ほどまでの優しい表情のカーンは険しい表情へと変わり上杉へ話す。
「・・・お前さん、なぜこの危険な世界で鮫島が別行動をしてまで一人で力を求めたか分かっておるのか?」
「鮫島が力を求めた理由・・・ですか。」
「複数召喚は通常の従者では問題はないが、四大従者レベルを呼び出しての複数召喚はまた別で、それは禁術のレベルになる類じゃ。ヤツの魔力は既に従者を呼び出すには問題ないが召喚士のみが必要とする『心』の絶対値では四大従者の複数召喚の定着は己の寿命を縮め兼ねない行動じゃ。」
「・・・あの時、ダークゲートで行った複数召喚はそれ程の危険があったのですか。」
「それでも鮫島は失った仲間の遺志を引き継ぎ世界を止めると言い、己の『心』の臨界点を見極める為ミリアへ渡った。例えそれが己を犠牲にする事になっても、もう大切な人をこれ以上失いたくない、とな。」
「鮫島が、そんな事を・・・。」
上杉はシャーラで鮫島を抱き締めた時、その華奢で今にも壊れそうな体に触れた事で自分が彼女を守らなくては誓った。
だが、翌日残された鮫島のメモから、上杉は彼女なりに世界を止めるには力不足を感じカサードへ向かったと思っていたが、あの時点で鮫島の心の中は既に瀧見同様に川上の意思を引き継ぎこの世界の混乱を止める為に召喚士の頂点を目指す決意だった事に気付く。
カーンの話を聞き鮫島の決意を知った上杉は、自分は川上を救う為に必死にこれまで駆け抜けて来たが結局救う事が出来なかった絶望感から立ちあがれず立ち止まったままでいたが、それは己の歩みを自身で止めてしまう行動であり、このままでは急速に進み行く世界で取り残され事態は最悪な方へ進むのは目に見えている。
だが、鮫島はあの時の上杉の言葉に頷きながらも選ばれし者としてこの世界の為に何かをしなくてはならないと考え、その結論がこれ以上仲間を亡くさない為に戦争へと進むこの世界を止める事だったと上杉は鮫島の決意を感じる。
立ちあがったまま言葉を無くし黙ったままの上杉に、カーンは先程までの険しい表情から元の優しい表情へ戻り話を続ける。
「お前さんはその為にこの城へ来たのではないか?それとも、その決意を破るくらいの覚悟を持って鮫島の所へ行くのか?・・・まぁ、行くのであればそこにある鏡を潜れば鮫島や木村達が居る北洋の底へ繋がっておるぞ。」
カーンは上杉へ鮫島のいる北洋の底へ直通する『時空の鏡』を指さし話すが、上杉はカーンの言葉に動じる事無く、見つめるその目線の先にはカーンでも『時空の扉』でもないイスバール国王であるスミスが映る。
「・・・スミス国王、俺達はこの世界を変えてしまった責任と己の義務を果たす為に参りました。イスバールから世界へアイリス討伐の狼煙を上げたいと思っております。」
淀みなく真っすぐに映るスミスを逸らす事無く見つめる上杉の言葉に、国王らしい真顔になったスミスが座っていたソファーから立ちあがる。
「上杉様、私も貴方と考えを・・・思想を共にしたいと思っております。それは、このイスバールを愛してくれた木村様や父も同じ考えでおります。」
「・・・ありがとうございます、スミス国王。」
「それに、身内を殺された恨みが無いと言えば嘘になりますが・・・、幼少の頃より戦場に赴き家系より嫌われていた身である貴方も私と同様の苦労はあったと思います、リシタニア姫・・・。」
「・・・そなたは私を存じておったのか・・・。」
「ですが、あなたがこのイスバールを攻めた時、主要部分にしか攻めさせず被害を最小限に抑えお陰で城の復興が予想以上に早まり今回の戦争に間に合ったのも確かであります。貴方への処分はこの戦いの後で判断させて頂きたいと思います。」
「それで国王が協力して頂けるのであれば私は問題ない。・・・それに、今はアイリスの姫ではなく一介の冒険者サイレンスのメンバーである故、メンバーの方針に従うまでだ。」
「・・・そうですか。分かりました。我がイスバールは、アイリス討伐を目指す上杉様達と共に行動致しましょう。」
スミスは上杉の要望に自身と木村も同様だと話しイスバールと話し、上杉の隣に座る人物がこの城と自分の身内を殺したリシタニアだと知り話すと、今回の戦いでの覚悟を示す為には己が滅ぼしたイスバール城へ行く必要があると上杉達に訴え訪れていたリシタニアに、スミスはこの戦いの後処分を決める事を条件に今回の戦いへ参戦する事を了承した。
上杉は鮫島の居る『時空の鏡』には潜らず、スミスと共にアイリス討伐に向けての軍の編成を行う為リシタニアと共にイスバールへ残る事にし、小沢と清水は連絡の取れない村雨に直接会いカシミールの力を借りる為、再びカシミール大陸を目指す事になった。
ミリアから国を動かそうとする瀧見と、イスバールとカシミールを動かすサイレンスによってアイリス討伐への包囲網を固める行動が今始まろうとしている。
一方でアイリスは、ミハエルの勧誘により新たに加わった村雨と共に再び世界の統一を目指し、ネクロマンサーと菊池達が戦略に向け動き始めていた。
- 第六章 リレイズでの選択 完 -




