第五十五話 旧友との因縁
ここはカシミール城下にある商業区。
上杉達の放った『アングレア』の反共振の影響で『バウンダリー(境界)破壊』が止まり、現実世界と入れ替わったこの世界に対する混乱は予想以上に少なく、一部のライトユーザーの中には今考えられる唯一の帰還方法の一つを失った事で上杉達を恨む者達も居たが、リレイザーを含め大多数のプレイヤーは既にこの世界で生きて行く事を考え始め、通常通りリレイズでの商売を続ける者や次に来る戦争に備える者など様々な考えに別れ出し始めていた。
その一角に村雨が経営する人材紹介屋があり、リレイズ討伐から戻ったエスタークメンバーはここを拠点にし、アイリス軍の次の攻撃に備え情報収集と人材集めなどの準備を行う。
事務的な机が数個並ぶ事務所のような部屋で、中心に座る村雨の周りをエスタークのメンバーで取り囲むように座り話し合いをしていて、議題はアイリスが再び戦争に動き出す可能性と、その攻撃に対する現在の進捗状況について入口が話す。
「俺の掴んだ情報だと、アイリスは先日攻略に失敗したミリアへ再度攻撃を仕掛けようと企んでいて、アイリスは奇襲を掛けたミリアの反撃を恐れているようだな。」
「それもあるが、どのみちアイリスはリレイズの世界を統一しようとしているのは確かだからな。」
入口の話すアイリスの動向に自身の情報も併せる下山の話を聞いた村雨は、机に頬杖を突いたまま言葉を選ぶように口を開く。
「・・・つまり、遅かれ早かれアイリスは再び動き出す可能性は高い、って事だな・・・。下山、兵はどれだけ集まった?」
「俺達の呼び掛けに集まったプレイヤーは三万。攻め込むには十分な数字だが、アイリスが使う『リプライス』を考えると、兵は分散しておく必要はあるけどな。」
「やっぱり思ったより少ねーな。『バウンダリー(境界)の破壊』の影響でこの地に骨を埋める覚悟のプレイヤーは多いから、上杉が放った『アングレア』の影響の混乱は少なかったが、不死じゃ無くなった世界でリスクを背負う程の覚悟は確かに無理もねぇか・・・。」
この世界に生きるプレイヤーは推定数十万と言われる中でアイスとの決戦に集える人数が三万程度との話を聞いた村雨は、『バウンダリー(境界)の破壊』により現実世界となったリレイズへの永住を決意するプレイヤーが多いとはいえ、不死で無くなった体で命を賭け戦争へ参加する覚悟を持つ人間が多くいるとは思えず、下山の話した現状に諦めの表情で納得する。
アイリスはネクロマンサーが開発した魂転移魔法『リプレイス』を使い各地へ遠隔操作で兵を送る事が出来て、なおかつ本体も出兵出来るメリットを活かすと想定すると、アイリスの兵は実際に報告されている兵の倍になる事は間違いないとエスタークメンバーは推測していて、カシミールへの襲撃も備えると兵力は圧倒的に不利だと考える。
そして村雨が最も警戒するエスタークメンバーの存在と、それを操っているであろうもう一人の『ゲームマスター』の存在が、幾ら兵を集めても不安が拭いきれない原因でもあった。
メンバーとの会議を終え今後の報告をカシミール王へする為、村雨は事務所を離れ一人カシミール城へ向かう為商業区を進む。
カシミール商業区はリレイズで最大の工業地帯で、その広さは商業区だけでイスバール城と城下町が入ってしまう程の面積で、至る所に工場のような煉瓦造りの建物が並びカサードのような役所的な建物では無いそれは巨大な工業団地のようで、人に対して圧倒的に設備が大きい為、他の城下町と比べ人の通りが少ないのも特徴であった。
村雨は建物の間に入り進むと建物同士が重なる事で太陽の光を遮り、昼間にも関わらず一部は夕暮れのような暗く不気味な場所もあったが、リレイズ最強の戦士でもある村雨は何時と違う空気を察し立ち止まる。
「・・・てめぇ、何者だ。」
村雨の先に会った建物の死角から感じる気配に鋭い視線を送ると、その薄暗い場所から鮮やかなブロンドの髪を靡かせながら現れた人物の姿よりも、その発せられる凍り付きそうな殺気がその人物を特定させた。
「・・・お前、ミハエルか?」
「ほう・・・、ゲーム用に作ったアバターの筈だったが、よくオレだと分かったな。」
「その凍り付きそうな冷たい目を、俺はお前以外に見た事はねぇからな。」
リレイズでのミハエルを知らない様子の村雨は、その目でミハエルだと分かったと話すと、鞘に納めていた『聖なる青い剣』に手を伸ばし半見の状態でミハエルを見つめる村雨に、ミハエルは一定の距離を保ったまま口を開く。
「・・・久しいな、ムラサメ。」
「あの時・・・以来だな。まさか、お前がリレイズの世界に居るとは思わなかったよ。」
「それはこっちのセリフだ。なぜなら、この世界は元々オレが作り上げた世界だからな。」
「なっ!?・・・なるほど、どおりで異様な雰囲気を持っている筈だぜ。お前が四人目の『ゲームマスター』って事か。アステル社を立ち上げた時から、いずれお前とはこうなるとは思っていたが、・・・まさか現実世界となったリレイズだとは考えてもいなかったがな。」
村雨の事を既に知っているかのような口調で話すミハエルに最初は驚きの表情を見せた村雨も、ミハエルが四人目の『ゲームマスター』である事を理解すると同時に、この出会いは既に運命図けられていたかを理解したように冷静さを取り戻し、その様子を見たミハエルは『聖なる青い剣』に手を掛ける村雨との間合いを詰め寄る。
「オマエと組んで会社を立ち上げ、ベンチャー界の風雲児と言われる程有名になったが、ある日オレは身に覚えの無い罪を着せられ全てを失った。だがオレは再び這い上がりアステル社を立ち上げた。そして、数年の月日を費やしてオレを陥れたヤツの痕跡を解析し、ついにそいつの居場所を突き止めた。」
「・・・。」
「オレはそいつを拘束し、持っていた全ての情報を奪った。・・・だが村雨よ、その中から面白いデータが出て来たんだよ。」
ミハエルと村雨は駆け出しの頃一緒に会社を立ち上げた仲であったが、ある日身に覚えない罪に掛けられ会社を去った経由があり、ミハエルはその罪を被せた人物を探し出し全てを奪った事を話すと、無言を貫き聞き続ける村雨に僅かな笑みを溢しながら、ミハエルは話を続ける。
「オレが機密保持契約違反で拘束された原因であった二次元を三次元化出来るシステムはオレとオマエしか知らない筈だったが、オレを陥れたヤツはそのシステムのマスターを持ち、オレ達とは別でプログラムを構築していた。・・・そしてソイツから聞いた話と全てを照合すると、オレを陥れた人物はオレの一番信頼する人物だったのではないかと言う結論に達した。」
「・・・それは、どう言う事だ。」
「オレは、まさかオマエがこんなゲームの世界に居るとは思っても居なかったが、だがリレイズの世界でこのメンバーの名前を聞いてすぐにオマエの事が思い出された。」
「・・・・。」
「オレとオマエで開発したシステムのプロジェクト名『エスターク』と聞いてな。・・・オマエ、オレを嵌めただろ?」
自身を陥れた人物の話と持っていたプログラムから、ミハエルは村雨が自身を陥れた張本人だと問い詰めるかのような冷徹な表情と口調で話すと、言葉少なく返答をし続けていた村雨は覚悟を決めたかのように一呼吸置き口を開く・
「・・・何が言いたい。あの時の復讐を不死で無くなったこの世界で行いたいと言うのか。」
「まさか、この世界の今の状況でオレもそこまでバカでは無い。・・・だが、オレはあの時の事を今は恨んではいない。確かに当時のオレはプログラムに没頭するだけの無知な人間だったし、己で制御出来ない人間と組むのは得策ではないと考えるオマエを経営者となった今のオレも共感出来る。そのお陰でアステル社を立ち上げ、ヤツの作りかけの『エスターク』を使う事でヘッドマウントディスプレイが完成し、リレイズを作り上げる事も出来た。」
「・・・お前は何が望みなんだ。」
覚悟を決めた村雨はここで決死の決闘の覚悟を決め剣を抜こうとするが、ミハエルは力を抜くように肩をすくめ、あの時があったからこそ今の自分が居る事を話すと、ミハエルの狙いが感情論ではなくビジネスライクだと理解した村雨は静かにミハエルの要望を聞いた。
「なぁに、簡単な事だ。オレも当時は無知なりにオマエに協力出来ていたと思う。なら、今度はオマエがオレに協力するのが日本人的に言えば筋ってヤツではないか?あの時のオレもオレなりにお前に尽くしたつもりだ。だから、今度はオマエがオレの為に力になり尽くしてくれ。オレ達で新しい世界を作ろうじゃないか?アイリスの教えなぞオレには関係ない、オレの希望はこの世界を一から作り直す事だ、情報や権力では無く力だけが全てを支配するこの世界を・・・。」
「・・・もし、オレがNOと言ったら?」
「オマエはそうは言わない筈だ。確かにリレイズではエスタークとしてカシミールを守護する役目ではあるが、オマエの本来の目的はそうではないだろう?この世界で成功する事じゃないのか?」
古い知り合いであるミハエルの言葉に村雨が返答を迷うのは、自身がリレイズへ入ったのは行方不明の娘を探す為であったが、『ゲームマスター』としてミリアに住み現在は上杉と共に行動している事を知った事で目的を達している筈であったが、それでもこうして今まで通り生活している自分は本当にそれが目的だったのか疑問を抱く。
結局は娘の捜索を盾にリレイズの世界を楽しむ只のゲーマーではなかったのか、それとも娘の捜索の為に手を組んだカシミールに対する唯の恩返しをしているのに過ぎないのか。
ミハエルの質問にも言葉少なく沈黙を守る村雨は、カシミールへの恩義を感じているのであれば、目の前のミハエルにもそれが当てはまる事であり、ましてや自身の若かりし過ちにより人生を狂わせてしまった人物である事は間違いないと考えた村雨は、握っていた『聖なる青い剣』から手をゆっくり離し正面に居るミハエルを見る。
「最初に感じたお前の心が本当なのか?それとも、今のお前が本当のミハエルなのか?」
「フッ、オマエも焼きが回ったものだ。だが、それがオマエとオレとの十年で埋まった差かも知れないな。」
「最初に見せたあの表情、あれもお前の猿芝居って所か?」
最初に再開した時に見せたミハエルの冷徹な視線は、己の存在をわざと村雨に悟らせる為の心理的先制攻撃だったのかを問い詰める村雨に対し、口元を緩ませるが表情は最初の頃の冷徹さを変えずミハエルは口を開く。
「・・・やはり、オマエはオレの計画に必要な人間だ。オレとこの世界を変えようじゃないか。あの時の二人で誓い合った時のように、・・・な。」
冷徹な表情で不気味に笑うミハエルに対し、目の前の人間の人生を変えてしまった自身の罪に囚われる村雨の二人の境遇は、十年前とは全く逆の立場となり再び相見える事になる。
そして数日後、あの日以来行方不明であった村雨はカシミールへ手紙を出し、正式にカシミールの護衛兵としての辞退と、自ら立ちあげたエスタークからの脱退を同時に発表し、その数週間後にはアイリス国の最高軍師として菊池に変わり兵を動かす役目に就任する事になる。




