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サイバー・バウンダリー  作者: りょーじぃ
第六章 リレイズでの選択
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第五十四話 天才の挫折

 ミリアで上杉と別れイスバールへ戻った木村は、川上の体の衰退を抑える回復魔法の連続詠唱を一人で続ける事は無理な為、即座に宮内で医療チームを結成し交代で眠り続ける川上へ治癒魔法を唱え続け、治療を受けても一向に意識が戻らない川上の姿を心配そうな表情で見つめている。


「・・・川上さん。」


 木村のイメージする川上は軟派なおふざけ系なイメージであり、それは川上がこうへ向かっていく寸前まで変わらなかった。

 だが、あの瞬間に『見透かしの目』で見た川上の真実は、今までの彼からは想像も出来ない暗い過去で覆われた歴史であり、自身には身に覚えのない復讐を受け続ける悲しい家系だった事を知った事で、彼の明るい性格は表面上でのカモフラージュでしか無く、それは自身の暗い過去を見せない為の配慮でもあった事を木村は知る。


 川上は軍事一家であった事のデメリットをメリットに変える為にリレイズへ参加し、モンスターと戦う為の戦略を練る事で彼の才能はゲームと言う平和の世界で生かされていたが、『バウンダリー(境界)の破壊』により現実世界と入れ替わったこの世界で戦争は日常的な物となり、その事をプレイヤーの中で一番悩んだのは川上だったのではないかと木村は感じている。

 正直、木村は今行っている方法が必ずしも上手く行くとは考えられず、いつ容態が急変する可能性のある恐怖に眠れぬ日々を過ごしていた。


 そして川上の延命治療を始めてから一カ月が過ぎ、『永遠の副作用』を打破する可能性として考えられた『ルシフェル』から放射される電波の消去に成功したとの情報がイスバール全土へ行き渡り、街中が不安と期待に包まれる中、イスバール城内は緊張感に包まれる。


 『ルシフェル』から放射される電波が消え『バウンダリー(境界)の破壊』が止まった筈の状況でも川上の『永遠の副作用』は消えず、寝たきりの状態が長く続いた影響もあったのか川上の体力はその日を境に突如急変し、現在国王となっていたスミスはイスバール全土からヴィショップを集め、増員したチームで川上の治療に当たりありとあらゆる方法を試すが、画期的な術は無く川上の容態は悪化の一途を辿る。


 そして『バウンダリー(境界)の破壊』が止まってから数日後、川上は『永遠の副作用』による『永遠の眠り』の影響で体力を無くし永眠する。


 その後の葬儀や協力してくれたプレイヤー達への対応はスミスが滞りなく対応したが、川上を救えなかった事への失意のどん底にいた木村は、その後数日部屋から姿を現す事は無かった。


 『バウンダリー(境界)の破壊』が始まるまで、『ゲームマスター』である自分はリレイズでは最強のプレイヤーだと思っていた木村は、製作者として全てを把握している事は、どんな強敵や困難もコツを知っている木村にとってこの世界を操作する事は造作も無く、例え特殊能力を持つ残り三人の『ゲームマスター』に対してもソフト面の全てのアルゴリズムを確立した自身に敵う筈が無いと思っていた。

 だが、上杉達と行動を共にする事で一人では何も出来ない未熟な人間だった事に気付き、それまで天才プログラマーとして大人達にチヤホヤされて事に嫌気がさし、背伸びをしていた自分を見つめ直す切っ掛けをくれたのは川上だった。


 それまで木村は自分より優れる人間に憧れを持ち、その対象は『俊傑のプログラマー』と言われた鮫島 春樹にあった対象が、いつの間にか己を諭し勇気をくれた川上へと変わっていた事に気付いた矢先の出来事に、自身は大切な人を救えなかったと深い絶望感に襲われていた。


「・・・木村様、・・・よろしいですか。」


 数日間も部屋に籠っていた木村の部屋の扉を叩く音がすると、扉越しから聞こえたその音に耳を傾けた木村の耳に入って来たスミスの声はイスバールの長としては少し頼りない幼い声であったが、自身の事を気に掛けてくれているのだと感じた木村は、その声のする扉へ向かい数日ぶりに木村の部屋の扉が開かれる。


 スミスの見た扉から現れた木村の姿は今まで見た事の無い姿で、銀色の髪は乱れ、服装はあの時から変わっていないように見える程無数のシワがあり、その生気の無い姿に戸惑いを見せながらも、スミスは必死の表情で木村へ話しかける。


「木村様の気持ちは痛く感じております、・・・ですが。」


 木村の部屋にある応接セットへ通され、木製の重厚なソファーに座ったスミスが発した言葉に、乱れ切った銀色の髪を整えもせず聞く木村は、ただ一点を見つめるように視線を変えずスミスの話を聞くだけであり、その様子は憔悴しきっているのが即座に分かったが、それでもスミスはこの世界で生きて行かなければならない木村に対し話を続ける。


「木村様にとって川上様は掛け替えのない存在であった事はこれまでの行動や今の表情で理解できます・・・。ですが、このままの貴方を、・・・このまま何もせず過ごす貴方を川上様は願っていない事も私は感じております。」


 木村の悲しみで漏れそうな姿を見て動揺を隠せないスミスは今放てるありったけの言葉で必死に話すが、その言葉にも小さく頷く事しか出来ない木村が、憔悴しきった表情のままスミスを見つめゆっくり口を開く。


「王の必死なお気持ちは、とても伝わっております。・・・ですが、まだ私は心の整理がついていません。川上さんを殺してしまったのは私の心の油断で、あの時、私はこうに対して、・・・いえ、『ゲームマスター』の驕りが全ての冒険者に対して油断がありました。」


 今まであった木村の心の驕りは上杉達と出会った事で己を見つめ直す事が出来たと思っていたが、己が最強のプレイヤーである事の油断はまだ残っていたと感じ、それが川上の命と引き換えに気付く事が出来た己を許せないでいて、それは上杉や村雨も最強プレイヤーであるが故に圧倒的不利に立ったダークゲートの戦いで初めて実感した事であったが、二人と違いこれまで天才プログラマーと騒がれ挫折の経験が無かった木村にとって、初めてに近いこの挫折の大きさに未だに立ち直れないでいる。


 そうした挫折の経験は木村以上に無い若いスミスにとって、今の木村に掛けられる言葉が見つからず二人の間に沈黙が続く中、その間を切り裂くように突如一枚の鏡が現れる。

 突然の出来事に驚きと緊張が混ざり合う表情のスミスは剣を構えるのに対し、その鏡の存在を知り中から現れる人物が想像出来た木村は、鏡の中から現れる人物を見つめ続ける。


「・・・木村よ、お前さんの考えも分からないでもないが、それを背負うのはまた別の事じゃよ。」


 突如現れた鏡から顔を出し話すカーンに対し、予想が当たっていた木村は表情を変えずカーンを見つめ続け、生気が無い木村の表情を見ながらカーンは話しを続ける。


「木村よ、お前さんは確かにこの世界を舐めていたかも知れん。お前さんは本来であれば村雨同様の推薦者の実力を持ち、同じロードのちょうしか使えないプットアウトも使えていたじゃろうからな。・・・その挫折を経験していればな。」

「・・・師匠、私にわざわざ説教をしにここまで来たのですか。」

「・・・この方は、木村様のお知り合いでありますか?」


 カーンの言葉に木村は無表情のまま返答し、その会話で鏡から現れた人物が木村の師匠だと知ったスミスは、二人の会話を見ながら手が触れていた剣を離しながら話し、鏡から全身を現し木村の部屋の床へ両足を着き、己の着地点を確認するかのように下を見ていたカーンは、蓄えた髭を揺らしながらゆっくり正面にいるスミスへ顔を向ける。


「ワシはカサードで道場を開いているカーンと申します。元は木村の師匠として彼女を鍛えた経験があります。」

「あ、貴方があの伝説のカーン氏でありますか!?」

「イスバール王も私の存在をご存じであるとは大変光栄でございます。」

「い、いえ・・・、私なぞ、まだまた駆け出しの王でありますので・・・。」


 木村と一緒居たスミスへ自己紹介をしたカーンに驚きの表情で答えるスミスに会釈をし、視線を再び木村へ移し会話を続ける。


「『バウンダリー(境界)の破壊』が止まった事で、この世界は真実の世界となった。じゃが、お前さんが立ち止まったまま何もせんかったら、この世界はリレイズの世界同様に戦国の世界になるのは分かっておるじゃろう?それは、お前さんが尊敬する川上が望んだ世界なのか?戦争が真実となる世界を。」

「私は、世界を変える為に戦う事にこれまで抵抗なんてありませんでした・・・。けど、その戦いが、・・・自分の油断が、掛け替えのない人を殺してしまった。戦争で人が死ぬ現実の世界なんて、私には耐えられない世界なのか知れません・・・。ましてや、その世界を変える事なんて・・・。」

「じゃがな、戦国乱世の世界に戦争を失くす事は不可能な事。そのためにお前達冒険者がおるのではないか?これまで平和を願った国王もまた、戦争で領地を勝ち取り己の思想をその地に植え付けたのではないか?それもまた戦争じゃが、平和を願う己の思想に反する者と戦う事は必要な事じゃよ。」


 川上の嫌う戦争に抵抗を抱く木村に対し、平和の思想を持つのであれば己の思想を取り入れる為に領地を勝ち取る戦争も必要だと話すカーンに、木村は理解していても納得出来ない気持ちのまま表情を変えず自身の膝へ視線を送ったまま前を向かずにいる。


「力を求めワシの所へ来た鮫島は今、『雄鶏の杖』を手に入れる為に回復職の居ないメンバーでキリングへ向かっておる。鮫島はリレイズとの戦闘で失った仲間の為に力が欲しいと話した。己が仲間を守る存在となり、二度と同じ悲しみを味わいたくない、とな。」

「鮫島さんが・・・。」

「お前さんは確かに天才じゃよ、それはさっきも言った通りじゃ。じゃがな、お前さんに足りなかったのは絶望から這い上がる気持ちじゃよ。」

「気持ち・・・。」

「絶望の淵から自分がどうすればいいか、いつまでもそこに居ても何も変わらんし悪くなる一方じゃ。別に背伸びをする必要は無い、己に出来る範囲でやれる事を探し出し、己の居場所を掴めば良いのじゃよ。」

「自分の、居場所・・・。」

「人は挫折を味わい、そこから這い上がる事で次へ進める。今のままでは川上の思想を引き継ぐ事も出来ず、この世界の変化を見続ける事しか出来んぞ。それが例えお前や川上が嫌っている戦争が支配する世界になったとしてもな。」


 心の整理のつかない木村に対し、川上の気持ちでは無く己の考えで行動し自分の居場所を作る事を話すと、木村の心の中に一つ考えが胸に宿る。


 それは、現実と化したこの世界では『ゲームマスター』も結局は人一人助け出せない存在にしか過ぎず、自身を守ってくれた川上の為に出来る事は彼の思想を受け継ぐ事だと木村は感じ、それまで俯き続けていた頭を正面に座るスミスへ向け、その表情を見たスミスは、彼女がイスバールを奪還する為にこの城をアイリスから取り戻した直後の事を思い出す。


 アイリスの襲撃により陥落したイスバールは、スミスの父親であるイスバール七世を含めスミスの家族は皆殺しにされた。

 カシミールへ留学していた為難を逃れたスミスは、その情報を聞き即座にイスバールへ帰還したが、国は既に崩壊し、木村がアイリスから奪還してはいたが激しい戦闘の後もあり場内は廃墟のような状態になっていた場内の状況を見て、家族の消息に絶望を覚え肩を落とすスミスの対し、険しい表情の木村はスミスに語りかけた。


「私が至らない為に城を守り切れなかった事を大変心苦しく思い、王子には申し訳ないとしか言葉がございません・・・。ですが、王子が生きておいでであれば国王の思想は引き継がれ、イスバールは再び復興する筈です。私も微力ながらお力添えをさせて頂きたいと思っております。王子が国王となり考える思想こそがイスバールの未来であり、イスバール七世国王の考えでもございます。」


 あれからスミスは木村と共にイスバール復旧に尽力を尽くし、現在は当時に近い状況にまで城を復旧する事が出来たのは、あの時の木村の言葉だと思い出したスミスは、表情にまだ迷いが見える木村に向かい口を開く。


「・・・木村様。今貴方が心に秘めている思想こそが川上様の見ていた未来であります。あの時、私に話したように、私も貴方へそれを伝えたいと思っております。」

「スミス国王・・・。」


 スミスの言葉に先程までの迷いの表情が消え迷いの無くなった表情へと戻った木村を見たカーンは、優しい表情で木村を見ながら話す。


「ワシの来た鏡の先は鮫島達が戦っている北洋の底へ繋がっておる。お前さんの出した結論に必要な事であれば鏡を貸してやっても構わんぞ?」

「・・・はい、その鏡貸して頂きます。国王、暫くお暇を頂かせて頂きます。」

「はい、木村様は働き過ぎですので、取得していない休暇が多量にありますのでお好きに使って下さい。城の事は大丈夫です、いつまでも木村様一人に負担を強いられてばかりでは一国の王としてお恥ずかしいですので。」

「・・・ありがとうございます。」

「ワシの鏡を持って行かれてしまうのであれば帰る手段は無いし、かと言って歩くのも面倒じゃ。木村が帰るまで暫くここで厄介になろうかのぉ・・・。」

「木村様の恩師であるカーンさまの要望とあれば大歓迎でございます。」

「師匠・・・、ありがとうございます。」

「ほれ、早く行かんと幾ら最強の召喚士と『パラディン』でも回復職が居ない状態では厳しいぞ。」

「・・・はい!」


 カーンの言葉に答えた木村はスミスに出掛ける事を告げると、あの時の木村の言葉を思い出したスミスは、自身もこの国の王として父の思想を継ぎ国を守る立場にある事を再認識し木村の要望を即座に了承し、それを聞いたカーンは鏡を渡す事で帰る手段を無くしたのでイスバールへ留まる事を告げると、徒歩でも問題ない距離の筈のカーンの発言は国を心配する木村への配慮だと気付き礼をする木村に、カーンは早く行くように促し木村は鏡の中へ消えて行った。


 川上が木村に最後に託した願いは、生まれ変わっても再び行きたいと思えるような平和な世界。

 それは現代のような平和ではなく、リレイズの世界のような冒険心溢れる楽しい世界の事だと理解した木村は、戦略を企む者達を止める為に命を賭ける仲間を助ける為、北洋の底を目指す。


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