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サイバー・バウンダリー  作者: りょーじぃ
第六章 リレイズでの選択
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第五十三話 『至高の召喚士』の誕生

 四大従者ウロボロスを召喚した鮫島は、『雄鶏の杖』を体内に宿したキリングの魔力吸収を受けた影響もあり、従者を現世に留める為に必要な『心』の枯渇が近づきつつある状態にあったが、それこそが『心』の限界を引き上げる為に必要な己の限界を見極める行為であり、鮫島は押し寄せる強烈な『眩暈』と戦いながらキリングと対峙するウロボロスの定着に集中する。


 『パラディン』に覚醒した辰巳は、同時に相手の状態を数値で見る事が出来る能力を手に入れた事で鮫島のステータスの状態が手に取るように分かるが故に、今の鮫島がどれだけ危険な行為を行っているのかを理解出来ていた。


「鮫島さん!これ以上はあなたの生死に関わる状況に陥る領域に入ります。私もこれ以上は黙って見ている訳には行きません!」


 少し興奮気味に叫ぶ辰巳の言葉は、鮫島の状況を知る人間としては当然の行為であったが、辰巳の特殊能力を信じているにも関わらず、その意見に耳を傾ける様子もなくキリングを見つめる鮫島は、しびれを切らし鮫島の召喚を止めに入ろうとした辰巳に、いつもの冷静沈着な彼女からは信じられないような叫び声を出す。


「辰巳さん!私を信じて下さい!」

「だが、しかし・・・。」


 鮫島の言葉に怯む辰巳に対し、いつもの冷静な表情に戻った鮫島は苦渋の表情の中で口元に笑みを見せ話す。


「カーンさんが話していた『心の扉』と『臨界点』は同義だと私は思っています。私に必要なのは『臨界点』にある『心の扉』を開く手前を己の体に刻み込む事で、それはスポーツで言う限界を極める事と同じだと思うんです。」

「だか、それは鍛錬としての限界を極める事であって、生死に関わる場所でやる事ではない筈です。」

「・・・だけど、それこそが『臨界点』で、この世界を行き抜く為の私の覚悟だと思います。」

「覚悟・・・。」


 鮫島の言葉に、辰巳はその意味を理解したかのように言葉を止め黙り込む。


 それは、ついさっき自身が『パラディン』に覚醒した切っ掛けと同じ事で、条件が揃っていたにも関わらず転職が成功しなかった原因は、この世界はただのゲームの延長線上でしかないと考え、実の兄を無くしたやり場のない怒りを持ち続けていたからであり、この世界の現実と覚悟を知る事で先へ進みだした事を思い出した辰巳は、鮫島の話す覚悟とは世界を守る為に必要な力であるのだと感じたからであった。


 鮫島の言葉を聞いた辰巳は伸ばしていた両手をゆっくり降ろし、『解放』されたウロボロスとキリングが戦う後ろで必死に力を振り絞るかのように踏ん張る鮫島を見守り始める。


 鮫島が常に感じていた『眩暈』はやがて激しい頭痛へと変わり鮫島へ襲い掛かり、それは次第に頭に槍を刺されたような鋭い痛みに変わり、鮫島はその痛みに耐えながら従者の定着を行っていたが、次第に自身の意識が薄れて行くのを感じ始める。

 それは人が死ぬ前に見えると言われる走馬燈なような感覚と似ていて、周りの景色は暗くなく意識もはっきりしているが、それに魂がシンクロしてないチグハグした状態に鮫島の力は徐々に抜けて行き、伸ばしていた手が次第に落ちて行く。


「・・・これが、人の死ぬ瞬間なのかな・・・。」


 目を閉じたような暗い景色ではないが確実に己の意識が薄れゆく事が理解出来た状態で、鮫島は己が『臨界点』に近づき死の手前に居る事を感じながら小さく呟く。


 私はリレイズに来て何がしたかったのか・・・。


 父親である鮫島 春樹が、鮫島に『バウンダリー(境界)の破壊』の影響で徐々に変化するこの世界を止める人間としてリレイズへ来るように仕向けたのは間違いないが、今まで鮫島 春樹の策略に嵌りリレイズの世界で必死に生きて来た為、鮫島は自身がリレイズの世界へ来た本当の意味を考える事が出来なかった。


 父親を捜す為だけであれば、リレイズへ来た目的が達成された今、自身は目標を失くした状態ではこれ程までに力を求める事は無かったと考える鮫島は、リレイズで出会った上杉の姿こそが己の本当の目的だったと気付いた。


 鮫島の記憶には、生まれて十七年が過ぎようとしている中で上杉との過ごしたこの一年足らずの思い出だけが駆け巡り、この一年が自身にとって最も濃厚で生き生きした人生だった事を感じる。


 死ぬのは怖い。


 だが、誰かの為にこれ程までに必死になった事がなかった鮫島には、例え失敗に終わり己が死滅したとしても、この行為を行った自身の思想こそが満足いく結果だとも感じ、上杉が悩む抜き『竜神』となったように自身も上杉と同じようにこの世界で必死に生きた事を誇りに感じている。


 最後に一度会いたかった。

 それだけの後悔は残ってはいたが・・・。


 色々な思いが交差した鮫島の瞳から一滴の涙が流れ出したその瞬間、周りの光をレースのカーテンで覆われたようだった光量が突然強烈なフラッシュのように光り出し、その一瞬の変化に驚き意識を取り戻した鮫島は、意識を失った事で従者が居なくなったのではないかと慌てて周りの状況を確認する。

 一瞬ではあったが、鮫島が意識を失った後でもキリングと対当するウロボロスは先程と変わらず攻撃を仕掛けていて、その様子を見た鮫島も胸を撫で下ろした時、鮫島はある状況に気付き始める。


 先程まで従者を定着させる為に必死に集中していた筈が、今では意識を失い程の余裕があり、それが己『心』の絶対量が上昇した事を理解した鮫島は、何かを思いついたかのように目の前で攻撃するウロボロスへ叫ぶ。


「ウロボロス、これからリヴァイアサンを召喚します。」

「鮫島よ、お前にそれ程の余裕があるのか?『解放』された我を維持するだけでも手一杯だろう。」

「私に考えがあります。リヴァイアサンを『解放』したら私の話すタイミングで攻撃して下さい。多分、この攻撃は一度きりしか出来ません。」

「・・・分かった、どうやらお前の修行は上手く行ったようだな。我も今はお前の従者だ、お前の指示に従おう。」

「ありがとう、ウロボロス。」


 先程までと様子が違う鮫島に気付いたウロボロスに、『心』の絶対量を上げる事に成功したが『心』の枯渇が近付きつつある事に気付いている鮫島が、この方法は一度きりしか使えない作戦と話す言葉にウロボロスは指示に従うと話すと、鮫島はもう一枚の術紙を取り出し、四大従者の一人リヴァイアサンを召喚する。


 鮫島の目の前には透き通る青と深い青の二体の竜が対峙し、鮫島は即座にリヴァイアサンを『解放』の儀式を行う事で二体の従者を最大の力を発揮出来る真の姿へと変貌さる姿を特殊能力で見ていた辰巳は、鮫島の『心』の数値が信じられない状態になっている事に気付き驚きの表情を見せる。


 先ほどまでは四大従者を定着させるだけでも危うい程だった『心』が、魔力の絶対値こそ変化は無いが『心』の先にある筈の『臨界点』は姿を消し、それは相手のステータスを数値で確認出来る辰巳でさえ確認する事が出来ない状態で、『ステータス操作』によって魔力の絶対量を操作した瀧見と同様に今までのリレイズで有り得ない状態は、まさに鮫島の『心』の数値は天井無しの状態になっていた。


「・・・鮫島さん、あなたは一体何をしたのですか。」


 両目を大きく見開き震えた声で話す辰巳に、鮫島は辰巳を見ずに話す。


「・・・これが、私の覚醒した状態なのかも知れません・・・。」

「ええ・・・、今の鮫島さんは、まさにこの世に居ない『至高の召喚士』です。」


 辰巳から発せられた『至高の召喚士』は今の鮫島には的確な表現で、二体の四大従者を『解放』出来る人物は世界広しと言えど鮫島しかおらず、それは召喚士として最も優れた人物で、唯一無二な存在と言う意味では最も適した二つ名であった。


 二体を『解放』し終えた鮫島はリヴァイアサンに津波を発動させると、現れた強大な水量がキリングを襲うが、水流の攻撃であれば体内に氷属性を持つキリングには効果が無く、強力な津波の攻撃にキリングは微動だにせず受け止める。


「ウロボロス、今です!吹雪の圧縮攻撃を。」


 しかし、反属性など既に理解している鮫島にとって、それは予定調和の事で、鮫島の本当の狙いはリヴァイアサンの放ったその水分であり、津波が流れ出た直後にウロボロスへ攻撃を指示する。


 リヴァイアサンを放った狙いはキリングの体の表面であり、体内を冷気で覆われるキリングの属性は冷気属性だが、外見は通常のモンスターであるその体は属性には関係無く、攻撃の意図を悟られないようにすれば自身の狙いは違っていないと考えている鮫島は、水分を凍結させる事で体温を奪い無属性攻撃で敵の外側から冷気で凍らせ封印する作戦を考え、リヴァイアサンの津波で皮膚が濡れた直後にウロボロスの吹雪を当てる事で水分を凍結させキリングを氷漬けにする。


 大量の水分を含んだキリングへ送られてくる強烈な吹雪は水分を凍結させると、キリングの着ていた布の服と共に皮膚を凍結させ始め、やがてキリングの全体はウロボロス同様に透き通る青い氷に覆われ身動きを奪われる。


 その時を待っていたかのように、二本の剣を持つ辰巳がキリングへ駆け寄り剣を振るうと、先程までと違い剣では傷を付ける事しか出来なかったキリングの体は銅像のように脆く崩れ去り、崩れ去った氷の破片の山から鈍い光を放つ一本の杖が現れ、それが三種の神器である『雄鶏の杖』だと分かった辰巳は鮫島へ話す。


「やりましたよ鮫島さん!あれが『雄鶏の杖』ですよ。・・・でも、既に鮫島さんの目的も達成されましたし、今となってはあまり用はないですけどね。・・・鮫島さん!?」


 鮫島へ話し掛けている途中で真っ青な表情になり倒れ込む鮫島に気付いた辰巳は、慌てて鮫島へ駆け寄り倒れ込み鮫島を受け止めると、その息と脈は乱れ今にも止まりそうな状態になっている鮫島を見て辰巳は今の彼女には回復が不可欠だと結論付けるが、自分はその魔法が使えない『パラディン』である事に気付くと、己の心拍数が急激に上昇している事に気付く。


「せっかく『雄鶏の杖』を手に入れ、鮫島さん自身も最強の召喚士となったのに、私の職業では回復魔法は使えない。一体、どうすれば・・・・。」


 両腕に鮫島を抱えたまま途方に暮れる辰巳は、『パラディン』になったにも関わらず目の前の人間一人救う事の出来ない事に自己嫌悪を抱くが、その時、突如辰巳の横へカーン道場から北洋の底へ行くのに使用した『時空の鏡』が現れる。


 辰巳達がカーン道場で見た『時空の鏡』は複数枚あり、現れたそれはカーンがここへ来る為に使用したのだと考えたが、それであれば、なぜカーンは同じ鏡を使わずにここへ来たのかを説明する事が出来ない辰巳は、その鏡から現れる人物が道場を介して現れたモンスターか刺客の可能性を考え、眩く光る鏡を睨みながら鮫島を傍らに置き二本の剣を構え奇襲に備える。


 その光はやがてゆっくりと消えて行き、鏡を使った事はあるが使用している姿を見たのは初めてであった辰巳は、『時空の鏡』から人が現れる様子を確認しながらも同時に警戒をしたが、鏡から現れた人物は純白の青のストライプが入る法衣を纏う女性で、その姿は高級職業の一つ『ロード』が纏う最強の鎧の一つで、癖のある銀色のショートボブを揺らしながら現れた女性は辰巳へ目を向けると、傍らに倒れる鮫島に即座に視線を切り替える。


「彼女の生命力は危険な状態だわ。治療は私に任せて下さい。」

「・・・あ、あ、はい!」


 鮫島の容態を即座に理解した女性は、辰巳に鮫島の状態を簡単に説明し治療の準備を行う事を告げると、その手際の速さに呆気に取られる辰巳は慌てながら返事をする。


 戦士の攻撃力とヴィショップの回復力を併せ持つ『ロード』は、『パラディン』と同様の攻撃主体の職業ではあるが、広範囲攻撃が出来る魔術士の力を持つ『パラディン』と違い攻撃参加型よりも回復職として後衛の守護神としての立ち位置であり、辰巳の目指す攻撃型とは違うが、今回のような魔法使いが居ない状態では『ロード』は重宝される。

 何も出来ない事に悔しさを滲み出すように両手の拳を強く握り締め鮫島の容態を見詰める辰巳に、回復魔法を掛けながら女性は鮫島の方を見たまま口を開く。


「別にあなたが責任を感じる事ではない筈です。鮫島さんは、この世界で自分が必要だと感じた事を実行しただけであって、それが今の結果なだけです。それに、私が居れば彼女は問題無く回復する筈です。」

「そうですか・・・。・・・って、なぜ鮫島さんの名前を知っているのですか!?」


 自身を責めるように身を震わせる辰巳をリラックスさせるかのように説明する女性の口から、知る筈の無い鮫島の名前が出た事に気付いた辰巳は驚いた表情でその事を女性に質問すると、鮫島の容態がある程度落ち着いた事を確認した後、女性は辰巳の方を振り返る。


「・・・私も、彼女と同じこの世界を止める為に動いている人間です。貴方はそうは思っていないようですが、貴方は彼女を立派に守り切りました。・・・私は、それが出来ませんでしたが。」

「あなたは、なぜ『時空の鏡』を使いこの地へ?」

「私は師匠であるカーンに頼まれここへ来ました。貴方と鮫島さんでは回復職が居ない事を心配した師匠が私の所へ尋ねに来ました。私の名前は木村、このリレイズの世界を作った『ゲームマスター』の一人です。」

「げ、『ゲームマスター』って!?貴方がリレイズを作った四人の一人って事ですか!?」


 木村の言葉に驚く辰巳に対し、木村は悲しげに苦笑をもらしながら口を開く。


「・・・と言っても、私はこの世界では神ではありませんでした。結局は一人の人間にしか過ぎません。」


 悲しそうな表情で話す木村の真意は、これから上杉達が向かうイスバールでの出来事であり、その出来事が彼女を絶望の淵へと追いやっていた。


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