表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サイバー・バウンダリー  作者: りょーじぃ
第六章 リレイズでの選択
54/73

第五十二話 この世界での覚悟

 複数召喚が出来る事を目指した鮫島は、カサードにあるカーン道場の総帥であるカーンに教えを請うとするが、複数召喚は禁術であると話すカーンの警告を聞いた上で己の決意と思想を話した事でカーンを説得し、複数召喚に必要な力である『心』を鍛える為に『雄鶏の杖』を探す事になる。

 だが『雄鶏の杖』は現在行方不明であり捜索は難航するかと思われたが、鮫島 春樹の残したメモに書かれた『霜の巨人キリング』を討伐しに、カーン道場の修行生である辰巳と共にミリア大陸南東にある『北洋の底』へ向かう事になった。


「・・・では、二人ともこちらへ来なさい。」


 道場で鮫島と対面するカーンは、おもむろに立ち上がり二人を連れて道場の奥の部屋へ案内する。

 その部屋は和風の道場に似合わない洋風な作りをした壁のデザインや置物などがあり、約一年道場に居る辰巳ですら訪れた事の無いその場所には鮫島と同じくらいの高さの鏡が複数置いてあり、不思議に感じている辰巳はカーンへ話す。


「師匠、ここは一体・・・。」

「ここは、鮫島の知る『ゲームマスター』によって作られた『時空の鏡』と言われる移動用の鏡じゃよ。」

「私の知る人物って・・・。まさか、父の事ですか!?」


 カーンの突然の発言に驚きの表情で話す鮫島に、口元を少し緩めカーンは話を続ける。


「ワシは、リレイズで三大高級職業を育てる総帥として設定されているのとは別に、この『時空の鏡』を使ってリレイズのバグや各地を監視する『ウォッチドッグ』としての役割を鮫島 春樹から受けたキャラクターなのじゃ。」

「でも、父は確かリレイズのIDを取得したのは『バウンダリー(境界)の破壊』の直前だと聞いていました。なぜ、それ以前にカーンさんは父と接触があったのですか。」

「ワシのキャラクター設定は鮫島 春樹が設定したもので、彼が自身のIDを持つ以前はワシの体を使ってリレイズの世界へ訪れていたのじゃよ。」

「・・・だから、カーンさんの説明はリレイズの世界の住人としての視点ではなく、制作者側目線の説明だったのですね。」

「『バウンダリー(境界)の破壊』が始まってすぐ、鮫島 春樹はこの世界の異様になりつつ雰囲気を危惧しワシの元を訪れた。その時に『時空の鏡』を渡され、この世界の情報収集と選ばれし者『ムフタール』に手を貸してやってくれとワシに頼んだのじゃよ。」


 鮫島 春樹は自身のIDを取得したのは『バウンダリー(境界)の破壊』が起きる数日前であったが、それ以前にも他の『ゲームマスター』同様に偵察の為リレイズの世界へ来ていて、その時は自身が作ったカーンの体を借りて訪れていたとカーンは話し、『バウンダリー(境界)の破壊』が起きた後、鮫島 春樹は自身のIDを作りカーンの元を訪れ『時空の蚊鏡』をカーンへ渡し『ムフタール』を助けて欲しいと話していた。


「もし、北洋の底まで普通の移動であれば大陸間を渡る事になるから一カ月は掛かる長旅になるじゃろうが、この『時空の鏡』を使えば一瞬で入口まで行く事は可能じゃ。これなら、もし今回の討伐が無駄であっても時間のロスは最小限に抑えられる筈じゃから、これを使い『雄鳥の杖』の手掛かりを探せば良いじゃろ。」

「はい、ありがとうございます。」

「ま、礼はお前さんの父に言っといてくれ。ワシはただお前さんの父親に言われた事をしているだけじゃからな。」


 カーンから『時空の鏡』の説明を受け即座にその鏡へ飛び込み北洋の底へ向かった鮫島と辰巳が去った後、一人残されたカーンは鮫島達が去った鏡を見詰めながら呟く。


「辰巳に課す課題としては絶好な討伐じゃが、さすがに専属の回復職の居ない状況では厳しいじゃろう。・・・さて、ワシの出来る事をして二人のフォローをするかの。」


 そう言い残し、カーンは二人の入っていた鏡とは別の鏡へ入り姿を消して行った。


 『時空の鏡』を抜けた鮫島と辰巳は、先程までと違い目の前に広がる銀世界に驚きと寒さに襲われる中、不気味に口を開ける洞窟が目に入る。


「・・・これが、北洋の底、ですか?」

「ええ、父の残したメモによればここで問題ないと思います。」


 不気味な洞窟の入口に不安そうな表情で質問する辰巳に、鮫島は父親が残したメモの内容から、ここが北洋の底だと返答し、『霜の巨人』が住む洞窟にしては高さや広さがない入口を潜ると、そこは入口と違い天井の高い鍾乳洞のような景色が広がる。


 盗賊シーフの居ないパーティーの為、罠の可能性がありそうな場所を避けながら慎重に進む二人の行く手には、寒冷地に属するモンスターが次々と襲い掛かる。


 パラディンを目指す元戦士の辰巳は、戦士とは思えない貧弱な身体つきから繰り出される二本の剣を素早く操り敵を次々と切り刻み、そのスピードは力こそ『ロード』である木村に及ばないがスピードでは木村を凌ぎ、それは鮫島の見たプレイヤーの中では『神速』を使う上杉の次に匹敵する程のスピードであった。


 辰巳の華麗な剣裁きのお陰もあり鮫島の従者を召喚せずに順調に進む中、それ程の実力を持ちながら未だに高級職業に就けていない辰巳に鮫島は質問をする。


「今回、辰巳さんの戦闘を初めて見ましたが、さすが『パラディン』を目指す戦士だと思いました。」

「え、そ、そうかなぁ・・・。」

「・・・ですが、どうしてそれ程の実力がありながら、まだ『パラディン』に転職しないのですか?」


 鮫島の質問に対し、その話がいずれ来ると思っていたのか、辰巳は即答で返答を始める。


「・・・正直、それは私も分からないのです。師匠からも『パラディン』の条件は既に揃っていると言われていますし、実際に転職の手続きも完了しています。けど、転職しても魔法が使えない状態が今も続き、私は『パラディン』でありながら魔法の使えない半人前のままなのです・・・。」


 三大高級職業は転職条件が揃えば手続きのみで誰でも転職は可能だが、それに伴う力量が兼ね揃っていない場合は職業が変わるだけで新しい特技や魔法も使えない状態が続く。

 今の辰巳はまさにその状態であり、『パラディン』への転職手続きは済んでいるにも関わらず魔法が使えない状態が続く辰巳は、ステータス上では『パラディン』でも魔法の使えない『パラディン』は只の戦士にしか過ぎない。


 その理由をカーンは知っているが、それを見つける事が道場での修行の目的である為、自身で答えを見つけられない辰巳は一年が経とうとする今も道場で修行する事になってしまっていた。


「だから、私に比べれば清水さんの方が『パラディン』になれる条件は揃っていて、私にはその才能が無いだけかも知れません・・・。」


 戦闘時の勢いと違い肩をすくめ寂しそうに話す辰巳に対し、洞窟の罠を気に掛けながら辰巳を見ずに鮫島が話す。


「そんな事を言ったら、私なんて仲間を助ける事も出来なかった愚か者です。けど、取り返しの付かない失敗の中から二度と同じ事を繰り返さないと強く誓い、これからの未来に繋げようと考えています。リレイズの世界へ来てからまだ一年足らずの私が言うには生意気に感じるかも知れませんが、辰巳さんのように条件が揃っている人は間違いなく才能がある人で、残りは気づきではないかと思っています。」

「気づき・・・ですか・・・。」


 鮫島は辰巳に対し、『パラディン』に転職出来て居るのではあれば、それは既に才能がある証拠であり、後は本人の気づきだと話す。

 それを語れる訳は半年前に鮫島自身が見た光景で、剣を持つ事の恐怖から逃げ出し魔法使いを選んだプレイヤーがその恐怖と正面から向き合った事でリレイズ最強の侍となった上杉を見たからである。


 確かにヴィショップ時代の上杉も『妖術士』と言われる程の魔法使いであったが、剣士として覚醒した事で『竜神』となり、幾つもの戦闘と伝説を作っている。

 己の弱さと向き合い克服した先に見える風景を見せてくれた上杉は、鮫島が尊敬を抱く人物であり、また慕う人物でもある。


 だが鮫島の話を聞いた辰巳は言わんとしている事を理解はしていたが、失敗を糧に同じ失敗をしないなど現実世界では社会人である辰巳には当たり前に知っている事で、自分よりも若い少女の話す言葉の真意を理解する迄に至っていなかった。


 洞窟の奥であろう場所までに着いた二人は、目の前にある巨大な牢獄のような入り口を見つけ、その牢獄の格子には鍵はなく、横にあるレバーを引く事で簡単に開く仕組みから、それは牢獄ではなく誰かがそこに住んでいるのだと二人は感じる。

 次の瞬間、まだ触れていないレバーが勝手に引かれると同時に、目の前の牢獄が重たそうな鈍い音を立てながらゆっくりと開かれて行くと、その先の暗闇から不気味な振動が聞こえ始める。


「・・・どうやら、ここが最終地点、らしいですね。」

「はい、まずは辰巳さんが敵の姿を確認した所で先陣を切って攻撃をして下さい。私はシヴァを召喚します。」


 戦闘態勢に入った二人は鮫島の指示に従い、辰巳が二本の剣を抜き先頭に立ち敵の攻撃に備え、鮫島は寒冷地用の従者シヴァを召喚する準備をする。


 不気味な音を立てていた扉が開き切ると、その暗闇からは真っ青な巨大な体に手に棒を持つ巨人が姿を現し、鮫島は鮫島 春樹が残したメモの内容に書かれていた肌の色から、その巨人が『霜の巨人キリング』だと理解する。


「辰巳さん、間違いなくあれがキリングです。」

「分かった、まずは私から向かいます。」


 鮫島の言葉を聞いた辰巳は両手に持つ剣を構え、自慢のスピードを活かしキリングへ向かって行く。

 向かって来る辰巳にキリングは持っていた棒を振り上げ撃退するが、キリングの振り下ろされた棒が地面に着く直線に進路を変えた辰巳は、そこから回り込むようにしキリングの背後を取ると、スピードを落とさないままキリングの背中へ向かい剣を振るう。


 背中にダメージを受けたキリングが背後の辰巳に意識を向けた瞬間、鮫島の召喚したシヴァが正面から冷気の攻撃を繰り出しキリングに続けざまにダメージを与える。


「辰巳さんはそのままキリングの後ろに居て下さい。次に来る攻撃は恐らく魔力吸収攻撃です。」


 鮫島の話す意味を即座に理解した辰巳は、鮫島の反対側にいる今の位置をキープする。

 次に来る攻撃が魔力吸収であれば、魔力を持つ鮫島に向かって来るのは間違いなく、ここへ来た本来の目的を果たす為、キリングの特殊攻撃の魔力吸収を鮫島へ向けさせる。


 キリングは持っていた棒を光らせ鮫島に向けると、その光は鮫島を包むと同時に体から力が抜ける感覚に襲われた瞬間、その状態が以前カーンの話していた『眩暈』を伴う程強力な事に気付いた鮫島は、想像よりも遥かに強力なその能力に、三種の神器の『雄鶏の杖』を持つ人物がキリングである事を確信する。


 召喚していたシヴァが消えた事で危険を感じた辰巳がキリングに向かって剣で振るう事で魔力吸収は治まったが、予想以上の魔力消費に倒れそうになる鮫島の姿を見た辰巳は、キリングとの距離を取り鮫島の所へ駆け寄る。


「大丈夫ですか!?」

「ええ・・・。予想以上の吸収量だったので驚きましたが、これで確信が持てました。恐らく、『雄鶏の杖』はキリングの体内にあります。」

「キリングの体内に!?」

「キリングの体内にある『雄鶏の杖』が、体内からあの棒を伝って能力を外へ放出されています。キリングの持っている棒が光っているのはその為で、あの光がキリングの魔力吸収特性をさらに強力な物にしています。」

「では、鮫島さんは私の補助に回って下さい。直接攻撃する私であればあの棒は気にせず戦えますし、『雄鶏の杖』がキリングが持っているのであれば、倒すのは私の方が有利です。」


 辰巳が話す事は通常の戦闘であればセオリー道理であり選択としては間違っていなかったが、鮫島は辰巳の前に居たまま一向に動く様子を見せずにいる。


 カーンの言いたかった『心』の『臨界点』に達する為に、膨大な魔力を必要とする『雄鶏の杖』を求めているのであれば、目の前の敵の行っている魔力吸収はまさにそれであり、体内に宿る『雄鶏の杖』の影響でその威力はさらに増大されている。

 そうであれば、このまま自身が戦闘に立てば魔力枯渇の先にある『心の扉』へ辿り着く一番の近道ではないかと考えた鮫島は、辰巳の話に首を横に振り口を開いた。


「辰巳さん、カーンさんが言いたかった『心の扉』はこの先にあります。『雄鶏の杖』を体に宿す今のキリングであれば、そこへ行くには最も近道になる筈です。」

「しかし・・・、元々魔力吸収能力のあるキリングに『雄鶏の杖』でさらに強化された攻撃を受ければ鮫島さんの身が危険に晒されるのでは。」

「私のレベルや経験はリレイズの世界ではまだ半人前でしかありません。だけど、この世界を守る為であれば手段を選ばず強くなる、あの日からそう決めたんです。」


 『バウンダリー(境界)の破壊』により入れ替わったこの世界は紛れもない現実だと感じている鮫島は、この世界の救世主となる為に自身の経験値やレベルに囚われず、今自分に出来る事を考えた末での決断だと話す。

 その姿を見た辰巳は、リレイズでの経験やレベルのなどは圧倒的に有利の筈の自分が、なぜリレイズを始めて一年足らずの少女に尊敬を抱き、先程の彼女の言葉の意味がようやく理解出来た。


 辰巳がリレイズを始めた切っ掛けは兄の影響で、現実世界では兄弟で陸上の選手であった兄が気分転換に行っていたリレイズを見た時にその世界観に感動を受けリレイズを始めた。

 兄と同様にスプリント種目で企業に所属していた辰巳は、そのスピードを活かしてアサシンを目指す事を考えたが、幼い頃に夢中になったRPGで気に入っていたキャラクターであった戦士を選ぶ事にし、その類稀なるスピードを活かし二つ名こそなかったが戦士としては名が知れたプレイヤーとなる。


 カシミールを拠点に活動していた辰巳はエスタークの村雨に憧れ、条件を満たした所で『パラディン』に転職しようとカーン道場の門戸を叩いた時、『バウンダリー(境界)の破壊』が起きた。


 転移の影響で兄は行方不明になり、ステータスブックでの連絡が取れない事で兄の消息は完全に途絶え失意のどん底に居た辰巳にカーンが話した言葉も、今の鮫島同様に今自分に出来る事を必死に考えるとの事だったが、あの時のカーンの言葉は辰巳には正直納得出来ずにいた。

 それはカーン自体がゲームでのキャラクターであり、例えそれが三大高級職業者を多数輩出した伝説の人物だとしてもコンピュータに説得される人間など居るものか、その時の辰巳は正直そう感じていて、転職だってそれほど難しい事ではないと考えていた。


 だが一年経った今でも辰巳は魔法が使えない半人前の『パラディン』でしかなく、それが今もこの世界がゲームの世界だとしか感じられず、その事を何処かで舐めていた事だと感じ、兄を失ったあの日以来、現実となったこの世界で必死に生きていなかった事に気付いた。


 自分は彼女のように一生懸命に生きていたのだろうか。

 未だに入れ替わったリレイズの世界をただのゲームだと思ってバカにし、兄を失わせた『バウンダリーの(境界)の破壊』を恨んでいるだけではないだろうか。


 兄を失わせたのは間違いなく『バウンダリー(境界)の破壊』であるが、それをリレイズのせいにし恨む矛先を間違っていた事に気付き、目の前で必死にもがく少女を見ながら辰巳は口元震わせながら小刻みに笑う。


「・・・私は結局、現実世界へ戻れない事を目の前にあるものにヤツ当たりをして生きていただけの、笑っちゃうくらいバカな人間だったんだ・・・。」


 己の敵はリレイズでは無く、この世界を混乱に陥れた人物だと感じる辰巳の体に異変を起きる。それは戦士職である辰巳では現れる筈の無いオーラで、それは魔法使いが持つオーラのそれであった。


 両手を合わせ呪文のような言葉を話す辰巳の両手からは凝縮された氷の塊が現れ、それ両手で合わせるとその塊はさらに威力を増し、それは目の前で戦う鮫島にも気付く程の量となる。


「辰巳さん、それは!」

「ようやく気が付いたんだ。魔法の使えない私に、なぜ師匠は転職の手続きをさせたのか。」


 カーン道場で『パラディン』に転職させる条件は、魔法を使えない職業であれば魔力操作が出来る事だったが、魔力の捻出は出来たが操る事は出来ない辰巳に『パラディン』への転職手続きをさせたカーンに、辰巳は兄の事で同情されているのではないかと思った時もあった。

 だがカーンは辰巳が既に『パラディン』への転職条件を満たし、残りは己の心の気付きだった事を両手に宿る魔法の氷を見て辰巳は初めて気が付き、現実世界同様になり筋書きの無いストーリーとなったこの世界は、己の力で未来を切り開かなければならない事をカーンは既に知っていたのだ。


 この世界はリレイズであって、もうリレイズではない。

 この世界のこれからは、己の思想で作り上げて行かなければならない。


 その瞬間、辰巳の中で何かが弾け血液中を熱い何かが流れ出した時、気が付けば辰巳の両手には強大な吹雪を凝縮した塊が現れ、辰巳はその塊をキリング目掛け放ちながら鮫島を見た辰巳は口を開く。


「鮫島さん!あなたの『心』は既に『臨界点』の手前まで来ています。これ以上『雄鶏の杖』を持つキリングからの魔力吸収を受ければ命を落としかねません。鮫島さんの『心』はあと四大召喚一回分です。」

「・・・辰巳さん、なぜそんな事が?」


 辰巳からの突然の話しに戸惑いながらも魔力吸収を受けないように、辰巳の吹雪攻撃を受けたキリングから距離を取り突然の辰巳の言葉に疑問を抱くと、その驚く表情を見ていた辰巳はキリングを睨みながら話しを続ける。


「どうやら私は、心の中で『相手のステータスが見える』ようです。鮫島さんを見れば体力や召喚士のみが持つ『心』も数値で見えます。」

「それが『パラディン』として目覚めた辰巳さんの能力なのですか?」

「・・・分からない。べつに高級職業になれたからって特殊能力が付くなんて聞いた事もないし。とりあえず、師匠が言う鮫島さんの『臨界点』は四大従者一体分です。」


 辰巳の攻撃を受けたキリングが嵐のような風を起こしながら振り下ろす棒を華麗なスピードで避けながら、辰巳は鮫島の質問に高級職業になったからと言って特殊能力は付かないと答えるが、ダークゲートでの戦闘で経験した『眩暈』を微かに感じる鮫島は、辰巳の言う言葉は間違っていない事も理解出来ている。


 辰巳のその能力は、開花しない己の魔力を常に気にしていたその心が、上杉達や瀧見同様な特殊能力として覚醒させた。


 辰巳の話す『臨界点』に達するタイミングである四大従者の召喚を始める為、鮫島は術紙を取り出し召喚詠唱を始める。

 カーンの話していた『臨界点』は、死の危険を回避する為の人間としての本能である理性の先にあるもので、理性が『心の扉』であれば『臨界点』は人としての限界点であると鮫島はカーンの話しで理解していて、本来であればその見極めは『眩暈』でしか判断出来ない危険な事であった為カーンもそれを行う事に躊躇していたが、辰巳が覚醒した事で身に着けた能力のお陰で、それを数字として確認出来るようになった今は、それ程危険なものでは無くなった事は鮫島自身感じている。


 鮫島が召喚し現れた従者は円状に丸く蜷局を巻きながら宙に浮く巨大な竜で、透き通る青い鱗で包まれたその竜は『青竜』と呼ばれる四大従者のウロボロスで、ウロボロスは召喚した鮫島を鋭い目で見つめる。


「我を召喚したのは鮫島か。随分と弱り切っているが、この前みたいに途中で消されたりはしないだろうな?」

「はい、前回の失敗をしない為の修行中でもありますので。・・・ただ、上手く行けばの話しなのですか・・・。」

「我とリヴァイアサンを従者に持つ最強の召喚士にしては、随分気弱なセリフではないか。」


 鮫島はカシミールからカサードヘ来るまでにリヴァイアサン同様に常に話をする事でウロボロスとの関係を築き上げていて、今ではリヴァイアサン同様にデフォルト状態のウロボロスを呼び出し一緒に旅をする事も可能になっていて、今目の前にいるウロボロスはそのデフォルト状態で鮫島の魔力は『臨界点』まで達しておらず、『心の扉』付近にいる状態になっている。


「・・・これから、私の『臨界点』を見極める為にあなたを『解放』します。」

「なるほどな、我を『解放』し己の限界点を引き上げると言う事だな。だがそれは、かなりの危険を伴う事になるぞ。お前の目測が間違って入れば間違いなく生命が奪われる。」

「その点は大丈夫です。頼もしい仲間がおりますので。」

「では、我の敵は目の前のキリングで良いのだな?」

「はい、・・・それでは行きます。」


 これから鮫島が行う事を理解しその行為の危険性を話すウロボロスに、鮫島は『相手のステータスが見える』能力に目覚めた辰巳の事を話しウロボロスを召喚した術紙に一文字加えると、デフォルト状態であったウロボロスはダークゲートで見た本来の巨大な竜に変わる。


「・・・これが、四大従者。」


 初めて見た四大従者に呆気に取られる辰巳の横で、『解放』を行った事で『心の扉』の先へ進んでいる鮫島は強烈な眩暈と頭の痛みに耐えながら必死にウロボロスをこの地に定着させる姿に、我に返った辰巳は叫ぶ。


「鮫島さん!あなたの心は既に『臨界点』に近い状態です。・・・しかし。」


 叫んだ辰巳は何かを思い出したかのように言葉の末を濁す。

 それは『臨界点』に達する寸前にどうすればいいのかが分からない事で、カーンは『臨界点』を見極める事は話していたが、そこで何をすれば召喚士の限界を引き上げる事が出来るのかを話していなかった事に気付き、押し黙ってしまった辰巳に鮫島は薄れて行きそうな意識の中で話しかける。


「・・・私は大丈夫です。前回の経験から『臨界点』さえ分かれば、召喚士である私ならある程度理解出来ています。」


 何かを掴んでいるかのように話す鮫島は辰巳にカーンの話していた意味を理解していると話すと、目の前のウロボロスを定着する為に再び意識を集中し、その姿を見た辰巳は居ても立っても居られない気持ちになり、『解放』されたウロボロスの強力な攻撃を受けないようにキリングに再び挑みだす。


 『臨界点』に近付きつつある鮫島はウロボロスを必死に召喚し続けるその姿は、大切な人を守るための変わらない決意と覚悟が垣間見える表情をしていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ