第三話 妖術師
2015/12/15 文構成を修正実施
辺りは茶色い苔が大量に生え湿度が高いのだろうか、草木の腐った臭いのような生臭さを放ち、その苔の一部は自ら発光する能力をもっており、薄暗い迷宮の道しるべのように、優しく光を与えている。
ここは、イスバール大陸北西にある『ネロの洞窟』。
上杉達のパーティー『サイレンス』は、月も眠る丑三つ時、その洞窟の前に立っている。
洞窟へ侵入する理由は、二ヶ月前にアステル社より発行されたクエスト『ハヌマーンの毛皮を手に入れろ』を達成する為だが、清水のリアル都合で今週中はログイン出来ない為、他の冒険者の動向を聞き今後を予想した上杉は、週末にハヌマーンの居る地下4階に辿り着けるように、現在捜索中の地下2階から直下の地下3階のキャンプポイントを目指す事にした。
「~ムーブポイント~」
上杉が洞窟入り口で呪文を詠唱すると、三人は青い光に包まれ、その光は洞窟の中へ入って行った。
ムーブポイントは、『キャンプ』と言われる洞窟に設置されているチェックポイントへ移動出来る魔法で、そこへはモンスターは進入出来ず、冒険者はその場所で休憩や地上へ戻るポイントとして利用している。
洞窟捜索は、まず各階にあるキャンプポイントを目指し、徐々に地下階層を目指して行くのが、この世界での洞窟攻略のセオリーで、サイレンスは現在、地下2階までの捜索を終了していて、今夜中に地下3階のキャンプを目指し、週末に地下4階に存在するハヌマーンと交戦する作戦を取った。
配布されるクエストは、ゲームのスポンサーである企業から発行される事が多く、到達順で発行主から金銭やレアアイテムなどの商品が手に入る。
だが、今回の場合のようなモンスター討伐は、一体しか居ないモンスターを早いもの勝ちで狩るので、最初に討伐した者のみが、商品と栄誉を手に入れる事が出来る。
川上が戦闘服として着ている黒竜の皮も、クエスト達成で手に入れた物で、この世界に存在する四大竜の一体を討伐した際に手に入れた戦利品だ。
四大竜はこの世界最強のモンスターで、サイレンス以外に倒したパーティーは他に一組しかおらず、サイレンスの名が知れ渡っている事と、川上が『黒竜の川上』の二つ名を持つ有名人なのはその為だ。
地下二階のキャンプの辿り着くと、深夜にも関わらず、荷物整理する者や居て、上杉達同様に、これから検索に出掛けようとする者など多くの冒険者がそこにはいた。
「・・・さてと、前回のおさらいをしようかね」
川上は、持ってきた皮製のリュックからおもむろに大き目の紙を広げる。
そこには、この階の詳細が記載された手書きのダンジョンマップで、通路にある罠の種類や出現するモンスターなどが事細かく記載されているが、ある所から記載がなくなり、その先は何も記載されていなく空白になっていた。
「ちょっともったいないが、今回は急ぎだからさっき売店で、この階層の地図を買って来た。完全に信じる訳には行かないが、参考程度には使える筈だ」
川上はリュックからもう一枚の紙を取り出すと、先に出した紙より小ぶりな用紙は、商業区の売店で購入したこの洞窟の地下2階の地図で、この世界では作った地図も立派な商売道具になり、それを書いて生計を立てている者も多く、川上も、攻略が終わった洞窟の地図を売って金稼ぎをしている。
だが、今回のような急を要する場合は売店で地図を購入したりするが、作成者独自の記載感や、悪意あってワザとデタラメな記載をした地図を売ったりする者もいるので、川上はあくまで参考程度と念を押して話を続ける。
「俺達が作ったマップと照合しても、記載部分にそれ程の誤差は無いから大丈夫だとは思うが、とりあえず、この先の四方の扉は三方向は罠が張ってあると書いてあるから、俺がまず各罠を見抜いて道を探し、徐々に地図の整合性を確かめる」
「私の役割分野のモンスターは?」
「この階の前半は知ってると思うがオークだ。そして、未捜索部分からは苔亀が居る」
「苔亀か。奴らの防御力は高いから面倒なのよねぇ」
「苔亀は生物だから、上杉が前の方がいいかもな」
「分かった、前半は清水に前衛を任せるよ。後半の苔亀のエリアからは俺と場所を交換しよう」
「わかったよぉ」
作戦を話す川上に、戦闘要員の清水は今後のモンスターなどを確認する。
川上は、この階層後半に出没する強度な甲羅を持つ苔亀に対しては清水の剣では効率が悪いと判断し、通常は後衛で清水のサポート役の上杉に、魔法職としてはありえない前衛配置の作戦を指示した。
前衛でも戦える魔法使い。
これが、リレイズ史上最強の魔法攻撃力を誇るビショップ、上杉の『妖術師』の二つ名を持つ由縁だ。
互いのフォーメーション等を簡単に確認した後、三人はキャンプ地を離れ、薄暗いダンジョンへ入って行った。
先頭を歩くのは川上で、川上はその身軽さを利用して迷宮内のトラップの発動条件となりうるスイッ チや穴を確認する。
上杉よりも長身の川上だが、スラットしたその容姿は上杉よりも体重が軽い為
万が一トラップの罠を踏んでも、僅かだが発動するま接点までの到達時間が遅れる為、川上は、そのスイッチが接点に当たるまでに踏み込んだ足を戻せる超人的な能力を持っている。
その身軽さは戦闘でも有効で、戦闘時はまるで宙にでも浮いているかのような華麗な動きを見せ、相手の急所へいち早く到達でき、黒竜との戦闘でとどめを刺したのは川上だ。
「どう川上?」
「今の所は、よくある足踏み式のトラップだな」
上杉の質問に、持っていたマップにトラップ等の情報を書き込みながら川上は答える。
買って来たマップも参考にしながら、ここまでは順調に進み、今後売り物にもなるマップ作成もしながら、徐々にではあるが順調に迷宮を進みつつあった。
歩き出してから数時間後、空はおそらく朝日が昇ろうとしている時間、地下二階でのイベントの一つでもある四方の扉に辿りついた。
半円状に広がる部屋に、均等な幅に灰色の不気味な色をした四つの扉が配置されていて、その各扉の中央には、四大竜を象った頭部の像が埋め込まれ、それが扉の不気味さをさらに増徴させていた。
「もう、こんな晩くに起きてるなんて女性の肌には悪いわよねー」
「そう言うなって、急ぎで来たんだから何も無いほうがいいんだからよ」
ここに来るまでにオークとの戦闘が数える程しかなく、暇をもてあそんでいた清水は、大きなアクビをしながら退屈そうに不満を漏らし、川上は、その清水を宥めるかのように今までの平穏の有難さを語った。
「どうするんだ、川上?」
「ちょっと時間が掛かるが、地図を作るには全部の扉を確認しなくちゃいけないかな。買って来たマップだと、この部分は書いてないからね」
「時間は?」
「多分、扉までに三十分。それから、扉一枚につき四十分くらいかな」
上杉は持っていた懐中時計を見る。
時間の流れは現代と同じで、ゲームに入る前の時間を覚えて、毎回それで時間を合わせている。
「大丈夫、頼むよ。」
「おっけー。」
「じゃー、後は頼むねー。」
時計を眺めながら、上杉は川上の話に了承し、近くに居た清水は、とりあえずお役御免と言わんばかりに、両手を頭の後ろで組み、近くの壁に腰を掛け眠りについた。
先程の軽かった表情から真剣な表情に変わった川上は、全神経を両手に集中するかのように、顔の前で手を合わせる。
暫くすると、その手を地面に付け撫でるかのように感触を確かめ、僅かな変調も逃さない雰囲気を発していた。
「右側の、縦五枚×横五枚トラップなし」
「了解」
川上の言葉に、先程まで川上が持っていた紙を上杉が広げ、言われたエリアの部分に記載する。
これがサイレンスのトラップ検索時の布陣で、川上がトラップを捜索しその結果を上杉が記載し、・・・そして清水は先程同様何もせず眠っているのが常だ。
床のトラップを全て詮索し終えると、川上は目の前にある扉の真前に立つ。
扉の先にあるトラップを見極めるのは、床などのトラップと違い至難の業でドアを開ける動作しかない為、ドアノブ以降で確実に罠があるのがセオリーで、ノブに触れる事で発動するが、開けた時の扉と柱が離れた時が条件なのか。
暫く考え込んだ川上は、リュックの中から糸を取り出し、その糸を扉のノブに掛け、大き目の輪を作ると自身がノブに触れない程度に縛る。
その糸は、ジズの羽の繊維を使って作った糸で、軽い鳥の羽の糸は、触れる面積と重量を最小限にし、触れる事により発動するトラップを回避するには有効な手段だ。
適度な距離を取った後、川上はその糸をゆっくりと引き、その先に繋がっているドアノブと川上の間の糸のテンションが張ると、扉はゆっくりと開きだした。
仮眠をしていた清水が何かを察したのか、無言で立ち上がる。
扉の先がフロアの明かりが照らされて行くと、巨大な甲羅が徐々に現れて来て
やがて、その全容が明らかにされて行く。
その扉の先にいたのは、苔亀だ。
亀の種類で俊敏ではないが動きは早く、凶暴な性格と相まって、目の前にいる生物を無差別に襲い掛かってくる。
「ギャー!」
苔亀は大きく一叫びすると、目前で糸を引いていた川上向かって襲い掛かる。
それより早く、奥に居た清水が苔亀の前に立ち、背中の長身の剣を抜き体の前で横にして構え、襲い掛かる苔亀の突撃をその剣で受け止めると、その衝撃でフロア内は鈍器で叩かれたような轟音が響き渡り、衝撃によって発生した爆風が上杉達に襲い掛かった。
「よし、動きは止めた。上杉頼むよぉ!」
苔亀が清水の防御で完全に動きを止めた瞬間、清水の掛け声と共に、後ろに居た上杉が苔亀目掛けて向かって行く。
「我に自由に羽ばたける力を・・・。~フロー~」
短い詠唱を終えると、上杉の体はフロア天井に届きそうな程飛び上がる。
飛翔呪文フロー。
この呪文は魔術師系の全職業が使える魔法で、巨大な壁などを飛び越える時に使う呪文だが、接近戦が出来る上杉には、巨大な敵の懐に入る為の攻撃魔法として使用している。
本来の使用目的に捕らわれず、魔法の効果をを別角度から研究する事で、使用用途が広がる事に気付いた能力こそが、僅か一年足らずの冒険者で、秘術はおろか呪文のレパートリーもろくに持たない上杉が、『妖術師』の二つ名を得た一番の理由であった。
これから繰り出す魔法も、普通に使えばただの回復魔法で、ビショップに就けば既に覚えてる程度の、誰でも使える初歩的な魔法だが、上杉はこれを研究し、魔法自体の力を上げられる事を発見した。
花に水をあげれば花は育つ。
だが逆に、養分を過剰に与え続け花自体の持つ許容量を超えれば
花は枯れる。
「我らに神の祝福を・・・」
上杉は、右手を挙げ呪文を詠唱すると、その詠唱の先に発動された魔法は、『只の回復魔法』だ。
「魔法自体の出力を上げ、相手に養分を送るイメージで・・・」
上杉は繰り出す魔法のイメージを思う浮かべる。
詠唱は魔法を発動する為に必要だが、それを発動するエネルギーの根源は己自身で、それに気付いた上杉は、発動する直前に放出するエネルギーを調整する術を身につけた。
これから繰り出される魔法は、ビショップの中では一番弱い魔法だが、上杉の手に掛かれば、それは最強の回復魔法にもなり
それは逆に、最強の攻撃魔法にも変わるのだ。
「~ヒール~!」
上杉の手が、苔亀の体に触れる。
手の先からはヒーリング魔法特有の白い光が現れているが、次第にその色と発光量が異常なほどの大きさになり、それが大きくなるにつれ、苔亀は苦痛の表情を浮かべ喘ぎ出す。
やがてその光は、苔亀の体を突き抜け出すと、その巨大な体が光に包まれるかのように光り出し苔亀の体は弾け、巨大な爆風と共に粉々に消えて行った。
上杉は、爆発の瞬間に甲羅を足場にし元居たの位置に戻り、その爆風を浴びながら真っ直ぐ正面を見つめていた。
「いやー、やっぱり上杉の呪文は強力だね。私は要らない感じだよねー」
「でも、この攻撃は生物にしか効かないから、やっぱり物理攻撃できる清水の方がいいよ」
「だったら、戦士に転職すればいいじゃん!魔法力は落ちるけど呪文は使えるんだし」
「う、・・・うん。考えておくよ・・・」
「よっし、続きをはじめるかな!」
上杉と川上は引き続き罠の解除とマッピングを始めるが、上杉は、何時も言われている筈の清水話に少なからず動揺を隠せないでいた。
確かに、上杉の攻撃魔法は生命力を過大に送り続ける事で相手を爆発させる魔法で、生命力が宿っていないゴーレムやカラクリ系には通じない。
だが、ビショップでも別に攻撃呪文がある為その点に関しては問題ないのは上杉も理解しているが、清水の言葉に対する動揺は、また別の意味であった事は当の本人意外は知る芳もなかった。
川上が想定していた予想通りの時間で、全ての扉の探索を完了し、地下2階のダンジョンマップは、ほぼ完成した。
三人は地下2階の階段を下り、次なる階層の地下3階へ進み、3階に入ってすぐにあるキャンプポイントに入った。
簡素だが、この時代にはない筈のコンクリートの壁が周りを覆う入り口を抜けると、先程までのモンスターが徘徊する生臭い臭いは一切消え、目の前の風景は、コンクリート一辺倒の部屋だが、現代に似た雰囲気が、訪れる冒険者達に安らぎを与えていた。
このキャンプへ訪れているパーティーは3組。
その数は、目の前に建つテントの数で確認出来、同じ2階でも入り口のキャンプとは、人数も華やかさも少なく閑散とした空気が漂っていた。
そのテントから、一人の男がゆっくりと出てきて三人に近づいてくる。
その男はがっちりした筋肉質の体系で、見た目で職業は戦士だと分かる程の容姿で、頑丈そうな漆黒の鎧を纏い、腰にはこの世界では三種の神器と言われる程の武器で、青い刃先を持つ神級アイテム『聖なる青い剣』を納めるこの人物は、日本最強のパーティー『エスターク』の総帥、村雨だ。
「上杉、お前達もこのクエストに来てたのかよ」
「ああ、村雨もここに居るって事はクエスト目当てか?」
「ああ、もちろんだ。俺たちは既に地下3階の中央フロアまで探索済みだが、お前達はこれからだろ?だったら、この先の攻略方法を教えてやろうか?」
村雨は三人の前に立ち、上杉を威嚇するよう素振りは見せない口調だったが、話の内容は明らかに挑発していて、その話を聞いて隣に居た川上は薄ら笑う表情を浮かべ村雨に向かって話す。
「って言っても、あんたらもまだ半分なんだろ?それじゃ全然参考にならないし
、あんたに教えて貰う事なんて罠にしか聞こえないな」
「・・・フッ、せいぜいその少人数で俺たちの邪魔だけはするなよ」
川上の、噛み付きとも言える言葉を一笑に伏せた村雨は皮肉を言った後、自身のテントへ戻って行った。
村雨率いるパーティーの『エスターク』は、リレイズの世界でサイレン以上に有名なパーティーで、リレイズの世界で最強を誇る彼の持つ三種の神器がその証拠で、彼のパーティーが狙っているクエストであれば、どんな困難でも乗り越える知恵と力が彼らにはあった。
「やっぱり、奴らもハヌマーンを狙っているのか」
「ああ、だけど今日の所はここまでだな。もうすぐ夜が明ける、俺も一旦帰らないと」
「おお、分かった」
村雨の事もあったが、ここまでは当初の予定通り事は進んでいる。
それに納得し、川上と会話を交わした帰ろうとした時、上杉はふと清水の方を向いた。
「清水、今日の予定は?」
「え、私?」
上杉が突然、清水に質問をしたのは今日の予定だった。
清水は明日から夜勤で、週末までログイン出来ない。
川上もそうだが、二人は立派な社会人でありゲームの為に生活を壊す事はしないが、その点上杉はまだ学生であり、その辺に関しては多少許される環境にはある。
さっき川上は、今日は有給を取って休みと話していた。
なら、清水の予定さえ合えばこのまま探索を続行する事は可能だ。
確かに休めば、また学校で変な役割を押し付けられるかも知れないが、リレイズと言う、この魔性のゲームにとり憑かれた今の上杉には、リアルの生活なんて、正直何とも思っていなかった。
突然の質問に、清水は勤務シフトを思い出すかのように顔を上げ考え込む表情をした後、上杉の方を向いた。
「あなた、単位とか大丈夫なの?」
「姉貴みたいな事急に言うなぁ・・・。心配ない、今回みたいに休むのはまだ数回だ」
「まっ、私も村雨にはちょっとイラッとしているからね。いいわ、今日まで休みだから付き合うわよ」
自分の兄弟を心配するかのように神妙な表情で見つめた清水であったが、村雨の態度に同じように険悪感を抱いていた事もあって、上杉の提案に清水も了承した。
「えっ!?俺の予定は無視?」
「だって、川上なら言わなくても行くって言うだろ?」
「なんだよ、それ」
二人で決まった話に驚きの表情の川上であったが、上杉の話に少し困惑の表情を見せたが、川上は嫌そうな感じはなかった。
「まっ、俺も休みだし、いっちょ続きをやるか」
「ああ」
「ええ、やっちゃいましょ」
三人の意見は一致した。
それは、目の前にテントを張る日本屈指のパーティーであるエスタークと村雨に、クエスト競争で勝つという決意だった。
一先ず、ここにテントを張り徹夜に近い状況で回った疲れを癒す為休息を取る。
そして、村雨達とのクエスト争奪バトルがいよいよ始まった。