第四十七話 新たなる旅立ち
ダークゲートを攻略し『アングレアの書』を手に入れる為に迷宮へ残った上杉と瀧見以外のメンバーは一足先にダークゲートから一番近い街であるカシミールへ戻り、エスタークのアジトで重傷者の村雨と清水の治療を行う。
村雨は『聖なる青い剣』で血を使い過ぎた影響で人間が生きる為に必要な血液量を下回ったが、カシミール内で輸血を募集し集めた血によって一命を取りとめ、ケルピーの水泡を受け意識の戻らなかった清水は、カシミール王の呼び掛けで集まったヴィショップ集団の懸命な治療によって同じく一命を取りとめた。
だが、東に関してはダークゲート内の時点で既に手遅れの状態で、死が現実と直結したこの世界では彼女は二度と戻らない事が確定となる。
この世界になった事で蘇生呪文も開発出来る可能性はあったが、死体の腐敗進行の早さを考慮したエスタークメンバーと小沢・リシタニア・鮫島の手により荼毘に伏せられた。
別のクエストで参加出来ずカシミールで村雨達の帰りを待っていた出口は、突然別れの訪れた東の死を知り大きなショックを受けていたが、彼女のお陰で全員が無事に帰還出来た事を上杉の居ないサイレンスを代表して小沢が感謝を述べると、寂しげな表情ではあったが彼女が選んだ道で人生を終えた事を知った事で出口は笑顔で答えた。
数日後、『リレイズの書』を手に入れ帰還した上杉達とほぼ同時期に村雨と清水も回復した事で今回の攻略は終了したが、リレイズを倒した事によるこの世界の影響は一切無く、その事が噂になり世界中が驚きを見せた程度で、ゲームでの目的を達成したこの世界は何も変化を見せる事はなかった。
だが、東という尊い犠牲を出した事でこの世界での戦闘の重さを痛感した村雨達エスタークは、再び侵略を企んでいる噂のアイリスに備える為このままカシミールに残る事を決め、『ルシフェル』が放つ電波を止める為に上杉達サイレンスは『ルシフェル』との距離が一番近い場所である中央大陸へ戻る事を決める。
出発の当日、上杉は村雨と共に東の眠る墓の前に立ち出発の挨拶を済ませると、互いに東の墓標を見つめながら上杉が最初に口を開く。
「・・・なぁ村雨、俺達はゲームの世界じゃ最強と言われていた人間だったけど、この世界になって俺は最強のプレイヤーとして仲間を『家族』を守らなきゃって必死になって転職までした。けど、たった一人の人間を助けられる事も出来ず、ましてや逆に助けられていた事にようやく気付いたよ。」
「別にいいんじゃねぇか?お前も俺も結局は普通の人間で助け助けられ生きていたって事だ。俺達はそれに気づく事が出来なかったのは自身への驕りであって、それに気づいた東は俺達より家族を思う事をよく知っていただけだ。」
ダークゲートの戦闘で参加メンバーと敵のランクがかけ離れている戦闘を初めて経験した事で、仲間の存在の大きさと自身の実力の無さを痛感している上杉の話しを聞いた村雨は、それは最強と言われる事で生まれた自身の甘さであり、身を呈して行動した東はそれに気づくのが早かっただけだと話すと、話題を切り替えるように少し沈黙した上杉は再び口を開く。
「・・・お前、瀧見に本当の事を話さないのか?」
「ああ・・・、アイツにとって俺はダメな父親だ。その事はこの世界になっても変わらねぇ現実だ。アイツが幼い頃に別れたから俺の事は覚えていないみたいだったが、瀧見は元女房の旧姓だから俺はすぐに分かったし、大きくなったが俺に似ている僅かな面影はあったからな。だが、俺はアイツが無事であればそれでいい・・・、俺はこの世界でアイツを見守り、安心して住める世界にする事だけだ。」
ここへ着くまでに上杉は村雨から話されていた事があり、それは村雨がリレイズの世界へ入る切っ掛けになった行方不明だった自身の娘が『ゲームマスター』である瀧見だと告げられていた事で、恐らく今後は共に行動をするであろう上杉に村雨は見守って欲しいと頼み、真実を話す事は無いのかと尋ねる上杉に知らない方がいいと話す村雨の表情は、諦めの感情と共に唯一の肉親の所在が分かった事への嬉しさを感じているかのように上杉には覗えた。
大人の事情で勝手に引き離された事への恨みは必ずあると感じ、瀧見へ真実を話すつもりはないが家族である瀧見を守って行くと考えている村雨は、リレイズでの目的が無くなった今後は瀧見を見守り続けながら上杉同様にこのリレイズの世界を安心して暮らせる世界にする事だと話す。
「で、お前こそどうするつもりなんだ?」
「え、何をって?それは前と変わらずに、この世界に戦争を無くす事を目指すつもりけど・・・。」
「そーじゃぁねぇって、嬢ちゃんの事だよ。」
「鮫島の事・・・?」
村雨は突然の話題の切り替えに戸惑う上杉に対し、上杉を見ていた村雨は前を向き、話を続ける。
「俺らもこの世界へ来てもうすぐ一年になる。現実世界じゃまだお前達は高校生だが、現実世界との『上書き』のバグで元の世界に戻れる可能性は殆んど無いって話は聞いている。だからこそ、お前もこの世界で生きる事を考えなければならねんじゃねぇか?」
「・・・どう言う事?」
「つまり、嬢ちゃんと共に生きる事を考えろって事だよ。」
「え!さ、鮫島と、か!?」
突然の村雨の話に動揺を隠せないでいる上杉だったが村雨の言う事は最もで、現実世界はリレイズの世界の『上書き』の現象により消滅したままであり、それを元に戻す術は現状では不可能だと鮫島 春樹は話していて、今までこの世界を平和にする為に突き進んで来た上杉だったが、村雨の言う通り自身も元に帰れないのであればこの世界で生きて行く事を考えなければならいのは当然の事だとこの時感じる。
だが、鮫島をどうにかするという話はまた別で、上杉自身今までそれ程意識をしていなかった事もあったが、村雨からその事を切り出された事で今まで心の奥に隠れていた鮫島への感情が現れ出し、上杉の顔は体温の上昇と動揺の影響で赤く染まり出す。
「い、いくらこの世界になったからって鮫島だって選ぶ権利はあるし・・・、いきなり言われても俺にどうしろって言うんだよ。」
「いつもは冷静なお前でも、その辺はまだ若い青年って感じだな。確かにゲームの世界じゃお前の方が若い分対応力は上だろうが、『バウンダリー(境界)の破壊』によって現実世界と合わさったこの世界じゃ人生経験が多い俺の方がその点に関しては先輩だしな。・・・まっ、失敗した人間でもあるがな・・・。」
鮫島に対してまんざらでも無い上杉の反応を見た村雨は、『バウンダリー(境界)の破壊』により現実世界と合わさったこの世界では失敗も経験している自身が有利と話し、口元を緩ませながら話を続ける。
「まっ、追々って事だよ。瀧見と両方頼む形になっちまうが、二人は俺の恩人でもあるから頼むぞ。」
「あ、あ、まぁ追々って事で・・・な。」
「いいねぇ、若いってのは素晴らしい!アッハッハ!」
「くっそー、いつか決着を着けてやるからな!」
「その続きは世界が元の平和なリレイズへ戻ったら死なない程度にやろうや。俺もカシミールからこの世界を止めて見せるから、お前も自分の考えでこの世界を止めてくれ。何かあれば何時でも連絡をよこせよ。・・・もう、お前も俺も『家族』なんだからな。」
「・・・ああ。」
上杉をからかう村雨はゲーム時代にライバル同士だった決着は元に戻ったらと話すと共に、この世界にいるプレイヤーは家族だと話しを続け、の事を静かに同意するかのように上杉は手を差し出し二人は握手を交わす。
翌日、サイレンスのメンバーと瀧見は中央大陸へ戻る為カシミールを後にする。
別れの際に村雨と瀧見は挨拶程度の会話を交わし昨日上杉へ話したように村雨は自身が父親だと言う事は一切話さなかったが、瀧見を見るその目は成長した子供を見つめる父親の優しい目をしていた事だけは上杉は確認出来た。
行きはリシタニアの伝手でアイリスから直接カシミールへ行く事が出来たが、伝手の無い帰りはカシミール城からロワングを経由して中央大陸へ入る事になり、カシミール大陸最西端にあるカシミール城から最東端までの長期日程になる移動を始める。
途中には約一年前に戦火となったシャーラ城があり、当時の惨劇とは違い徐々に復旧された街や城は以前の華やかさを取り戻しつつあり、丁度夕暮れに差し掛かっていたので上杉達は数日ぶりの宿での宿泊をここシャーラでする事に決める。
カシミールを出てからテント生活だった上杉は久々のベッドの感触を部屋で一人噛みしめていた時、部屋の扉を叩く音が聞こえ扉を開け入って来たのは神妙な表情の鮫島だった。
「上杉君、今いいかな?」
「あ、ああ、大丈夫だよ。」
宿に居ると言う事で、何時もの黒のメイド服風のワンピースではなく普段着に近いスカートとシャツを着た鮫島は、上杉が案内した部屋の椅子に座ると話を始める。
「・・・私、この前の戦いで自分の力の無さを痛感しているの。」
鮫島の切り出した言葉を聞いた上杉は驚く。
その訳は召喚士がレアな職業であり、なおかつ最強と謳われる四大従者を二体も従える召喚士など上杉の知る限り存在せず、それはリレイズでは最強の召喚士である事に間違い無いと考えているからで、それは村雨も認めている。
だが、鮫島はダークゲートでの戦いで東を助ける事が出来ず力尽きた自身の力の無さを鮫島は感じていて、その事を切り出した事にフォローをするかのように上杉は慌てて話し出す。
「だけど、お前のお陰で俺達は全滅せずリレイズを攻略出来た。あの時四大従者が居なければゲートキーパーとケルピーを止める術は無かったのは確かだし、それを同時に呼ぶだけでもお前は召喚士の中で異端な存在だよ。」
「けど、あの時少しでも私に魔力が残っていれば状況が変わっていたかも知れない。それを思うと私は自分の不甲斐なさに後悔しているの・・・。」
「それは俺達も一緒さ。俺や村雨だってリレイズじゃ指折りのプレイヤーだけど、フルランクレベル相手じゃ結局一人ではどうにもならなかった。だからこそ、互いの弱点を補いながら協力して戦って行けばいいんだし、それがパーティーってもんだろ。正直、あの戦闘で一人の犠牲者だけだったのは奇跡に近い事なんだよ。」
あの時の戦闘で鮫島の魔力が尽き従者が居なくなった事で、自分の状態では戦場へ戻るどころか仲間の足を引っ張っていると感じた東が、自身を犠牲にして戦地へ戻れる清水達の回復を優先したのだろうと考える鮫島は己の魔力が持っていれば東は助かったかも知れないと考え自身を責めていて、その言葉に上杉は最強と言われる村雨でもフルランクレベルのモンスターには勝てないと話し、あの戦いで犠牲者だけで済んだ事がどれだけ奇跡だったかを説明したが、その言葉に鮫島は答える事無く椅子の上で膝を抱え込み泣き崩れる。
「・・・私はあの時、薄れていく意識の中で初めて身近な人が無残な姿で亡くなるのを見たの。あの光景が今でも忘れられない・・・。どうして上杉君は平気なの?」
「リレイズは元々その死ですら限りなくリアルに再現されていたから、あの瞬間はゲームだった時と変わりが無かったと言うのが正直な所だった。」
「・・・私はあの日から一人でいると恐怖に震える日があるの。人はあんなに簡単に呆気なく死んでしまい、その姿を見た者はその姿を一生忘れられない物だと言う事も・・・。」
肩を震わせながら話す鮫島はリレイズの世界へ来てまだ一年足らずでゲームでの死に直面した事が無く、リレイズでの残酷な死を幾つも経験した上杉にとって死に関しては思っていた程抵抗はなかったが、その免疫が全く無かった鮫島にとってのそれは通常の死とは違い無残な姿を晒されるその姿に、その光景を忘れる事が出来ず眠れぬ夜を経験した事を話す。
それがリレイズの最も危険な所であり、死すらもリアルに表現された世界で上杉のように残酷な死に免疫が付いたプレイヤーにとって『バウンダリー(境界)の破壊』のによる影響は少なく、むしろ鮫島のような経験の浅い人間には現実世界が入れ替わったこの世界の刺激は強過ぎる。
その姿を見た上杉は、今まで冷静沈着なイメージと違い脆く崩れそうな彼女の様子に己の心を痛め、掛ける言葉が見当たらない上杉はそっと彼女の前に立ち静かに抱きしめる。
上杉の行動に気づいた鮫島は自身の顔の横をかすめる少し癖の掛かった長い髪を感じながら、上杉の取った行動に抵抗せずに涙を拭う。
「・・・上杉君。」
「もういいんだよ・・・。それを抱え込むのは俺の役目だ。お前は俺が守る、例えそれが自分の死と直結しようとも・・・。」
鮫島優しく包み込むように抱きしめる上杉に身を委ねたままの鮫島は、上杉の語り掛ける言葉に頷くと心地よい感触に包まれたまま、その晩二人は寄り添い朝を迎えた。
窓から射す朝日で目が覚めた上杉は、昨晩から一緒に居た筈の鮫島の存在を思い出し彼女を探すと姿は見えず、上杉は急いで着替えを済ませると清水とリシタニアの所へ急いだが、二人とも鮫島の行方を知らず一緒に行った鮫島の部屋は既に蛻の殻で、宿の従業員から日の出る前には既に出て行ったとの話を聞く。
後から参加してきた小沢にも同様に鮫島の行方は知らず、最後に一緒に居たであろう上杉に昨晩の事を話す勇気は無く、手掛かりを知りながらも行方の分からない鮫島を探す小沢達に付き合う事になっていたが、ふと気づいた自身のステータスチャットに鮫島からの連絡が入っている事に気づいた。
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上杉君へ。
勝手な事を言ってごめんなさい。
上杉君の気持ちはとても嬉しかったけど、私も上杉君と同じこの世界を止めたいと思っています。だから、私もカサードヘ行き自身の力を磨きに行って来ます。
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鮫島自身が悩み抜いて出した結果であるその手紙に、鮫島はあの時既にその決意を固めていた事を理解していた上杉は、突然居なくなった鮫島の行動に見当がつかず悩む小沢達に鮫島から送られたメッセージを自身に関わる部分を省き説明すると、その内容を見た小沢が口を開く。
「そうか・・・、ならば仕方がないな。だが、彼女程の実力であればカサードへ行った所で転職以外の選択肢はないと思うんだが・・・。四大従者を持つ召喚士であれば、逆に転職はデメリットでしかないのに。」
「そうでもないさ。カサードは何も転職だけじゃないって事さ。」
「ほう、そなたは何か思い当たる節があるのか?」
「ああ、多分鮫島はカーン道場へ行くつもりだろうね。あそこは三大職業を多く輩出する道場だけど、清水さんのように転職目的でなくても基礎能力を上げる事も可能だしね。」
「まぁ、確かに私は転職せずにお師匠の所で自分の竜派を確認して修行しただけだしねぇ。」
最強の召喚士と言っても過言ではない筈の鮫島の行動に小沢は疑問を抱くが、その行動に思い当たる節がある瀧見にリシタニアが質問すると、鮫島はダークゲートでの戦いで魔力を枯渇した事を引きずっているのであれば、カサードヘ修行に行く事で魔力の絶対量を上げる事を考えていると話し、それを可能にする場所がカサードで多数の三大職業者を輩出したカーン道場であれば清水のように基礎能力を上げる事は可能だと話す。
自身の説明を聞いて納得した小沢とリシタニアを見た瀧見は、大きくため息をつき安堵を浮かべる上杉のそばへ来て耳元で「これでいいでしょ」と小声で話す。
瀧見は鮫島の隣の部屋に居て年が近い事もありある程度を理解していたので機転を利かせていた事に気付いた上杉は、瀧見の話を聞いた後慌てて笑顔を作り返事をする。
「そ、そうだね。とりあえず鮫島の所在は分かっているし、まずは『ルシフェル』に『アングレア』を放つ事で『バウンダリー(境界)の破壊』を止めて川上を救い出せるか試さなきゃならない。それに、カサードは同じ中央大陸だし合流はいつでも出来る。」
「そうさね!あたし達の目標は『バウンダリー(境界)の破壊』を止める事だし、まずは中央大陸を目指そうよ。」
「そうだな。鮫島の事は心配だが彼女なら大丈夫だろう。」
「まずは、我々のしなければならない事をせねばな。」
「まぁ、鮫島ちゃんなら大丈夫だろうねぇ。」
上杉の意見に瀧見は疑問を抱く険悪な空気を消すかのように声を上げると、小沢とリシタニアもその意見に同調し先へ進む事を話す。
その日のうちに上杉達もシャーラを出てロワングを目指すが、一足早く出発した鮫島はロワングから上杉達より早い船で出発し、その日以降から悪化した天候の影響で後から来た上杉達はロワングで二日間足止めに会い、先を行く鮫島との距離は圧倒的に開いた。
遅れて中央大陸へ上杉達が上陸したその時、ネクロマンサーが密かに計画を進めていたラムダ島で変化が起こっていた。




