第四十六話 ダークゲートの迷宮 Floor:10 最終決戦
ダークゲートの九階層では、鮫島・リシタニア・村雨・下山の四人で『四天王』の一人ゲートキーパーと水属性最強のモンスターであるケルピーの二体との戦闘が繰り広げられ、フルランク級のモンスター二体を相手に前衛三人と上杉・瀧見を除く少人数でここまで五分に渡り合えているのは二体の四大従者を繰り出す鮫島のお陰であったが、二体の従者を召喚する事で膨大な魔力を放出し続ける鮫島の魔力枯渇は時間の問題であり、よってその戦局は辛くも均衡を保っている状態である。
『解放』されたリヴァイアサンは、ケルピーへ向け巨大な津波を放ち、それに対しケルピーが巨大な水泡を放ち対抗した隙を突いて村雨が己の血で強度を増した深紅に染まる『聖なる青い剣』を上段から振り下ろし攻撃を加え、ウロボロスの巨大な氷柱がゲートキーパーへ向かい受け止めるゲートキーパーの元へリシタニアが高速で突っ込みダメージを与える。
水属性同士の村雨とリヴァイアサンとケルピーの戦況は、『解放』を使ったリヴァイアサンが居る事で戦局は五分以上に攻めているが、直接攻撃を繰り出すゲートキーパーに対しては属性が関係無い為、竜族最強と言われるウロボロスの冷気を持ってしても深紅の鎧に傷をつけるのがやっとであり、加勢するリシタニアの攻撃の方が大差は無いが、従者よりダメージを与えられるこちらの戦況は戦闘配分を40%を割る危うい状況で、次に繰り出される筈のゲートキーパーの斧を使った広範囲攻撃を受ければ、リシタニアの生死に関わる所まで追い込まれている。
それ以上に厳しいのは鮫島の魔力量で、二体同時に召喚する事自体が特別である召喚に四大従者となればその負担は計り知れない量で、額から大量の汗を流す鮫島の様子から従者を現世に定着させられるのもあと僅かであり、この状況を打破するにはゲートキーパーの攻撃を受け回復中である三人の状況次第で、入口は必死で回復魔法を唱えるが、ゲートキーパーの広範囲攻撃で瀕死に近いダメージを受けた清水・小沢・東は未だに意識が戻らない状況であった。
「くそっ!こんな時に今までのツケが回って来てやがる。体力と魔力量の低下で上手く集中出来ねぇ。」
ここまで回復役として独り立ちまわった入口の魔力は枯渇寸前であり、休息を取った事で一度は全回復寸前だった入口の魔力は二体同時に現れた強敵に対して即座に消耗し、三人が受けたダメージも重かった為に回復に時間が掛かっている以上に入口の魔力量の枯渇の心配も出て来ていて、魔力は体力と繋がっている為に体力も消耗し集中力が継続出来ない入口は上手く魔法を連続詠唱出来ずにいる。
入口が得意とする広範囲回復魔法は、その魔力が弱くなるにつれ回復する範囲も狭くなり近場に居る三人以外に回復を掛けられず、戦闘中のメンバーの回復に回れない焦りから一人嘆く入口に、意識が戻った東が唯一動く顔だけを入口の方へ向け話し出す。
「入口・・・、アタイの体は回復には時間が掛かるから二人に集中してくれ。」
「何言ってるんだ!お前のダメージは放って置けば死ぬ程のダメージだ。ここで回復を止める訳にはいかねぇよ。」
東の意識は戻ってはいるが他の二人に比べ受けたダメージは深刻で、放置すれば死を招くステータスになっている自身よりも早く戦闘に戻れる人間を優先して回復させるように話す東に対し、仲間を見捨てる事は出来ないと斬り出す入口に、口元を緩めながら上を見た東は弱々しい口調で話す。
「前衛が一人も居ない状況がこのまま続ければアタイら全員全滅してしまう・・・。アンタはそれを望んでいないだろう?アタイは多少の事じゃくたばりはしないさ。アンタの得意とする広範囲回復魔法は集中力が必要な所がデメリットなのはアンタが一番良く知っている筈だろ。・・・だけどアンタはリレイズ最強のヴィショップだから、その回復範囲を絞ればもっと早く回復出来る筈だ・・・。」
入口の使う広範囲回復魔法はパーティー全員を回復出来る便利な魔法だが、その数に比例し対象者へ魔力を送り続ける量が増えるうえに集中力が必要なデメリットがあり、体力と魔力低下している今の状況ではそれが妨げになり集中が出来ないが、その範囲を狭めれば回復も早まる事は入口自身も知っている。
だがそれは同時に回復させられない仲間も出来る為、死が直接的な死となったこの世界で瀕死の状態の三人の中で選ぶ事は入口にとって残酷な選択であった。
その事を理解している知る東は、傷だらけで立ち上がる事の出来ない体を突然横へ転がせる。
それは、自身の判断で回復を回避するかのような詠唱範囲外への移動だった。
「東!!」
「だ、大丈夫だ・・・。アタイの事は気にせず、ふ、二人の回・・・復・・・。」
今まで詠唱範囲内に居たからこそ会話が出来ていた東だったが、その範囲から離れた事で体に突如襲い掛かった重りのような重い感触に耐えられなくなり、短い会話を終える前に目を閉じ気絶する。
移動した東を助けるには入口自身がその場を移動しなければならなかったが、それでは目の前の二人の回復が出来なくなり、東程ではなかったが二人も同様に危険な状態の為、入口はその場から動く事は出来ない。
だがそれは、他人の為に己を顧みず仲間を助ける為の東自身が行った行動で、一人の負担がなくなった事で二人の回復は想像以上に早くなる。
その想像以上の回復力は東が一人抜けただけでは説明出来ない程の魔力量であったが、それは東の決死の判断と行動を目にしても何も出来なかった入口が生身の人間として転移したこの世界で己の非力さを実感した瞬間、突如己の体から湧き出るようなオーラの影響で、それは入口が覚醒した事によって起きた奇跡的な力であった。
自身の魔力が飛躍的に上がった事を入口は実感しながら、仲間を犠牲にしなければ引き出せない力など漫画の世界では良くある話で、それを実際に自分が目の当たりにしたその奇跡的な現象の現実は感動など一切感無く、ただ己の無力さと後悔の念しか感じられず、二十歳を過ぎたいい青年である入口は数年ぶりに涙を流す。
エスタークの入口と言えば同じ魔術士である出口と合わせて『出入コンビ』と言われた魔法使いで、ヴィショップとしてはリレイズで最も魔法を知る勤勉家とも言われていた。
その魔法の数は上杉の知る魔法の優に倍は行っていたが、本人の悩みはその魔力量で、回復の遅さもありレパートリーに対し詠唱数が少ない事にコンプレックスを持っていた為に、必死で魔法を集める事に執着していた。
いつしか入口はリレイズ最強のヴィショップと言われ、ロードへの転職条件を満たしていたにも関わらず転職をしなかったのは名声に酔いしれる為で、それが己の成長を止めていた事を初めて実感すると共に、今回の東の覚悟により覚醒した入口は己の前に立ちはだかっていた一つの大きな壁を突き破る事が出来た。
「・・・俺は結局エスタークでも助けられながら生きていたんだと今では感じているよ。・・・ありがとう、東。」
哀愁漂う寂しそうな表情で徐々に生気が薄れていく東を見ながら、東から託された二人の回復を続けた入口は、次第に精気が戻り出す清水と小沢の姿に気づき叫ぶ。
「清水!小沢!時は一刻を争う状態でお前達の力が必要なんだ。頼むから答えてくれ!」
祈るように叫ぶ入口の手に暖かい人の手の感触が伝わると、入口の目の前にいつもと違う真剣な表情の清水が無言で起き上がり入口を見る。
「・・・私は大丈夫、早く東を。」
遠い意識の中で東と入口の話しを聞いていた清水は、何時ものあっけらかんとした表情は一切見せず、獣のようにギラリと鋭い眼を入口に向け東の治療をする事を話し、横に置いてある長剣を握り険しい表情そのままに中央で繰り広げられる戦いへと身を投じて行く。
今の清水は、この状況を変える為に身を挺した東を思いながらその役目を引き継いだ事の重要さと失敗が許されない状況である事を理解し、現実世界でも看護師という緊張感を常に持ち続けなければならない過酷な状況から自身の気持ちのオン・オフの切り替え方を知っていて、その経験からそれが今だと言う事を清水は直感していた。
斧を投げる事で広範囲攻撃を繰り出したゲートキーパーの必殺技の特性を既に理解いた清水は、まさにこれから広範囲攻撃を繰り出そうとする構えをするゲートキーパーに最良のタイミングで『陽炎』の火柱を放ち続け、ゲートキーパーの周りは火柱で囲まれる。
火柱に囲まれたゲートキーパーはそれを物ともせず水平に構えた斧を後ろに引き広範囲攻撃を繰り出すが、斧は予想以上に強固な火柱に跳ね返され攻撃はリシタニアまで届かなかった。
「リシタニア、今だよ!」
「ああ、分かった。」
その様子を見たリシタニアは、サーベルを構え『大嵐の太刀』を繰り出し再びゲートキーパーを地べたに伏せさせると、既に宙へ飛んでいた清水が長剣を上段に構えゲートキーパーへ向かうと、それを見つけたゲートキーパーは斧を手に取り清水の長剣を受け止めるが、その攻撃は清水へヘイトを集める為のフェイントで、それを予測していた鮫島はウロボロスにゲートキーパーへ氷柱を放つように指示し、ウロボロスが放った氷柱はゲートキーパーへ向かい、ゲートキーパーは清水の長剣を弾いたその斧で氷柱を砕き全ての攻撃を受け止める。
だがこれまでの攻撃は最終攻撃までの過程であり、ゲートキーパーの真紅の鎧を貫けるパワーのある炎竜派の清水が最後の攻撃を繰り出せる為の鮫島とリシタニアのお膳立てで、最後の攻撃を繰り出す為に清水はゲートキーパーの片腕に背を向けて乗ると、長剣を脇に刺し、後姿のままゲートキーパーの胸へ突進する。
それは清水自身の特性を生かした攻撃で、清水が後ろ向きから突き出した長剣はリシタニアのサーベルですら貫けなかったゲートキーパーの真紅の鎧へ突き刺さり、怒りの形相の清水は躊躇なく刺さった長剣を自慢の背筋を駆使し力を入れると、清水の突き刺した長剣の隙間から大量の黒い液体が溢れ出し、やがてそれはゲートキーパーの鎧のみを残し姿を消す。
ウロボロスは役目を終えあとばかりに姿を消すと同時に、ケルピーと対峙していたリヴァイアサンも同時に姿を消す。
だがそれは鮫島の魔力が枯渇した事を意味し、全てを使い切った鮫島はその場で倒れ込む。
「鮫島!」
「そなたは村雨の所へ行ってくれ。私ではこれ以上力になれそうにないが、体力に余裕のあるそなたであれば役に立てる筈だ。」
「・・・リシタニア。・・・分かったよ、鮫島ちゃんは任せるよぉ。」
倒れ込む鮫島を心配する清水に、リシタニアは自身よりも力のある清水がケルピーと戦う村雨の方へ行くのが得策だと考え話すと、先ほどまでの怒りに満ちた表情だった清水はいつも通りの表情へ戻り、リシタニアに鮫島を任せ村雨が戦うケルピーへ向かって行った。
鮫島が気絶しリヴァイアサンが消滅した事で、村雨はケルピーと一対一の状況になっていた。
「さすがの嬢ちゃんでも無理だったか・・・。だが、あの状況を打破する方法は四大従者を二体同時に呼び出す事しかなかったし、ここまで持たせられたのは嬢ちゃんしか出来ないだろうけどな・・・。」
村雨は鮫島の潜在能力は既に菊池を超えている事を実感していて、四大従者を二体同時にここまで呼び出せるのは彼女のみだと呟きながら、一人で最強のモンスターであるケルピーとの対戦となった現状に緊張感を感じていたが、自身がケルピーを止める事が出来れば他の仲間は助かる事を理解している村雨に思った程の緊張感は無く、薄ら笑いを浮かべる程の余裕も見せている。
だが、現状が厳しい事を村雨が理解していない訳では無く、フルランク級のモンスター相手に一人のプレイヤーが敵う可能性はいくら村雨でも不可能で、しかも村雨が使う水竜派奥義『水影』は同属性の者には通じないデメリットがあり、水竜派最強である村雨だからこそ三階層で戦ったオクトパス程度のボスであれば問題なかったがフルランクレベルのケルピーとなれば話は別で、対抗出来る術を失った村雨に手札は残っていなかったが、その表情は絶望と言うよりも覚悟を決めた潔い表情をしている。
「だが、嬢ちゃんも己を犠牲にしてでも皆を守りたいと考えた行動だ。俺もあの時嬢ちゃんに教わった、今の自分が出来る事をやらないとな。俺だけ、のこのこ生き永らえる訳には行かねぇしなぁ・・・。」
村雨は『聖なる青い剣』に己の血を送り出すが、既にここまで幾度の戦闘を繰り広げていた体は限界に近付いている事を示すかのように、先ほどまでのように剣が真紅に染まりきらず、それは村雨自身の体力と血の量が限界に近い事を示している。
だが村雨は怯まずにケルピーへ向かい剣を振り抜くと、ケルピーは目から高圧の掛かった水のビームを放ち向かって来る『聖なる青い剣』に当てると、以前より高度が落ちる剣は簡単に弾き返され、無防備になった村雨の腹にケルピーの右足が繰り出される。
強烈な蹴りを食らった村雨は後方へ飛ぶ事で受けるダメージを軽減させるが、それでも受けるダメージは激しく村雨は吐血し苦しむ表情を見せながらさらに後方へ飛びケルピーとの距離を取る。
だが、それはケルピーが仕掛けた罠でもあり、村雨がそれに気づいた時は既に遅く、ケルピーは即座に第二攻撃を繰り出し、それはケルピー最強の技で高圧の水を大砲にして放つ水泡で、避ける事が出来ない村雨目掛けて放たれる。
「・・・くっ、俺もここまでか。嬢ちゃん達と違い、俺はこの世界に何も残す事は出来なかったな。」
最強の戦士として君臨した村雨でも、結局はケルピーなどのフルランクモンスターには一人では敵う事は出来ず、仲間が居ないとこれ程自身が無力である事を改めて実感する。
だが、鮫島や瀧見は己の思想を貫き通し、自身の身がどうなろうとも仲間を守り抜く為に最善を尽くす姿を見た村雨は、今まで戦闘として常識だと考え戦力計算としてか考えていなかった仲間の存在を軽視し過ぎていた事と、その仲間の為に自身が何も残せていなかった事に気付く。
村雨の名声と活躍があり、エスタークをリレイズで最強と謳われる存在にさせた事は確かだが、それでさえも結局は一人の力ではないと感じる村雨は、目の前に迫る死の恐怖より己への後悔が先に現れ、村雨は哀愁漂う表情で迫り来る巨大な水の砲撃を見つめている。
次の瞬間、到達したと思われた水泡の衝撃は村雨を中心に左右の壁から起こり、村雨が我に返り周りを見渡すと、自身の左右に壁に巨大な穴が開いている事に気付くと共に、『陽炎』を使い水泡の威力を弱めた清水と、水属性の魔法を大量に込めたスピアーで水泡に切り掛かった後の瀧見が、赤いロングヘアを靡かせながら村雨の目の前に立っている。
「どうした村雨よぉ!この程度でへこたれるなんて、『狂剣士』って言われたあんたにぁ似合わないねぇ。」
「リレイズは上杉が倒して来たから、後はこのケルピーだけだよ。あたしの魔力も残り少ないけど、皆で力を合わせれば倒せない相手じゃないよ!」
ゲーム時代のリレイズではエスタークで『狂剣士』と言われた村雨とは幾度も交戦した経験のある身でありライバル関係であったサイレンスの清水は、その実力を知っているが故に村雨へからかうように話しかけると、その横で瀧見が上杉の手によってリレイズを倒し事を話し攻略まであと一歩だと叫ぶ。
そして、その先では『神速』を使い水泡後の無防備なケルピーへ向かって行く上杉がいて、目の前で傷だらけになりながらも戦い続ける上杉達の姿を見た村雨は『聖なる青い剣』を杖代わりにして立ち上がる。
「・・・だな、おめーら若い奴らに助けられっぱなしってのも胸クソわりーしなぁ!」
よろめきながら立ち上がった村雨はいつもの横暴なセリフを吐きながら、手に持っていた『聖なる青い剣』に自身の致死量に近い量である血を送ると、硬度を増した剣を最後の力を振り絞りケルピーと戦う上杉に向かって投げながら叫ぶ。
「上杉!妖魔刀程じゃねーが、それに近い状態の剣だ。その剣とお前の剣で決着を着けろ!」
「村雨・・・。分かった!」
上杉の目の前に現れた真紅に染まった『聖なる青い剣』は、村雨の血をほぼ全て送る事で出来る最強の硬度を持つ奥義を使った剣であったが、その状態の剣は持ち主である村雨自身が使う事が出来ない為、村雨はゲーム時代のリレイズでこの技を使った事がなかった。
だが、玄武との戦闘と今回で既に二回使う事になる事に村雨は一切の抵抗がなかったのは、それが今村雨の考える仲間に対して唯一出来る事だと思ったからで、迷いの無い純粋な赤に仕上がり硬度の上がった『聖なる青い剣』を上杉へ託した。
リレイズで存在する中でも最強に位置する二本の剣を両手に構える上杉はケルピーへ向かい、ケルピーが繰り出す足の攻撃を『神速』でかわし、水圧のビームで連続攻撃するケルピーに対し妖魔刀のオーラを使いそれらを吸収し、ケルピーの間合いへ入って行く。
「俺は、この世界になり全ての家族を失った。だが、この世界にも俺の仲間は居る。それが、今の俺の唯一残された大切な仲間『家族』だ。それを傷つける者は例え強大な敵でも俺は許さない!」
リレイズの世界へ転移された事で、上杉をはじめ多くのプレイヤーは家族や友人を失っている。
だがそれは、この世界には同じ境遇のプレイヤーは多く存在している事を示し、上杉はこの世界の仲間とプレイヤーを含め自身の家族だと叫ぶ。
それは己を顧みず仲間を救う選択をした川上や東、そして鮫島を守り切れなかった自分への不甲斐無さと鮫島達への感謝を込めての言葉だった。
上杉の叫びと共に繰り出された真紅の『聖なる青い剣』はケルピーの頭部目掛けて振り下ろさせると、ケルピーは自身を水の膜で覆う事でバリアーを作り出し上杉の攻撃を受け止めた次の瞬間、上杉の下の方から声が聞こえる。
「上杉、そのまま突っ走れ!」
その声は入口によって回復した小沢で、小沢はケルピーのバリアーの属性に合わせて『属性吸収』を繰り出すと、ケルピーを覆っていた水のバリアーは消えなかったが明らかに水量が落ちた事が確認出来ると、上杉の剣が徐々にケルピーのバリアーを押し始める。
だがケルピーは自身の最強の技が繰り出せるまでの時間稼ぎは出来た為、ケルピーは口を開け再び水泡を繰り出し目の前の上杉目がけて放つ。
フォローに回りたかった瀧見も魔力が枯渇していて肉弾戦しか出来ない状態では水泡には敵う事が出来ず、血を使い切り倒れる村雨やケルピーのバリアーを必死に抑える小沢と、水泡を止められる人物が存在しないその時、上杉とケルピーの間に現れたのは清水で、清水は『陽炎』で火柱の壁を作り水泡を止めに入るが、属性として不利な火炎では水には敵わないのはケルピーの水泡を『陽炎』で防御し切れなかった時に分かっていた事であったが、同時にこの状況を止められる唯一の人物は自身しかいないと清水は感じていた。
『陽炎』で繰り出した火柱の壁を突き破った水泡は、威力こそ弱まったが勢いは死んでおらず清水が次に繰り出した一手は自身が壁になる事により威力を相殺させる事だと考え、清水は大きく両手を広げケルピーの水泡を包み込むように抱き抱えると、水泡は清水と共に弾け巨大な衝撃波が広がる。
「清水!」
上杉が叫ぶと共に上杉の『聖なる青い剣』はケルピーのバリアーを突き破りケルピーの頭部をついに捉える。
「クッソー!!」
やり場のない怒りをぶつけるかのように、上杉は頭部に刺さった剣を『神速』を繰り出す事で自身を加速させケルピーの体を切り裂くと、ケルピーは水となり消えて行った。
全ての戦いを終えてこの場に立っていたのは、上杉と瀧見と小沢に鮫島を介抱しているリシタニアと東の所へ行っている入口と下山のみで、二体召喚で全ての力を使い切っている鮫島や血を使い切っている村雨は重症で、それ以上に危険なのは先ほどケルピーの水泡をもろに受けた清水だったが、自身を助ける為に己を犠牲にした東の存在を知る小沢は、清水を気に掛ける上杉と違い神妙な表情で入口達のいる方向へ歩き出す。
「・・・入口、どうだ。」
「だめだ・・・、今の俺達には脈を図る事くらいしか出来ないが、その脈が全く無い。あの時確かに東の意識が戻ったのは一番早かったが、三人の中で一番重症だったのは東だったんだ・・・。」
「だが、あの時の東の判断がなかったら俺達は全滅していただろう。あいつは自分の様態を知っていて、治療に時間が掛かるのであれば他のメンバーの回復を優先させる事でこの状況を打破する事を選択したんだろう・・・。」
「そんな・・・、私と東はまだ会って間もない関係ではないか。それなのに、なぜこれ程までに相手を信頼出来るんだ。我らアイリスでもこれ程までに他人を信用出来る人物が居たであろうか・・・。」
東の様態を見に来た小沢に入口は現状を話すと、東は己の体の状況とこの戦闘の行く末を考えて小沢達を優先する為に行動に出たと話す下山に、初対面に対しこれ程までに信頼を置く東にアイリスでそのような人物は存在しないと驚き戸惑いの表情を見せる小沢に、下山は視線を落とした先に眠る東を見ながら口を開く。
「現実世界のあいつは芸術家を目指す学生でさ。よく言うアーティストって孤独との闘いとも言うじゃねぇか?元々芸術家を目指していた人間だからそれには慣れっこだって本人は言っていたが、エスタークに入ってからの東は間違いなく仲間っていうコミュニティに居心地の良さを感じていたのは確かだったな・・・。」
現実世界での東は芸術家を目指す学生で常に単独行動をしていたが、リレイズの魅力にはまってからは、パーティーと言うコミュニティに対して考えを改めていたと下山は話す。
一人で作らなければならい事が殆どの孤独な芸術と違いリレイズはパーティーあってのクエストが主であった為、クエスト参加を考えていた東が丁度街で会ったエスタークに申し込んだ程度で参加したクエストを経験してから東の考えは変わって来た事を、メンバーである下山は知っている。
だからこそ今回の東の行動は、入口に選択を迫らず己が範囲外に出る事で入口自身が後悔しないようにする為の行動だった事を、メンバーの勝利を確信していたかのように穏やかな表情で寝ている東を見て小沢は理解出来た。
「・・・大丈夫だ、例えこれで最悪な結果であっても東は後悔しちゃいない。だって、上杉が話したように、東は大切な『家族』を守ったんだから・・・。」
東を見つめながら小沢に向けて話す下山の表情はとても穏やかであったが、現実に迫る死を感じているその心は、長年一緒に旅をした仲間を失う悲しみに伏せているのを見られないように必死に堪えている口調でもあった。
「下山・小沢!清水は俺の回復魔法で何とか意識を取り戻したが一番危険な状態だ。入口をこっちへ寄こせるか・・・って・・・え・・・。」
ケルピーの水泡を受けた清水の看病に付きっ切りだった上杉が、危険な状態の清水の回復を入口に頼もうと話を切り出そうとした時、下山達の前で眠る生気の無い東の姿を見ると、その言葉のトーンは徐々に弱まり会話を止める。
「東・・・、まさか。」
「ああ・・・、東は自分の怪我の回復のせいで清水と小沢の回復が遅れるのを回避する為に入口の回復範囲から外れて・・・。」
「そ、そんな・・・。」
「俺の回復でもこれ以上どうにもならなかった・・・。東は皆を助ける為の最善の策を選ぶ為に自らの命を捧げ、細かった勝利への道筋を開いてくれた。」
愕然とする上杉に、東は自身の命を掛けて仲間を守り勝利へ導いてくれたと入口は話す。
その後三人は暫く沈黙を続け、安らかな表情で眠る東を見つめていると、その沈黙を最初に破ったのが下山で、全員が命を掛け参戦した中唯一参戦出来なかった自身を哀れに思いながらも、安らかな表情で眠る東を静かに抱き抱え振り絞るように言葉を探しながら話し出す。
「・・・俺達には助けなきゃいけない『家族』が居る。東がそう願ったように俺達もそれに応えないと。」
「・・・そうだな、村雨や清水達を助けるのも急がないといけないからな。」
必死に冷静な態度を取る様子の下山は冷たくなった東を抱き抱えると、彼女の願いを無駄にしてはいけないと感じ、ダメージの大きい村雨や清水の介抱を急ぐ事を話すと、下山同様に感じていた上杉は静かにその話に同調する。
幸い鮫島の容態は力を使い切った事での疲労が原因だった為、リシタニアが付き添う事で問題は無く、その鮫島を含め怪我人と介抱を行っている者は先にダークゲートを後にする。
入口の唱えたムーブポイントによって、村雨・清水・鮫島・リシタニア・下山・小沢、そして東は二階層のキャンプポイントへ先に戻って行った。
そして、上杉と瀧見は蓄積されたダメージを回復させる為この場でキャンプを張り、体力と魔力をある程度回復させた翌日に、ダークゲートに来た目的である『アングレアの書』を手に入れる為リレイズのいた塔の最上階へ再び訪れる。
昨日の内にここへ来ても恐らく問題はなかったが、この世界になり変化した世界で何が起こるか分からない為の安全策として体力回復を図ってからの再調査を行う事にした。
上杉達の慎重な考えとは違い『アングレアの書』は玉座の奥で発見され、魔術士である瀧見がその書を覚える事で瀧見はリレイズ最強の消去魔法『アングレア』を取得し、すぐに上杉達もダークゲートを後にする。
リレイズ最後の目的であるリレイズを倒した事によって今後この世界は大きな変動を見せる事になり、『バウンダリー(境界)の破壊』の影響によりリレイズであって現実の世界であるこの世のベールが徐々に見え始め、上杉達プレイヤーはこの世界での究極の選択を迫られる事になる。
- 第五章 リレイズ攻略 完 -




