第四十五話 ダークゲートの迷宮 Floor:10 リレイズとの対決
鮫島の身を呈して召喚した二体の従者のお陰で戦局が五分に戻った九階層の戦闘を抜け、上杉は一人リレイズの居る最高階層へと続く塔の扉に辿り着く。
その塔の扉の先は煉瓦に囲まれた緩やかな勾配の螺旋階段が続き、その先は塔の頂上を目指している事を感じさせる。
ここまでに至る道にトラップが仕掛けられている可能性もあったが、その事も気にもならない程上杉の集中力は異常なまでに上昇していて、結局は存在しなかったトラップのお陰もあったが、上杉は問題なく螺旋階段を駆け抜け塔の上階へ辿り着いた。
そこは広大だった九階層の天井が目の前に迫りそうな程近づいた屋上で、その下では『解放』されたリヴァイアサンとウロボロスがケルピーとゲートキーパーと対峙している爆発音が聞こえ、下でも激戦の火蓋が切られているのを上杉は実感出来る。
辺りには何も置かれていない中で唯一存在する玉座的な巨大な椅子があり、そこには茶色いローブを纏った魔法使いが鎮座している。
「お前がリレイズか!」
リレイズの名前を叫ぶ上杉の存在に気付いた魔法使いは、その姿を暫く見つめた後に何かに気付いたのか、突如目が飛び出しそうな程に大きくなり鋭い視線を上杉へ向けると不気味に低い声を響かせる。
「・・・貴様、『竜神』の生まれ変わりだな。」
フードに覆われ顔が確認出来なかったが、魔法使いが口にした『竜神』のセリフに上杉はその魔法使いがゲームでの最終目的である人物『リレイズ』である事に確信を持った時、リレイズは右手を差し出し無詠唱でファイヤーボムを放ち、上杉はその魔法を『神速』でかわしリレイズへカウンター攻撃を仕掛けると、リレイズはすかさず左手に魔力を込め閃光系魔法であるフラッシュアローを放つ。
フラッシュアローの閃光と真正面になった上杉は『神速』を再び使い、横へ移動し閃光を避けた事でカウンター攻撃を防がれ、後方へ下がり距離を取る。
「ヤツの無詠唱は早くて攻撃をする隙が見つからないな・・・。いくら『神速』でも、それだけじゃリレイズには勝てないって事なのか。」
下階層で戦うゲートキーパーやケルピーもフルランクのレベルであれば、当然リレイズも同様のレベルを要する筈だと考える上杉は、リレイズに一人で挑戦するのは無謀では無いかと考えるが、決死の覚悟で挑む鮫島達の為にも戦わなくてはならないと思い立ちリレイズを睨み付ける。
「何でもいい・・・、何か突破口が見えれば。」
悩みながら妖魔刀を正面に構え向かって来る上杉に対し、リレイズは両手を突き出し両手の魔力を一つにまとめ始め、リレイズに向かいながらその光を見た上杉は、その魔法が何かを即座に理解するとリレイズへ向かっていた勢いを止め『神速』を使う準備へ切り替える。
「・・・ヤバイ!この魔法は!」
リレイズの手に現れた白い光と青い光が重なり合い、それは青白い光となり上杉へ襲い掛かる。
その魔法がロード最強の消滅魔法『プットアウト』である事を放たれる前に理解していた上杉だったが、それを防ぐ方法は『神速』を用いての回避しか無く、リレイズが放つ青白閃光を『神速』で避けた上杉の目の前に、避けられないタイミングで再び繰り出されたプットアウトの青白光が襲い掛かる。
その時、上杉はリレイズのストーリーで『竜神』がリレイズへ戦いを挑んだ時、『神速』を使いリレイズの手を切りプットアウトを使えなくしようとしたが、結局はその魔法で『竜神』は敗れた事を思い出す。
リレイズは全ての魔法を無詠唱で使える『ウィザード』であり、さらに無尽蔵にあるその魔力量で最強の魔法プットアウトを間髪入れず連続で使える最強の魔法使いである事の恐怖を上杉はこの時初めて感じ、最強と謳われた『竜神』が敗れた理由がこの攻撃で理解出来た。
再び『神速』を繰り出す為に構える猶予は今の上杉にはなく、自身に襲い掛かる青白閃光を見て諦めの表情を見せる事しか出来ない上杉の頭の遠く後ろの方で一人の女性の声が微かに聞こえる。
―・・・ほう、アタシを取り込んだ人間だったが、所詮は人間だったって事だったのかい。―
その声と同時に上杉の持つ妖魔刀が勝手に動き出し、妖魔刀に不気味なオーラが宿り始めるのを感じた時、そのオーラはリレイズの放ったプットアウトと鍔迫り合いを始め、プットアウトをかき消した。
その声の正体は妖魔刀に宿る妖魔で、上杉は妖魔と契約した事で通常は受けるリスクを最低限に抑え使えるようになったが、召喚士の従者と同様に友好的な契約である為、いつでも上杉と話す事が出来るようになっていた妖魔は『神速』を持ちながらリレイズに圧倒的に押されている上杉を見るに耐えかねず、上杉の心から妖魔は語りかけて来た。
「まったく・・・、アンタは『竜神』の力を引き継ぐ人間だろうが。それが詠唱前のリレイズに攻撃を加えられないなんて、まったくとんだ期待外れだよ。」
「お前は、俺の心に話しかける事が出来るのか!?」
「アンタは特別な人間だったからな。普通は持ち手の心に巣食う存在だから、お前の心へ話しかける事なんてないんだが、アンタと交わした契約のお陰で、こうやってアンタと話せるようになったみたいだね。」
「だけどお陰で助かったよ、今のはさすがに俺も駄目だとは思っていたけど・・・。だけど、プットアウトを抑えられる能力を出せるなら最初から出してくれれば良かったのに。」
「この技を使う為にはアンタの心の闇が必要だから、今のように絶望を味わうとかの危機的状況でないと使う事は出来ない。それに契約という形だと、アタシも思い通りの力が出なくてね。もしアンタがこのオーラを使えれば、己の心の闇を差し出しやり易い筈だがね。」
プットアウトを受け止める力を持つ妖魔の力を使うには持ち手の心の闇が必要になり、それを妖魔が引き出すのは今のような危機的状況のみであり、契約で取り込まれた持ち手が死んだ場合の自身も事と、妖魔自身が契約で縛られている事で心を食う事は出来ないが、それと共に上杉の心をコントロール出来ない為にその力を自由に使えない事を話し、それを使えるようになるには上杉自身がオーラを出せるようにならない事を語る。
自身の放ったプットアウトを受け止められたリレイズは顔こそ見えないが、一瞬驚きの様子を見せた後その剣が妖魔刀理解すると冷静さを取り戻す。
「なるほど・・・妖魔の力、か。」
一言呟いたリレイズは次の瞬間姿を消し、再び現れた場所は上杉の目の前でリレイズは右手を上杉に向け巨大な閃光を放ち、その連続攻撃に上杉は叫ぶ。
「これは!シャインムーブからのアンセムか!」
魔術士が使う瞬間移動魔法である『シャインムーブ』と閃光系の魔法である『アンセム』を同時に繰り出すリレイズの攻撃に上杉は反応する事が出来ず、閃光の矢をもろに受けフロアの壁まで一気に弾き飛ばされた上杉は激しく壁に激突し、その衝撃で虚ろになった意識の中で遠く聞こえる妖魔の声が諦めのような口調で聞こえて来る。
「・・・だが、この強さはアタシの知るリレイズとは比べ物にならないのは確かだね。で、アンタはこのままリレイズにとどめを刺されて死んで行くのかい?アンタの死は契約を結んだアタシの死にも直結しているかも知れないが、アタシはそれ程この人生に後悔はしていないがアンタはどうなんだい?この世界を止める為に『竜神』を受け継いだアンタは・・・。」
微かな意識の中で聞こえる妖魔の言葉は、自身の後悔より上杉の考えを聞きたいかのような話し掛けだったが、その問い掛けにも答えが即座に見つからない程上杉の意識は落ちる寸前であった。
やがてリレイズは両手に魔力を込め、その光がプットアウトだと理解した上杉だったが、体は全く言う事を聞かず、ただされるがままの状態であり、上杉へ語りかけていた妖魔もこれから起こる状況を静観する事しか出来ずにいる。
放たれたプットアウトが進む周りの物を全て飲み込むかのように轟音を立て上杉に向かって来たその時、上杉の体は一瞬宙に浮いたように軽くなり、気がつくと上杉はプットアウトによってかき消された壁が見える場所へ瞬間移動していて、上杉の横には赤いロングヘアを風に靡かせる瀧見がリレイズを見つめていた。
「・・・瀧見。」
「あんたも結構無茶な事するヤツだね。妖魔刀の正式な使い方がなっちゃないじゃないか。それじゃ妖魔刀の半分も使いこなせちゃいないよ。」
「下は大丈夫なのか!?」
「あたしも、あんたとほぼ同じタイミングでこの塔へ入って来ていたのさ。下は鮫島が決死の覚悟で守っているんだから、あたしはあいつの守りたい者を代わりに守る為に来たのさ。上杉良く聞きな、『ゲームマスター』としてあたしの知るリレイズは無詠唱魔法にも発動前に僅かに間があると聞いている。あたしの特殊能力を使えばリレイズのシャインムーブを追う事が出来るから、あんたが『神速』で叩けるようにお膳立てを作るから、あんたはその隙を見つけな!」
「お前の能力をって、一体・・・。」
「とにかく、あんたは妖魔刀のオーラを練り出す為にリレイズの隙を見ながら心の闇を見つめろ。妖魔のオーラは負のオーラで出来ているから、絶望と怒りを込めるんだよ。」
瀧見は上杉が塔へ上る直後に後を追うように塔へ上っていて、それは鮫島が守りたい者を守る代わりに自身が来た為だと話し、『ゲームマスター』として知るリレイズの攻撃パターンを話した瀧見は、自身の特殊能力を使いリレイズのヘイトを集めるその隙を狙いながら妖魔刀を使いこなす事を告げると、背中にあったスピアーを抜き自身に攻撃力促進魔法を掛けリレイズへ向かって行く。
瀧見の正面突破の攻撃にリレイズは魔法を唱え返り討ちを企むが、リレイズが瀧見に対しカウンターで魔法を発動しようとした瞬間、瀧見が姿を消した直後にリレイズの真正面に現れ、瀧見はスピアーで突くとリレイズのローブをかすめるが、瀧見は躊躇なくスピアーで連続攻撃を行う。
瀧見が使った魔法を自身と同じシャインムーブだと理解したリレイズは瀧見が魔術士だと気づき、瀧見の連続攻撃をシャインムーブでかわし瀧見の背後へ回りウォータボールを目暗ましに放つ。
瀧見は『浄天眼』でリレイズの魔法を避ける事が出来たが、瀧見の動きが鈍った一瞬の隙を突きリレイズは即座に向けアンセムを放つと、瀧見は上杉同様に壁へ弾き飛ばされる。
だが瀧見はその瞬間を狙っていて、飛ばされた瀧見の後ろは先程プットアウトによって空けられた風穴で、弾き飛ばされた瀧見がその風穴からダークゲートの外へ出た瞬間、瀧見は両手を空へ向ける。
これで、詠唱に必要な準備は全て揃った。
外へ出た事で瀧見が魔術士として最強の魔法が使える環境が整い、瀧見は重力魔法を繰り出しながら魔術士最強の魔法を唱える。
「~メテオスラッシュ~」
瀧見が繰り出すメテオスラッシュは重力操作を利用し本物の隕石を操作する魔法で、天から降り注ぐ巨大な隕石はダークゲートの天井をくり抜き、リレイズの居る塔の天井おも貫きリレイズ目がけ降り注ぐ。
その攻撃に危険を感じたリレイズはシャイニングムーブを駆使し隕石を避けるが、瞬間移動魔法であるシャイニングムーブを間髪入れずに詠唱する事はリレイズにとっても高負荷で、降り注ぐ隕石の嵐を避け切った先に現れたのは、不気味なオーラを纏う妖魔刀を中段に構えた上杉だった。
ヘイトを一挙に集めていた瀧見に対しリレイズのターゲット外になった上杉は、先程見た妖魔刀の本来の力を再び出す為に意識を集中させながらリレイズの隙を探り続け、瀧見が命を懸けて放ったメテオスラッシュを連続詠唱で避け切った瞬間、最後の隕石の陰から上杉が『神速』を使いリレイズの前に現れた。
先程のリレイズの攻撃でダークゲートの外へ飛ばされた瀧見は、上杉の奇襲が成功しリレイズの放つプットアウトを妖魔刀で受け止めた事を確認すると、薄笑いを浮かべ意識を失いながらダークゲート九階層から落下して行く。
突如現れた上杉の存在にリレイズは即座にプットアウトを繰り出すが、その青白い光は妖魔刀の纏わる不気味なオーラに食われ直後、僅か一瞬だが無防備になったリレイズは即座に魔法を繰り出す準備に入るが、最初のプットアウトをかき消した上杉の妖魔刀は既にリレイズの胸元まで来ていて、上杉は抵抗が出来始めた刀に力を込めるが勢いが止まり、刀が進まなくなった上杉は再びそこで『神速』を使い己を加速させた。
それは上杉がとっさに思いついたオリジナルで、『神速』を使い加速された上杉は押されると同時に攻撃力が増大され、抵抗のあった刀の感触がやがて軽くなり上杉はリレイズの後方へ移動していて、その後ろでリレイズは胴から二つに分かれ大量な紫色の血飛沫が上がり出し、血が出きった体は消し炭のように消えて行った。
「・・・や、やったのか?」
「ああ、どうやら倒したみたいだぞ。これでアンタは『竜神』を超える存在となった訳だな。よく土壇場でオーラを操れるようになったな。」
「・・・でも、そんな実感はないな。俺一人での勝利ではないし、妖魔や瀧見が居てくれたお陰だと思っているよ。俺一人だったら一発目のプットアウトでこの世から消されてた筈だ。」
リレイズを倒した事を半信半疑で疑う上杉に、妖魔がリレイズは完全に消滅した事とこれで『竜神』を超えた事を話すと、この勝利は一人では成し遂げられなかったと話す上杉は、瀧見の存在が見えないのに気づき慌てて探し出す。
「瀧見はどこだ!まさか、さっきの攻撃で・・・。」
リレイズの隙を探る事と妖魔刀の力を使う為に全神経を注いでいた上杉は、隙を作る為に戦っていた瀧見がどのような状態でメテオスラッシュを繰り出したのか知らなかったが、目の前に広がる巨大な風穴の先に見える隕石の後から、瀧見はダークゲートの外へ出る事で魔法を繰り出した事を理解し、姿の見えない瀧見が塔の最下階層まで落下したのではないかと考え、目の前の風穴の所へ駆け出すが、上杉がそこから下を見下ろすと、すぐ下のレンガの隙間にスピアーを突き刺しぶら下がっている瀧見の姿がある。
「瀧見!!」
「・・・ああ、何とか大丈夫だ。これでダークゲートは事実上の攻略に近いんだ。後は下階層の鮫島達を助けに行かないと、目的を達しても多分ヤツラは消えない筈だからな。」
「瀧見・・・。分かった、急ごう。」
先程プットアウトを止めた際に使った妖魔刀の技は使い手の身体の負担が大きく上杉は歩く事さえやっとの筈だったが、身を呈して自身を守ってくれた瀧見を見てそんな弱気な心を見せる事は出来ず、瀧見の要請を快く引き受け、息の整わない体で瀧見の手を引き助け出し先程来た階段を下って行く。
九階層で二体のモンスターと対峙する鮫島達は、鮫島の召喚した従者のお陰で均衡を守っているが、鮫島の魔力枯渇が近づくにつれ、その均衡は今まさに崩れかけていた。




