第四十四話 ダークゲートの迷宮 Floor:9
竜族最強と言われるケツアルクァトルを倒した上杉達は7階層から続く螺旋階段を上り切ると、その先は僅かに濡れる程度に流れる水面が続くフロアで、その水は他の階層へ溢れ出ないように僅かに立ち上がる煉瓦に囲まれた構造になっており、上杉達はこれ程までの高階層に水が流れている事に少し驚きながら進む。
「まさか、こんな高階層に水が流れているなんて。」
「わざわざ水を作っているって事は、ここのモンスターやボスは水を好むヤツって事は間違いないだろうな。」
辺りを見渡し話す上杉に、このフロアのモンスターは水属性のモンスターが現れると下山が話すその予想通り、ウォーターマンなどの水属性のモンスターが現れるが、このパーティーには水竜派最強の使い手である村雨が居る為、前衛に立つ村雨の水竜派の技で殆どのモンスターは倒す事が出来た。
水を踏みつける独特な音が石畳の迷宮に響き渡る中、6階層以降から感じるトラップの少なさは、このエリアにも強力なボス的なモンスターが居る事を知らせていると、下山は壁を摩りながら後ろで地図を作成する上杉に話しかける。
「水属性で最強と言われるモンスターって言えば、・・・やっぱり『ケルピー』だよな。」
「それは俺も考えていたんだ。だけど、このパーティーには水属性最強の村雨と鮫島のリヴァイアサンも居る。いくらケルピーでも倒せない相手じゃ無い筈だ。」
ケルピーは長い角を頭部に持つ白馬の姿をした水属性を持つ最強のモンスターで、戦闘経験のある上杉と下山は、ダークゲートに現れるモンスターの特性パターンと下階層で現れた竜族最強のケツアルクァトルを考慮すると、この階層もそれ相応の敵が現れると予想し水属性と考えた二人の意見は一致していたが、上杉は水属性のモンスターであれば水竜派最強の村雨やリヴァイアサンを従者にする鮫島が居る事を話すと、下山はその話に対して浮かない表情をする。
「・・・それは分かってるんだが。こう言うのもなんだが、今のメンバーはリレイズの中じゃ最強の面子だと思っているんだ。」
「まぁ、それは確かだろうね。村雨や四大従者を二体も従える召喚士に『ゲームマスター』も居る。」
「それに、『神速』を持つお前だ。だがよ、そのメンバーだからこそここまで気にしていなかったが、もしかするとこの迷宮はムルティプルパーティー以上で挑むフルランクに値する迷宮じゃないのか?」
「フルランクって事は、この人数より倍は必要って事か?」
「今のメンバーは十人。私が戦闘としては役立たずだから正確には九人だが、フルランクであれば二十四人で、さっきのケツアルクァトルだってその人数で挑めばあんな知恵を使った戦闘じゃなくって正面突破で倒せる筈だ。あれだってこの世界になったからこそ出来た技であって、ゲームの時じゃ不可能だったかも知れない。」
下山は六階層以降に現れるモンスターと戦いながら、この迷宮のレベルを見誤っているのではないかと感じていて、リレイズでは最強と言っても可笑しくないこのメンバーであったからこそここまで来れたと話し、実際にクエストとして配布されてない為にダークゲートのレベルが不明であったのは確かだが、実際には戦争で使うフルランクレベルだったのではないかと話す下山は、神妙な表情で話を続ける。
「・・・もしかして、死が実際の死と繋がったハイリスクなこの世界で、私達はとんでもない迷宮に居るんじゃないかって思ってるんだよ。」
「それは十分承知だった筈だろ?だからゲーム時代ではありえない戦闘配分30%で戦っていたんだし。」
「・・・それでも、玄武の時は40%を割る所まで追い込まれた。ゲーム時代にエスタークで玄武と戦った時の戦闘配分は50%すら割らなかったのが、この世界になって明らかにモンスターも力をつけて来ている。だからって撤退しようものなら、キャンプポイントの二階層からやり直しになっちまうが、このままケルピーと戦闘になれば犠牲者の覚悟も必要なのかも知れない・・・。」
下山の話は上杉以外のメンバーも感じている事で、全員がダークゲートの二階層以降の経験が無かったのは確かだが、ゲーム時代のリレイズの戦闘でサイレンスやエスタークの戦闘配分が40%を割る事は無く、それは六階層以降の戦闘は今までに経験の無い綱渡り的な戦闘をしている事を意味していて、それ以上のダメージを受ける事はプレイヤーの生死に関わる事になり危険を要する。
この世界になり、死が現実世界の死と同等になった事でそれはハイリスクを背負う事になるが、もし撤退をすれば唯一のキャンプポイントであった二階層まで戻らなくてはならず、再び戦闘を繰り返さなくてはならい可能性を考えると、一刻を争うこの世界でのそれは今後の展開次第では致命傷になり兼ねない事も感じている。
だが、自身の身を挺して仲間を守った川上を助ける為に『バウンダリー(境界)の破壊』を止める可能性のあるリレイズの持つアングレアの書を手に入れる必要がある上杉は、やがて辿り着いた巨大な門の前に立ち止まり
その扉を見つめながら口を開く。
「だけど、川上も仲間を守る為己を省みず敵に挑んで行った。俺もその気持ちに応えたいし、助けられる可能性があるなら俺はそっちを選ぶ。」
木村が話す川上の衰弱が確かであれば、川上が生存出来る時間は少ない事を感じる上杉は、その先に居る筈の敵に怯むことなく真っ直ぐ視線を扉に向ける。
扉の先は今までと同様に僅かに水が張るフロアだったが、その広さは七階層と同じ程の広さの広大なフロアで、その先にあるここが迷宮だとは思えない程の空間に存在する巨大な塔は、恐らく最後のフロアに通じる場所だと下山は直感し口を開く。
「皆、聞いてくれ。先に見える塔は多分リレイズが居る塔だと思う。」
「だって、まだここは八階層じゃないのか?」
「恐らく七階層でケツアルクァトルと戦った中間フロアが八階層だったんだろう。リレイズの噂で私が唯一聞いた事があるのは、リレイズが迷宮内に塔を建てそこに居る事で、あの塔にリレイズが居て私達の居るここは九階層になる。」
「って事は、あれがリレイズの前の最後のボスって事だねぇ。」
先にある塔を見た下山がリレイズに対して唯一知っている情報である事を思い出し、ここが事実上の最上階の手前である九階層だと話すと、その塔の入口にあたる門の手前に鎮座する深紅の鎧を纏うモンスターを見て清水が長剣を抜き戦闘態勢を取りながら話す。
「俺達の予想は外れたが、『ゲートキーパー』であれば大方予想は間違っていなかったかも知れないな。」
「ああ、『最後の番人』と言われるゲートキーパーがボスであれば最強には変わりないからな。」
『最後の番人』と言われるゲートキーパーは『四天王』に属する一人で、その中でも最上位の力を持ち、ゲートキーパーが持つ巨大な斧は広範囲攻撃が出来る特殊な斧で、戦闘経験のある上杉と下山の二人はケルピーの存在を予想していたが、それに等しいモンスターの出現に予想は当たっていると話す。
鮫島が即座に戦闘陣形を指示し、前衛に清水・小沢・東の攻撃系を置きサポートに上杉とリシタニアが回り、後衛を村雨と戦闘要員として瀧見を配置した。
「こうもトラップが無くボスばかりの迷宮じゃ、私は役立たずだから困るよなぁ。普通のモンスターなら私でも戦う事が出来るんだがな。」
「何言ってるんだ、ここまでに至る道で全員が無事だったのは下山のおかげだろう。それは皆が知っているって。」
「ま、私は出来るだけ攻撃のサポートが出来るように準備するよ。」
ボスばかりのエリアになると、どうしても盗賊の職業は足手纏いになってしまうのはプレイヤー全員が知る事実ではあるが、それに耐えられず盗賊を辞めるプレイヤーが居る程、戦いを主にするゲームの世界で戦闘に参加出来ないストレスは想像以上に辛い事を物語っている。
だが、盗賊は迷宮探索には必要不可欠なメンバーであり、それ故にベテランプレイヤーが多いのもまた事実で、その葛藤を乗り越え自身の居場所を見つけた者のみが生き残れるスペシャリストな職業でもある。
川上と付き合いの長い上杉はそれをよく知っているので、下山のその一言にあの時に友の葛藤を助ける事の出来なかった己自身を戒めるかのように即座に反応し、下山へフォローの言葉を掛ける。
上杉が話すのと同時に清水が炎竜派奥義『陽炎』を繰り出し、その火柱をまとめゲートキーパーへ向かって行き、その後方から魔法剣を構える小沢が飛び出す。
『陽炎』でまとめた火炎を剣に纏いゲートキーパーの深紅の鎧を叩くが思ったよりダメージが無く、落下する清水に向けゲートキーパーが繰り出す斧を小沢の魔法剣が止めに入る。
小沢とゲートキーパーの武器が互いに火花を散らし交じり合う中で、後衛の村雨が『聖なる青い剣』に血を送り硬度を増した剣で攻撃し、その攻撃にバランスを崩すゲートキーパーに瀧見の重力魔法で地べたに膝間づかせ、続けざまに上杉とリシタニアの高速攻撃を加える。
上杉達の連続攻撃を受けたゲートキーパーは後方へ下がる事で距離を取ると、斧を両手に持ちかえ後方へ引っ張るような構え斧をブーメランのように投げると、高速で回転する斧は周りを巻き込みながら強烈な衝撃波と共に前衛に襲い掛かり、清水・小沢・東が弾き飛ばされる。
「現在の戦闘配分は50%です!上杉君とリシタニアは前衛へ回って下さい。入口さんは回復を、村雨さんは広範囲攻撃を。」
「早っ!やっぱり『最強の番人』だけあるな。リシタニア行きましょう。」
「そなたは私の後方へ回ってくれ。風竜派奥儀を使う。」
「分かりました。俺は後方から援護します。」
ゲートキーパーが繰り出した広範囲攻撃により前衛の三人がダメージを受けた事で戦闘配分が50%まで減少し、その威力と攻撃範囲に驚く上杉に鮫島は前衛に代わり後方に居るリシタニアと共に前衛へ移動する事を指示し、リシタニアに話しかけ即座に跳び出そうとする上杉に、リシタニアは自身の後方へ回る事を告げる。
リシタニアはサーベルを両手で持ち目の前で水平に構えると辺りに風が現れ始め、その風はやがて強烈な嵐へと代わりリシタニアの剣に圧縮されるかのように収まって行き、嵐が治まるとリシタニアは剣を中段に構えゲートキーパーへ向かって行く。
「風竜派奥義『大嵐の太刀』。」
リシタニアが振り抜いた剣から圧縮された空気がゲートキーパーへ向かって行き、その空気は手前で弾けると竜巻のような渦を立ち上げ襲い掛かりゲートキーパーを弾き飛ばし、その後方から来た上杉は『神速』を使いゲートキーパーへ向かい剣を振り抜く。
「アイツらいいコンビじゃねーか。これなら俺の援護は必要なさそうだな。」
二人のコンビネーション攻撃に、村雨は自身の技を繰り出す必要は無いと考え剣を戻そうとした村雨の判断は正しく、その直後に自身の背後に尋常でない気配を感じる。
その気配は村雨も知る気配であり、その強大な力は今までの階層に居たボスクラス同等だと即座に判断し戦闘をする上杉達に叫ぶ。
「敵は一体じゃねぇ!もう一体居るぞ!」
村雨は叫びながら『聖なる青い剣』を抜き背後を向くと、強力な水の塊が村雨の目の前まで迫っていて、水竜派の技である『水竜閃』で即座に防ぎ難を逃れる。
「・・・ケルピーか。」
とっさに作った水竜閃で作った水の膜では防ぎ切る事が出来ず自身の鎧にダメージを受けた村雨は、その先の闇にいるであろうモンスターをおおよそ理解し、自身の後ろに居る鮫島に話す。
「嬢ちゃん、これは多分ケルピーっていう水属性のモンスターで、力はゲートキーパーと同じボスクラスのヤツだ。清水達を回復させたらヤツらをこっちに戻して俺と嬢ちゃんでケルピーを片づけるぞ。俺は先にケルピーと戦ってヘイトを集中させる。」
「分かりました、清水さん達が戻るまで村雨さんにケルピーはお任せします。瀧見さんもケルピーの所へ行って村雨さんのフォローをお願いします。」
「ああ、分かったよ!」
村雨の話を聞いた鮫島は、回復中の三人と入口が戻るまでケルピーを村雨が引き付け、瀧見がフォローをする事を伝えると、村雨は『聖なる青い剣』に己の血を送る事で深紅に染まった剣を上段に構えケルピーへ向かって行く。
エスタークで対戦経験のある村雨はケルピーの攻撃パターンをおおよそ理解していて、先程繰り出した水の大砲は大技で、再び繰り出すまで時間が掛かるのを知っている。
再び水の大砲を繰り出すまでは、前足を使う肉弾攻撃と目から発せられるビーム状の水の攻撃が来ると予想する村雨は接近戦に備え自身の剣の強度を上げていて、予想通り繰り出されたケルピーの前足での攻撃を受け止めながら水属性の魔法ウォーターボールで攻撃し、それに連動するかのように瀧見も攻撃魔法を繰り出す見事な連携ぶりを見せる。
だが、二体のボスクラスに対し前衛三人を欠いたパーティーでは今の戦局を維持するのが精一杯で、戦闘配分を管理する鮫島は徐々に減りつつある戦闘配分を確認しながら、現状を皆に伝えるべきなのか悩む。
『最強の番人』と言われるゲートキーパーに対して上杉とリシタニアのみの対応になっている現状は、ゲートキーパーの攻撃をかわしながら攻撃を加える事が出来ているが、それはあくまで上杉の『神速』とリシタニアの『大嵐の太刀』だからこそで、それを使えなくなった時戦況は一気にひっくり返り、その一撃を食らえば現状の戦闘配分では二人の生死に関わる。
ケルピーと対峙する村雨と瀧見も同様で、村雨の血と瀧見の魔力が尽きれば現状の戦闘配分では危険を伴い、その均衡も時間にすれば思ったより長くない時間である事は鮫島以外のメンバーも知る事実である。
その状況で鮫島は助太刀としてどちらへ行くべきかを悩むが、考えた抜き導き出した答えに辿り着くまでにはそれ程時間が掛からなかった。
鮫島は管制役として統率をする存在だからこそ答えを知っている。
清水達が復帰するまでに、このメンバーでは二体のボスクラスを抑える事が出来ない事を。
「村雨さん、瀧見さん!ケルピーから離れて下さい。上杉君とリシタニアも離れて!」
意を決した表情の鮫島は、二体のモンスターと対峙するメンバーに撤退を指示する。
それは、戦闘配分が設定した閾値以下になった事を示した事だと理解し、その事をある程度予想出来ていた上杉達は鮫島の指示通りモンスターとの距離を取るが、その予想と反し鮫島一人が二体のモンスターのヘイトを一手に請け負うかのように前衛に立つと、両手から一枚ずつ召喚を行う術紙を広げ詠唱を始めると、そこから現れた従者は四大従者と呼ばれるうちの二体であるリヴァイアサンとウロボロスが姿を現す。
「鮫島、一体何をするつもりなんだ!」
「上杉君も知っている筈よ、このままでは清水さん達が戻って来るまで耐えられない事を。・・・だけど、それを可能にする事が出来るのは私しか居ない事も・・・。」
二体の巨大な従者を従えるように前を向く鮫島に上杉が叫ぶと、今の結果は皆が既に知っている未来であり、それを打ち破る事が出来るのは自分しかいないと鮫島は話した後、リヴァイアサンを召喚した術紙に鮫島が一文字を加えると、本来の力を取り戻すリヴァイアサンが鋭い目で上杉を睨みつける。
「オマエも分かっている事だろう。リレイズの高速詠唱を破れるのは龍神が持つ『神速』のみだと。ならば、彼女の行動がこれからの未来の為だと思い、オマエがその意思を受け継ぐのだ。」
「・・・鮫島。」
「行って!この先の扉を抜ければリレイズは居る筈よ。・・・ここは私が止めて見せる!」
リレイズで四大従者を従えるプレイヤーは数える程しか存在しなく、それを二体も持つプレイヤーは鮫島しかおらず、彼女は現状の召喚士としては『軍師』菊池を抜く歴代最強の召喚士であるが、菊池ですら二体同時の召喚は多大な負荷を要するそれを四大従者で行っている鮫島の負荷は想像を絶する事を上杉は即座に理解する。
だが、リレイズと対等出来るのは上杉の持つ龍神の血である『神速』である事を知る鮫島は、この場で撤退を選ぶのであれば、自身を盾にする事で上杉を次の階層へ進ませる事が出来る方法を選んだ鮫島は、その事を上杉へ告げるリヴァイアサンと共に上杉へ叫ぶ。
「上杉!こっちは俺達に任せておけ。東達が戻る迄の間だ、なんとかなる!」
「私も出来る限り戦闘の協力をする!だからお前はリレイズを倒してくれ!」
「村雨、下山・・・。」
「上杉君、大丈夫。私達はそう簡単に負ける事は無いわ!」
「ここは私達に任せて、そなたはその先へ進め。」
「鮫島・・・皆な。」
村雨と下山に押されるように進み始める上杉の為にウロボロスをゲートキーパーへ仕向け戦闘を行う事で、その先にある塔への入口へ上杉を辿りつかせる事に成功した鮫島は上杉に話しかける。
だが、回復役として存在した鮫島が全ての能力を攻撃へ向けた事で、その時の戦闘配分は既に20%を切っている事は戦闘を管制する鮫島にしか知らされない事実であり、万が一ゲートキーパーの広範囲攻撃かケルピーの水泡を食らえば鮫島達は全滅する極めて危険な状況であった。
リレイズを目指す上杉と、二体の強大なモンスターと対峙する鮫島達のダークゲート最後の戦いが、今始まろうとしていた。




