第四十二話 ダークゲートの迷宮 Floor:6
ダークゲートの迷宮を探索する上杉達は、ついに中盤に差し掛かる六階層に到達した。
六階層は今までと違い暗く冷たい道が続く寂しい迷宮で、魔術士の魔法が使える村雨と瀧見が暗闇を照らす魔法『サーチライト』を使い、先頭を行く下山の進路先を照らす。
六階層のモンスターは暗闇を好むダーク系のモンスターが多く、吸血バットやフランケンなどの闇を好みそうなモンスターが上杉達に覆い掛かるが、リレイズ内でもトップクラスの実力を持ち『ムフタール』の資格を持つ前衛部隊である清水・上杉・リシタニアの手に掛かれば手こずる迄もなく、清水の炎竜派の攻撃で吸血バットをなぎ倒し、上杉とリシタニアが繰り出す高速の剣がフランケンの体を斬り裂いて行く。
「ここも行き止まりか・・・。」
そんな上杉達が現在直面している問題は迷宮攻略で、幾つかのルートをマーキングしながら進む先はいつも行き止まりで、何回目であろう下山の呟くそのセリフに少し疲れが見える訳は、今回のような行き止まりに着くのは既に数えるのを嫌になるくらいの回数を数えている事で、今辿り着いた行き止まりで上杉達の進路はこの先にある道のみとなっていた。
「これで全ての道を探索したけど、残りはこの道のみとなった訳だな。」
「うーん、さっきまでは罠は無かったけど、さすがにこの道は危険な感じがするねぇ。」
「確かにその可能性はあるだろうけど、私も一応手探りで壁と床は確認しているが、今の所トラップが発動しそうなスイッチ的な感触は一向に感じられない。まだ時期早々かも知れないがこのエリアにはトラップは無いのかも知れない。」
最後の道となる先を見つめる村雨が口を開くと、不安そうな表情な清水がトラップの危険を危惧する事に対し、壁を確かめる下山はこのエリアにトラップのある可能性は低い事を話す。
盗賊のトラップ解除の方法の中で壁の感触を確かめながら行なう方法があり、下山はその感度が他の盗賊達に比べて圧倒的に高く、それは下山が現実世界で行なっている職業に影響されていると本人は自覚している。
下山の現実世界での職業は工業製品の作業員であったが、その作業は神業的な精度が必要な作業が多く、己の手の感触を頼りにミクロの世界を削り取る作業を日常的に行なっていて、常に神経を使う仕事に疲れ果てていた下山は、ある日深夜のTVで見たリレイズの広告に興味を持ち、気分転換程度の気持ちでこの世界へ入り込んだ。
最初に下山が選んだ職業はアサシンで、カシミールを拠点に暗殺のクエストを中心に活動していた時に村雨と対峙する事があり、その村雨の力を見て自身の力ではリレイズを生き抜く事は出来ないと実感し、自身が村雨に勝る分野は神経を使う細かい事と考えた下山は盗賊へ転職し再び村雨の前に姿を見せ、その実力を買った村雨は下山をエスタークへ招待した。
力では適わない、そう考えた下山は、己が完全に敗北したのでは無い事を証明する為に村雨のエスタークへ入り、彼の苦手分野である情報収集などのサポートなどの裏方業を行なう事で、村雨に無くてはならない依存的な存在になる事で己の勝利を掴む事を目指した。
結果的にはその転職は功を奏し、下山はリレイズ最強の盗賊として数々の栄誉を受ける実力を身に付けた自身でさえ掴めないトラップスイッチなど存在する筈が無いと自負する下山に対し、その結論を出す事は早過ぎると感じながらも、その実力を知る上杉や村雨はその意見に意義を唱える事は無かった。
それが、リレイズ最強の戦士に適わないと感じたあの日から下山が求めていたリレイズでの目標であり、その態度には多少の迷いは見えるが話す口調は自身に満ちている。
「・・・だが、トラップが無いと言う事は、リレイズのパターンとしちゃフロアのボスが強力ってのがお決まりだけどな。」
「確かにな。」
「リレイズのいる最強の迷宮なのだから、それは当然の事だろうな。」
下山の考える意見に村雨は頷き、この迷宮はリレイズ最後の迷宮である事を話す小沢はその事は当然だと話すが、それでも常に緊張感は失わずトラップを確認しながら慎重に進む下山達の目の前に、分厚そうな鉄板で作られた二枚の巨大な扉が現れる。
その扉には巨大な文字が彫られていて、その文字は『玄』の漢字一文字が刻まれていて、その文字に反応したのは先頭を進んでいた下山だった。
「・・・これは、多分この先には幻獣の『玄武』が居るかも知れないな。」
「『玄武』って『四天王を倒せ』のクエストで出るヤツだろ?」
「門に刻まれる文字から、この先にはヤツが居ると考える方が良いだろう。」
「確かに、ウロボロスが居るくらいだから別に驚きはしないが、このメンバーで玄武を倒すとなると結構厳しいだろうな。」
その文字を見て先に居るのは玄武だと話した下山に、一度は否定的な口調で話した村雨は四階層で現れたウロボロスの存在を思い出し納得したが、玄武との戦いになれば今のメンバーでは戦局は厳しいと続けて話す。
リレイズで『四天王』と呼ばれる存在である玄武は、配布された中で最強難易度を誇るクエストの中のモンスターで、総合的な実力は四天王の中では一番下に位置していたが、村雨はエスタークでこのクエストに望み玄武と交戦した経験があったが、それでも数回の全滅を経験して討伐した経由を思い出している。
上杉も玄武の実力は知っているが、カシミールで戦ったリヴァイアサンとの経験から、己の体自身がリレイズの世界へ転移した事でゲームの頃よりも己の指示通り動く肉体は、リレイズ同様の力を持つ体と合わせ以前よりも俊敏さと力強さを兼ね備えていると考えていて、扉の前で立ち止まる下山達に向かい話す。
「俺はこの世界になってからリヴァイアサンと交戦してから、ある手応えを感じているんだ。それは皆も同様に感じているかも知れないけど、俺達はこの世界に体ごと転移された事で、以前よりリレイズの世界に対して器用に対応出来るようになったと思うんだ。」
「どう言う事なの、上杉君?」
「つまり、ゲームの時と違って作戦や行動が前と比べて更に詳細に出来ている事なんだ。例えばゲームの時では出来なかった微妙な陣形の取り方や攻撃や回避方法など、俺達の工夫次第でこの世界はゲームの時の常識を覆す事が出来て、それは『バウンダリー(境界)の破壊』に対するメリットの部分である筈なんだ。」
当時、リヴァイアサンとの対戦を選んだ上杉に木村はそれを強く反対したのは、リヴァイアサンはムルティプルパーティー以上のメンバーで全滅を繰り返しながら攻略する事を知るからであったが、確信はなかったが僅かに感じていたその可能性に賭けた上杉は戦闘を選び、結果的には話し合いでの契約となったが、一時期は僅か三人のメンバーでリヴァイアサンを討伐寸前まで追い込んでいる。
その経験から上杉は、『バウンダリー(境界)の破壊』により生身の体でリレイズを経験するプレイヤー達は、工夫次第でゲーム時代の常識を打ち破る事が出来ると考え、それは新魔法の開発と同様に『バウンダリー(境界)破壊』による影響であるメリットの分だと指摘する。
「それは賛同出来る部分ではあるが、上杉もリヴァイアサンを討伐した訳ではないからな。四天王の玄武と言えば、実力は四大従者に匹敵する実力の持ち主だから一筋縄では行かないのは間違いない。」
上杉の話しに共感する下山だったが、結局は討伐出来なかった部分に少なからず不安を持ちながら話をするその二人の会話の横で、東は何か思い詰めた表情をしながら二人の話を聞き続けていた。
「まっ、結局はこの先を進まなきゃ次の階層へは行けないんだから前進あるのみだよ!」
「ああ、そうだな。取り敢えずこの先が玄武である事を想定した陣形を決める。」
「よっ!待ってましたぁ。」
重たい雰囲気をかき消すかのような張りのある声で話す東の一言に下山は頷き、この先に居る可能性の高い玄武と対戦する陣形を決める事を話すと、拍手喝采で迎える清水に苦い表情を見せながら下山は作戦を伝える。
下山が考える陣形は、腕力は四天王一の玄武に対して前衛は壁となる東と力技の竜派である小沢・清水で対応し、その後方に配置する上杉・村雨・リシタニアが攻撃を行う事で玄武の注意を拡散させ東への攻撃を最小限に抑えつつ前衛の壁は常に作るようにし、後衛は従来通り入口と鮫島が回復役として配置される。
「入口、魔力の残量はどうだ?」
「全体回復魔法は限りが出そうだけど、だからと言って魔力回復するには時間が掛かるから出来る限りは対応するよ。」
「そうだな。じゃぁ、鮫島さんはトレントの召喚や補助系の召喚を重点的に使ってくれ。玄武は硬い甲羅で覆われた亀の幻獣だから魔術での攻撃より直接的な攻撃が有効だから、瀧見さんも同様に今回は補助系に回ってくれ。」
「玄武が相手じゃ、あたしの出番はなさそうだからね。重力系の魔法で動きを止めるタイミングを探る事に専念するよ。」
下山は入口の魔力残量を確認すると、入口は完全には回復していないと話す。
リレイズでの魔力回復は休憩する事で回復し、その時間はプレイヤーによって変わってくるが、入口の使う全体回復魔法は魔力消費が多く回復に時間が要する事を聞いた下山は、鮫島に召喚獣での補助を指示し、戦闘陣形に居なかった瀧見に関しては魔法が効かない玄武相手の為、下山同様自由に行動する事を告げると、瀧見は直接攻撃になる重力系魔法で対応する事を話す。
陣形を確認し終えた上杉達は目の前にある重みのある扉を開くと、その先には数個の松明によって灯される部屋で思ったより暗さは無かったが、松明の照らす範囲外に僅かでも入る場所は先の見えない無の闇が広がっていて、その部屋の不気味さを一層増す役割を担っている。
その時、先頭に居た東目掛けて黒く長い影が襲い掛り、東は持っていた剣を地中に指し土竜派の技である浄土壁を繰り出しそれを受け止めると、照らされて見えるようになった土の壁に刺さるそれは一匹の蛇だったが、その蛇の尾は終わりが見えない程の長さがあり蛇の先は見えない闇にあった。
「これは、やっぱり玄武の『蛇の尾』だね。」
「玄武の蛇の尾はもう一匹ある筈だ。皆気をつけてくれ。」
受け止めた東がそれを玄武の持つ蛇の尾だと理解すると、下山は即座に玄武の蛇の尾はもう一匹いる事を皆に伝え警戒を呼びかける。
だが、もう一匹の蛇の尾が現れると、同時にその本体である玄武の姿も同時に現れ、灰色の亀の甲羅と体を持ち二匹の青い蛇の尾を持つ玄武が松明の光に照らされその全貌を現した。
「やっぱり玄武が出て来たか。」
「鮫島、コイツはリヴァイアサン同様に全滅を繰り返さないと倒せない強敵の部類だ。戦闘配分を30%まで上げて、それ以上は危険が伴うから撤退を指示してくれ。」
「分かったわ。東さんはそのまま一匹の蛇の尾を引き付けて清水さんはもう一匹の尾を狙って下さい。小沢さんは玄武への攻撃を、後衛はそのサポートをお願いします。」
上杉は戦闘管制役である鮫島にリヴァイアサン同様の実力を持つ玄武に対し戦闘配分を従来より上げる事を指示する。
戦闘配分は戦闘時のパーティーの体力や魔力の残量を指し、リレイズがゲームであった時は不死の体であった為10%程度にするのが普通であったが、死のリスクがあるこの世界になってから上杉はその配分を20%まで上げて戦闘を行なって来たが、リヴァイアサンや今回の玄武に対してはその配分ではリスクが高いと判断し、30%まで上げる事で死のリスクを回避しながら戦闘を行なう。
だが、実際にはその配分でも玄武の一撃を考慮すれば少ない配分で、実際に30%近くの状態で玄武の攻撃を受ければ死亡する可能性はかなり高いが、配分を上げ過ぎれば討伐のチャンスを失う可能性もまた高くなる。
そのギリギリの配分が30%であり、それはこの階層まで戦闘を続けた中でシュミレーションした結果で、上杉はそれを見極める能力が極めて高く、また鮫島はその配分を戦闘中に見極める力があった。
小沢が火炎斬を玄武の体に繰り出し、その反動で攻撃した蛇の尾を清水が『陽炎』の火柱を壁にして防御し、前衛が玄武の攻撃を受け止めた事で後方からは村雨達が連続攻撃を玄武に繰り出す。
『聖なる青い剣』から繰り出される硬度を増した大量の血の雫が鉄砲の嵐のように玄武へ降り注ぎ、同時に上杉とリシタニアが玄武に向けて第二攻撃を繰り出すと、玄武は即座に蛇の尾を戻しヘイトを集めた上杉とリシタニア目掛けて蛇の尾を放つが、先程と違いその速度は明らかに遅くなっている事に気付き、その攻撃を避ける二人に瀧見が話す。
「そいつに重力魔法を掛けたから速度低下程度であれば効果が出てる筈だよ。」
「あの甲羅を貫けるのは清水の力だけだ。任せるぞ。」
「はいよぉ!」
「待って!何か仕掛けて来ます。」
瀧見の重力魔法により動きの遅くなった玄武に対し、あの頑丈な甲羅を貫ける力を持つのは清水だけだと話す上杉に清水は返事をし攻撃を仕掛けようとした時、玄武の様子から察知した鮫島から玄武の攻撃の予感を告げられる。
次の瞬間、玄武は高速で回転し瀧見の重力魔法から開放されると、その回転を維持したまま先頭に立っていた上杉達へ襲い掛かりその強固な体に弾かれ、前衛に居た上杉・リシタニア・清水はフロアの壁へ激しく投げ飛ばされる。
壁に激突し起き上がれない程のダメージを受けた上杉達に入口は回復魔法を掛け、玄武へのヘイトを集める為に再び東は玄武へ向かって行くが、連携が崩れた現状では玄武に決定的なダメージを与えられぬままで、ヘイトを集めた順番に玄武の必殺技の餌食になるしかない状態になっていた。
「・・・まずいな。嬢ちゃん、今の戦闘配分はどのくらいだ。」
「今は42%ですが、決定打を与えられる清水さんが回復しない今だとそれ以下です。」
「さすがに玄武となると同じ戦士でも東の力じゃ少しばかり足んねぇって訳か。」
同じ戦士である東もリレイズではトップクラスの実力者ではあるが、本来であればこのパーティーの人数以上で戦わなければならない今の戦闘では戦士が少な過ぎる為、現状では個々の力のみが頼りになる事になり戦士で最強と言われる清水の力でしか玄武に勝てないが、その清水が回復中となると決定打が打てず、鮫島は自身の考える戦闘配分は予想より大幅に落ちると話す。
「・・・それを承知で挑んだ戦いだろ?だったらアタイが清水の回復まで壁を作るまでだよ!」
防御力では戦士最強と言われる東は玄武の攻撃を受けた直後でも即座に立ち上がり、再び壁として玄武の前に立ちはだかりながら叫ぶ。
東にとって、戦士として敵にとどめを刺せない遣る瀬無さも確かにあったが、最強の盾として出来る事をするまでと決心する尾東は、このピンチを救える人物である清水が回復するまで自身が壁となり現状の戦闘配分を守る必要が自分にあると自負していた。
現実世界での東は芸術家を目指す学生でしかなく、戦士を選んだ理由も特に意味があった訳ではない。
そんな東にとって、先程語った上杉の『バウンダリー(境界)の破壊』によるメリットは逆にデメリットとなっていて、そのデメリットは当初微塵も感じない程であったが、四天王と呼ばれる程のモンスターとの戦闘となった今はそれが顕著に現れ出し、ゲーム時代の才能だけで戦っていた東の力は生身の体になった事で、その実力はゲーム時代と比べて低下していた事に自身も気付き始めていた。
その現象は上杉と真逆のパターンとなり、元々剣士としての実力を備えていた上杉は侍になる事で圧倒的な力を手に入れる事が出来たが、東は逆に何も特技の無い現実世界の体に戻った事で特徴を無くしつつあるプレイヤーとなっていて、その事を一番知っているのは己自身であり、運動や戦略の才を持たない東にとって『バウンダリー(境界)の破壊』は己の運命を狂わせる程の影響を与えていた。
「悔しいがアタイには力が無さ過ぎる・・・。だけど、仲間の為に壁となって次へ繋げる事は出来る!」
「東、どう言うつもりだ!一旦体勢を立て直すぞ。」
「ここまでキャンプエリアの無い迷宮でのそれは、また一からやり直しになる。その時間のロスは今後の世界に大きく影響する。それはアンタにだって分かっている筈だろ、下山。」
何かを決心したような硬い表情の東が、玄武の前へ立ちヘイトを一身に受けながら浄土壁で蛇の尾を受け止める姿に下山が一旦引く事を話すと、キャンプポイントが無くリムーブポイントが使えないダークゲートでの引き返しは探索のやり直しを意味し、他の階層のボスが再び現れる可能性も考えられ、時間ロスは膨大になる。
鮫島 春樹の話を聞いた後でのそれは、この世界を破滅に向かわせる可能性が上がる事を意味すると東は話す。
東はヘイトを全て受ける為、浄土壁で自身と玄武の周りを囲み、その中から激しい金属音が当たる音しか外からは聞こえず、中の戦況も見えない状態となる。
「東!無理はするな、俺達も加勢する!」
「村雨、アンタはこの相手ではダメージを与えられないのは前回の戦いで知っている筈だろ。だからここはアタイに任せ・・・っ!」
戦士で最強と謳われる村雨も力では東よりも低く、それは以前に玄武と戦った時に証明されていて、いくら村雨でも四天王で一番の力を持つ玄武に対しては一人ではどうしようもなく、それはパーティーで戦うゲームとしては当然と言える仕様であった。
村雨の心配を吹き飛ばすように虚勢を張って話す東だったが、玄武の攻撃に次第に遅れを摂り始めかわしていたであろう金属音が次第に少なくなり、肉体に当たる鈍い音が増えつつある。
何も出来ず立ち竦む村雨達の前に突如先頭に立ったのは瀧見で、彼女は両手を地面に叩きつけるとその周りは轟音を立て沈みだすと深いクレーターを作りだし、中で鳴っていた攻撃の音が突然止みだした。
「東!今あたしの重力操作の魔法を掛けているけど、あんたには直接被害は行っていないように調節してある。動けるなら今の内に突破口を開いてくれ!」
「瀧見・・・、分かった。取り敢えず動けるから大丈夫だ!」
「この方法で繰り出す魔法は消費量がハンパないから短時間しか使用出来ない。これを出している内に!」
瀧見が繰り出した魔法は今までと違い重力魔法を発動するエリアを選択できる魔法で、ただ今までの魔法と比べコントロールをする影響で魔力の消費が多く永続は短期間しか出来ない事を話す。
その魔法を使う事で己の魔力を枯渇しまう恐れがあるにも関わらず、瀧見はその奥の手を使い東に突破口を見出させるチャンスを与えた事に後ろに居た村雨は驚きの表情で瀧見を見つめていた。
他人の為に自分を犠牲にする事は並大抵の決意では出来ない事は村雨自身も良く知っているが、それを使う決断力は無かったと家族を捨てた事を思い出した村雨は痛く痛感し、それをまだ若干十代の少女が目の前で行なう姿に心の隅にあって今まで気付けなかった感情が突如あふれ出す。
家族を守りたい。
たった一つしかない自分の掛け替えのない家族を・・・。
今更そんな事を思い出しても遅い事は知っている。
だが、魔力の無くなった魔術士は盗賊以上に使えず危うい存在になる事を知っている筈の少女の捨て身の覚悟で仲間を守りたいと思う気持ちに、村雨はその感情を抑える事は出来なかった。
共に戦う仲間を救いたい。
村雨の心は今、その気持ちが全てを支配していた。
瀧見の全魔力を注がれ動きが止まっている玄武に対し、突破口が見出せず焦る東の横から村雨の叫びが聞こえる。
「東!浄土壁を解け!」
突然の叫びに驚いた東は村雨の勢いに押され浄土壁を解くと、東の目の前で金縛りに合う玄武との間に現れた村雨は、『聖なる青い剣』を自身の胸に刺すと、その胸からは大量の血が流れ出す。
「村雨!」
「初めて見るヤツはやっぱり驚くよな・・・。東、『聖なる青い剣』の栄養源は知っているよな?」
「ち、血だろ?」
「・・・そうだ、その血を大量に剣に送り込めば一時的ではあるが妖魔の剣よりも強度を持つ最強の剣に変わる。妖魔の剣で貫けなくてもこの剣を使えば、・・・玄武の体を突き抜ける筈・・・だ。」
意識が遠くなるのを堪えるように話す村雨は、流れ出す血を全て吸収した真紅の剣を東の手に渡す。
「村雨・・・。」
「行けよ。この方法の最大の欠点は、俺がその剣を使えねぇ事だ。後は任せた・・・。この技はまだ使った事のなかった技だが、お前達に教えてもらった仲間を信じる気持ちにオジサンも乗っかって見たくな・・・て・・・な・・・。」
「ダメだ!魔力が底をつく!」
倒れ込む村雨から渡された剣を持ち玄武を見つめた東は、瀧見の魔力が尽き魔法が解除された事で再び攻撃を繰り出す玄武に向かい走り出す。
一本目の蛇の尾を避ける東に速攻で襲い掛かる二匹目の蛇の尾が東に襲い掛かろうとした時、炎の剣を持つ小沢がその尾に切りかかる。
「蛇の尾は任せろ!東はその剣でヤツに向かえ!」
二匹の蛇の尾を相手する小沢を背に、東は玄武目掛けて再び走り出し玄武の灰色の頭部に差し掛かかった時、玄武の首が伸びその顔が東目掛けて遅い掛かかるが、辺りに異様な冷気が漂う気配を感じた瞬間、玄武は凍り付くように首の動きを止める。
「私もその状況を黙って見ていられる程冷酷な人間ではありません。魔力消費より仲間を守ります。」
玄武の後ろに居たのは鮫島が四階層で従者にしたウロボロスで、ウロボロスが放つ強烈な冷気は玄武の頭部を凍らせ、冷静沈着のイメージのあった鮫島がいつもと違い熱い口調で話す。
再び玄武を睨みつける東は、村雨から受け取った『聖なる青い剣』を振り上げ玄武の頭部目掛けて振り抜くと、真紅に染まる最強の強度を持った青い剣は玄武の頭部を捉え、剣が地面に着くと同時に血飛沫を出し頭部は地面に着地した。
「やった・・・のか?あっ!村雨!」
首を落とした事で手応えを感じた東は玄武の状況を気にするが、それよりも重大な事を即座に思い出し、東はこの剣を与えた村雨を探し倒れる村雨に駆け寄る。
「村雨!」
「・・・フン、心配するな。嬢ちゃんのトレントで回復してもらってるから死にはしねーよ。」
「アンタ・・・、既にそこまで見越して・・・。」
「まぁ、だが瀧見の魔力は枯渇しちまったし、貴重な回復役の嬢ちゃんの魔力を著しく消耗しちまったがな。」
大量の血の跡が残る床の上で寝そべる村雨の様態に安堵の表情を見せた東に、村雨はこの技を繰り出す為に鮫島の回復従者を出す話を既に話していた事で致命傷は免れたが、今回の戦闘の代償は瀧見の魔力枯渇とウロボロスを召喚した事で回復役である鮫島の魔力を著しく消費した事だと話す。
治療中の上杉・清水・リシタニアの治療と瀧見の魔力回復の為にこの場所で数日キャンプを張る事になったが、撤退をした場合のリスクを考えると東の選択は決して間違っていなかった。
メンバーの体力と魔力がほぼ回復した二日後、下山達は再び迷宮探索を再会させる為、七階層の階段を上る。




