第四十一話 ダークゲートの迷宮 Floor:5
四階層のトラップに嵌り三階層と四階層の中間と思われる場所へ移動させられた下山達は、業火の炎が続いた四階層と違い、冷たい黒い壁が続く暗い迷宮のトラップを確認しながら進む。
下山のトラップ解除の相棒を勤めていた上杉に代わり村雨がその業務を行なっていて、元々エスタークでのトラップ探索はこの組み合わせで行なっていた為コンビネーションに問題は無く、先程と変わりない小刻みの良いテンポでフロアのトラップの確認を順調に行ないながら村雨は話し始める。
「上へ戻る方法は見つからなそうだな。」
「まさか二重のトラップがあるなんてなぁ・・・、私とした事がしくじったよ。」
「だが、そのお陰で上杉達は無事進む事は出来た。結果オーライだが、それは迷宮を進む為には大事な事じゃねぇか?」
「確かにな。命あっての事だ、それだけはラッキーだったよ。」
罠に嵌れば命は無い。
盗賊として生きる下山にとって、それは仕事をこなす上で最も重要な事であった為、今回の失敗は自身にとって恥じる事だと感じていて落ち込みがちに下山は話したが、村雨の命あっての結果オーライなセリフに、下山は少しハニカミながら村雨の話したセリフを繰り返し答える。
幾つか存在するトラップにこのフロアも立派な迷宮として機能している物だと下山は考え、今までの迷宮で落とし穴の罠の先にこれ程までの迷宮を用意するなど存在しなかったし、それがリレイズ最強の迷宮だとしても罠であれば既にプレイヤーが回避不能な程の絶望的なトラップを用意する筈で、いまだに行き止まりすら無く枝分かれする迷宮に困惑しながら進む下山達の突然視界が開けると目の前に広大に広がる広場に辿り着き、その様子を見た小沢が口を開く。
「こう言った場所は、大抵そういった場所になる為に出来ているんだよな。」
「そうみたいだぜ、目の前に何か居るな。」
「東、前へ出て敵の攻撃に備えてくれ。小沢と村雨で東の攻撃サポートを、入口は全体サポートを。」
小沢が話した直後に僅かな気配を感じた村雨は小沢の意見に賛成すると、下山は即座に戦闘態勢を取る為に東を前衛へ移動させ、その先にいるかも知れない敵の攻撃に備えると、四足歩行動物特有の静かに接地する歩行の音が聞こえ、やがてその姿が確認出来る距離までに現れる。
その姿は二つの首を持つ犬の化身『ガルム』で、ガルムが即座に繰り出した右前足の攻撃に、前衛で構える東が突進し剣を使い攻撃を受け止めたが、ガルムは東に抑えられた片足に力を入れたままもう片方の足を振り上げ第二攻撃を仕掛けようとした時、村雨は『聖なる青い剣』に血を送り剣の硬度を上げ駆け寄りその攻撃を受け止める。
「コイツ、結構力があるな。アタイの剣だと強度が足りないかも知れないね。」
「俺がブローを掛けるから、それで何とか持ちこたえろ。」
ガルムの攻撃を抑える剣がその力に負けそうになる事を話す東に、村雨は攻撃補助魔法であるブローを掛ける事で剣の強度を上げガルムの攻撃に耐える事を指示するが次第にその均衡は崩れ出し、東の力に勝ったガルムの右足は東を押し潰しに掛かると、東は方ひざをフロアに着き始めその姿が徐々に見えなくなる。
「東、無理はするな!一旦引け!」
「ここまで来たらもう抜けだせないよ!」
「待ってろ!力技であれば炎竜派の方が強い筈だ。」
押され始める東に村雨は引くように指示するが上から押さえられている東は既に脱出不可能な事を話すと、小沢が東の所へ向かい走り出し剣に魔法を込め炎竜派の技である『火炎斬』を繰り出しガルムの注意を引き付けると、ガルムが小沢へ注意が行き東と村雨へ向けていた力が分散された事で二人はガルムの攻撃から抜け出し、小沢が繰り出した火炎斬がガルムの手前の床を破壊した事によって飛び散った床の破片を二人は隠れ蓑にして攻撃のタイミングを計りながらガルムの様子を観察していた時、小沢は何かを思ったのかガルムの注意力を拡散させる為に飛び回る村雨に話しかける。
「村雨、広範囲攻撃は可能か?」
「今コイツのヘイトはお前達にも向いているから、多少なら血の分散は可能だ。」
「さっきの攻撃で私に思う所がある、小粒でいいから手数の多い攻撃を出してくれ。私はそれに合わせて本体へ攻撃をするから、東は私に続いて土竜派の技で攻撃してくれ。」
「ああ、分かったよ。」
「下山、ここは私に任せて貰っていいか?」
「ああ、後衛回復は入口からすぐに出させる。考えがあるんなら行ってくれ!」
小沢は村雨に広範囲攻撃を指示し下山へ作戦決行の話をすると、すぐ後ろから追走する東と共にガルム目掛けて突進すると、小沢は先程同様に剣に火炎魔法を込め炎竜派の技を繰り出す。
その攻撃とほぼ同時に村雨は『聖なる青い剣』から血を拡散させると、細かくなった硬度の高い血の結晶がガルム目掛けて襲い掛かり、ガルムの目の前で突然弾けるように飛び散ったその攻撃に驚き身を捻り、我に返り再び体を戻したガルムの目の前には剣を振り上げる小沢がいる。
剣を振り下ろす小沢に気付いたガルムは即座に体を強張らせると、ガルムの体は石のように硬くなり小沢の振り下ろした剣は金属がぶつかり合うかのような甲高い音を立て弾く。
ガルムの正体は岩の体を持つ犬の化身で、先程小沢の繰り出した火炎斬はガルムの体に直接は触れていなかったが、目の前で飛び散った岩の破片は少なからず当たっていた筈だがガルムの体には傷が一つもつかなかった。
だが小沢はその状況を目の前で見た時にガルムの属性を既に理解していたが、それと同時にガルムに致命傷を与える可能性のある弱点も同時に見つけ出していた。
小沢が予想するガルムの属性は『土』。
そして、このメンバーにはそれに対し適任者がいた事を小沢は見逃しておらず、それは小沢の後ろを追走していた東で、彼女は土竜派の使い手であり、それは同時にガルムの同属性としてダメージを与える人物として最も適した人物である。
小沢の魔法剣が硬度の高いガルムの体に弾き返され小沢がガルムのヘイトを全て受け持ったその時、後ろから追走していた東がフロアに剣を接地させたまま引きずるようにしてガルムへ向かって来る。
「東、今だ!」
「もらった!」
東が剣を突き出したフロアから成型された鋭利な岩が突如現れると、その岩はガルムの腹部を突き、小沢の攻撃でさえ貫く事が出来なかったガムルの体に突き刺さる。
土竜派は、剛の炎竜派、操作系の水竜派、素早さの風竜派と呼ばれる、それぞれ特殊な特性を持つ竜派の中で『同化』の特性を持つ。
土竜派の同化とは、同じ土を含む物であればそれを利用し別形に成型したりする事が可能で、今、東が繰り出した技はフロアに剣を突き刺す事でフロア内にある土の物質を鋭利な岩に成型し、ガルムの物質と同じなったそれは、ガルムの硬度を増していた腹部を貫く。
「思った通りだ。ガルムの属性は『土』で、あの硬度は己の体を硬化させている技だから、同じ属性の東の土竜派の同化技であれば攻撃可能だ。」
「なるほどね。それじゃ、アタイのとっておきの技でやっつけちゃおうかね!」
この場所には不釣合いな赤いタンクトップ姿の東は、いつもの陽気そうな口調でフロアに刺さる剣を抜き突き出すように構えると、黒いショートへアを風に靡かせ一瞬にしてトップスピードに達した突進でガルム目掛けて襲い掛かり、痛みに耐えられずに吼えるガルムの目の前にその剣を突き出す。
「土竜派奥義『浸食』」
東が突き出した剣が岩のようになったガルムの背中を捉えると、その剣はガルムの背中にめり込み吸収されて行く。
東が放った技は土竜派の技で、相手の土と同化する事でその物体内に進入する事が出来、以前シャーラでの戦闘でリシタニアに使った浄土壁とは違い、この技はどんな物でも土と同様の物質に変化させ土の物質をすり抜ける。
東は、自身の剣を土の物質に変化させガルムの岩のような皮膚を突き抜け、内部に潜入した事を確認した後その剣を即座に元の形に戻すと、ガルムの内部に突如現れた剣はガルムの体内から破壊を始め、その攻撃にガルムは悲鳴を上げ、やがて岩の隙間から無数の血が噴き出しガルムは意識を失い無造作に倒れ込み、やがてガルムを覆っていた岩が消え死体となったガルムの背中には深く刺さった東のが現れる。
「小沢、あの一瞬でよく相手の属性が分かったな。」
「火炎斬で攻撃した時、飛び散った岩の破片がガルムの体に吸収されるのを見たのと、あの防御技で確信は得たからな。」
「さすが『闇奉行』の小沢って所だね。」
「私なんてまだまだだ・・・。エスタークのお前達に比べたらな。」
小沢の洞察力に感心する下山に答える小沢に対し、その硬い返事と真面目さがその洞察力を生んだ事を感じる東は小沢に声を掛けるが、小沢はいつも通りの口調で返すその言葉は、謙虚に溢れる言葉だった。
現実世界ではアイリスを神と拝むアイリス教徒であるが、リレイズでのアイリスの行動や思想はアイリスの神の教えを背くと考え自らアイリスから距離を取り孤独な生活を送っていた。
最初は川上に強引に引き込まれるように入ったサイレンスに不貞腐れる時もあったが、上杉達のリレイズに対する情熱や純粋にゲームを楽しむ姿勢とその思想に心を惹かれ、エスタークのメンバーと活動する今も他のプレイヤーの思想を見るのが楽しみな小沢は、以前と違いパーティーとしての行動に険悪感を持たなくなった。
だが、小沢にここまで影響を与えた人物が、奇しくもこのリレイズに住むキャラクターであったリシタニアで、彼女との出会いがなければ、この世界になってからの自分はリレイザーと化し、この不穏な世界を彷徨い続けていただろうと小沢は思っている。
自身が考える理想の世界を気付く為、悪い噂を立てるプレイヤーやキャラクターを成敗する『闇奉行』としてアイリスでは有名人になり、アイリス国からは警戒される存在でもあった小沢が、これ程までに仲間と協力して戦闘をする事には慣れていない筈だが、元々小沢が持つ優れた洞察力は、今回のガルムの属性を見極める事が出来、それはパーティーでの戦闘で敵の弱点を性格に見極め攻撃を支持出来る強力な武器となり、それが慣れないパーティー戦闘に即座に対応出来た理由でもあり、今まで一人で戦って来た小沢にとってパーティーとは、自身の存在価値を再確認出来た場所でもあり、自身の力はまだまだ最強ではない事を再認識させられた場所でもあった。
ガルムを倒した下山達は、その先に続く迷宮を進み始める。
迷宮内のトラップは大した物はなく、下山の知りえる知識の中で対応可能な物で、村雨へマーキングを伝えながら順調に進めたが、薄々感じていた部分ではあった僅かながら感じていた勾配が突如顕著に現れ出した時、目の前に現れた階段を見て下山達は唖然とする。
それは恐らく次の六階層へ続く階段で、しかもその階段はさらに下の階層へも繋がる構造になっていて、実は四階層から階段に入ると四階層から六階層までは階段で直接繋がっている構造になっている事に気付く。
つまりそれは、落とし穴のトラップに嵌らなければ、ガルムを倒す必要なく五階層と六階層へアクセス出来る事を示唆していて、恐らくその階段を下りれば上杉達の居る四階層へ辿り着ける筈で、落とし穴に落ちたと思われた現象の実態は、上の階へ跳ばされるトラップによるペナルティで、通常であれば通過階でしかなかった五階層を攻略する必要が出る事であった。
それに気付いた下山はステータスブックのチャット機能で上杉達に連絡を送ると、戦闘中であったのか返事が来たのは暫く経った後で、そのチャットと共に下の階段から漏れて来るような強大な光が現れ、その後に地震のような轟音が響くと再び辺りに静寂が戻る。
やがてこの階を目指し進む何者かの足音が聞こえ始め、暫くし姿を現したのは、四階層で離れ離れになった上杉達のパーティーであった。
「下山!?落とし穴に落ちたのにお前達の方が早かったのか!?」
「ああ、どうやらそうらしいな。途中で気づいてはいたんだが、私達の進んで来た道は僅かだが緩やかに勾配があって、恐らく私達が居たのは三階層と四階層の中間なのは間違いなかったが、そこから徐々に上って来て気付かないうちに五階層へ入っていたんだろう。この階段の手前でガルフとも接触した。」
「四階層はウロボロスが出て来て鮫島が従者にしたから戦闘は避けられたけど、多分下山達が落ちたあの落とし穴は順路であって、俺達が進んだ道は隠し通路って事だったんじゃないかな。」
「ウロボロスか・・・。あのエリアに『青竜』が現れるなんて確かに隠し通路の可能性が高いな。」
正規の通路を進んで来たと思っていた自身より早く到着していた下山達の存在に驚きの表情をした上杉だったが、下山が話す推測と四階層で現れたウロボロスの件を統括すると、下山達が落ちた落とし穴は実は正規のルートで、四大従者である『青竜』ウロボロスがボスであった四階層は従者を手に入れる為のボーナスステージ的なルートであったのではないかと結論する。
結果論ではあったが鮫島がいる後発部隊がウロボロスと出会った事で四大従者を手に入れる事も出来、ダークゲートの中間層である五階層を抜けた上杉達は下山達と再び合流し、再びリレイズ攻略に向け進みだした。