第三十八話 ダークゲートの迷宮 Floor:1
ミリアから中央大陸へ戻り、アイリス経由で船でカシミールへ入りルートを辿り、上杉達はリレイズが居る『ダークゲート』へ辿り着く。
アイリスからの出港に全員が少し難色を示していたが、リシタニアの昔馴染みの人間の手助けで闇のルートを使いカシミールへ辿り着く事が出来た為、ロッテルダム経由でカシミールへ行くのと比べ倍以上の時間を短縮する事に成功した。
このメンバーでダークゲートを探索した事があるのは上杉だけであったが、その上杉でさえ全十フロアと言われる迷宮の入り口でしかない二階までしか行った事が無く、ムーブポイントを使っても二階入口からの探索になり、それは情報量が圧倒的に少ないダークゲートの攻略には時間が掛かる事を示していて、なおかつこの世界になりリセットの効かない体になった為無理も出来ないので、今まで以上の慎重さも求められる。
上杉はそれを重々承知していたが、回復職としては最強であるロードの木村を仲間に入れられなかった事に一物の不安を残す。
だが木村の話す川上の衰弱の件を無視する事は出来ず、最終的には彼女の信念に任せる事にし、川上と木村を除くサイレンスのメンバーと新たに加わった『ゲームマスター』の瀧見と、リレイズ最強の迷宮であるダークゲート攻略を目指す。
迷宮入口に近づいた時、その先に居る気配に気付いたリシタニアがサーベルを構え警戒すると、その気配はやがて影となり上杉達へ近づいて来るが警戒心は無く、立ち止まる仕草も見せず同じ歩幅と速度でゆっくり近づいて来ると、やがてその影が照らされ見えなかった姿が露になった時、上杉は驚きの表情で口を開く。
「村雨!」
「上杉、お前のチンケな回復魔法じゃ足りんだろう。俺達も参加してやろうか?」
上杉達の前に現れたのは村雨率いるエスタークのメンバーで、他にも戦士の東とヴィショップの入口と盗賊の下山の三人が上杉達を待っていたかのようにダークゲート入口にいて、村雨の横にいた下山が上杉の前に立ち話す。
「上杉、イスバールの木村からカシミール宛に連絡が来て大よその話は聞いている。川上抜きではダークゲート攻略は無理だ。迷宮攻略は川上程じゃないが力にはなれるから、私達のリーダーを助けた借りはここで返させて貰うよ。」
「アタイ達じゃ役不足かい、上杉?」
「・・・いや、凄い助かるよ!皆、協力してくれ。」
「ああ、この世界の為だ、一肌脱ごうじゃないか。」
イスバールへ戻った木村は、上杉達へ援軍を送る為にイスバールからカシミールへ伝令を送り、最強の助っ人になりうるエスタークへ協力依頼を出していて、シャーラでの借りがある村雨はそれを即答で引き受けカシミールからであれば数日で着くダークゲートへ先に着いて上杉達の到着を待っていたのだ。
エスタークの下山と言えば、盗賊の中でも戦闘も出来る最強のプレイヤーであり情報量や経験も川上よりも上のベテランで、回復魔法に定評のある入口の参加も合わせ、上杉にとっては最高の援軍である事には間違いなかった。
エスタークのメンバーが入った事でダークゲート攻略のメンバーは、上杉・鮫島・リシタニア・清水・小沢・瀧見・村雨・下山・東・入口の十人で挑む事になる。
だが、ダークゲート経験者の村雨もリムーブポイントの階層は上杉同様の二階層までであった為、全員の連携の確認も含めリムーブポイントを使用せず一階層から探索を行なう事になり、トラップ解除担当の下山を戦闘に上杉達はダークゲートの入口を進む。
下山が手探りで調べたポイントを上杉が地図に起こし記述していく方法はサイレンスで言えば川上と上杉の関係に近く、やり方は同等であった為二人の息もぴったりで、迷宮の内のトラップを順調に回避して行く。
「ヤツはトラップ解除ではリレイズでトップの実力を持つプレイヤーだ、その補佐役であればトラップ探索の手際の良さは流石だな。」
「でも下山の手際の良さも同じくらいだから、俺もタイミングよく動けるんだよ。」
「これ程の実力を持っていながら、ヤツは何故戦争の世界には現れなかったのか。これ程の実力ならもっとリレイズで有名になり人脈も増えた筈なのにな。」
川上の実力を知る下山は、今回コンビを組んだ川上の相棒である上杉の手際の良さを見て、戦場を赴かなかった川上がもし戦場を経験すれば今以上の名声と実力を手にしていた事を話すと、少し下を向いた上杉は言葉を選ぶようにゆっくりと話し出す。
「川上はリレイズを純粋に楽しみたかった、そういうヤツなんです。未知への冒険と凶悪なモンスターとの戦闘がアイツのリレイズであって、現実世界と変わらない憎み合いの戦争はアイツの思想には向いてなかったみたいです。」
「確かにそうかもな。私もこの世界になりシャーラでプレイヤーを殺めた時、己の周りに戦争が日常的にある現実の世界に来た事を感じた。今まではゲームとしか捉えていなかった戦争の世界が今はやけにリアルに感じる。」
「それこそが『バウンダリー(境界)の破壊』で、生身の体が現実世界を越えリレイズの世界へきた事でそれが現実となり、殺戮は現実世界の殺戮と同等になっているのが今の世界だから。」
「彼が『瞑目の薬』の副作用も恐れず敵に向かっていった思想は、この世界を変えたいが為の行為、だったのかも知れないな・・・。」
「だから俺達はここで『アングレアの書』を手に入れ、僅かな可能性を賭けて『バウンダリー(境界)の破壊』を止めなきゃならない。」
「そうだな。」
上杉の話しを聞き、下山は『バウンダリー(境界)の破壊』の影響で感じる不快さと、それを変えたいが為に命を賭けた川上の行為に今ならその気持ちが分かると感じていた。
一階層に現れるモンスターはそれ程強力ではないが、互いの連携を確認するには丁度良く上杉とリシタニアと東の前衛部隊が敵を引き付け、その後ろに控える広範囲攻撃が出来る村雨と清水と小沢で取りこぼしを片付け、魔術士とヴィショップの瀧見と入口でサポートを行い、全体の管制とサポートを鮫島が指示し下山も全体のサポートへ回る布陣で、日本人で作るリレイズのメンバーとしては最強のメンバー構成でもある今回の布陣は、いくらリレイズ最強の迷宮でも一階層の敵であれば前衛の活躍でほぼ片付いてしまうが、上杉はワザとモンスターを打ち逃したりし連携の確認は出来るように配慮していた。
前衛で戦う東がヘイトを上げ敵を引き付けると同時に上杉が『神速』を使い切り込むと、もう一人の前衛であるリシタニアも上杉程ではないが高速を駆使しサーベルを振り回し攻撃する。
その後ろの前衛の取りこぼしを拾う役の村雨は『聖なる青い剣』に血を送り拡散した広範囲攻撃を行い、清水は炎竜派奥義『陽炎』を使い火柱で敵を炎に包み、魔法を使うモンスターに対しては小沢の魔法剣と『属性吸収』を使い敵の攻撃を無効化する。
サポート約の入口は全体回復魔法を使い全体の回復を、魔術士の瀧見は属性強化や攻撃力増加の補助魔法を使い前衛のサポートを行なう。
瀧見の持つ魔術師最強の魔法『メテオスラッシュ』は空間の狭い迷宮では使えないのと、攻撃範囲が広く隕石の落下位置をコントロール出来ないデメリットがあり今回はサポート約に徹しているが、前衛の五人はリレイズではトップクラスの戦士職で『ムフタール』の資格をも持つ実力の為、強力な敵が現れない限り、魔力温存も含め瀧見は攻撃魔法を使わずにいる。
そしてこの戦闘を束ねるのは鮫島で、下山のサポートと合わせてメンバーに敵の位置から攻撃タイミングまでをきめ細かく指示し、その戦力は『策士』江や『軍師』菊池にも引けを取らない見事な戦略ぶりを見せ付けている。
「嬢ちゃんはさすがだな、このメンバーでの戦闘経験なんて殆ど無い筈なのに、この数日でほぼ全てを把握してらぁ。」
「アンタの所には勿体無い人材だな上杉!彼女エスタークにくれないかい。下山よりよっぽど頭がキレれるんじゃないかい。」
「東!聞こえているぞ!」
「鮫島ちゃんは私の友達なんだら、レンタルならいいけどねぇ。」
「ほら、そっちへ暇そうだからワイバーンを一体送るぞー。」
一階の主な出現モンスターはワイバーンで、天井が高いこの部屋ではワイバーンも優雅に飛び回る事が出来る為、前衛の上杉達も本気で敵を逃してしまう時があるが、後衛の会話を聞きながら上杉は暇つぶしにとワザとワイバーンの突撃を避け後ろの村雨達へ回す。
その日の探索を終え、上杉達はテントを張りキャンプを行なう。
ここはキャンプポイント違い敵の出現に備える為、時間交代で見張りを行なう。
夜の静けさは外の様子を知る事が出来ない迷宮の中でも感じれる事ができ、その静かなフロアに交代で見張りを行なう瀧見と村雨の姿があり、初対面である二人の会話は思ったよりも弾んでいる。
「まさか、リレイズのプログラム製作者が十六歳の少女だったとはなぁ。その年であのプログラムを作れるなんて、俺がお前と同じ年だった頃は女子を追っかけまわしていたけどな。」
「あたしが作った人工知能プログラムを見た鮫島 春樹がネット上から直接勧誘されたから、あたしの存在は限られた人間しか知らないし、鮫島 春樹にだって現実世界じゃ数える程しか会っていないよ。」
「十六か・・・、俺にもお前と同じ年の娘がいるがな。お前見たいな天才だったら一緒に仕事が出来る楽しさはあっただろうな。」
「あんたもプログラムの仕事をやってるんかい?なら環境はあるんだ、そうなるように育てればいいじゃないか。」
「まぁ、個人でだがな。だが俺にはあまり家庭は向かなかった。会社を守るのに精一杯で、本当に大切だった家族を守りきる事が出来なかった。娘がリレイズの世界にいる情報を得て俺もリレイズの世界へ入ったが、情報を仕入れる為に広げた人脈や名声が逆に邪魔になって四年経っても娘の手掛かりすら得ていない状態だ。」
「あたしは薄汚れた現実世界に愛想を尽かしてリレイザーになったけど、この世界になるまで人同士の繋がりの大切さや他人を思う気持ちに気付けなかった。まぁ、人間どこかしらに欠点があるから互いに共存して生きていく必要があるかも知れないね。」
「ハッハッハ!俺はこの世界になってお前と同じ年の娘に諭されたのは二度目だよ。お前の言う通り、あの時俺にもっと寛大さや余裕があれば、今でもそう思うよ・・・。」
瀧見がオズマン大地で木村達を見て感じた人への思いやりを話すと、村雨はシャーラで鮫島に諭されたあの時を思い出し、その事に恥ずかしさを感じながら笑ったが、二度戻す事の出来ない時計の針を感じながら後悔の念を漂わせながら言葉を閉める。
その姿を見ていた瀧見は、今まで会った事のない赤の他人に対し懐かしさと親近感を覚え、それは自身を捨てた父親の面影を村雨に重ね合わせている事に気づき、瀧見はその感情の矛先を村雨にぶつけそうになるが、我に返った瀧見はハッとした表情で無意識に振り上げていた拳を村雨に気づかれないようにそっとしまった。
翌朝、経験者が居たフロアとは言え二日掛けて探索した一階層の終わりが見え始め、上杉達の進む先に二階層へ通じ知る階段が見えて来る。
これ以降の階層はサイレンスもエスタークも攻略は完了していない階層になり、本格的なダークゲート攻略の本番が始まる。