第三十三話 アイリスの野望
今回より書き方を変更しております。
初心者の為、まだ手探りな部分がありますのでご了承頂ければ幸いです。
※2015/12/16 第一話から文構成を修正実施中です。
銀世界がひたすら続くここミリアは、その寒さ故に植物は殆ど生息せず、辺りに存在するのは果てしない大地であったが、所々にある山々と吹雪のせいで、その視界は思ったほど良好でもない。
その中で、いつもの景色と違う赤い色の炎を見つけた瀧見は、その炎は召喚術士が操る独特の色だと判断し、他の兵士を連れず一人その地を目指す。
ゲームマスターとしての瀧見が持つ『浄天眼』は、驚異的な視力と広大な大地の中の僅かな変化を見分けられる。
瀧見はその能力を駆使し、今までミリア城を襲った幾つもの奇襲攻撃を事前に見抜き、『ミリアの赤い鷹』の二つ名を持つまでに王宮内でも権力を手に入れ、そしてミリア城の城壁の最端部は、その目を持つ瀧見にとっては特等席になっていた。
靴に纏わりつく雪の中を躊躇無く進む瀧見の浄天眼が捉えた先には、一人の召喚術士がその炎で段を取っていたが、その服は大量の血で染められ、その出血による体力低下のせいか纏うオーラは少し弱っているようにも感じられたが、その鋭い目は目の前の瀧見に対し、敵意を剥き出しにして睨みつける。
「貴様、よくここの場所が分かったな・・・。」
「あたしの目は普通の目じゃないんでね。それに、その炎を出せるのは魔術士でもない召喚術士だけだからね。で、お前こそなぜこんな所にいるんだよ・・・『軍師』菊池さんよ。」
端正な顔立ちの召喚術士の見た目で瀧見は女性と判断し、それと同時にその女性がアイリスの『軍師』菊池だと即座に理解する。
リレイザーでありゲームマスターでもある瀧見は、普段は単独行動でリレイズの治安を守る衛兵である為、クエストやダンジョン探索など経験した事が無いので菊池を実際に見た事は無かったが、数々のクエストをこなしている元エスタークのメンバーでもあった菊池は、アイリス教徒の幹部である人物としてもその顔は多くに知らされていて、そんな瀧見でも噂や顔程度なら知っている程の存在である。
だが、瀧見がそれ以上に恐れたのは、女性とは思えないその体から放たれる異様な殺気、そして横にある従者が放ったその不気味な炎が、同じ術士として生きる瀧見の感覚にビリビリと痛い緊張感を常に与えている事から、目の前の人物が只者ではないのを即座に悟った瀧見は、その恐れる気持ちを見せまいと恐怖を胸の奥に押し込み、菊池の鋭い視線を睨み返すように目を細める。
「その傷からすると、あんたカシミールから逃げて来たみたいだけど、今のお前ならあたしでも十分あの世へ送れるよ。・・・もっとも、この世界の死はあの世へ逝けるのかは知らないけどね。」
「・・・だが、貴様は私を殺すことは出来ない。」
「・・・へぇ、どうしてそんな事が分かるのさ?」
「貴様は、闇雲な殺戮を行う戦争を嫌う思想を持っている。そんな貴様が無益な殺生を行う筈は無い。だからこそ、私の存在に気づいていながらも一人でここまで来たのだろう?『ゲームマスター』の瀧見よ。」
「なぜ、あたしの存在を知ってる!?」
菊池が話す寸分の狂いない瀧見へのイメージは、リレイズの制作メンバーしか知らない筈の瀧見の存在を知っているかのように感じた瀧見は顔を強張らせると、その予想が的中し、菊池はその存在を知る人間は限られている筈の瀧見の名前を口に出すと、瀧見はさすがに動揺を隠せない驚きの表情をする。
「それは、貴様がリレイズを作った天才プログラマーだと知っているからな。」
「嘘つけ!それは表向きに有名な木村の事だろ。リレイズを作ったプログラマーが木村以外に居る事を知る人物は、あたし達『ゲームマスター』と数人の人間だけの筈。・・・あんたの後ろに居るヤツは誰だ。」
「確かに、木村と違い貴様の存在を知る者がリレイズのプレイヤーに居ないのは、貴様がリレイザーとしてこの世界に住み続け、現実世界とのコンタクトを拒んでいるからで、リレイズの製作メンバーが四人いる事は有名な話だが、最後の一人に関しては女性だと言う事しか公表されていないからな。」
「・・・やっぱり、お前の仲間に『ゲームマスター』が!?」
「その通り!ユダは貴様達『ゲームマスター』に居たのだよ!」
高笑いする菊池に対し瀧見は、怒りの表情と共に持っていたスピアーを回転させ菊池目掛けて突き出すと、菊池の周りからは炎の壁が現れ、その炎の壁は見た目には考えられない強度を見せ、瀧見の突き出したスピアーの一撃を、まるで堅い鉄板にでも当てたかのような甲高い音と共に攻撃を弾き返す。
「チッ、既にヴィゾーヴニルを呼んでたか。」
「発動式の召喚術で、私の身の危険を感じると発動する術だ。貴様が思っている以上に私の体力も回復しているし、貴様くらいであれば十分相手出来そうだな。」
「何を抜かしてやがる!」
余裕の表情の菊池に対し、瀧見は怒りの形相で再びスピアーを回し接近戦に持ち込もうとする。
菊池の召喚術の中でも最強であるベヒモスを召喚されては戦況が厳しくなる為、召喚を避けるなら接近戦に持ち込むしかないと考えた瀧見は菊池目掛けて突進するが、菊池はその攻撃を後ろへ跳びながら華麗にかわしながら瀧見に話しかける。
「『リプレイス』と言ってな、幻想の体を作り出し魂のみを入れて、それを遠方操作する事の出来る魔法を我々は開発した。カシミール戦線の時に私がカシミールに居たのは真実だが、それはリプレイスの幻想状態ではベヒモスを召喚する事が出来ない欠点があったからで、カシミールに居た他の兵士は全て幻想、だったらどうなると思う?」
「ま、まさか!」
「そうさ!アイリスはリプレイスを使ってカシミールへ幻想の体を送り遠隔操作していたから、殆どの兵は今もアイリスに居るのさ。今回の戦略はカシミール攻略が目的だが、貴様らミリアの活発な動きを利用してアイリスでの待ち伏せも同時進行している。そして私はミリアで貴様の足止めする為に、カシミールでの戦闘後にムーブポイントでミリアにある洞窟へ移動する予定だったが、シャーラで予想以上にダメージを貰ったから、ここまで来るのに時間が掛かってしまったのは想定外だったがな。だが、残念だが気づくのが遅かったな。ミリアは既に待ち構えているアイリスの兵とプレイヤーによって滅ぼされる運命にあるのだよ!」
現在ミリア軍は、菊池の抜けたアイリスを侵略しに戦地へ向かっていて、反対派だった瀧見はミリアへ残る事を強制されていたが、その事を既に想定済みだったアイリス軍は、リプレイスを使い兵士の魂のみを幻想の体をカシミールへ出兵させアイリスで遠隔操作する事で、ミリアの襲撃に対しても常に警戒していたと菊池は話す。
だがリレイズ制作者の瀧見でさえ、そんな都合の良い魔法は聞いた事が無く、その魔法のカラクリを聞いた瀧見は、菊池の話す結末を前に既にその事を悟り、衝撃に襲われ険しい表情になる。
「まさか、アイリスがそこまで想定していたなんて・・・。だが、あたしの知る限りそんな魔法は存在しない。お前があたしの存在を知っているのであれば、そんな嘘は直ぐに分かる。」
「ははは!貴様はアホか?そうだと知っているから真実を話したのではないか。確かにプレイヤーが新しい魔法を作る事なんて今まで出来なかったが、この世界に転移される以前から、己の発想で術を作り出す事が出来る可能性をサイレンスの上杉が証明して見せている。あの時から既に『バウンダリー(境界)の破壊』の片鱗が見え始め、それは始まっていたんだよ。そして、その破壊の原因となる装置も既に稼働している事もな。」
菊池に襲い掛かりながら動揺した表情を見せる瀧見に対し、不気味な表情で笑う菊池は、攻撃をかわしながらも瀧見の攻撃の隙をつき、壁として使っていたヴィゾーヴニルの炎を瀧見向けて放つと、その攻撃に瀧見はアイスアローを放ち、互いの攻撃が相殺され巨大な爆風と化し互いに弾き飛ばされると、接近戦だった先程までの距離が菊池有利な距離に離され、攻撃に回されたヴィゾーヴニルが再び菊池の周りに纏わり出すと、菊池は先程と変わらない不気味な笑みのまま口を開く。
「貴様とはもう少し遊んでやりたいが、私の目的はこれで完了したからこれで戻らせて貰うよ。ミリア国王亡き王国が今後どうなるか、その先の未来を楽しみに見させてもらうよ。」
「待てっ!」
菊池は話しを終えると、自身の体を白い光に包み消え去り、そして誰も居なくなった雪の積もる大地に残された瀧見は、この時初めて事の重大さに気付き、どうしようもない苛立ちと焦りが込み上げて来る。
菊池が去る間際に話した一言、それはアイリスへ向かうミリア二世を含む軍勢が、ほぼ無傷なアイリス軍に返り討ちに合う事を想像しての言葉で、菊池が話すリプレイスと言う魔法が本当に存在するのであれば、アイリスには数万の兵と百数十のプレイヤー、そして中国最強のパーティーであるネクロマンサーが待ち受けるアイリスに敵う筈が無く、瀧見は即座にチャット機能を使い、城に残る親衛隊のプレイヤーに連絡を入れ、遠征中の部隊と連絡を取るように伝えるが、軍は既に通信範囲外に居て連絡が取れない状況の返事を貰った瀧見の脳裏には全滅と言う絶望的な二文字しか見えず、その場で立ち尽くす事しか出来なかった。
瀧見の『目』の特性を知り、ワザと見えるように召喚術士のみが扱う色の火を出したのも、今考えると菊池の作戦であり、ミリア軍が奇襲攻撃に失敗した際の援軍として、瀧見が向かえないタイミングにする為の時間稼ぎだったと気付く。
そして、菊池が話したリレイズ製作者の中に居るユダは、消去法ではあるが、瀧見の中で間違いないであろうと思う人物が即座に思い浮かんだ。
もし鮫島 春樹がユダであれば、瀧見へ送って来た手紙は足止めする為の内容になる筈で、ネロの洞窟への遠征が足止めの可能性であれば、菊池がここへ来た理由が説明出来ず、それ以前に自身の性格を良く知る鮫島 春樹であれば、こんな面倒な事はしないと考え、もし木村であれば、ソフトは共同開発の為、瀧見しか知らないキャラクタープログラムのアルゴリズムを知る為に接触を試みる筈で、瀧見の見解は、ソフトではなくアシメントリーとの互換性を合わせていたハード側のチームと考える。
ハードチームのメンバーはヘッドマウントディスプレイを互いに作り上げた会社同士であったが、機密事項の関係上、ハード側の検証の殆どは各自で単独行なっていて、単独でリレイズの世界を変えられる程の権力を持つゲームマスターとなれば、一番可能性の高い人物は鮫島 春樹と並びアシメントリーを作り出した天才で、現在アステル社の社長である『ミハエル』がアイリス側についている可能性が高いと瀧見は結論を出した。
だが、それどころではない事に気付いた瀧見は即座に城へ戻り現状の確認を行なうが、ミリアへ入った情報は、アイリスへ向ったミリア二世を含むミリア軍一万は、『オズマン大地』で同数のアイリス軍とネクロマンサーの江の待ち伏せに合い、国王含む全兵士が奇襲に遭い壊滅寸前との情報で、その情報を聞いてからでは既に手遅れに近いと感じていた瀧見だったが、その絶望の中にあるかも知れない僅かな光明を期待し戦地へ向う。
その情報は即座にミリア大陸全土に伝わり、その後ミリア大陸は戦力が激減したミリア国の後釜を狙う他国の軍勢の攻撃に遭いリレイズ最北端の大陸は乱世の時代へ突入する。
それは、菊池や江率いるアイリスがリレイズの世界を戦略し易くする為の作戦であり、小国の多いミリア大陸が乱世になれば国同士の戦力が分散し、弱体化した所をアイリスとネクロマンサーの戦力でミリア大陸を侵略するシナリオであった。
だが、アイリスや菊池、そしてネクロマンサーも予想していなかった出来事が起きている。
それは、ミリア軍がアイリス軍の奇襲攻撃に襲われている戦地に四人のプレイヤーが偶然現れた事で、鮫島 春樹の伝言を瀧見へ伝える為にミリアに向っていた『ゲームマスター』である木村と『炎神』清水と『属性吸収』を持つ小沢の『ムフタール』の資格を持つ覚醒者とサイレンスの川上達のメンバーで、ミリア大陸最南端にある『オズマン大地』は、アイリス軍とミリア軍に木村達四人を巻き込んだ総力戦が始まろうとしていた。




