第三十二話 孤独のゲームマスター
2015/12/28 文構成を修正実施
この地は一年を通して辺りは氷の世界に覆われ、全てを凍り尽くす厳しい寒風と鏡面のような氷が支配する世界。
その地でさらに北端にある巨大な氷に覆われた城壁が聳え立つ建物は、このミリア大陸最大の城『ミリア城』だ。
巨大な城壁のお陰で内側にある城下町へは寒風の侵入は少なく、一部の土地では田畑を耕す姿も見受けられるこの地は、主に野菜などの作物出荷が中心になるのどかな風景が広がる。
その中央に構える巨大な城は、領主ミリア二世が住む王宮を囲むようにさらに城壁が構えてあり、この地でも戦争が行なわれていた事を実感させられる。
ミリア城の左右は商業区となっており、カシミールやイスバールなどと違い産業的な製品よりも手作り的なアイテムが並ぶ。
その商業区を長い赤髪を靡かせながら歩く一人の少女が居る。
髪とほぼ同色の赤いマントを纏い、服は同じ赤に近い色を基調にした法衣で、その服装に似合わない銀色に輝くスピアーを持つ少女の腕には、ミリア王国の関係者の証である銀の腕章が光る。
少女は木村と同じくリレイズの製作した一人で『ゲームマスター』である『瀧見』で、若干十代の天才プログラマーとして業界では有名な木村と同世代でありながらその素性を知る者は殆ど居ない存在で、リレイズのプログラムは二人の天才少女が作った事実を知るのはリレイズの製作チームとテック社とアステル社の一部のみだ。
彼女は実世界に存在する人間であるが、常にリレイズの世界に存在するリレイザーで、不幸な家庭環境の影響で自暴自棄になり中学へは殆ど通わず不登校状態であったが、家での暇つぶしとして一日一冊の本を読む事と、たまたまあった家のパソコンでのプログラム製作を日々の日課としていた瀧見は、中学生不登校の学生でありながら修士並みの学力と、ゲームキャラクターに知識を与えるAI機能のプログラムを手にし、それを目にした鮫島 春樹がネットで彼女をスカウトし、彼女はリレイズの製作メンバーとなった。
現実世界に居場所の無い瀧見にとっては、無理に仲間の輪を作らずに無双の強さを持ち現実世界と決別しても一人で生活出来るリレイズの世界はとても居心地が良く、リレイズ完成後も瀧見は完全にリレイズの世界のみにしか存在せず、連絡が取れるのは瀧見が知る人間のみで構築されるステータスブックでのチャットのみしか無く、現実世界へ戻らない彼女の素性は完全に謎のベールに包まれている。
ある日、瀧見の所へ一通の手紙が届く。
この世界で自身の居場所を知る人物に最初は驚くが、思い当たる節を思い出すと驚きは即座に消え、封書の中の手紙を見ると瀧見の予想していた人物の名前が最後に記載されている手紙を読むと、瀧見は肩を震わせる程に手紙を強く握る。
「・・・鮫島、今更あたしに何の用だ。あたしは、お前に言われた通りにこの国を守衛すればいい筈だっただろうが。なぜ、お前や世界の為に命を掛けてまで戦わないといけないんだ。」
その手紙を見終わると、洒落っ気はないが綺麗に整った赤いロングヘアを激しく靡かせながらその宛先に向って叩きつけるような口調で話した後、その手紙を破り捨てる。
「あたしは元々この世界に生きる住人だ。だから、世界がどうなっても関係ない。『バウンダリー(境界)の破壊が』起きて世界が混乱しようが、それはこの世界の運命だったと感じる、それだけだ。」
瀧見はリレイズが開始されてから現実世界へは戻らずこの世界で生活していた為、今回の転移もリシタニアと同じ空の異変と極端に増えたプレイヤーの数でおおよそを理解したが、これから向うリレイズの世界での仕事場でもあるミリア城でそれ以降の情報を収集していて、カシミールとアイリスの争いの情報も時間差はあるが収集している。
そこまで知っていても現実世界に戻った所で身寄りの無い一人の過酷な生活が待つ瀧見にとって、この世界からの帰還方法など全く興味が無く、鮫島 春樹は瀧見の性格を知ってなのかリレイズの世界を生きがいにする瀧見宛ての手紙の内容は木村の時と違いこれからの世界の為に力を借りたいと書いてあったが、世界の行く末に興味の薄い瀧見は面倒な争いに巻き込ませようとする鮫島 春樹に怒りを覚え、その手紙を紙屑に変えた。
だが、それも鮫島 春樹は想定済みで、先に瀧見へ手紙を出す事で木村が先に現れた場合、瀧見宛ての手紙は破棄された可能性が高いと想定し、自身はネロの洞窟を出て、木村へ瀧見の説得を頼むつもりでいて、もしその逆であれば手紙の内容を見てでも会いに来た瀧見であれば、鮫島 春樹の説得でも問題ないと考えていた。
瀧見がリレイザーとして生活する為の生活費を稼ぐ仕事は城の衛兵で、職業は衛兵としては似合わない『魔術士』だが、ゲームマスターとしての管理能力である『ステータス修正』を使い、魔術士でありながら戦士に近い力を持つ能力を持つ自身が最も効率良く稼げる仕事と考え選んだ仕事で、職業に似合わない槍を武器に持つその実力は衛兵をしている他のプレイヤー達の中でも圧倒的な実力を誇り、今では国王側近の親衛隊として兵を束ねる役を任されている。
リレイズの世界での日々がとても充実している瀧見にとって地獄のようだった現実世界の未練など全く無く、現実世界との上書きの事実も転移された事を理解している為ある程度把握しているが、IDを持たない筈であろう自身の両親の死を喜んでいる程度にしか考えていない。
本来であれば木村と肩を並べる程の生粋の天才である筈の彼女の歪んだその思想は、リレイザーとしては『バウンダリー(境界)の破壊』を起こす可能性のある危険人物でもあった。
「あ、隊長!おはようございます。」
「おはよう、国王は何処へ行っている?」
「はい、国王は只今戦略会議中でございます。」
「またアイリスの話しか・・・、国王も懲りないな。」
「確かに、現在カシミールへ向っているアイリスであれば我がミリアでもアイリスを落とせる可能性はありますので。」
「そんな浅はかな考えだから、いつになっても位が上がらないのだ。」
「は、申し訳ございません!」
城へ出勤する瀧見に気付き、挨拶をする兵士に国王の居場所を尋ね、アイリス戦略に対する会議をしている事を聞くと無策な作戦に呆れる瀧見は、このミリアの地と同様な冷たい視線と口調で話す。
現在『軍師』菊池がカシミールの戦地へ行っているからと言ってもアイリスは簡単に落とせないのは瀧見の目からしても明からで、しかもアイリスは中国最大のパーティーであるネクロマンサーと手を組んだとの話もあり、闇に乗じての作戦は逆に藪をつついて蛇を出す可能性もある。
呆れる表情をする瀧見はミリア二世が居る会議室へ向い、その部屋の前で扉を叩いたが返事を聞く前に扉を開け中へ入る。
「おお、瀧見か。」
一個の巨大な長テーブルに数人の役人が座り、話しをしている所に突如現れた瀧見に対し、姿を確認し取り乱す事無く言葉を話す中年の男はミリア国を治める国王ミリア二世だ。
ミリア国の創立はリレイズの世界では一番遅く、初代国王と政権を交代したのは最近で、現在即位するミリア二世は武力でのミリア拡大を狙い即位して僅か五年で大陸を制圧し、この北の大地はミリア大陸と呼ばれるようになった。
その時の勢いそのままにミリア二世はアイリス討伐を皮切りに中央大陸進出を狙っていて、現在アイリスがカシミールを攻めている事をチャンスと捉えアイリス攻略を狙うが、瀧見はハッキリしない状況での出兵計画に異議をとなえる為ミリア二世を見る。
「国王、この時期での出兵は時期早々です。ミリアは丁度一番強い寒気の時期でもあり、装備などの重量も増しアイリスに着く頃には食料が持つか予測も出来ません。」
「だが、菊池がカシミールに居るのは事実で、ヤツの従者を見たとの目撃情報もある。」
「ですが、ネクロマンサーの件もあるのでここは慎重を喫するべきです。まずは自国の地盤を固めるのが先決です。」
「そうは言っても、アイリスがこれ程無防備になるチャンスはもう無い。カシミールは恐らく村雨が出て来るであろうから総力戦を挑む筈だ。」
「せめて、その情報の信憑性がハッキリしてからの方がいいです。それにネクロマンサーの動きもまだハッキリしていませんし。」
「確かに江はラムダの領主となったが、ネクロマンサー自体が移動した情報は入っていないしのは気になるな・・・。」
ミリア二世はアイリスへ出兵する勢いでいたが、瀧見が話すネクロマンサーの不確定な動向については納得せざるを得ず、次第にそのトーンは落ちて行き、結局今回の出兵は見送りになったが、領土拡大を考える他の家臣からの瀧見の印象はパット出て来た存在もあり好かれていないが、その事は瀧見自身も良く知っていた。
瀧見の戦争に対する思想はそれ程なく、必要であれば赴くべきだと考えているが、争いより自身の領土を守る事を最優先にする為、今回のような危うい戦争に対しては反対で、ましてや領土拡大などは全く持って興味はなく、それは現実世界での家族離縁の原因にもなった自分達の領域を守るより攻撃的に先へ進むその発想は、瀧見にとっては現実世界を思い出せる不愉快な行為に感じ、それを推し進めようとする王宮に対し、瀧見は常に反対の姿勢を見せている。
話しを終え会議室から先に退室する瀧見は、王宮の中心にある僅かではあるがこの地では珍しい緑に囲まれた庭園を見つめため息をつく。
「これがこの世界への転移の影響なんだろうか。今回の現象でプレイヤーが世界中が混乱しているのは確かだけど、これ程に争い事を起こそうとするキャラクター設定にならない筈なのに、まるで現実世界の人間と同等の思想がキャラクターに通っているみたいだ。」
それはリレイズを作ったプログラマーである瀧見から分かる事で、各キャラクターにはAIプログラムを組み、ある程度は考え話すようには設定してあるが、それはあくまでプログラム上での話で限界がある。
だが最近の国間は、現状の状況を分析しそれに対し行動を取っている人間さながらの思想に、外を見つめる瀧見は自身の想像していた以上に変化しているこの世界の現状に少しの恐怖を覚え初めていた。
それから一ヵ月後、事態が急変する。
アイリスとカシミールの状況を伝える為に派遣したプレイヤーからの連絡で、カシミールはシャーラ城でアイリスを倒し、軍を率いる菊池も同じ四大従者を操る召喚術士によって撤退を余儀なくされたとの情報で、それを聞いたミリア二世は家臣にアイリスを攻める指示を出し、その話しを聞いた瀧見はミリア二世と家臣達との緊急会議を開く。
「王、まだ情報が少なすぎます。引き上げるアイリスの数も不明ですし、その兵が戻ってくれば戦局は不利になります。」
「だが今攻めなければアイリスは体制を整えてしまうではないか。菊池の負傷が真実であれば、幾らアイリスの兵が多かろうが我が軍なら押し切れる筈だ。」
長テールブルを挟む互いの意見は今回の戦争に対し賛成派と反対派に別れるが、数はミリア二世を含む戦争賛成が大多数で反対派である瀧見は圧倒的に劣勢状態になっていて論議で勝負に出た瀧見であるが、アイリスの『軍師』菊池の負傷の事実は確実であった現状では口論が得意な瀧見でも形勢が変えられず、菊池の件を持ち出す賛成派の意見に押されている。
「ですが、ネクロマンサーの動きが摘めないのが現状です。アイリスも菊池を戦場へ送る事で戦力が低下するのは知っている筈で、我が軍への警戒は緩めない筈です。」
「貴様、戦場へ赴くのが恐ろしいのではないのか!」
「戦争だけが全てではありません、戦略も必要だと説いているだけです。
「・・・では、瀧見はこの状況になってもこの戦争には反対だと。」
「はい、世界の異変が起きてからここ数ヶ月でアイリスは異常なまでに力をつけています。それにネクロマンサーとの黒い噂を加味すれば、菊池が居ないアイリスも脅威のままだと思います。」
「なるほどな、だが瀧見よ、そなたの思想や戦略も理解できない訳ではないが、その話は全ては卓上の空論だと言う事なのは拭い切れない。今入る情報を解析し、得られた答えこそが現場で生きる我々の答えではないのか。」
瀧見が他の家臣と口論を始め、その言葉を全て聞き入れたミリア二世が静かに口を開くその言葉は、ゲームの世界では圧倒的立場にあった瀧見に対し、その言葉はあくまで空論に過ぎないと語り、それは現場と言うこの世界で生きるキャラクターである自身達を語るような言葉に瀧見は反論出来ずにいる。
ミリア二世のその姿に、所詮はゲームと腹を括り、リレイザーとしてこの世界で生活するプレイヤーとして生きていた自身と比べ、生まれた時から戦争は日常の一部として常に命を狙われる立場で生き、国内に居る全ての人間の命を預かる国王としての威厳を感じると、元は自身が設定した只のキャラクターに過ぎないミリア二世に瀧見は、まるで現実世界の戦争に参加しているような心の中に震えおののく感情が走る。
結局、賛成派圧倒の大勢を変える事が出来きず、ミリア二世は即日出兵命令を出しアイリスへ向け兵を送り込む事を決定し、反対派であった瀧見はそのままミリアに残り、他の軍勢が潜入した際の防衛役に任命される。
城壁の一番見渡しの良い場所で赤い髪とマントを靡かせ虚ろ目で前を見つめる瀧見は、この世界での自身の立場は以前と比べ変わってしまって居る事に気付く。
それはリレイズ製作後にこの国の治安守る衛兵として派遣され、リレイザーとして既にゲーム内での生活を選んでいた瀧見は満更でもなくその任務を受けたが、この世界になった事で当時なぜ鮫島 春樹が突然そんな事を始めたのかようやく理解出来、彼はこの事態になるのを予想していたのではと思い始め、この転移も恐らく鮫島 春樹は関わっていると考えている。
その真実を知る為にも、やはり鮫島 春樹に会うべきだったと考えるが、既に破り捨てた手紙と彼の性格を知る瀧見は、その考えを即座にかき消す。
「あいつに関わるとロクな事が無いからな・・・、それは無しだ。だけど、この世界の変化はおかし過ぎる。見かけも全て今までのリレイズと同じなのに、あたしが作った筈のキャラクターなのに、あたしの作った作品に見えない・・・。」
瀧見は会話をする度に新しい考えを覚える人工知能的なプログラムを作り上げた事で、プレイヤーの対応に対してキャラクター独自の回答をさせる事に成功したが、それはあくまでプログラムであり会話にもある程度の法則での返答しか出来ない。
製作者である瀧見は、全てのキャラクターの会話のパターンを把握していて、今まであればキャラクターの会話に対してどう返答すればいいか答えを知ってたが、今回のアイリス二世との口論は、まるで本物の国王と話しているかのような威圧感を感じ、把握している筈の会話パターンで返した筈の言葉がミリア二世に通じず、逆に瀧見自身が丸め込まれてしまう結果になった。
この世界はリレイズであり、リレイズの世界ではない。
それは『死』の観点から理解していたが、それ以上の事実を知りつつある事を実感する。
その時、城壁に立つ瀧見の目に、この地に見られない物を確認する。
それは、この極寒の地ミリアではありえない炎で、そこには誰かがいる事を示している事を瀧見は理解し、後ろで警備する衛兵に話す。
「ここから西十キロ程に人の気配がある可能性がある。今からあたしはそこへ向う。」
その炎で瀧見はある確信を得た為、衛兵に行かせず自身で向う事を指示する。
その炎は赤色をしていて、通常の火では無く召喚術士が使う術で現れる炎の色で、その先にいる人物は恐らくキャラクターではなくプレイヤーの可能性を考える。
ゲームマスターが持つ特殊能力である彼女の『目』で僅かながらその姿を捉えた人物は、ミリアにとって最悪の局面を迎えるまでの序章に過ぎなかった。