第三十一話 選ばれし者の素質
2015/12/28 文構成を修正実施
ネロの洞窟にある地下五階層では、暗闇の広大なフロアに一ヶ所のみに光が差す部屋の光の先にいる『蛇神ケクロプス』が、体内より生成した硬度の高い槍を目の前の冒険者へ向け大量に放つ。
その槍に対し先陣を切る小沢は炎竜派の『火炎斬』を繰り出し槍を切ると、切り口から発生した炎で槍は灰となり消えて行き、槍を放出し切ったケクロプスへ目掛けて炎を纏った小沢の魔法剣が辺りを明るくすると、その灯りはケクロプス目掛けて繰り出される。
攻撃を受け悶えるケクロプスは即座に意識を取り戻し鋭い爪の持つ腕を小沢へ向け、その攻撃を間一髪で避ける小沢の紺色のローブは爪跡が残り、そこから僅かに滲み出る血がケクロプスの攻撃の素早さを物語っている。
「ヤツとは接近戦は厳しいな。清水、体力はどうだ?」
「アイテムと自然回復のみだからねぇ、ボス相手のダメージは簡単に戻らないよ。」
「やっぱり、回復職が居ないのは痛いな。」
「とりあえず俺が木村さんが戻るまでは、アイテムだが回復役を勤めるよ。」
攻撃を避け一旦後ろへ引いた小沢は、後衛に居る川上と清水へ回復状況を確認し、川上が使う魔力でない回復アイテムでは思ったような回復が出来ていない返事を受けると、ボス相手に回復職のいない現状のパーティー編成に苦悩の表情をする小沢の横で先頭に立つように前に出た清水が、長剣を両手に持ち何かを込めるように剣を見つめる。
「まぁ、やるだけの事はやってみようじゃないの。木村ちゃんが鮫島 春樹の所から戻って来るまではねぇ。」
ケクロプスとの戦いでダメージが蓄積された疲労が表情に出る小沢の前に再び清水が立ち、長剣を構えてケクロプスへ向かって行く。
通常はバランスの取れたパーティーを組んで戦う必要のあるクエストレベルのケクロプスは、本来であればムルティプルパーティー以上必要で、ケクロプスを少人数で倒せたのは最強のヴィショップである上杉の居たサイレンスのみで、今回はその上杉どころか回復職も居ないメンバーであれば苦戦は必至で、戦闘としては使えない川上は回復役としてアイテムでの回復を試みているが、それではとても追いつかず川上達はケクロプスの攻撃を防ぐ事しか出来ずにいる。
小沢と入れ替わり清水がケクロプスの引き付け役として攻防を繰り広げいる時、後ろから一人の少女が負傷する小沢へ駆け寄り回復魔法を掛ける。
その姿は今までと違い、年甲斐の無い冷静さを無くし十代らしい勢いと青臭さも感じる積極的な行動を取る木村だった。
「回復は大丈夫です、清水さんは全力で行っちゃって下さい。」
「おお、木村ちゃん来たのね!よーし、これでようやく体力を気にせず使えるねぇ。」
清水は会話を終え口元を緩めると、清水の周りの地中から突如業火の火柱が現れる。
それは先日梁との戦闘で使った炎竜派の奥義の一つで、清水は周りに噴出した火柱の二本を束ねるように長剣に納めると、両手で剣を握り目の前のケクロプスへ目掛けて振りかざす。
「炎竜派奥義、『陽炎』!」
「あの技は『陽炎』だったのか!?あれは確か、炎竜派でも使える人間は居ないと言われているのに。」
「あの技と水竜派の『水影』は『無属性』と呼ばれるカーンのみが使えるオリジナルの技で、それを使えるのは彼からの推薦者である人物のみです。」
カサードで高級職業を多数輩出した天才武道家カーンが編み出した奥義『陽炎』は地中より放出される無数の炎の柱を自在に操る技で、魔法剣のように剣に纏ったり直接攻撃として放つ事も出来る、戦士職にして魔法使いのように飛び道具にも使える。
『陽炎』は彼が認めた人物にしか継承しない奥義で、清水以外で奥義を使えるのは水竜派の『水影』を使う村雨のみで、清水の才能を見出したカーンが与えた技で、この技を取得した事で清水は炎竜派最強の証である『炎神』を受けている。
だがこの奥義は『水影』と同様に消費する体力が異常に大きく、実力を認められた清水や村雨でさえ回復職のいない状態ではむやみに使えない技であり、回復職の木村が戻って来た事で体力を気にしなくて済む状態になった清水は、この劣勢をひっくり返す為に大技を繰り出す選択をする。
「いくよぉー!」
目の前のケクロプス目掛け、巨大な長剣を振り上げ向かって行く清水に、ケクロプスは体内で大量に生成した小型の槍を切れ目なく放ち、その無数の槍の嵐に、地面にある残りの炎柱を使い炎の壁を作り槍を受け止め、ケクロプスの前まで迫った炎の壁から清水が現れ、炎を纏う長剣をケクロプス目掛け突くと、その剣はケクロプスの体に突き刺さる。
だが次の瞬間、剣が刺さったままのケクロプスは何事も無かったのように腕を振り上げ、その腕は清水を直撃し弾き飛ばされるように清水は長剣と共にフロアの壁に叩きつけられ、小沢は清水が壁に叩きつけられる瞬間を見て即座に木村に清水の回復を指示する。
「木村さん、私は大丈夫だ。清水の方へ行ってくれ!」
「わ、分かりました!」
木村が清水の所へ駆け寄よる姿を捉えたケクロプスは、体内で生成した槍を木村に向け放つが、その後ろを追走していた小沢が向かって来る槍を剣で受け止めて叩き落す。
「こっちは大丈夫だ、早く清水の所へ!」
小沢の方を向き、一瞬剣を抜こうとした木村を小沢は即座に止める。
ケクロプスの属性相性であれば火炎攻撃は以前であれば問題なくダメージを与えていた筈が、清水が繰り出した『陽炎』は炎竜派最強の技に関わらずケクロプスは顔色一つ変えず反撃した。
それは、今までリレイズになかった常識が適用されていると小沢は認識し、リレイズでのモンスターの特性や攻撃パターンは何回倒しても変わらなかった常識がこの世界になりで通じなくなった事を意味していて、それを知らなかった清水はケクロプスの属性相性に合わせた炎の攻撃を繰り出したが、無効になった驚きで完全に無防備なり、ケクロプスの攻撃をクリティカルに受た状態を見て小沢にも多少の混乱は残っていたが、この状況を覆す奥の手が自分にはある事を持っていると小沢は木村へ回復を急がせる。
「炎が効かないのであれば、今ケクロプスを相手に出来るのは私しかいない。清水が身を盾にして得た情報を無駄にはしない。」
清水の攻撃が無ければ自身もその属性に気付かず、セオリー通り火炎攻撃を繰り返していただろう。
だが、彼女が身を挺し行なった攻撃で小沢が大ダメージ受けずに奥の手を出せたのは小沢の魔法剣はそういった対属性用に用意された職業でもある為、先程の攻防でこの戦況が大きく動き出す。
剣を持つには相変わらず似合わない紺のローブを纏う魔法使いの格好の小沢は、剣を構えケクロプスへ向かい再び生成した無数の槍を放つケクロプスの攻撃を火炎斬で叩き落し、自身の剣に詠唱したファイヤーボムを込める。
それは先程清水が行なった『陽炎』と同じ現象で、炎を纏った剣をケクロプス目掛けて繰り出す。
「・・・小沢、それはやっちゃダメだよ。」
「清水さん、まだ傷が癒えていないから動いてはダメです。」
「アイツは多分、攻撃を受ける直前に同じ属性を纏う特殊攻撃を持ってるよ・・・。」
「大丈夫ですよ、小沢さんだって火炎が聞かないのは知っている筈ですし。多分、イスバールで見せた技を使うと思うんです。あの時、ネクロマンサーの江が放ったアンセムを消したあの技。」
木村は以前イスバールで江と対戦した時、小沢が閃光魔法アンセムをかき消したのを思い出し、その技に対して江はこう呼んでいた。
『属性吸収』。
『ゲームマスター』であり、リレイズを作った木村でさえも、その名前を聞くのは初めてで、目の前で小沢があの時と同じ技を繰り出すのを目にした時、鮫島 春樹が言っていた、プレイヤーが何かを掴み自ら編み出し覚醒した事の意味を理解し、それが鮫島 春樹が集める『ムフタール』の条件ではないかと感じる。
小沢の炎の剣がケクロプスに当たる瞬間、ケクロプスの纏う属性オーラを見た小沢はケクロプスの前で剣を振り抜き空振りすると、剣を逆手に持ち替え再び振り上げた剣には先程と違い白いオーラが剣を纏い、再び剣がケクロプスを捉えると、ケクロプスが覆っていた炎の属性オーラは小沢の剣に吸収されるようにかき消され、その直後ケクロプスはほぼ無防備状態になる。
小沢はすかさずケクロプスの胴に剣を突き刺し、再び剣にファイヤーボムを込めるとその炎は剣を伝いケクロプスの体内へ侵入して行き、やがて空へ向けて火柱が上がると、焼け焦げた臭いを残しケクロプスは無造作にフロア床へ倒れこんだ。
紺のローブを靡かせゆっくりと着地した小沢は、息絶えたケクロプスを確認し清水の所へ駆け寄る。
「大丈夫か!?」
「大丈夫さ!木村ちゃんのお陰でほぼ全快だよーん。さすがロードだね、上杉よりも回復力が早いの何の。」
「まったく・・・この世界になってモンスターの特性も変わってるかもって話したばかりなのに。」
「いやー、ゴメンゴメン。確かに『陽炎』の威力に頼りすぎていたのもあったから、今回は完全に慢心があったのは反省するよ。」
「ま、結局はその勇み足のお陰で相手の属性が分かったんだら良かったけど。もし、逆の立場だったら打つ手無しだったよ。」
「まー、その時はその時でしょ。」
最初は心配そうな表情だった小沢も、いつもの調子の清水を見て安堵の表情で話す。
小沢は人が亡くなる戦争を反対する思想を持ち、その戦力と争う事で戦争の無い世界を築こうと考えているが、その思想の原点は仲間を亡くす事への恐れで、その考えが戦争を嫌う思想へと変わっている。
アイリス教の教えで『友は時に裏切るが、共に戦った戦友は決して裏切らない』があり、共に悩み生活した者は裏切らないとのアイリス説の教えで、小沢は正式にはサイレンスには入ってはいないが共に戦う者は全て仲間と考え、清水が窮地に陥った時、小沢は仲間の死を想像し即座に木村に回復を指示した。
リレイズで指折りのプレイヤーの清水が簡単にやられない事は小沢も知っている筈なのに、真剣な表情の小沢に木村は背中を押されるかのように清水へ駆け寄り回復を掛けたが、急を要する程のダメージでは無い清水に対しあれ程までの真面目な小沢の表情に木村は以前に『見透かしの目』で見た小沢の思想に触れた時を思い出し、戦争を恐れているのではなく友を亡くす事を恐れていた小沢の心の深層に、以前のリシタニアのように自身の思想に関して考えさせられていた。
木村は考える、自分の思想とは一体何なのかを。
清水と小沢で話している横で神妙な表情をする木村に気付き川上が話す。
「で、木村さんは鮫島 春樹と会えたの?」
「え、ええ、会えましたけど彼は既にこの場には居ません。彼は私達の『ゲームマスター』の一人が今回の首謀者と話し、止めに行くと言ってました。皆さんには話さなくてはなりません。なぜ、この世界になったのかを・・・。」
川上からの質問に木村は、鮫島 春樹と話した内容を三人に話す。
『ルシフェル』の事や、ルシフェルを作った『ミハエル』と関係があるネクロマンサーや、ルシフェルの投影方法などを話すと、ルシフェルの放射する電波に関して同様に気付いていた川上が話し出す。
「俺の現世の仕事は電波関係の営業だったから、その電波は俺も気付いていた。あの衛星が放射している周波数を調べてみたら、その周波数は専門家達の間では『死の領域』って言われている、人工衛星でも使わない解析不明の電波なんだよ。」
「その件で、あれから私と川上は電波の研究をしていたのだが、どうもその電波がラムダ島付近の一部にだけ放射されていないエリアがあるみたいなんだ。」
「ラムダ島に?・・・確か、ラムダはアイリスに侵略され現在の領主は江の筈です。」
「なるほど、これで繋がったな。俺達もラムダの領域は気になっていたんだけど、PCの無いこの世界じゃ携帯を各地に持っていって観測するしかなかったからその測定が終わる前に動く訳にはいかなかったけど、これだけ確信があればラムダには何かあるって事は間違いないね。」
「じゃぁ、次は皆でラムダ島へ行くのかい?でも、上杉達の動向も気になるしねぇ。」
「ラムダへ向うのであればイスバールは通り道だし、その時にアジトへ行ってみれば戻って来ているかも知れないし、今は上杉なら大丈夫だと信じるしかない。まずはラムダへ向おう。」
「・・・いえ、私は瀧見さんに会いに行かなくてはなりませんので。」
川上がこの世界になってから気になっていた『黒い雨』の元となっているルシフェルから放射される電波に関してそれまで調査した内容を話すと、ネクロマンサーが居るであろうラムダ島が浮上し、調査でもラムダ島で気になる現象がある事を小沢が話し清水が次の行き先をラムダにするか、話しを切り出し答える川上に対し、隣に居た木村は鮫島 春樹からの伝言を伝える為に、自身はミリアを目指す事を話すと目の前に居る川上は膝を叩き話しを始める。
「そうか、だけど木村さんだけで行かせる訳にはいかないし俺達も一緒に行くよ。『ムフタール』を探すのも先決だしな。」
「でも・・・、この世界を解明する必要もあるし。」
「まったく、少しは素直になったかと思えば相変わらずだな。もう俺達の仲間なんだから、そんな事は遠慮はしないで皆で話し合って一番最良の判断をすればいいんだよ。」
「仲間、ですか・・・。そうですね・・・。」
遠慮がちに自身は違う道を進む事を話した木村に、川上は以前と変わらない木村に少し呆れながら優しさが滲み出る表情で木村を仲間だと話し、その言葉に照れくさそうな表情で木村は小さく頷く。
木村は幼少より天才と言う名を欲しいがままにし、十一歳で解いたアシメントリーの解析も自身としては数学の遊び程度の気分で、その才能に周りの大人達勝手に騒いでいるだけだと木村は思っていなかったが、次第に大人たちが木村に対し低姿勢での対応しかしなくなった時、木村は子供にして大人の感情を持つ冷静な人間になっていた。
それは以前に見た上杉の心と似ていて、彼はその心の殻を破る事で『ムフタール』になったが、木村は逆で、大人と言う背伸びした心の殻を破り今の自分の弱さをさらし素直になる事で、選ばれし者『ムフタール』に選ばれるのだと感じ、だから鮫島 春樹があの時、自身を『ムフタール』に選ばなかったのだと気付いた。
自分は強く無くていい、リレイズを守っていた孤高のゲームマスターとしてではなくこの世界に住む住人として仲間と力を合わせ向って行けばいい。
皆と力を合わせ納得行く解決策を探す、それが今木村の考える思想だ。
その事を教えてくれたのは、木村が今まで一番嫌っていた大人達である川上達や鮫島 春樹で、暫く俯いたままだった木村は、何かを決意したかのような真剣な表情で三人に話す。
「皆さん、確かにラムダへ向いこの世界の真相を知る事も大事だと思いますが、今は元の世界に戻る術のないこの世界に必要なのは仲間です。ですので、仲間を集う方を優先すべきだと思います。」
これまで流れるままに生き感情を押し殺していた木村が、この場で初めて己の思想とこれからの意見を述べた。
その話しを聞き、最初は驚きの表情だった三人は微笑を浮かべる。
「いいねぇ、やっと木村ちゃんらしい年のいい顔になったね。」
「よし、まずはミリアへ向おう!」
「ま、私はこの世界でも十分だが、戦争を無くす為の仲間を集うのであれば協力は惜しまない。」
「皆さん・・・。」
そこに居たのは年甲斐の無い冷静さを持つ女性ではなく、今まで纏っていた虚勢と言う背伸びした子供の反抗期を脱ぎ捨てた事で、『ムフタール』へ覚醒しつつある木村であった。
四人はネロの洞窟を脱出し、リレイズを作ったゲームマスターにして『ムフタール』の一人『瀧見』に会いに、リレイズの大陸最北端にある大陸『ミリア』へ向う。
そのミリア大陸の現在は、カシミール戦略を失敗したアイリスに対し戦争を仕掛けようと企むミリア側の不穏な動きが現れ始めていた。