第二十九話 突然の便り
2015/12/27 文構成を修正実施
一時期アイリスによって崩壊したイスバールは、初代イスバールから影の側近であった木村の襲撃により奪還し、あれから数ヶ月経った現在、城は徐々に元の姿を取り戻しつつある。
城壁を組み上げる作業者の中に混ざる一人の冒険者は、銀のショートボブの髪をした華奢な女性にも関わらず、作業の指示を行いながら城壁となる石を運ぶその姿は、現在イスバールの暫定的な最高権力者である木村だ。
あれ以来、木村はイスバール復興の為自ら率先し作業を行っていて、その力もあり作業工程は予定よりも順調に進んでいる。
城以外の場所はリシタニアの指示によりアイリス軍は攻めておらず、城下町は全くの無傷であった為、工場区での材料加工なども迅速に出来た事も、今回の復旧スピードを上げている要因の一つでもある。
日も既に西に傾きかけ、辺りが茜色に染まる頃、作業を終え木村がイスバール城の王宮へ戻ると一人の男が木村の側へ走り寄ってくる。
その男はイスバール七世の三男であり、アイリスの侵略時に唯一難を逃れたスミス=イスバールだ。
アイリス襲来の時、スミスはカシミール大陸へ留学をしていた為今回の難を逃れたが、王宮の作法もままならない若干十二歳のスミスには、王位での付加はまだ重ぎる為、年齢の近い木村であるが今まで王の側近をしていた経験もあり、暫くはスミスに代わって代行的にこの国を仕切っている。
「木村様、手紙が届いておりましたのでお渡し致します。」
「スミス王子、ありがとうございます。」
「それにしても、冒険者から冒険者への連絡に手紙を使う者がいるとは珍しいですね。」
「ですね。でも登録されていない人物であれば、ステータスブックでも連絡は取れませんし。」
その手紙に疑問を持つスミスに対し、木村は連絡の取れないケースを説明しながら手に取った白い封筒を開け中身を確認する。
中には一枚の便箋が入っていて、その枚数から内容は簡素なものだと木村は理解するが、ふと見た最後の行の名前に目が止まると、その手紙を掴む手が先程より強くなり僅かな震えも見えた。
その手紙のあて先は、『鮫島 春樹』からであり、彼は現実世界でも偽造を防ぐ為、製作者間への連絡はメールやチャットではなく手紙を使う。
それは、電子技術への挑戦だと意味不明な事を鮫島は話していたが、それをこの世界で行なう非常識的な行動こそが、手紙の差出人が鮫島 春樹だと確信させる。
驚きの表情で震える木村を見て、側に居たスミスは心配そうな表情で木村を見る。
「木村様、大丈夫ですか?」
「ええ、申し訳ございません、大丈夫です。」
「そうですか、では私はこれから工場区へ行って部材の打ち合わせに出て来ますので。」
「では、私が護衛につきましょうか?」
「既に冒険者の方に声を掛けましたので大丈夫ですので、木村様は一日中飛び回っておいででしたので、ゆっくり体を休めて下さい。」
「分かりました、そうであればお言葉に甘やかせて頂きます。」
スミスの言葉に、木村は心配させまいと即座に冷静な表情へ戻り問題ない事を告げこの場をやり過ごすが、心の中ではその同様を隠せずにいる。
いくらイスバールの城下町とは言え、この時間に城を出るのは危険だと慎重派ないつもの木村なら言う筈だが、その事さえ御座なりになる程の衝撃だったのが鮫島 春樹からの手紙だった。
ゲームマスターのみが使えるチャット機能も存在し、現在もその機能は使用可能だが、鮫島 春樹はその機能を使わず手紙と言う原始的な通信手段を選んだのは訳があると木村は悟る。
その理由は、差出人が偽者では無い証明とゲームマスター内の人物に不穏な動きがある事を示し、もしチャットでの連絡をすればゲームマスターの全員にその内容は知れる為、それを嫌って手紙にした可能性も否定出来ないと木村は考える。
上杉と一緒にいた鮫島 春樹の娘を見てから、木村はこの世界へ転移させた首謀者は鮫島 春樹の可能性を考えていて、あれ程のタイミングでIDを作り僅か数ヶ月のプレイヤーがリヴァイアサンとの友好的契約を結べた彼女の能力と、通常のプレイヤーには備わっていない筈の『目』である特殊能力『相手を見る目』を持たせた彼は、この世界の行く末を知っていたのではないか、それとも首謀者なのか。
その答えを確かめる為に、木村はスミスに置手紙を残しその夜一人イスバール城を後にする。
鮫島 春樹と待ち合わせする場所はイスバールから北西にある『ネロの洞窟』で、以前アステル社のクエスト配布時にハヌマーンが出現した洞窟だ。
その手紙には、鮫島 春樹はネロの洞窟の地下五階のキャンプで待つとのみ書かれていて、証拠を紙媒体で残す事を信念としている彼にしては淡白過ぎる内容だと感じた木村だったが、鮫島 春樹の手掛かりを知る唯一の頼りとなるこの情報を、木村は見逃す事は出来かった。
イスバール城を出て暗闇に包まれた夜の商業区を出口に向かい歩いて行く。
既に殆どの店が店仕舞いを終えているこの時間は、昼間の賑やかさとは間逆で、時折吹き付ける春の生暖かい風が、この場を不気味な空間に変えて行く。
木村はその時自分以外の人の気配を既に察知していたが、あの手紙を見て以来動揺が完全に消えず、いつもより僅かだけだがその気配の発見が遅れ、その人物との間合いは相手側が有利な立ち位置にいつの間にか変わっている。
「これが有名なロード木村かい?本当なら、ちょっとガッカリだねぇ。」
少し嗄れた声の男性の声が聞こえた時、相手は既に木村の真後ろに立っていて、木村の背中に当たる物体は、接地面積は少ないが当たる場所に感じる痛みや相手の立ち位置から、それは鋭利なナイフだと木村は推測する。
「貴様、何処へ行こうとしている。」
「これからショッピングへ行くには見えないでしょ?」
「ふざけてないで、私の質問に答えろ。」
今の会話で、木村は後ろの人物を予想する。
ショッピングのセリフに対して抵抗が無いと言う事は、その言葉の意味を知らないキャラクターではなくプレイヤーで、木村が相手に気付いてから接近するまでに移動距離と時間を考えると動きは相当素早く、その職業は戦士や魔法使いではなくアサシンの可能性と言う事だ。
攻撃力の比較的低いアサシンであれば、特殊能力であるリムーブシールドを使えばダメージは防げる。
そう考えた木村は、背中に向けて神経を集中し魔力を込め始める。
「そいつはアサシンじゃないよ。」
二人と別の方角から声が聞こえると、突如後方に熱気と爆風を感じる。
振り向いた木村が見た光景は、炎竜派の技である『火炎斬』を繰り出し構える小沢と、鉄で出来た杖を持ち、軽装な鎧を身に付けた魔法使いらしき人物が向かい合い、その二人の前に黒一色の黒竜の皮の服を着る木村が知る人物の川上が男へ右手を向け立っている。
「よっ木村さん、助けに来たよ。」
「川上さん!?」
「ここは俺の庭だ。よそモンに好き勝手させる訳にはいかねぇな。あの時からずっとお前達をマークしていたんだよ、ネクロマンサーの『梁』!」
「と言っても、相手をするのは私だがね。」
「だって俺、戦闘は苦手なんで・・・。」
川上はイスバール城で交戦したネクロマンサーの動向を常に注視していて、イスバールをアジトにするサイレンスは、川上の手によって幾つかのセンサーを設置し、そのセンサーの異常音を察知し小沢と共に商業区へ行き木村の加勢に来た。
謎の相手に向かい、川上は勢い良く拳を向けナルシスト風なキザなポーズで既に調査済みの相手の名前を叫ぶが、睨み合っている戦闘を担当する小沢に突っ込まれると、川上はそそくさと小沢の後ろへ撤退して行く。
「魔法剣士の私を相手では、魔法使いのお前は不利だ。」
「・・・それじゃぁ、肉弾戦を望むのみだ。」
小沢の挑発に一瞬動じたかのように見えた梁は、即座に持っていた鉄の杖を振り降ろすと、小沢は剣でそれを受け止め互いの剣が交差すると小沢の剣は次第に下がって行き男の力に押され始める。
「お前、魔法使いで何処そんな力が!?」
「お前達の考えは全てハズレだ。今の職業は魔法使いだが、前職は戦士でこの力はその名残よ。」
目の前の男は元戦士と話すが、その力は転職者の力とは思えない剛力で、通常、転職すると前職の能力は半減されるが、梁は転職後の魔法使いのような容姿に対し戦士でなければ装備不可能な鎧と鋼鉄の杖を持ち、その杖は攻撃と魔力増強の二役を補っている。
リレイズでは転職を繰り返す事で高級職業より強くなる可能性を排除する為、純粋な職業者と比べその職業の力が低くなる設定になっていて、余程のメリットか理由が無い限りリレイズで転職をするプレイヤーは少ない。
だが、戦士同等以上の力を見せる梁の攻撃に同じ剣士でも転職経験者の小沢では敵わず、その力に徐々に押されつつある。
「ならばスピードではどうだ。」
そう話す木村が自慢のスピードを駆使し男へ突進すると、梁は鉄の杖を戻し向って来る木村へその杖を向け繰り出される連続攻撃を受け止める。
ロードである木村の連続攻撃を受け止める男の手捌きは戦士職のそれではなく、三大高級職業の部類に入る程のその異常さを感じた木村は一旦距離を置く。
「あなた、その能力は異常ね。とても普通のプレイヤーとは思えないわ。」
「そんな事はない。サイレンスの上杉のように、気付きと探求心があればリレイズは無限の可能性をくれる。『ゲームマスター』のお前なら、それは分かっている筈だろ。」
「え!木村さんってゲームマスターだったの!?」
木村と梁の会話から聞き取れたゲームマスターの言葉に川上は驚愕し、川上の言葉に対し梁を見つめたまま面倒臭そうな表情をし、ため息混じりに話す。
「・・・そうよ、私はリレイズの製作者の一人でカシミールの治安を守る衛兵として存在する『ゲームマスター』よ。」
「・・・じゃぁ、若干十代でリレイズの製作に関わった人物って。まさか木村さんなの。」
「ええ、鮫島 春樹とは仕事上のパートナーで彼の事は良く知っているわ。その私でもアイツの能力は説明出来ない、明らかにパワーバランスがおかし過ぎる。職業別のメゾットの法則は、一つの力に対し他を抑制するプログラムの筈なのに。」
木村が想像する、職業に対してのパワーバランスは自身の得意とする分野であり、リレイズの製作時に関わった部分でもあった為、その法則とプログラムは理解していたが、自身が作ったプログラムに対して明らかに反した梁の力を製作者である木村でさえその答えを即座に出せずにいた。
その混乱の中、梁は不敵の笑みを浮かべながら一瞬隙を見せた木村目掛けて襲い掛かり詠唱を行ないながら接近した梁は、木村の目の前に来ると鉄の杖を振りかざし攻撃魔法を繰り出す。
「しまった!」
「貰った!~ファイヤーボム~」
梁の鉄の杖から発せられる巨大な炎の玉を隙だらけの木村目掛けて放つ。
小沢もその攻撃に対し魔法剣で同じファイアーボムを作り、剣を振りかざし火の玉を飛ばすが、既に木村の目の前にあった梁のファイヤーボムは木村にぶつかり巨大な爆発を起こす。
木村のリムーブシールドも間に合わないタイミングで受け、辺りは飛び散った炎の破片で燃え移った炎で一瞬で火の海となった。
小沢や川上はその成り行きを見守る事しか出来ない苛立ちと木村の無事を心配するのをよそに、目の前に居る梁は目じりを吊り上げ不愉快さを表情に出す。
「貴様、何者だ・・・。」
木村の周りは今だ炎に包まれたままであったが、その先を見つめたまま梁が話しかけると、包まれていた炎は更なる業火の柱へ変わり、やがて一人の女性が持つ長剣に吸収されるかのように消えて行く。
その巨大な剣に似合わない華奢な体の女性の姿を捉えた川上は歓喜の表情で叫ぶ。
「清水!」
「よっ!」
ブロンドの髪を一本に縛り、多くの戦歴を語る薄汚い鎧はサイレンスの盾である清水だ。
清水の名前を聞いた梁は、リレイズでは聞き覚えのある有名人である彼女の名を思い出すが、梁の知る清水とは明らかに違うそのオーラを、この世界へ生身の体で転移された事で感じる事が出来た。
「貴様がサイレンスの清水か、だが私の知る清水とは何かが違う・・・。」
「そぉ?職業もそのままだけどね。ま、貴方と一緒で秘密が多いんじゃないのかな。」
梁の問いに対し、からかうような返事で返す清水から感じる今まで違う雰囲気は、近くに居た川上も梁同様に感じ、それは清水と言う同一人物がまるで誰かと入れ替わったかのような、表面上以外は別人な感覚を覚える。
「・・・お前、本当に清水なのか?」
「川上までそんな事言うかよぉ!・・・まぁ、ちょっとカサードで修行はして来たけどね。」
「カサードって、お前転職でもしたのか。」
「いーや、本当にただの修行だけ。あの転移で私はカサードのカーン道場内に居たのさ。」
「カーン道場って、あなた高級職業の資格を得たの?」
「道場の敷地への転移だったから、資格なしで入ったって感じ。で、お師匠が入門を許可してくれたんでそこで修行してたんだ。」
「師範から資格を!?と言う事は、あなたは『推薦者』って事!?」
疑わしい表情で清水に質問した川上に、ムクレた表情の清水はカサードに転移されてからカーンと修行を積んだ事を話すと、元弟子である木村は清水が道場へ入れる条件があったかの質問に清水はカーンらの推薦で修行を積んだ事を話すと、その事の凄さを知る木村は驚愕する。
木村ですらカーン道場へは自身で足を運び認めてもらい修行に励んだが、清水のようなカーンからの直々の推薦での入門は、木村の知る限りエスタークの村雨以外に居ない。
その話を聞いた木村は、梁や川上が清水の纏うオーラの違いに気付き、その存在を疑っている事の真意がようやく理解でき、木村は清水へ話をする。
「貴方、竜派は『炎竜派』ね。」
「ええ、今まで私竜派なんて持ってなかったんだけど、お師匠がせっかく戦士なんだから持ってた方が良いってね。だから私の竜派を確認してから炎竜派へ弟子入りして、『師』の称号を貰った後にお師匠から修行を受けたんだ。」
「師範直々って事は、奥義を教わったのね。」
「うーん、多分・・・。」
木村の質問に難しい表情で清水は答えたが、その話を聞いて木村は口元を緩め目の前の梁を見る。
「あなた、あの人には勝てないわよ。彼女は炎竜派の奥義のさらにその先を持っているからね。」
「確かに、私のフィイヤーボムを意図も簡単に受け止めたのは驚いたが、相手が戦士であれば力比べをすればいい事だ。」
そのセリフに似合わない細身の体で話す梁は、鉄の杖を両手に持ち清水に向かって攻撃を仕掛ける。
梁の鉄の杖が清水を捉えると、その間に巨大な剣が姿を現し先程の小沢と同様に力比べを始める。
純粋な戦士職である清水に対しても梁の力は強く互いの均衡は保たれているが、転職後の魔法使いのプレイヤーと考えればその光景は異常な事になる。
「どうだ!反撃も出来まい!」
「私は元々力比べは得じゃないもん、ね!」
清水は最後の言葉と合わせて長剣を力一杯押し出すと、その勢いに負けた梁は宙を飛び静かに地面に着地し即座に杖を向け詠唱を始めると、目の前の清水も周りからは、竜の形にも見える炎の柱が無数に現れ清水を包み込むように回り続ける。
「き、貴様その炎の量は一体・・・。」
「言ったでしょ、私は炎竜派だって。」
「それでも、その量は尋常では無い!ならば、反属性を繰り出すのみ!」
清水が纏う尋常では無い炎のオーラに一瞬怖気づくが即座に反属性である冷却系の魔法を詠唱し、やがて梁の杖から発せられた魔法は、巨大な氷の矢を作り出し清水へ向ける。
「~アイスアロー~」
巨大な氷の矢は怒涛のスピードで清水へ向かい、それは一瞬のうちの清水の目前に迫る。
だが、清水は慌てる様子も無く纏っている一本の炎の柱を剣に込めるように吸収すると、炎を纏った長剣を構え向かってくる矢にぶつけると巨大な氷の矢は一瞬にして蒸発してしまった。
即座に清水は炎の柱を今度は二本束ね剣に収めるとその剣を構え梁へ向かって行き、間合いに入りその剣を振り下ろすと激突した地面は割れヒビの間から火柱が現れ、その無数の火柱は梁に襲い掛かり辺り一面を爆発させる。
振り下ろした長剣を構える清水は、梁が居た爆発後の瓦礫を見つめる。
やがて瓦礫から梁が現れたが、その体は傷だらけで見た目以上のダメージを受けている。
「まさか、氷の矢を一瞬で・・・。このダメージでは、三人を相手にするのは厳しいな。これは一時撤退、だな。」
ダメージを受け自身の氷の矢を一瞬にして消された強大な威力を見せつけられた梁は、己の戦局の厳しさを感じ撤退を決め、持っていた鉄の杖を振り上げ地面に叩きつけると無数に飛ばされた瓦礫と共に姿を消した。
その姿を見た清水は大きく深呼吸をし持っていた長剣を背中にある鞘に収めると、近くに居た川上達の所へ走り出す。
「いやー良かった、川上達も無事だったんだね。」
「俺はアイリス城内に転生させられて途中で小沢と合流したんだよ。」
「で、そちらの女性は?もしかして、彼女!?そしてロリコン!?」
「・・・そんな訳ないでしょ」
清水は川上達の無事を確認した後、その横にいた女性を見て川上の彼女と聞いたが、木村本人より即座に否定しそのまま話を続ける。
「私は木村といいます。さっき知られたので話しますが、私はリレイズの『ゲームマスター』でリレイズを作った人間の一人です。私はミロの街付近に転移されて、イスバールまで上杉と鮫島さんと一緒に居て彼らとは同じ高校の同級生です。」
「えー!?上杉の同級生にゲームマスターがいたのかい!?」
「まぁ、学校ではリレイズをしている事すら誰にも話していませんので・・・。」
同じ女性であるが、清水のあっけらかんとした性格に苦手意識を覚える木村は清水の話を半ば追い払うかのようにため息をつきながら答えていると、川上がその話の間に割って入ってくる。
「で、木村さんはこんな夜に何処へ行こうとしていたの?木村さんだってネクロマンサーにマークされている事くらい知らない筈ないだろ。俺のセンサーのお陰で気づく事が出来たけど、流石のロードでも今回はやばかったでしょ。」
川上の質問に木村は一瞬答えに戸惑う。
このまま素直に鮫島 春樹の事を話すべきだろうかと。
その事を話せば鮫島 春樹がわざわざ手紙と言う手段を使って連絡をよこした意味が無くなるが、木村が鮫島 春樹と待ち合わせしているネロの洞窟の地下五階層にはケクロプスがいて、今までの世界であれば問題の無い討伐は、この世界になった事で何か変化があるかも知れない。
途中にあるトラップ回避を考慮すれば、盗賊である川上や戦闘要員として清水達の力は必ず必要になる。
暫く黙っていた木村は川上の話した質問に対して返答をする。
「・・・実は今日、鮫島 春樹から手紙が届きました。」
「え!鮫島 春樹から!?」
「ええ、彼はネロの洞窟の地下五階のキャンプ地で待ち合わせを指定して来て、直ぐにでも情報が欲しかったので今から向おうと思っていました。」
「だけど、ネロの洞窟の地下五階と言えば・・・。」
「多分、『蛇神ケクロプス』が居る筈です。」
木村は川上達に鮫島 春樹からの手紙の話しをする事を決めその事を話すと、川上はその名前に驚きを見せる。
鮫島 春樹の手紙の内容はネロの洞窟の地下五階で待つと書いてある事を話し、隣に居た小沢からその階に居るモンスターの存在を言われると木村は即座にケクロプスの名前を挙げる。
蛇神ケクロプスは蛇の体に人の顔を持つハーフモンスターで、体内で作る強力な体液を使い、硬度の高い物理攻撃を行なう。
それ以上に木村が心配する点は、この世界になってからのモンスターの生態変化の可能性で、以前より強力になっている可能性もあると木村は考えている。
神妙な顔付きをする木村をよそに、いつもの軽そうな笑顔を見せる川上は木村の方を向き、親指を自身の顎に当てる。
「なら俺達もついて行こうじゃないか。ネロの洞窟なら地下四階までのマップもあるし、罠の回避は盗賊の仕事だしな。」
「でも、川上さん達に迷惑を掛ける訳には。」
「なんだ?いつもの図々しさは何処へ行ったのやら・・・。この件に関しては、俺達も知りたい事があるんでね。木村さんの護衛はついで、だよ。」
「なんですか、ついでって。・・・まぁ、それならお願いします。」
「よし、素直でよろしい!清水も小沢も一緒に行くだろ?」
「川上の知りたがっている事は私も同じだからついて行こう。」
「私はアジトへ戻って皆を探しに来ただけだし、川上達や上杉達が無事なら暇だからいいよぉ。」
「よし、ネロの洞窟へ向けて出発だ!・・・けど、一応ダンジョンへ入るんだから事前準備はした方がいいから、出発は明日にした方がいい。木村さんだって素人じゃないんだから、それ位分かるだろ?」
「・・・ええ、分かりました。では、明日の準備が整い次第で。」
川上の一言で、木村はこの時初めて自身がどれだけ無謀な行動をしていたのかを気付く。
日が暮れてからのダンジョン潜入や事前に知っていた筈のネクロマンサーからの刺客の可能性。
普段の木村であれば考えられない今回の早とちりな行動を取った原因はあの手紙で、以前から、木村は今回の転移は自身で作ったプログラムの影響ではないかと考えていて、今まで木村の心の中にあった葛藤がその答えに一番近い人物からの手紙を受け取った事で、木村はそれを完全により所にしてしまった為だった。
若干十代でリレイズを作った天才プログラマーの実体は、まだ幼さの残る高校生であり、その責任の可能性を考えた時、自身に降りかかる重圧を絶える事は酷で、さらにこの世界に転移させられた事で一人で悩まなければいけない状況に陥り、その精神の不安定さは顕著に現れ今までも木村を襲っていた。
結局、自分は心の拠り所が欲しかっただけの子供だった事に気付かされた木村は、リレイズを知り尽くす高級職業に対して冗談程度で発した川村の言葉を話した川上が呆気に取られる程素直に受け入れる。
翌日、準備を整えた四人はイスバールを出発し、鮫島 春樹が居るイスバールより北にあるネロの洞窟へ向った。