第二十八話 終戦 そして新たな展開へ
2015/12/27 文構成を修正実施
「張のヤツ、死にやがったか。」
四畳くらいしかない暗がりの小さな部屋で、一人のプレイヤーらしき人物がステータスブックを眺め呟く。
その男はネクロマンサーのメンバーの劉で、飾り気のない無骨な机で、この世界には存在しないPCを使いプログラムを入力しながらアイリスが現在交戦しているシャーラの状況を逐一確認している。
「菊池も村雨に深手を負わせリシタニアをアイリスから追い出す事は成功したが、ヤツも現場から離れている今、残りの兵力は圧倒でもリシタニアや上杉がいるプレイヤー相手では不利だ。ここは一先ず、江へ連絡を入れるか。」
そう考えた劉の携帯に、まるでテレパシーでもあるのではないかのタイミングで携帯の呼び鈴を鳴らす相手は、劉が連絡を入れようとしていた江からだった。
「江か、シャーラの戦況が思ったより良くない。張もやられて、菊池も深手を負って現場を離れている。あっちへ梁か秦を送るか?」
「いや、カシミールはあれでいいネ。今回の戦争はあくまで時間稼ぎ、お前の計画が順調なら問題ないネ。梁達には別で動いて貰ってるから、そっちを重点にしてもらうネ。我々は、とりあえずこのラムダがあれば問題ないネ。」
「それと、リシタニアがアイリスより離脱した。計画通りではあるが、殺せなかったのは痛いな。」
「リシタニアはこれで大きな後ろ盾を無くしたから今は只の剣士ネ。サイレンスに入ったのも想定どおり、問題ないネ。アイリスは私が対応する、劉は引き続きプログラムを作ってくレ。アンテナが出来次第、作戦を実行していク。」
「分かった、とりあえずこちらは問題ないから引き続き作業を進める。」
江と劉は、シャーラの現状を話した後、自身の進めている計画の確認を行なう。
現実世界での劉の職業はハッカーで、この世界への転移時にPCを持っていた為、そのままこの世界に転移させられて来た。
劉は現実世界のハッカーの腕を使い、遥か上空にある超小型衛星に信号を送る為のプログラムを作成している。
だが、その周波数は現実世界では使用していない高周波帯域で、その電波を送受信するにはラムダ島にある鉱物『クリスタル』が必要で、江は、ラムダを手に入れクリスタルでアンテナを作る為に、アイリス三世にこの世界の混乱を伝え、それに乗じての戦略を提案し、小国ラムダを攻める理由をここで戦闘用の鉄砲を開発すると話し、イスバールとラムダ陥落の手柄としてアイリス三世よりラムダを譲り受けた。
ネクロマンサーは現実世界でこの周波数帯域の研究をしていて高周波帯のアンテナを既に完成させていたが、今回の転移によりその研究は妨げられていた時に、ラムダ島にあるクリスタルは電波を集める為の反射機能に優れ、それが高周波帯域の電波も拾える唯一の物質だという事に江が気づき、アイリス国の力と現実世界でハッカーをしていた劉の力を使い高周波帯域の研究をこの世界でも続ける事を狙っている。
そして、メンバーの梁に動いてもらっているのは鮫島 春樹の居場所の捜索だ。
江は今回の転移をリレイズの製作者側の誰かの手によって起こされた現象だと考え、リレイズの製作メンバー、つまり『ゲームマスター』達の動向を探る手筈も進めている。
だが、イスバールで会った木村以外リレイズ製作者の行方は以前不明なままで、ゲームマスター特有の特殊能力で居場所を知られず隠れいるか、それとも上空を飛ぶ超小型衛星に乗り込んでいる人物がいるのか。
その謎を解明する為にも、江は『ゲームマスター』の捜査も平行して進めている。
だがシャーラでの戦闘でメンバーの張を失った事で、このままアイリス側へつくのであれば誰かを派遣する必要が出て来て、その事を暫く考えた江は、アイリスへの対応は自身で行うと話し、劉へは引き続きプログラミングを行なうように話し会話を終えた江は携帯を切り、座っていた玉座の背もたれに倒れ込むようにもたれる。
「張を倒すほどの人物を生かしておくのは厄介かも知れないネ。だが、それは菊池を上手く動かしてどうにかさせるカ。アイツは実力だけなら高級職業とも引けを取らないネ。リシタニアを引き入れたヤツと言えば、ようやく現れたって訳だネ・・・。」
おもむろに玉座から立ち上がりラムダ城から見える広大な海を見つめながら江は呟く。
「・・・やはり出てきたか、サイレンス。」
以前から江の心の隅にあった違和感。
最初はその事を自身で否定していたが、今回の戦闘であのパーティーが現れなければ今回の戦力での侵略は問題なく進み簡単にシャーラを陥落出来た筈なのに、結果は『ホロゴースト』ロードの張を失いリシタニアを脱退させアイリスは争いに敗れ去った。
江はこの時初めて、その中心にいたサイレンスの脅威を思い知ったのだ。
シャーラ城での戦闘はまさに佳境を迎えていて、既に戦地に居た出口と入口と途中から参戦した下山の活躍でアイリス側のプレイヤーは減り、出口の広範囲攻撃魔法でアイリス兵はほぼ壊滅状態だったが、三人の力の限界も近くなって来た時に現れた上杉達の参加で再びシャーラ軍の士気は上がった。
上杉は対立するアイリス軍の殺生に、張と対立した時の気の迷いは無かった。
あの時、上杉の代わりにそれを行なってくれたリシタニアは、自身が反逆者になる事を知っていても上杉を助けた理由を自身も答えようが無く考える前に体が動いたと話し、その言葉に上杉は、この世界に生きるリシタニアの覚悟と自身を必要としてくれている事を感じ、あの時から自身の心の甘えと覚悟の無さに気付かされた。
だが、この世界へ体ごと転移させられた事で感じる殺生時の感触や生温い血の臭い相手を斬る寸前の覚悟など、平和な世界で親の支配下で育った上杉にはあまりに強烈で、殺生後の己の心は未知なる何かと葛藤を繰り広げながら寸前で意識を保っている。
その要員の一つであるのが上杉の持つ三種の神器『妖魔刀』で、妖魔刀は最強と言われる強度を誇る最強の剣だが、その代償に持ち手の心を奪う。
妖魔とは契約と言う形を結んではいるが、妖魔刀から発せられるオーラは、上杉を別の人間へ変えさせようとする魔の手が、己を暗闇へ引きずり込もうとする気持ちに襲わさせた。
この戦争に参加するプレイヤーの殆どは上杉より遥かに年上で、未成年で参戦しているのは恐らく上杉と鮫島だけであろう。
鮫島は従者を使い攻撃するので、自身の手で殺生をする気持ちは上杉より薄いのかも知れないが、上杉は相手と面と向かい己の刀で直接体を突く為、その行為に対する心へのダメージは若干十六歳の若造には辛く、アイリス兵と交戦を繰り返す毎に胸が苦しくなり倒れそうな感覚に襲われ、気分が悪そうな表情を見たリシタニアが上杉の心配をする。
「上杉、大丈夫か?」
「ええ、大丈夫です。ちょっと疲れが溜まっているみたいです。」
「そなたにとっては、この戦場での殺生の辛さは分かる。後は兵士のみだし、そなたは無理はするな。」
「いえ、俺もこの世界に居る人間なりにその覚悟は出来ていますので。」
リシタニアの言葉に対し上杉は、この世界に生きているからこその覚悟を語り自身に向け剣を振りかざすプレイヤーに、先程までと違う迷いの無い表情で、妖魔刀を構え『神速』を繰りしプレイヤーを真っ二つにする。
その姿を見たリシタニアは、自分はなぜあの時上杉を助けたのか、そして彼を生かす事の必要さを実感する。
それは彼にしか理解出来ない戦争に対する思想で、リシタニアはそれまで戦争とは、己の領地を守る為に必要な行為と考えていたが、上杉が倒れそうになりながらも必死で剣を振るい殺生を行なう姿を見て、戦争とは大人達が作ったエゴなのでは無いのかと感じている。
それは、リシタニアが右も左も分からない幼女期から戦場へ送り込んだ大人達の行為は、今の上杉の姿を見てそれがどれだけ非道な行為だったのかを実感させ、リシタニアの心は酷く締め付けられる感覚に襲われる。
だが上杉はそれを覚悟と話し、目の前の敵である同じプレイヤーを切り刻んでいく。
確かにそれは矛盾している事なのかも知れないが、その辛さと覚悟を感じた人間のみが新しい時代を作れる事が出来るのではないかと感じ、『竜神』の生まれ変わりの上杉こそが竜神が成し遂げなかったシャングリラ(理想郷)を作れる人間なのではないかとリシタニアは感じる。
彼こそが、この世界を変える為に来た救世主だと。
その鬼気迫る上杉の気迫と『神速』の剣に恐怖を覚え、アイリス軍は徐々に士気が下がり始めたと同時期に村雨と鮫島が合流し、村雨の姿を見たアイリス側のプレイヤーが逃げ出すと残っていたアイリス兵も逃げ出した事で、この戦争は終焉を迎える。
鮫島の従者トレントによって体力はある程度まで回復した村雨だったが、その体中にある無数の鎧傷を見て、東達が心配そうに集まりだし、上杉も村雨の横に居る安堵の表情を浮かべる鮫島の所へ駆け出す。
「鮫島、大丈夫だったか。同じ召喚術士とは言え、菊池との相手は厳しかったと思うけど無理なお願いをして悪かったな。」
「結局菊池はムーブポイントで逃げてしまいましたけど村雨さんにも助けて貰いましたし、なんとか撃退する事が出来ました。」
「村雨が?」
その横で東達と話しをする村雨が、上杉達の会話を聞いていたかのように上杉がそちらを向くと、村雨は少しソッポを向き話しだす。
「ふん、菊池を倒す為に利用させて貰っただけだ・・・。」
「まったく・・・、村雨も照れ屋だからね。鮫島さんには感謝してるよ、アタイからも礼を言うよ。」
「はい、ここへ来るまでにいろいろとお話は聞きました。上杉君とはライバル関係である事とか。」
「今度は同じ剣士同士だから、本当の決着が付けられるぞ。」
「そんな事しなくても勝つのは俺だ。」
少し照れくさそうな村雨に東が代わって鮫島と上杉にお礼を言うと、上杉はいつも通りの調子で村雨へ侍になった事で決着をつけられると話すが、その上杉を見て村雨はいつもの自信に満ちた表情に戻り言葉を返し、調子を戻した村雨を見た上杉はおもむろに右手を差し出す。
「お前のお陰でメンバーが助かったよ。ありがとう。」
「・・・いや、助けられたのは俺だ。俺は結局、アイツを倒す事も殺す事も出来なかった。お嬢ちゃんが来なかったら確実に死んでいただろうな。」
「お前らしくないな。お前の強さは俺が一番知っている筈だけどな。」
「俺の中の境界線は既に崩壊していると思っていたが菊池を殺す事が出来なかった。結局、俺はまだまだ甘いんだな。」
「別にいいんじゃないか?その心があり境界線が残っているからこそ人としての理性があり、アイリスのような殺戮集団にはならないんだから。」
「・・・かもな。」
先程と違い、上杉が右手を差し出しながら村雨に感謝を述べると、村雨はこの世界に生きる者としての甘さを話すが、上杉はその甘さが必要だと返す。
その姿に村雨は、この戦争で戦った自分の子供と同じ位の年齢の人間に言われた言葉を素直に受け入れられ納得している自分がいて、村雨は右手を差し出し握手を交わした。
「で、お前達はこれからどうするんだ?」
「俺達の目的は、この異様な世界を止める事だ。とりあえず、以前から気になっていた鮫島 春樹を探そうと思う。」
「鮫島って、嬢ちゃんの身内のか?・・・なるほど、『ゲームマスター』か。」
「リレイズの世界を一番知り、生身の人間を転移させられる術を持つ人間なんて考えられる男は鮫島 春樹しか居ない。それに、この世界に転移される直前に娘に与えたIDといい、タイミングを考えると鮫島 春樹は何かを知っているんじゃないかと思ってな。」
「確か、鮫島 春樹はこの世界に転移させられる少し前にリレイズの世界に入って行方不明だったな。『ゲームマスター』ならリレイズの製作者が全員そうなんだから、他のヤツもあやしいんじゃないか?」
「いや、既に別の『ゲームマスター』に接触したけど、その人間は巻き込まれた側で、管理者コマンドが使えないと言っていた。それが真実かは俺には分からないけど、もしそれが真実であれば首謀者が『ゲームマスター』でも全員ではなさそうなんだ。」
「確か、『ゲームマスター』は全員で四人だったよな。」
「ああ、そのうちの一人を除く三人の誰かがこの現象を説明出来る可能性がある。俺達はまずその可能性から当たろうと思う。」
「分かった、こっちでもその情報は仕入れる。お前に借りを作りっぱなしってのも気持ち悪いからな。」
「とりあえず期待しておくよ。」
村雨に今後の話しをすると、上杉は今回の転移の首謀者は鮫島 春樹を始めとする『ゲームマスター』と言われるリレイズの製作者と推測し、既に接触した『ゲームマスター』の一人、木村に対しては彼女自身も巻き込まれた側で、管理者コマンドも使えないと話していた為、全員が関与していないのであればアシメントリーの発案者である鮫島 春樹と他の人物が関する可能性を話す。
だが、謎の雰囲気を持つ木村の様子からはそれが全て真実なのかは断定出来ない為、上杉は一度イスバールへ戻り復興に従事する木村にもう一度その事を確認しようと考える。
アイリスの戦略が失敗に終わった今、ネクロマンサーは衛星へのハッキングと既に次への段階へ進みつつあり、上杉達は今回の転移の首謀者の可能性のある鮫島 春樹の捜索を引き続き進める。
この世界の異変の原因を各パーティーが気付き行動を始め、先に答えに辿り着いた者達の思想次第でいくらでも変わる乱世な世の中に変わり始めていた。
- 第三章 カシミールでの戦闘 完 -




