第二十四話 同僚との対決
2015/12/24 文構成を修正実施
城壁に大きな風穴の開いたシャーラ城の前で、巨大な召喚獣を挟み睨み合うプレイヤーが居る。
その二人はエスタークで共に冒険をしたパーティーであった菊池で、菊池がアイリスへ村雨がカシミールへついた為、元同僚同士の決闘が始まる。
先制するのは菊池の放ったベヒモスで、蒸気が漏れ出る拳を村雨に目掛けて繰り出す。
その拳は高熱を纏う高温の拳で全ての物を溶かす威力があり、魔道士の魔法が使える『パラディン』である村雨は片手に冷却系の魔法で盾を作り、その攻撃を受け止め剣を振りかざす。
その時、村雨の剣の色が青から赤へと徐々に変化する。
その赤は村雨の血の色で、村雨の持つ『聖なる青い剣』は持ち主の血を吸う剣で、その血と引き換えに剣の形を自在に変化出来る。
剣の変化は持ち主の考えで決められ、その長さや強度は持ち手の体力と能力次第になり無闇に使いすぎると自身の体内の血が無くなる為、注意が必要だ。
村雨の振りかざした剣はベヒモスの拳を巻き込むように変化し、ベヒモスの体へ到達し鋭い剣先で貫く。
ベヒモスはダメージを受け後ろへ下がるが、今度は両手を合わせ振り挙げそれを村雨目掛けて振り下ろす。
村雨の剣はそれに対応するかのように、剣の厚みを増し重厚な剣に変わりベヒモスの攻撃を受け力比べを始める。
「いーねぇ。リレイズの世界じゃ、俺と力比べ出来る相手はいないからなぁ!」
「その減らず口が何時まで持つかな!」
村雨はその体格を生かし現実世界ではラグビーをしていて、その体力とスピードに似合う職業として最初戦士を選んだが、カサードでカーンに認められ弟子に入り知識を得て『パラディン』に転職した。
村雨の力はリレイズでは屈指で、それに魔術士の知識を持つ村雨はリレイズ史上最強のプレイヤーとも言われている。
村雨の血で強化された剣はベヒモスの両手での攻撃にも耐え次第に力比べで押し始め、やがて村雨の剣はベヒモスの拳を跳ね返し続けざまに与えた村雨の一撃がベヒモスの体を切り付け、その痛みで苦痛の雄叫びを上げる。
村雨は剣を戻しベヒモスが引く隙に後ろに居る菊池目掛けて剣を向けると、剣先が槍へ変化し高速で伸びる槍は一直線に菊池の頭部を狙い、菊池は再び詠唱を行い別の従者を呼び出す。
「~ヴィゾーヴニル~」
現れた火炎を纏う鶏の従者はその身で菊池の周りを囲み、村雨の攻撃が突き刺さるとまるで血が蒸発したかのように血が焼けた異臭を残し消滅する。
火炎の鶏は、その身を術者に纏う事で炎の壁を作り物理攻撃を蒸発させる。
「そのな手を持っていたか、厄介だな。」
「当たり前だろう、お前達にまだ奥の手は見せていないからな。」
「『開放』もそうなんだろう?」
その一言に、菊池の先程までの冷酷な表情が一瞬驚きに変化した事を村雨は見逃さなかった。
だが、菊池はその素振りをかき消そうとするように一瞬引いたベヒモスを再び村雨に向ける。
「そーだよなぁ!お前の『開放』を知る人間は限られたヤツだけの筈だからな。」
菊池の秘術『開放』の情報はメンバーの下山から仕入れた情報で、下山の話だと『開放』は従者との契約を切る事で制限のある従者の召喚を消すまで召喚出来るらしく、召喚従者を現世に出す行為は精神力の消耗が激しく、いかに従者を長時間召喚出来るかは術者の力量によるもので、四大従者のベヒモスを出し、かつヴォイゾーヴニルをも召喚出来る菊池は召喚術士としては常識を逸するレベルにある。
だが、菊池の精神力にも限界があり通常ベヒモスを召喚出来る時間は数十分で、そのタイミングで一度術を解く必要があるが秘術を使えば常時ベヒモスを召喚出来るようになる。
村雨の話を聞き、菊池は不機嫌そうな表情を見せるがその時間はわずか一瞬で終わり、再び狂気に満ちた表情に変わる。
「その程度の情報であれば問題は無い。私がお前を殺せば済む話だ。それに、お前の知るそれは全てでは無いしな。」
菊池が不敵な発言をした直後、菊池がベヒモスを召喚していた魔法陣に一文字書き足すと魔法陣の光の色が変わり、同時に先程まで村雨に攻撃をしていたベヒモスの動きが止まる。
「なぜ、動きを止める!?」
「これが、お前達の知る『開放』では無い本当の意味の『開放』だ!」
菊池が叫んだ後一度動きを止めたベヒモスが再び動き出すと、先程までと違い体から発せられる熱の量が格段に高くなりベヒモスの表情も生気を帯びた顔になる。
それは、本当の『開放』と言う名の従者を本来の獣へ戻す行為の事を指す事であった。
「これが本当のベヒモスの実力だ。私の縛られた契約から開放され、本来の獣としての野生の力に力尽きるがいい!」
獣と化したベヒモスは、ダメージを与えた者を敵とみなし襲い掛かる。
先程切りつけた傷の痛みを覚えているベヒモスは、与えた村雨目掛けて猛スピードで突進する。
そのスピードは前と比べ各段に増していて、村雨の機動力でも避けるのが精一杯で、続けざまに来た拳の攻撃を村雨は脇腹へクリティカルを食らい、村雨は火ダルマになり地表へ深く埋まる程の勢いで弾き飛ばされ、飛ばされた力が土を掘る力に全て変換された後勢いが止まり、遥か先で菊池が高笑いを始める。
「ははは!所詮プレイヤーの力なんてこんなものよ。リレイズ最強のパラディンも、開放後の召喚獣には手も出まい!」
叫ぶ菊池の声を微かに聞きながら村雨は起き上がりダメージを確認し、拳で受けた脇腹は恐らくアバラが数本折れているだろうと推測する。
魔術士系の魔法を使えるパラディンである村雨は攻撃系のみの為回復は出来ず、激痛の走る脇を押さえながらおもむろに立ち上がる。
「この世界になって今の一撃で生きているのはさすがと言うべきだろうな。生身の人間が転移した事で、この世界でのダメージはリレイズの時以上に感じそしてダメージも大きいからな。」
「ああ、その辺は今までの戦闘で知ってるよ。だからって、鎧を着けても大した効果はなかったしな。」
「ならばわかるだろう?次の一撃をくらえば確実に死ねる事も。」
生身のままリレイズに転移したプレイヤーはこの世界で受けるダメージを己の体に直接受けている為、アシメントリーを使った脳へ直接信号を送るヴァーチャル体験では比べられない程の再現出来ないダメージを村雨は受けている。
村雨の額には脂汗が流れ視界もぼやけて来ていて、受けたダメージに対して体が休む事を命令している状態だ。
だが、菊池は容赦なくベヒモスを村雨に向けて放ち向かってくるベヒモスを視界に捉えられない程意識の無い村雨にはどうしようも出来ない。
だが、村雨にも菊池も知らない秘技を持っている。
それを使うには時間が掛かり、それには丁度良い程ベヒモスまでの距離もあった。
「・・・ま、どうせ死ぬなら失敗してもやってみるべきだろうな。」
村雨は不吉な言葉を呟き、目の前に転がる聖なる青い剣を両手で持ち体を半身にし刃先のみを向かってくるベヒモスに向ける独特な構えを取ると、静かに目を閉じ大きく深呼吸をし精神を集中する。
村雨の竜派は水竜派と言われるリレイズの世界の四大竜派の一つで、その水竜派の中でも村雨は『師』の称号を得る程の実力者であり、エスターク設立後もクエストや実業務をこなしながら常に自身の新しい境地を開拓していた。
その絶え間ない鍛錬があったからこそ、これ程までのレベルになってもさらに上を目指す技を得る事が出来、その存在は菊池はおろか他のエスタークメンバーも知らない。
ここまで追い込まれた事により雨もついに腹を決め、ここで殺されるのであれば、秘技を披露し対抗しようと剣を握る力に一層力を込める。
驚異的な速度で既に村雨の間合いを詰めたベヒモスの拳が村雨目掛け襲い掛かるが、その拳が村雨に触れる僅かな距離に詰まった時、村雨の剣がその拳と交わる。
「無駄だ!お前の剣なぞ弾き飛ばしてくれるわ!」
聖なる青い剣は変化自在の剣であり、強度に関しては使用者の力量もあるがそれ程高い物ではない。
それを知る菊池は、解放後のベヒモスの一撃を剣で受け止める村雨にその行動の無意味さを語るが、ベヒモスの拳と村雨の剣の間に透明な膜が次第に出来始めやがてベヒモスの拳の勢いを殺す。
「『水竜閃』!」
村雨が繰り出した技は剣に水の膜を作り出し剣を振り抜くことで相手に飛ばす水竜派の技で、この技は村雨のオリジナルになり、その膜を剣先のみに集中させ剣の強度を上げる村雨の持つ剣の弱点を補う為に編み出し技だ。
だが、それを合わせても解放後のベヒモスの力には叶わないのは村雨も知っていて、再びベヒモスが動き出した事が証明している。
「・・・さて、これでお膳立ては揃ったな。この剣が折れる前にさっさとやっちまうか。」
「はっ!最後の悪あがきが!」
水竜閃はあくまでお膳立ての為と呟く村雨に、吐いて捨てるように菊池は叫ぶ。
剣先が拳に押されしなり出し始めた時、村雨の表情が先程までと変わり、全てを掛け全力で敵に突っ込む事を覚悟した人間のような狂気にも似た表情になる。
そして、村雨は一つの魔法の詠唱を始める。
「~ブロー~」
『ブロー』とは魔術士の使う攻撃支援魔法で、一度のターン分だけ対象者の攻撃力を上昇する。
この世界になり村雨が考えるブローの効果範囲は一振り分で、直後に村雨の体に黄色い光が纏い自身の力がみなぎり始めベヒモスに押されていた状況が一挙に逆転し、村雨はその勢いを借り一気に拳を跳ね除ける。
その反撃にベヒモスは状態を後ろに反らし倒れそうになるが、再びその体制を整えようと片足を後ろにずらした。
「確かにお前の力は強大だな。だが、それも何時まで持つかな?」
村雨の持つ聖なる青い剣は、持ち手の血を吸い威力を増大させる。
今の攻撃も村雨の血を使い剣を巨大にした事でベヒモスの攻撃を受け止める事が出来、それと攻撃補助魔法を使い攻撃を弾く事が出来たが、この攻撃を連続で使える程今の村雨に体力は残っていない。
だが、菊池の言葉に対し村雨は先程と変わらぬ表情のまま拳を弾き返した状態で動きを止めているが、視線は常に菊池を捉え続ける。
「本当の技はここからだよ!」
村雨は狂気に満ちた表情で叫ぶが、先程と違いその鋭い視線は菊池を見ておらず、見つめる視線の先はベヒモスが体制を建て直そうとして一歩引いた足元でそこには先程放った水竜閃の影響で出来た小さな水溜りがある。
「これが、水竜派秘技!」
「水竜派秘技だと?しまった!お前それを何時の間に!?」
水竜派の秘技と叫ぶ村雨に対し、その意味を悟った菊池は今の状況を見てその秘技に対する対策が一切行なわれていない事に気付き、自身の知らない村雨の秘技にこの状況の危機を即座に察した。
上段の構えを取る村雨の持つ聖なる青い剣が赤く光り出すと同時に、その剣の周りをなぞるように水が覆い出し、赤くなった剣は形を変えベヒモスの足元にある水溜り目掛けて飛んで行く。
「『水影』!!」
その技を唱えると同時に、剣は水溜りを突き抜けその水溜りはやがて黄金色に光り辺りを包み、その光に片足を入れているベヒモスを次第に包みだすと身動きが取れない状態にする。
水竜派秘技『水影』はその対象者の動きを操る事が出来る秘術で、その技に掛かれば対象者は無意識に操作されそれは捕獲同然の事になる。
「しまった!お前、何時の間にこんな技を。」
「俺は己の驕りに負けず常に鍛錬を積んで来た。その結果がこれだよ。これで、ベヒモスは俺の飼い犬同然だ。」
村雨の秘技により一瞬にして二人の立場が入れ替わる。
いくら菊池が現在召喚しているヴィゾーヴニルの強力な防御壁があっても開放された力を持つベヒモスでは意味が無く、だからと言って菊池の残された従者では相手できる筈も無く、それは村雨に対しても変わらない。
「・・・じゃぁ、とっと片付けさせてもらうか。」
「まぁ、こうなっては致し方ないな。」
ボロボロの体の村雨に対し、菊池はそれでもこの状況を打破出来ないと結論し、己の命に未練の欠片も感じていない冷徹な表情で答える。
村雨は剣を握り即座に向かおうとするがその行動を一瞬止める。
「・・・お前、俺の娘じゃないよな。」
「何を馬鹿な事を言っている。私はアイリス教の人間だ、お前のような異教徒と一緒にするな。」
「だよな・・・。俺の探していた娘は、自身で殺したなんて嫌だから一応、だよ・・・。」
会話を終えた村雨は、持っていた剣を構え一瞬で菊池の間合いに入りその剣を振り上げる。
次の瞬間、倒れたのは菊池ではなく村雨だった。
村雨が菊池にとどめを刺せなかったのは、先程のヴィゾーヴニルの防御壁で蒸発した血の量が多く、それまでのダメージと秘技を使った体力低下が合わさり、とどめを刺す前の一瞬の気の緩みで我に返った体に襲い掛かった事だったが、村雨がこれまで戦えていたのは、この世界になってからの体では考えられない現象であった。
「ふははは!神は私の味方をした!馬鹿が、最後に下らない質問をした事でせっかくのチャンスを逃したのだ!」
倒れ込む村雨を見る菊池は、再逆転の展開を神の思し目と叫び高笑いを始め、村雨が気絶した事で動きを取り戻したベヒモスは、再び戦闘対象を確認し、倒れる村雨の場所へゆっくりと進み攻撃範囲に入った瞬間、その拳を大きく振り上げ、高速で降ろすその先は何も抵抗の出来ないうつ伏せに倒れる村雨だ。
「死ね!!」
ベヒモスの拳が村雨を捉える寸前、ベヒモスの体は突然何かに押されるかのようにその巨体は遥か後方へ弾かれるように飛ばされて行き、その後にまるでゲリラ豪雨が突然襲ったかのような大量の水が菊池達の上空から降り注ぐ。
その水と弾き飛ばされたベヒモスを見て、菊池は即座にその攻撃を理解する。
四大従者と言われるベヒモスを飛ばす程の力となれば同じ四大従者しか無く、突然振り出した大量の雨と合わせて想像出来る従者はその中の一人『リヴァイアサン』のみで、その従者を召喚した人物は、以前から気にしていた者に間違いないと菊池は確信している。
「・・・鮫島か。」
菊池の遥か後方で構える黒いワンピースの女性と、その上には海王リヴァイアサンが戦闘態勢を取っている。
「あなたが菊池ね。私があなたを止めるわ!」
「お前が私を?リヴァイアサンを持っているからっていい気になるなよ!お前では私を止めるどころか倒す事も出来ない!」
鮫島の言葉に敵意をむき出しに叫ぶ菊池は後方にいるベヒモスを呼び戻し、再び戦闘体勢に入る。
最強と謡われる四大従者を持つ召喚術士が向き合う事で、この戦闘の第二ラウンドの火蓋が即座に切って落とされた。