第二十三話 戦国乱世への序章
2015/12/23 文構成を修正実施
夜の静けさの中に、張り詰めるような緊張感が辺りを包む。
その大地に約一万のアイリス軍が、目の前にある城砦シャーラを攻め入れようと四方を囲み臨戦態勢を取っている。
既にアイリス側より宣戦布告の伝達をシャーラへ送り、シャーラ側は即座にアイリスへ使者を送る事で敵意のない同盟を結ぶ事を望んだが、アイリスがその使者の首をシャーラへ送りつけた事で交渉は決裂し、今まさに戦火が切られようとしていた。
「菊池殿、シャーラとは形だけでも同盟を結ぶべきだったのではないでしょうか?イスバールが奪還された今、我が軍を増兵するにはテネシーから船を出さねばならず航路時間が長くなってしまい徴兵は遅れてしまいます。」
アイリスの兵を率いる師団長である『ムスカ』が、この戦争の大将を任されている菊池に今回の作戦に対し意見を話す。
木村がイスバールを奪還した事でロッテルダムから船を出す事が出来なくなり、カシミールへ兵を派遣する場合は遥か手前にあるテネシーからでないと船が出せなくなり、航路時間が掛かり増兵の際に時間が掛かる為、シャーラとは戦わず同盟を結び、カシミールを落とす事を提案する。
ムスカがその事を話している最中も正面の城塞を見つめながら聞く菊池は、顔を向けず話し出す。
「異教徒を取り入れる事などアイリスの神は許さない。生き残るのは我がアイリスのみだ。兵が足りなければ私が赴けば問題ない事だ。」
「ですが、菊池殿に万が一がありましたら・・・。」
「私の命は貴様らの為にあるのではない、全てアイリスの神の為だ。その為ならこの命惜しくは無い。貴様、そんな逃げ腰では奴らに食われるぞ。」
ムスカを向かないで話す菊池の口調に、ムスカは目の前の凛とした女性に恐怖を覚える。
召喚術士である菊池の容姿は、その職業と女性と言う事もあり迫力は無いが、アイリスの家臣が菊池を恐れるのは狂気に満ちたその眼とアイリスに対する信念で、この世界に転移された事で冒険者であるプレイヤーは不死の体で無くなり弱気になる冒険者をキャラクターであるムスカを今まで多数見てきているが、アイリス教徒の冒険者とりわけ菊池に関してはアイリスの神の為なら死すら恐れない転移以前と変わらぬ信念と恐怖を持ち続けているからだ。
「は、は!申し訳ございません!では、直ぐにでも戦闘に入れるように準備致します。」
「まずは劉が持ってきた鉄砲を使え。中段には騎馬を、そして鉄砲隊のカバーを弓矢隊が行なえ。今夜中にシャーラを落とすぞ。」
「は!」
ムスカは即座に謝罪をすると、菊池が戦闘の指示を出しそれに答えたムスカは、慌ててその場を逃げるよう隊の所へ戻っていく。
「アイリスの兵一万と百数十のプレイヤーに対し相手の兵力は変わらないが、プレイヤーは数十人しかいない。この人数であればシャーラはおろか、カシミールを落とすのも時間の問題だ。いくら村雨がいようとも、この世界になったからには以前ほどの脅威はヤツにはない。・・・だが、なぜだ。作戦は順調に進んでいるのに、心の何処かで不安を煽っている別の自分がいるのは・・・」
菊池は元々エスタークのメンバーであるが、この戦争ではエスタークとは敵対関係になりリレイズでも指折りのパーティーを敵に回しても勝算がある理由は、江率いるネクロマンサーがアイリスに付いたからで、高級職業が三人いるネクロマンサーの攻撃力はサイレンスやエスタークよりも強力だ。
それは、不死の体で無くなったこの世界では大きなアドバンテージで、力ある者が有利なのは現実世界と同様、その力を持つ者はこの世界を制する事が出来る。
だが、菊池は自身の心に僅かながら残る不安を拭いきる事が出来ないでいる。
その部分を確認するかのように戦闘配備に着く兵が駆けずり回る緊張感の中でも、まるでその事を気にもせず小さく呟く。
「まさか、サイレン・・・ではないだろうな。」
菊池は一度その言葉を言い掛けるが、それに対し即座に否定すしその名を止める。
確かに、サイレンスはリレイズの世界ではトップのパーティーである事は菊池も認めているが、サイレンスは群れる事を嫌い戦争に加担しない平和ボケな人間や、アイリスを語りながらもアイリスの神の思しめでない行為を繰り返す人間がいる有事の際にボロが出そうな組織だと総評していた。
そんな組織がこの世界になり、まとまりをもつなんて不可能と考えた菊池はそのパーティーの言葉を発するのをやめる。
だが、そのメンバーの中でも一際実績無くレベルも低い人間がいる。
そのメンバーを最初菊池は気にも止めていなかったが、この世界になりそいつは同じ召喚術士として四大従者の一人リヴァイアサンを仲間にした噂を聞き、菊池ですら四大従者を手に入れるのに二年の年月を掛けたその契約を僅か数ヶ月でそれを成し遂げた事など、最近の変化に僅かながらの警戒心を抱いている。
そしてケルベロス討伐の際に仮ではあったがアイリスの暴君リシタニアを仲間に入れ、力ではエスタークにも及ばないパーティーが二大クエストを制した実力から、力だけではない何かを持つサイレンスは要注意な事は間違いないが、それでも今のような乱世の世界に入れば必要になるのは数と力で、それを思うとサイレンスに脅威を感じられなくなり、その不安定な気持ちが菊池の心を落ち着かせない理由だ。
その気持ちを落ち着かせようとしている時、傍らから先程と違い鎧を纏ったムスカが現れ菊池に報告をする。
「菊池殿、戦闘の準備が整いました。いつでも出陣できます。」
「分かった、では一時間後に出陣する。」
ムスカの報告に、菊池は一時間後に出陣すると指示を出す。
時を同じにして、アイリスの行動を察したシャーラ軍も城壁の上に弓矢隊の配置を始め、カシミール戦略への第一歩でもあるアイリス VS シャーラの戦闘が今まさに始まろうとしている。
時は月夜も眠る静けさに包まれる深夜。
その静寂の闇を切り裂くかのようにアイリス軍の弓矢隊の矢に炎が灯り、その無数の炎の灯りはこれから始める戦闘での死者を導く黄泉への通り道にも見える。
その先陣に立つ菊池がローブから片手を出すと、その手から発せられる光が魔法陣を描き、その場に菊池の広げた手が合わさると、光は次第に辺りを照らし魔法陣から一体の巨人が現れる。
優に数メートルはあろうその巨体から迸る汗は沸点を超える温度で、それは汗ではなく巨体から出た熱が蒸発した水蒸気で、これほどの高温を体内に持つ従者は火炎属性最強の従者『ベヒモス』だ。
「行け、ベヒモス。」
菊池の命令に従い、その目の前いに現れた巨人はシャーラの城壁目掛けて突進して行く。
「皆の者、掛かれ!!」
菊池の召喚したベヒモスがシャーラ軍へ突進するのを見たムスカは全軍に攻撃命令を下し、ついに戦いの火蓋は切って落とされる。
城壁前に構えるシャーラ軍の兵士をアイリス軍の鉄砲で瞬殺し、城壁上に居る弓矢隊の矢は突進するベヒモスにほぼ食い止められると、アイリス軍の放つ炎の矢がシャーラ軍の弓矢隊目掛けて容赦なく襲い掛かる。
兵対兵での勝負は今のところアイリス軍の圧勝で、ベヒモスの巨大な体を盾にし突き進むアイリス軍に圧倒され怖気づき出すシャーラ軍に対し、城門の奥に居たシャーラ側に付く数人のプレイヤーがその兵に代わり前衛に現れる。
「アイリスにこれ以上好きにはさせない!」
そのプレイヤーの一人から放たれた魔法は移動阻害呪文のキャストで、魔法を受けたベヒモスはその光の糸で先程までと違い動きが鈍ると、他の魔法使いは菊池がベヒモスを召還する事を事前に予測していたかのように、対属性である冷却系の魔法を大量に放ち攻撃する。
吹雪の攻撃を受けダメージが蓄積されるベヒモスは次第に動きが弱まり、プレイヤー達はその巨大な壁を崩す確信を得てその威力をさらに上げて来る。
「よし!これでベヒモスは倒せ・・・っ!!」
先頭に立ちプレイヤーに指示を出していた魔法使いがベヒモスへの勝利を確信し、全員の士気を上げる為に叫ぶ最中にその者からの声が途切れ、プレイヤーの頭部から夥しい血が飛ぶ。
「どうした!!」
「アイツの頭が突然吹き飛んだ!」
「敵襲か!?」
頭を無くし無造作に倒れるプレイヤーを見て、他のプレイヤー達も同様を隠せずベヒモスに魔法を放ちながらも、見えない敵の襲来に怯え始める。
倒れたプレヤーの先に、一人の女性が両手にサーベルを持ち立っている。
その姿に一目で戦士だと判断出来たが、美しい容姿と金色に輝く長いブロンドの髪を見てプレイヤー達は即座にその人物を認識できた。
「う、『美しき暴君』リシタニアだ!」
一人の魔法使いがその名を叫び、唱えていた詠唱を止め逃げ出す。
リシタニアは両手のサーベルをクロスに構え真っ直ぐ突進すると、逃げ出した魔法使いの前へ回り込み構える剣を前に広げた瞬間、魔法使いの頭部は四つに切り刻まれる。
「ま、まさか!いくら暴君の攻撃とは言え一撃で倒されるなんて。俺達はこのまま攻撃を続ける、リシタニアはお前達に任せる!」
「わかった!」
先陣に立っていた魔法使いが倒れた事で、別の魔法使いが後衛にいる戦士にリシタニアへの戦闘の指示を出し、後ろにいた数人の戦士がリシタニアの前へ立ちはだかり、戦士は重厚な鎧を纏っているのにも関わらず身軽な動きで右手に持つ剣を振りかざす。
リシタニアは片方のサーベルでその剣を受け止め、もう片方のサーベルを戦士に向けて振ると、戦士は持っていた盾でその攻撃を防ぐと、動きの止まったリシタニア目掛けてもう一人の戦士が襲い掛かるが、リシタニアはそれを予想していたかのように向かって来る戦士を鋭い視線で見つめ、口を開く。
「大嵐の太刀。」
リシタニアがその言葉を発すると、戦士と交わるサーベルから圧縮された空気の渦が現れ、その空気が破裂する威力で剣を交えた戦士は弾き飛ばされリシタニアはその反動を利用し回転すると、反対側から向かって来るもう一人の戦士も攻撃を受け止め、先程の反動を利用しその戦士の持つ剣を折りもう片方のサーベルで戦士の体を貫いた。
戦士に刺した剣はそのままに残りのサーベルを構え直し、弾き飛ばされた戦士が体制を整える前に頭部目掛けてサーベルを放るとそのサーベルは戦士の重厚な兜の隙間に刺さり、内部の皮膚に到達した事を示すかのようにその兜から大量の血が溢れ出す。
確かにプレイヤーは不死の体では無くなったが、この世界へ体ごと転移させられた今、そのダメージは現実世界同様の痛みと苦しみで以前よりも体力低下が早まった為、回復が遅れれば死に直結し打ち所が悪ければ即死もする。
リシタニアはこの世界になり幾つかの戦闘をし冒険者との戦闘も経験した為、以前に比べて脆くなった体は急所を狙う事で即死が出来る事を幾度もの戦争で培った勘で既に知っていた。
「ま、まさか戦士が、いくらあの暴君相手とは言え簡単に殺されるなんて・・・。仕方ない、ベヒモスへの攻撃はシャーラ兵に任せて俺達はリシタニアへ集中するぞ!」
ベヒモスを止めていた数人の魔法使いは、その指示を聞くと即座に魔法を止めリシタニアへ向けて詠唱を始めると、リシタニアの横へ一人の男が現れる。
「姫、ここは私目に・・・。」
リシタニアの傍らに現れた人物の姿を見て、シャーラ側に付く一人の魔法使いが即座に何者かを判断した。
「ま、まさかお前は・・・。ネクロマンサーの『張』!」
鈍く光る銀色の鎧を纏い、その独特な形状の魔剣『ホロゴースト』を持つ人物張は、ネクロマンサー内で江と同じ三大高級職業の一つ『ロード』である。
張は剣を鞘に入れ両手を前に出し詠唱を始めると、その異様な雰囲気を察してか、シャーラ側の魔法使いの一人がは突然慌てだす。
「だ、ダメだ!攻撃魔法は使うな!!」
「遅い。」
その時は既に詠唱後だった為、気付いた魔法使い以外の数人の手からは攻撃魔法であるファイヤーボムが放たれるが、張はリシタニアの前に立つと、気付いた魔法使いに対し一言発すると、詠唱を終えた手からは片手に青もう片手に白い光を出し、それを合わせると光量が増した青白い光を見て魔法を唱える。
「~プットアウト~」
張から発せられた光は、無数のファイヤーボムを吸収しながら光をさらに増大させて魔法使い達を包むと、その後ろにあった筈の城壁や兵なども飲み込み、その光の形に添って全ての物が消え去った。
張の放った『プットアウト』はロードのみが使える魔法で、属性を持たないその光は全ての物を飲み込み、その魔法は己の効力を増加させる最強の魔法で、この魔法を使えるのはロードでも張のみであり同じロードである木村は使えない為、ネクロマンサーの張と言えば全てを無効化するゴースト的な存在として有名で、その剣同様『ホロゴースト』の二つ名で呼ばれている。
「これで冒険者は壊滅しました。後はシャーラの兵を倒すのみでございます。」
張はそういい残すと再び闇の中へ消えて行き、残されたリシタニアは張の魔法により倒壊した城壁から兵を進入させシャーラ城内へ乗り込む。
互いの兵力は互角だが、劉の使った鉄砲の影響で遠距離での殺傷率が徐々に出始め、冒険者であるプレイヤーもリシタニアと張でほぼ壊滅させた為、元々プレイヤーの数では圧倒していたアイリスがプレイヤーと共に城内に乗り込みシャーラ兵を次々を倒して行く。
先陣部隊がシャーラ城内へ侵入し交戦を繰り広げる時、ベヒモスと共に最後に城内へ入る菊池はベヒモスを戻し、張のプットアウトで城壁に空いた広大な風穴を通り抜ける。
「これでシャーラは落とせただろう。我が軍の兵士もプレイヤーも大した死者を出していないし、このまま国王の首を取りカシミールへ向うべきか。」
瓦礫と死体が混ざった荒れ果てた城内を歩く菊池は、このまま戦略を続けるべきかを考える。
アイリスの為ならば、このままカシミールを目指す事で問題ない。
だが、この作戦はアイリスのみならずネクロマンサーの意見も反映されている事に疑問を覚える。
江は元々アイリス教徒として中国サーバからリレイズをプレイしているリレイザーだと聞いているが、菊池はネクロマンサーや江の考えている事を全て信用していないし、江は恐らくアイリスに全てを話していないだろうと考えている。
それを確かめる為に常に欲しいと話していたラムダを与える事で、江の狙いを確かめようと菊池は考えていた。
リシタニアはその事を江に問い詰めたらしく、その答えが鉄砲と答えた。
この世界の飛び道具は確かに強力だが、その為にアイリスに加担してまで労を掛ける事なのかと菊池は考え、この世界に転移された事にいち早く気付いた江が、今回の転移と何か関係を持っているのでは無いかと推測する。
「ま、そんな事はどうでもいいか。私はこの地にアイリスのシャングリラ(理想郷)を作る為、異教徒は全て消すのみ。」
戦場では僅かな気の狂いで戦況が変化する。
その事を思い出し、菊池は再び戦場に目を向け空洞の先にあるシャーラ城を目指すが、菊池の目の前に一人の男性が現れる。
「・・・よぉ、久しいな相棒よ。」
「・・・村雨か。」
その強靭な肉体と語りかける口調で、菊池は即座に村雨だと気付く。
村雨とはエスタークで共に行動し数年経つが、目の前の村雨の表情は今までに見た事のない未知との生物と戦うかのような不安と期待が表裏しているように見える。
「やっと実現できるな、お前との戦闘を。しかも今回は生きるか死ぬかの実戦だぜ。」
「言っておくが、私はお前についたのではなく利用しただけだ。別に私はお前との戦闘や冒険を楽しんでいた訳ではない。」
「言ってくれるじゃねぇか。俺はアイリスじゃないが、お前の思想には共感を感じていたんだぜ。お前がアイリスを愛しそれを発展させる考えと同じで俺はカシミールを愛し、ここを発展させる為にお前と戦う。」
「だがお前は、私と戦うのが楽しみと言っていたではないか。私は無理な殺生は好まない、お前のような狂剣士と一緒にするな。だが、私の邪魔をするのであれば異教徒であるお前を殺す。」
「まぁ、それも間違っちゃいないな。だが俺は、この世界の均衡を破り不安定にするヤツは好まねぇ。探しているヤツがいるからな。」
「前に言っていた肉親か。異教徒であれば私には興味はない。」
村雨は脇に刺してある鞘から青い不気味な光を発する剣を抜き、菊池はそれに合わせ先程同様にベヒモスを呼び出す。
「まずはコイツの相手をしてもらうとするよ。」
菊池が召喚したベヒモスが、溢れ出す飽和温度に達した蒸気熱を帯びた拳を村雨目掛けて繰り出す。
既にシャーラ城内に潜入し誰も居なくなったこの場でエスタークの元同僚同士の戦闘が静かに始まり、そして、今までにない強大な力のぶつかり合いと発展して行く。




