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サイバー・バウンダリー  作者: りょーじぃ
第二章 転移後の世界
24/73

第二十二話 もう一人の自分

2015/12/22 文構成を修正実施

 テネシーとアイリスとの中間地点にある森林地帯の一角にある開けたそこは未開の地として手付かずであったが、その周りだけは雑草一つ生えない不毛地帯で、その原因は古来よりある祠の精霊の影響により草木が枯れたと言われている。


 侍へ転職をした上杉は、この祠にある『妖魔刀』を手に入れ挫折した剣道の影響でトラウマになっていた剣を持つ事の恐怖を克服する為、カサードから数日歩いたここ『妖魔の祠』に辿り着く。


「リヴァイアサンが言ってた妖魔刀との契約ってどう言う事?」

「妖魔刀の精霊は『妖魔』と言って、昔人々を襲い人間の心食い尽くしていたが、ある日一人の術者によってその刀に封印された事からその剣を『妖魔刀』と呼び、それを手に取った者の心しか妖魔は食う事が出来なくなり妖魔へ心を捧げる代わりに、刀に力を貸すと言われている」

「それは妖魔刀の特性だろ?妖魔の精霊との契約なんて聞いた事もないよ」

「刀を持てば妖魔は現れ、お前に憑依する。そこで妖魔と話は出来る筈だ」


 祠周辺の異様な雰囲気は、妖魔刀を手に入れようとして挑んで敗れたプレイヤーの魂が心を食われ、妖魔の叫びで精神が崩壊し自身の死にも気付かない生霊になり彷徨う事が要因だと感じ取れる程の淀んだ空気が流れる。


 その雰囲気に嫌悪感を覚える鮫島は、祠の中にある刀を手に取ろうとする上杉に不安そうな顔を見せる。


「上杉君、この周りの雰囲気は尋常じゃないわ。明らかに死霊が彷徨う異様な雰囲気を感じる」

「それは恐らく妖魔刀を手に入れ損ねたヤツらだろう。失敗すれば己の心を食い尽くされ、死んだ事に気がつかない生霊として彷徨う事になるからな。お前さん、それでも妖魔と話をするのかい?」


 不安がる鮫島は上杉を止めようとするが、鮫島の話に振り返りもすず祠を見つめる上杉に鮫島の傍らに居たリバイアサンは、妖魔に憑依された人間の最後を話し、上杉に問いかける。


「ここで終わるようなら、このまま進んでもいずれは終わりが来る。妖魔に憑依されるような心では、どのみちこの世界の戦争で命を落とす。今この世界で必要なのは『生き抜く』事じゃなくて『終わらせる』事だ」


 この世界に転移させられ、リレイザーやアイリスが己の欲望の為に動き始めた今、その進み始めた流れを一人のプレイヤーが止める事は不可能だ。


 今出来る事は、今起きている問題をいかに被害を最小限に納め終わらせるかだと上杉は考え、リヴァイアサンの問いに生きる必要よりも終わらせる力の必要性を話し、目の前にある異様な雰囲気を醸し出す刀に手を伸ばす。


 その刀の鞘を握った瞬間、上杉の周りに不気味な闇が現れ闇の範囲は次第に広がり、やがて上杉を丸呑みにする。


「上杉君!」

「今、アイツは妖魔の居る空間へ転移された。後はアイツ次第だ」


 闇が上杉を包む姿を見て鮫島は声を挙げその場へ向おうとするが、横に居るリヴァイアサンの冷静な一言で即座に我に戻り、闇の中へ消え去る上杉の姿を、ただ呆然と見る事しか出来ずにいる。


 暗い闇の中にいる上杉は、次第に明るくなる景色に気付く。

 それは四方全てが先の見えない真っ白な空間で、目の前には容姿は妖弧に見えるが背中には黒い羽を持つその姿は明らかに女性で、黒い艶のある短髪には狐特有の縦長の耳も見える。


「アンタ、ワタシに用があるのかい」


 その声は妖怪の容姿に不釣合いな可愛らしい女性の声で、心を食らう妖怪を想像していた上杉は、まだ困惑の表情は晴れずにいる。


 だが、サキュバスのような男性を魅了させ精気を奪う妖怪も存在する事を思い出すと、上杉は己の迷いを吹き飛ばすかのように叫ぶ。


「お前が妖魔か!」

「いかにも。アンタはワタシと遊びに来たのかね?それとも、心を捧げに来たのかい?」

「力が欲しい、お前の妖魔刀を貸して欲しい」

「知っているのかい?ワタシの力を得るには、お前の心を貰うよ・・・」


 途切れ無い言葉を発する妖魔の口調は幾人の冒険者とやり取りしているかのように慣れていて、機械的なやり取りを淡々と行なう様子に見えたが、ある程度の会話を終えたであろうその時、話の途中に何かに気付いたのか妖魔は先程までの流暢な会話を止める。


「・・・アンタ、何者だい?アンタは一人しか居ないはずなのに、なぜ心に二人居る」


 突然問いかけた妖魔の質問に、上杉は驚きを隠せずにいる。

 リレイズのイベントでの妖魔刀取得方法は、上杉が知る限り刀を貰う単純な行為だった筈。

 なのに、上杉は目の前にいる妖魔刀の精霊と話をしている。


 リレイズでの心とは生命力の事で、妖魔刀を使うペナルティーは体力低下でダメージを与える分、己の体力も低下する為長期戦に向かない事は知っている。


 だが、この世界になりそのペナルティーはリスクが大きいと思った上杉がその妖魔刀を目指した理由はトラウマの解消であり、心を食らう設定は現実世界の延長線上となったこの世界で現実世界の心と精通すると考えたからだ。


 それとリヴァイアサンの助言とも言える発言に、上杉は一縷の望みを見た為もある。

 他にリヴァイアサンを友好的従者にした人物を上杉は知らない為、リレイズの世界のリヴァイアサンは何を語るのかは知らない。

 だが、生身の体ごと転生され『バウンダリー(境界)の破壊』が起きているこの世界では、キャラクターやモンスターも己の思想を持つ生物だと上杉は考えるようになり、それはリシタニアの明らかに変わった思想の変化を見る限り

 転移される前から既に始まっていた傾向だったのか知れない。


 それが確信になったのはまさに今で、通常ならただ刀を手に入れ己の生命力を試すだけのイベントの筈が、実際の妖魔と向き合いその妖魔はゲームではありえない会話を始めている。


 それが、実は隠しコマンドでした的な事ではないと言い切れる理由は妖魔が問いかけた一言で、上杉しか知らない前から薄々気がついていた自身の心に巣くう『もう一人の自分の』の存在を探し当てた事だった。


「お前、なぜその事を知っているんだ。俺ですらその前兆に気づいたのはここ最近で、確信を得たのはこの世界に入ってからなのに」

「なぜって、ワタシは心を食う妖怪だからね。相手の心の味を見極める為に、この目はあるからね。得にアンタのような暗い闇を持つ心は大好物だよ」


 上杉自身しか知らない筈の心の闇を言い当てた妖魔に問い掛けると、相手の心を『目』で見る能力があり、その目で上杉を見た時その存在に気付いたと話す。


 上杉にとっては説明し辛い部分を既に理解している事は好都合で、早速、妖魔に契約交渉を持ちかける。


「闇の心を気に入っているのなら、俺と契約をしないか。この二つの心の一つをお前にあげる代わりに、妖魔の力を貸してくれ」


 そして、もう一つこの世界の異変に気付いた原因でもある『契約』で、リレイズでは召喚士が従者との契約を交わす事のみが契約を言い、それ以外の事でモンスターと契約を交わす事はないが、リヴァイアサンは上杉に妖魔刀と契約を交わす事で手に入れる事を勧めた。


 ヴィショップ時代の上杉が使った攻撃型回復魔法は確かにリレイズでは特殊な技で、他のプレイヤーが使う事の出来ない感覚的なコマンド入力のコツが必要な裏技はリレイズに多数あるのは知られているが、今回の契約のようにゲーム内に直接影響を受ける裏技は存在しない。


 それはキャラクター達の思想の変化と違いリレイズ自体の変化だと上杉は感じ、ここはリレイズであって違う世界ではないのか、上杉はそう感じている。


 上杉の発言に妖魔は驚きの表情を見せるが、すぐその表情は不適な笑みえへと変わる。


「面白い、では負けた方の心を頂こうかね。そうすれば、アンタと契約を結ぼうじゃないか」


 不適な笑みで妖魔は話した後、己の口を大きく開き風を起こす。

 その風はやがて上杉の周りを包み次第に妖魔の口へ引き寄せられるバキュームと変化し、その強力な吸引力に、上杉は一瞬で飲み込まれる。


 - あの時、自分以外の人間を気にも留めなかった癖にあっさり負けやがって -

 - お前の実力なんて、所詮はこの程度だったんだよ -


 意識を失う上杉の心からは、自身の心の中から発せられる叫びが聞こえて来る。


 それは、絶対の自信を持って挑んだ中学最後の大会で敗退した時感じた違和感。

 その声は間違いなく上杉の声だったが、その口調は今までの自分になく容赦なく上杉自身を恫喝する。


 その時、上杉は確信する。

 それはもう一人の自分だと。


 あの時からその違和感を感じていた。

 既に小学生時代に頭角を表していた上杉は、中学一年にしては異例な全国大会出場を果たし、翌年には優勝も経験した。


 あの時の自分は、とても気持ちの良い感覚だったと上杉は覚えている。

 学校では皆に言い寄られ、女子は選び放題。

 現代の三四郎と言われ、メディアにも取り上げられ学校からも丁重な扱いをされた。


 だが、上杉はこの時感じる。

 幼い頃から剣術一家である上杉家の長男として必死に鍛錬を積んで来たが、皆にチヤホヤされ始めてからの自分は、世間に甘やかされ事で高飛車になり、続けていた鍛練を怠るようになったと。


 中学最後に負けたあの時から上杉は我に返ったが、その時はもう全てを失った後で、上杉はこの時初めて自分の中に違う人格が宿っている事を感じ始めた。


 あの時の自分は自分ではない、まるで違う人格の人間がそこに居ると。


 その時、妖魔に憑依され食い尽くされる事に危機を恐れたのか、もう一人の心が離れて行く感覚を覚えた時、上杉自身も気絶していた状態から目が覚める。


 そこは先程までいた白一色のフロアで目の前にいた筈の妖魔は消えていたが、代わりに別の何かが上杉の目の前で何かを叫んでいる。


 - 今のお前は何も出来ない腑抜け者だ -


「お前は誰だ!」


 目の前にいる筈のその声が上杉の心に直接語り掛けるように感じる。

 その声に上杉は、その正体におおよそ見当はついていたが叫ばずには居られないと感じる心のなすがままに、目の前の空間へ叫ぶ。


 - お前であってお前ではない、俺はお前の満身が作りだした『影』 -


「俺が作り出した影・・・?」


 - お前はそのまま大人しくめげていればいいんだよ! -


「そうもいかなくてな。俺は、この世界で大切な人を守らなくちゃいけないんだ。その為にはこの世界の戦争を終わらせる。だから、武器を使えなくするお前は邪魔な存在だ」


 自身の声でも口調の違うその声に、上杉は臆することなく対抗する。

 その姿に影は暫く黙り込むが、何かを決意したかのように再び上杉に話す。


 - なら、どちらかが妖魔に食われるしかなさそうだね。 -


 話を終えると突如上杉の目の前に白い煙が現れ、暫くしてその煙は人の形に形成される。


 - お前を殺し、俺がお前になる -


 その煙は上杉に向かって襲いかかり間合いに入ると、影の右手に煙状の棒が姿を表しその棒を上杉目掛けて降り下ろす。


 上杉はその棒を紙一重でかわすが、影は即座に棒の軌道を修正し上杉の脇へ襲いかかり、上杉の体は弾き飛ばされ壁のない広大なフロアに強烈な勢いで弾き飛ばされ、やがてその勢いがなくなり、上杉の体はフロアの床に激しく打ち付けられる。


 上杉は傷だらけの体を気にせずおもむろに起き上がり、自身の脇にある刀を抜く。

 確信があった訳ではないが、トラウマを発生させる要因である影が目の前に居るのであればその行為は可能だと無意識に感じ、上杉は剣道で自身の得意とする中段の構えを取る。


 - やはり俺が居なくなればそれが出来ると分かっていたか -

 - だが、貴様は俺を倒す事は出来ない -


 上杉の様子を見てその事を悟ったと分かり、再び上杉に襲いかかる。


 上杉は一度大きく深呼吸をし目を閉じる。

 その姿は全ての余計な雑踏を打ち消すかのように微動だにしない落ち着いた様子で、手が震え刀さえ握れなかった上杉ではなくなっている。


 間合いに入り、即座に振りかざされたその棒が一瞬にしてその動きを止める。

 その先には既に待ち構えていたかのように一本の刀が行方を遮っていて、その刀は上杉の中段の構えから繰り出された攻撃だった。


 上杉はその状態から即座に体を回転させ影の繰り出した攻撃をいなし、そのまま刀を振るい影の体を捕らえるが、その攻撃は空を切るかのように影の体を通り抜けて行き即座に棒が上杉に襲いかかり、上杉の体は再び遥か後方へ飛ばされる。


 - その剣速は驚異だが、攻撃を受けなければ意味の無い事 -


 表情は見えないが自信に満ちた様子で上杉を見下す影に対し、上杉は無言を貫き再び中段の構えを取る。


 - 無駄だと言っているだろうが! -


 その態度が気に入らないのか、影が初めて感情を剥き出しにし、叫びと共に上杉に襲いかかる。


 上杉は構えを取りながら己の心へ語りかける。

 最強と言われた、上杉家の末裔はこんなに弱かったのかと。


 幼い頃から剣術の才能は歴代最強と言われ、その言葉を励みに鍛練を積んだ筈なのに目の前の自身の弱い心にさせ勝てない。


「最強なんて聞いて呆れるな・・・」


 嘆くように小さく呟いた上杉は、己の弱い心に勝てない自分を哀れに思い、大きな脱力感と共に全身の力が抜けて行く。


 次の瞬間、上杉の体には今まで感じた事のない感触が体を巡り出す。

 それは己の血液の温度が数十度あがったかのような熱い何かで、その熱が身体中に巡ったのを感じると、次は自身の持つ刀と右手に先程までの熱が全て集中する。


 上杉は我に返ると、既に目の前には影が迫って来ている。

 即座に右手にある刀を振り抜くと目の前に見えるその刀は眩い光を発し、その刀に触れた影は先程と違い刀の軌道に沿ってその体を切り刻まれる。


 - ば、ばかな!俺に攻撃を加えられるはずが! -


 上杉の攻撃に慌てる影は、すぐさま体を回復し再び上杉へ向かって来る。


 - 俺は最強なんだ!弱気心を持つ凡人と同じにするな! -


 影は大声で叫びながら上杉へ向けて棒を突き出すが、昔の自分を取り戻し冷静になった上杉にはそれを脅威と感じられず、相手を見透かした余裕すら漂う程どっしりと中段の構えで向かって来る影を迎え撃つ。


 それは一瞬の出来事だった。

 棒を突き出し向かって来た影は上杉の間合いに入ると、その棒は粉々になり通り過ぎた後、影自体も斬られ床に倒れこんでいる。


 - う、動きが見えなかった・・・ -


 その一言を発し『影』と名乗っていたもう一人の上杉は、纏っていた煙と共に姿を消す。


 消えそうになる影の前に妖魔が現れその心を吸い込むと、味を堪能したかのような満足そうな表情をし反対側にいる上杉を見て、何かを納得したように得意げな表情で近づいてくる。


「アンタ、さっき何回斬った?」

「棒へ三回と、体へ三回」

「なるほど通りで・・・。アンタ、『竜神』の生まれ変わりだね」

「竜神って・・・、あの竜神!?」

「リレイズに一番近いと言われていた人物だ。音速に迫る高速の剣を持つ竜神は、リレイズの魔法攻撃の詠唱前に攻撃出来る唯一の人物だったヤツよ」

「リレイズに戦いを挑んだ人物・・・」


 リレイズの最終目的は『リレイズの洞窟』の最下階にある伝説の魔法を手に入れる事で、リレイズは発表されてから五年が経つが、未だにこの目的を達成したプレイヤーは存在しない。


 その理由は達成する事でリレイズが終了してしまうと噂されている事と、そのリアルな設定にプレイヤーはこの世界で生活していく事を選んだからで、リレイズの洞窟にいるとされているリレイズを倒し伝説の魔法を手に入れる事は、プレイヤー達の間では禁句タブーとされていた。


 上杉達も同様で、リレイズでの戦闘やクエストの目的は生活費を稼ぐ為であって、リレイズの洞窟の場所は大方のプレイヤーは知っている事で、中階層までは潜入している者は居るが、それはダンジョン探索やクエスト攻略の為であり、実際に最上階まで進んだプレイヤーは上杉の知る限り存在していない。


 妖魔の話す『竜神』は、リレイズでは四大竜派を作った人物として設定されている。

 だが、その人物がリレイズに戦いを挑んでいた事実を上杉は知らず、これ程の有名人の伝説を知らないほど無知でもないと自信を持って思える上杉には、この世界になった故に知った新真実とも感じている。


「竜神は二つの人格を持ち、ワタシにアンタと同じように契約を持ちかけて来た。今のアンタ同様に、もう一人の自分を倒してな。ワタシは竜神の武器となりリレイズと戦ったが、結局途中から来た冒険者を助ける為に竜神はリレイズとの戦いをやめ地上へ戻り、この世界を作り出し、その冒険者に一国を与える事で世界を動かし、それがやがて五つの国となった」

「その冒険者って、初代イスバール王?」

「そうだ、竜神はイスバールの勇気を買いアイツに世界を任せた。自身は力を次の代へ継承するべく四大竜派を立ち上げたって訳だ」


 上杉の知っている話はこの辺りからで、それはリレイズでのゲーム上の設定で知られている事で、初代イスバール王が冒険者として挑んだリレイズの迷宮に迷い込み行方不明になる所からリレイズの物語が始まり、それを助けた竜神がこの世界と四大流派を立ち上げ、リレイズを倒す事を目指す冒険者を生み出したとされている。


 それ以前を経験している人物は、簡単に言えば製作段階で関連付けを行なう『ゲームマスター』と言われるリレイズの製作者達のみで、イスバールに恩義のある木村は、恐らくこの事を知っている筈で、彼女はβ版の時にログアウト出来ないバグに陥った時イスバール王に助けられた恩があると話していた。


 つまり妖魔の話す竜神の話はそれより遥か以前の話しになり、いくら伝説の武器に宿る精霊とは言えそこまで関連付けを行なう事に上杉は疑問を持ち、その答えは自身が推測するキャラクター自身が意思を持ち始めた事と精通すると考える。


「まぁ、アンタに竜神程のオーラは感じないが、その尋常ではない剣速は間違いなく竜神の力の一部を譲り受けてはいるだろうな」

「だけど、俺は元々この世界の人間ではない筈だし、なぜ竜神の力を引き継いでいるんだ?」

「その事は知っている。一ヶ月前のあの転地変動以来、今までなら魂は即浄化され数日で死者は蘇ったが、この祠に来てワタシに戦いを挑み食われた冒険者は、全て生霊と化しここに留まっている。あの日以来、アンタもワタシも変わってしまったのだろう。ワタシがあの日以来、アンタら冒険者の様子が変わったと気付いたように、アンタ達もワタシ達の変化に気が付いているんじゃないか」

「やっぱり、妖魔も冒険者の変化に気付いていたのか?」

「アンタが契約なんて話しを持ち出した時に確信したがな。まぁ、闇の心も頂いた事だし契約通りお前の武器となるさ・・・」


 妖魔が姿を消すと、白一色のフロアが崩壊し元の祠のある場所に戻され、上杉の存在に気付いた鮫島は今にも泣き出しそうな表情でリヴァイアサンと共に上杉の所へ駆け寄る。


「上杉君、大丈夫だった?心配したんだから・・・」

「どうやら、刀は手に入れられたみたいだな。で、お前はどちら側(・・・・)の上杉なんだ?」


 妖魔との契約条件である闇の心を捧げた事を察しているリヴァイアサンの問いかけに、上杉は静かに答える。


「俺は・・・、この世界を止める為に居る上杉だ」


 その言葉だけでリヴァイアサンは全てを悟る。

 さっきまであった上杉の闇が無くなり、それは台風一過の青空のような今まで突っ掛っていた迷いは全て無くなった表情だった。


「今のお前なら、私を倒せるかも知れんな・・・」


 リヴァイアサンが話した言葉が今の上杉に対する答えで、それは転職直後に見た姿以上の潜在能力を開花させた瞬間でもあったが、その姿を見た鮫島は、上杉が話していた『バウンダリー(境界)の破壊』が上杉自身の身にも起き掛けようとしている、そんな不安が過ぎる。


 祠を出た上杉達はテネシーへ向かい、そこでカシミールの東にあるシャーラで既に戦が始まっている情報とイスバールが冒険者の手によって奪還に成功した事とこの街に先日まで川村と小沢が滞在しイスバールへ向った情報を聞き、上杉は携帯を使い川上達に連絡を試みるが通じなかった。


 その情報から上杉は、木村がイスバール奪還に成功し、川上達もその手助けと復興に向けての手伝いをしていると考え、戦争を否定する川上の思想を知っている上杉はこの戦争へ無理に引き込む事になるのを躊躇し、これ以上の連絡を取るのを止めこのままテネシーに停泊していた貨物船に相乗りし、決戦の地へ向う事を決意する。


 上杉達を乗せた船がカシミールへ到着する頃、決戦の地シャーラは多数のプレイヤーを揃えたアイリス軍に攻められ、城は陥落するのは時間の問題となっていた。


 - 第二章 転移後の世界 完 -


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