第二十一話 転職への決意
2015/12/22 文構成を修正実施
ロッテルダムから北上すること数日。
途中にあるテネシーを経由し辿り着いた街は土壁で出来た長方形の建屋が並び、その街はまるで現代世界で言うビル街のようで、そこはリレイズのプレイヤーが転職を行なう為に訪れる街『カサード』だ。
転職と言ってもただ現状の職業を変えるだけの場所である為、主な作業は書類による手続きのみとなり、見渡す限りビルが建ち並ぶような風景は市役所的な雰囲気が漂うオフィス街だ。
その一角にある建屋が『就業登録所』で、プレイヤーである冒険者は、初期設定時は職業をその場で選択して決めるが、ゲームの途中で職業を変えたりする場合はここを訪れ転職の手続きを行なう。
転職のメリットは以前の能力を残し別の特技を持つ事の出来る点で、魔法使いが戦士に転職すれば、剣を使える魔法使いになれるが、前職の能力は半減し新しい魔法を覚える事が出来ない等のデメリットはある。
だが、三大高級職業と呼ばれる職業は別で、『パラディン』や『ロード』は戦士同等の力を持ちながら新たな魔法を覚える事が可能だが、転職には条件があり、転職後も使いこなすまでには長い時間の修行とセンスが要求される。
ビルのような建屋が並ぶ街の一番奥は高級職業に就く為に訓練を行なう道場が幾つか存在し、『パラディン』の村雨や『ロード』の木村などはここで訓練を行っていて、その先一番奥にある一際古い古民家的な建屋は『カーン道場』と呼ばれ、数少ない高級職業を多数輩出する有名な道場である。
就業登録所の入り口で、その遥か先に見えるその建屋を見つめ鮫島は話す。
「上杉君は、三大職業に就ける資格はあるんじゃないの?」
「ああ、ヴィショップとしての期間はまだ短いけど、もう一つの条件である実績部分はパス出来ているから『ロード』ならなれる筈だよ」
道場の門下生になるには三大高級職業同等の条件が必要で、ゲーム暦の短い上杉は、ヴィショップとしての期間では条件を満たしていないが、上杉のような特異なプレイヤーの為に、これまでの実績を見る書類審査が存在し、それであれば条件を満たしている事を上杉は知っていてたが、上杉は直ぐ横にある就業登録所の扉に手を置く。
「確かに高級職業には魅力はあるけど、俺らしい職業を選ぼうと思うんだ」
「上杉君らしい職業?」
「木村のロードより素早く剣を扱える職業で、戦士としての防御も高い職業。『侍』になろうと思う」
現実世界で上杉は、剣道の選手として馴らした経験を生かして、動作が限りなく近い刀を使う侍の職業を選択する。
上杉の選択にはそれなりの考えがあり、剣道で使う筋力は戦士が扱う剣よりも侍として刀を振るう方が、木村よりも素早く振る事も可能だと上杉は考える。
侍は剣を持つ職業の中で、一番動きも素早く検速などは他を圧倒する。
だがその反面、剣術を覚えるのに一番苦労する職業でもあり、四大竜派の力を使えない事もあり、侍は召喚士に次ぐ人気の低い職業で、その癖のある特性からプレイヤーから嫌われる趣旨があるが、剣術家系の上杉にとっては最も適した職業であり、初めてリレイズをプレイした時も自身のトラウマの影響で選ばなかったが、一番最初に気になりそれが今でも続いていた職業でもあった。
上杉は就業登録所で『ヴィショップ』から『侍』へ変更手続きを行うと、その書類を提出しステータスバイブルを職員に渡すと、即座に職業の書き換えが完了し、成立した時点で前衛で戦える魔法使いとして『妖術士』の二つ名を持った上杉は消えた。
苦労して認知された二つ名を無くす事に、上杉は正直名残惜しさはある。
確かに上杉は、ヴィショップという職業に誇りを持っていた事は間違いない。
だがその名声は自身の弱い気持ちで手に入れた勲章だと気づいた今は、その名残が残る最後の品物であるヴィショップ時代のローブを処分し、侍の姿に合うように近くにあった店で上杉の好きな幕末剣士に合わせた袷着物と縞袴の装いに刀を合わせたスタイルへ変更する。
それは、今を必死に生きる上杉こそが今の自分だと教えてくれた鮫島への感謝の気持ちと、その大切な仲間を守る誓いでもあると考え、自分の弱さに必死で向き合う事を上杉は選択した。
その弱さのせいで竹刀を振るえない体になっているのは上杉は知っていて、店を出た上杉は、人気の無い森へ行き一本の大木の前に立ち、脇差からおもむろに刀を抜き目の前の木を見つめる。
剣道時代に上杉が得意としていた中段の構えを取り、静かに目を閉じ精神を集中する。
しかし、両目を閉じた事で己の全身に意識が集中した上杉から感じ取れるのは、震えた両手から発せられる、刀の硬質な小刻み音が途切れなく聞こえてくる。
暫くし両目を開けた上杉は構えを解き、額から流れる大量の汗を拭い乱れた呼吸を整える。
「・・・やっぱりダメか。本当は、これを確認してから転職をするべきだったんだ。だけど、あそこで気付いていたら転職を躊躇ったかも知れないし、俺だってこの事はある程度想定していた筈だろ・・・」
刀を持つ手の震えを感じながら、上杉は俯きながら呟く。
あの時のトラウマで刀を持てない可能性は上杉自身分かっていたが、その弱さを克服する為の転職であり、それを克服しなければこの世界を変える事は出来ないと覚悟を決めての転職だった。
刀を持つ事でその手が震えだし集中が出来ない今の自分を上杉は嘆く。
刀が使えない、それは侍としては致命傷的だと気付いているからだ。
上杉は少しでもそのトラウマを克服する為、再び刀を構え震える己の体に鞭を打ち続ける。
その時、上杉の携帯の呼び鈴がその現実から回避させるかのように鳴り響く。
発信先は、上杉の帰りが遅いのを心配した鮫島からだった。
「上杉君どうしたの?帰りが遅いから心配だったけど」
「ああ、今帰る所だよ」
「そう、まだ公園に居るから待ってるね」
そ連絡で鮫島を待たせていた事を思い出した上杉は、その瞬間ようやく我に戻れたた気がし、急いで鮫島の待つ公園へ向かう。
ようやく来た上杉の姿を見て安堵の表情を見せる鮫島の傍らには、一匹の小さな竜が鮫島の横で話をしている。
上杉はその姿に見覚えがあり、暫く考えた後その小さな竜は海王リヴァイアサンだと分かる。
「なぜリヴァイアサンが?」
「あ、上杉君。一人で待っているのも暇だったからリヴァイアサンに来てもらったの」
「そんな、近所のお友達呼ぶんじゃないんだから・・・」
友好的な契約を結んだ鮫島は、時々話し相手にリヴァイアサンを呼び事があるらしく、長い年月を生きるリヴァイアサンは、リレイズの世界をよく知っている為、簡易的なデフォルメの姿で現れ鮫島にこの世界の話をしている。
「お前は、魔法使いのあんちゃんか。顔に見覚えがあったから分かったが、転職したのか」
「ああ、この世界に必要な事が変わったので」
「ほー、・・・だがそれだけではなさそうだな。見た目は転職したてのヒヨッコだが、適正と言う意味では以前と段違いだな。あの時その姿で現れていたら、ワタシを力ずくで従者に出来たかもな」
「でも、転職後だからまた一から習得し直しな所はあるけど、とりあえずこのままカシミールへ向いながら修行を積めば決戦には間に合う筈だ」
マスコット的な可愛らしい竜の姿から想像出来ないその口調は永らく生きた者の重みを感じ、まるで上杉の心の葛藤を知っているかのようなリヴァイアサンの言葉に上杉は自身の心を見透かされた気分になり、その動揺を見せまいと話題を切り替えるが、リヴァイアサンは話を続ける。
「ま、人にはそれぞれ表しようの出来ない悩みはあるもんだからな。鮫島から話は聞いているが、お前の心の闇はこんな事で簡単に解決出来るのか?お前から発するオーラは力強く強力だが戸惑いが見える。その戸惑いが、お前の潜在能力を押さえ付けている。それをお前は、修行だけで引き出す事は出来るのか」
あまりに的を得たリヴァイアサンの言葉に、上杉は反論する事も出来ずにいる。
リヴァイアサンの言う通り、上杉の心に巣くうトラウマは修行だけでどうにかなる物でないのは上杉自身が一番分かっている。
だが、この世界でその弱さを抱えながら生きて行くのは難しい事だと、転移から数週間経った今アイリスの勢力拡大とともに感じていて、アイリスがここまで拡大したのは、プレイヤーが死への恐怖に負け対策が後手に回った為だと上杉は感じている。
何も言えないでいる上杉の前で、宙に浮いたまま表情で腕を組むリヴァイアサンは上杉に向け話す。
「お前にはあの武器が丁度いいだろう。三種の神器の一つの『妖魔刀』」
「妖魔刀って、確かあの刀は・・・」
「そう、持ち手の心を食らう刀だ。それに、あの刀は持ち主のレベルに関係なく、誰であろうがその心を吸い尽くされれば終わりだからな」
三種の神器はリレイズの世界に存在する武器で最強と謡われるが、その強大な威力と引き換えに使う者にペナルティーを与え、使った者の命までも奪い兼ねない危険な物で、三種の神器の一つ『聖なる青い剣』は村雨が持つが、残りの『雄鶏の杖』と『妖魔刀』は持ち主はいない。
リヴァイアサンが話す『妖魔刀』は刀としては驚異的な強度を持つが、そのペナルティーは己の心を食われると言われていて、『雄鶏の杖』は魔法使い全般が持てる武器の為今まで所有した人数は多いが、『妖魔刀』は侍のみが使用できる武器である為、所有したプレイヤーは今まで存在していない。
「確かに妖魔刀が使えればいいけど、なぜ突然そんな事を。この世界になり、俺達は死んでも復帰できない体になった。この状態で妖魔刀を使うのはリスクが大き過ぎる」
「お前の心の闇に縛られる呪縛は深い。なら、それを食う妖魔カに宿る精霊と話をして契約を結べ。『聖なる青い剣』のヤツに比べれば話の分かるヤツだから、ヤツの興味を引き契約を交わせばそのリスクは最小限に抑えられる。妖魔刀の精霊は、心の闇を好むからな」
「心の闇を精霊に捧げる事で、俺のトラウマを排除しようって事か」
「かなりの荒療治ではあるがな。お前の闇を契約として捧げれば、魔剣を手に入れられ、かつお前の戸惑いの原因となる膿を取る去る事が出来るかも知れん」
三種の神器にはその個々に精霊が宿り、村雨の持つ『聖なる青い剣』にも同様に精霊が宿っていて、『聖なる青い剣』は持ち主の『血』を食らい『雄鶏の杖』は『魔力』を食らうと言われている。
リヴァイアサンは契約する事でそのリスクは押さえられると話し、それを聞いた上杉はなぜリヴァイアサンが妖魔刀を持たせようと考えたのか理解し、今までと違う和装の装いに変わったその袴に両手を入れカサードから見える海を見つめる。
「確か、妖魔刀がある祠はテネシーの近くだったよな」
「ああ、ここからならカシミールへ向かう途中にあるルートだ」
「なら旅の途中だし行ってみるか。誰も手にした事のない刀を俺が最初の持ち主になってやろうじゃないか」
「上杉君・・・」
上杉はリヴァイアサンに妖魔刀のある祠を確認し、カシミールへ向う前に手に入れる事を話す。
あの日ロッテルダムで上杉の弱りきった一面を見た以来、上辺だけで空回りしている上杉の態度に鮫島は不安を覚える。
あの話から上杉が刀を持てない事を鮫島は薄々気付いている。
もし妖魔刀を手に入れられなかった時、彼はその心のままでこの世界で生きていく事は出来るのだろうか。
それは、この不安な世界に転移さてから一番信頼出来る人間が、今回の失敗により廃人になる可能性がある事に恐怖に怯える己の心を見せまいと、鮫島は上杉の言葉をいつものように冷静に聞き入れていた。
その時鮫島は、何かあれば自分が彼を守ると心に誓う。
例えその対象が同じ人間、クラスメイトであろうとも。