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サイバー・バウンダリー  作者: りょーじぃ
第二章 転移後の世界
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第十六話 戦略の先

2015/12/18 文構成を修正実施

 目の前にある城の城壁は黒く焼け爛れ、今にも倒壊しそうな危うさを感じる。


 その城はリレイズの世界ではカシミールに次ぐ大国であるイスバールで、リレイズへの転移の混乱に乗じてアイリス国が戦争を仕掛け、王であるイスバール七世を討伐し陥落した。


 戦火の後の帯びたしい血とイスバール兵の死体の山を背にする一人の女性が、王宮のテラスより城下を見つめている。

 煌びやかなブロンドヘアーを風に靡かせるその姿は戦場に咲く美しい一輪の花のようで、美女の名は以前サイレンスに入りケルベロスを討伐した『美しい暴君』リシタニアだ。


「リシタニア様、イスバールの残党は全て狩りました」

「・・・そうか、これらか王宮の清掃と復旧を行なう」

「わかりました」


 一人の兵士がリシタニアに近づきイスバールの残党を討伐したとの報告を行なうと、リシタニアは王宮の復旧を指示し王国の立ち上げの準備を告げる。


 イスバールを落としたアイリスは、これでイスバールと二つに分かれていた国を統一する事で、カシミールを超える領土と戦力を手に入れる。

 カシミール殲滅はリシタニアの父であるアイリス三世より受けてはいたが、その指示を仰ぐ第三者のちらつく影をリシタニアは薄々感じている。


「父以外にアイリスが繁栄する事に喜ぶ人物は、・・・おそらくアイツだろう」


 その人物にリシタニアは心辺りがあるが、自分は所詮雇われ兵同然の身と感じ、それ以上の詮索はせずこの作戦を実施した。

 大国イスバールと言えど戦力として頼りになるのはプレイヤーだったが、今回の転移の影響で死が現実世界と直結する情報を流しプレイヤーの士気を削ったところへ攻め入り、死すら恐れないアイリス教の成員の圧倒的な気迫でとどめを刺した。

 その戦局は、圧倒的アイリス有利の展開の圧勝であった。


「同じ冒険者に対し、こんな薄汚い戦略を練るのはヤツしかいないからな。アイリス教の『軍師』菊地」


 リレイズの世界で最強パーティーと謡われるエスタークの頭脳的役割にあり、アイリス教の中心人物でもある菊地は、今回の転移をいち早く理解し世界が混乱する隙を付き、アイリス三世にこの作戦を提案した。


 ゲームキャラクターであるリシタニアには今回の転移に関して特に変わった部分は感じられず、昼間に一瞬真夜中のように暗くはなったが、その後自身に何かあった訳でもなく、今回の戦争も戦争を悪とは考えないリシタニアにとって生きる為の糧としか考えていない。


 ただ、清水の存在は彼女を確実に変えているのは確かで、今回の戦争も住民区などの一般人の多くいる場所ではなく、直接城内へ潜入しその場を戦場にする事で城内だけの戦場で済ませた。


「『美しき暴君』と言われた姫にしては随分丁寧な戦略でしたね」

「ああ、私もそろそろ大人にならなければとは思っていたからな」

「そんなご謙遜を、以前に一緒にいた冒険者達との戦いで何かを掴んだのではないのですか?」

「彼らの知識は確かだ、今回の菊地殿やそなたの知略がそれを物語っているだろう」

「その意見は御もっともです」


 リシタニアの横で話をする黒髪を逆立てカラスの様な黒いローブを纏う男は『ネクロマンサー』のリーダーである『こう』で、中国のパーティーだがサイレンスやエスタークと肩を並べる程有名で、ケルベロス討伐の時は人数の関係で参加していないが、こうは三大高級職業の一つである『ウィザード』に就き、その魔術は世界屈指の実力を持ちアイリス教の教徒でありこうは、その魔力と頭脳を買われアイリスでは戦闘部隊の隊長を務める。


 アイリス王国は王位こそ先祖代々続く継承である為、ゲーム内のキャラクターであるアイリス家が代々即位するが、周りを囲む家臣の殆どはプレイヤーであり、国の方向性や戦略などはプレイヤーであるこうや菊地などが行なっていて、事実上ゲームの世界でのアイリスは、事実上アイリス教団に支配されている。

 その事は運営も把握済みであるが、一番の得意先のスポンサーであるアイリス教に意見を言えずにいた。


 そのような現実世界の事情など知らないリシタニアは、父であるアイリス三世が自ら選んだ家臣と思っており、彼らの指示に多少の険悪感を持ってはいるが、そこは割り切っている。


「で、こう殿はこの国はどうするつもりなのか?」

「はい、ここを拠点に次は『ラムダ島』を落とす考えです」

「『ラムダ島』など、あんな小国を落としてどうするつもりだ」

「あの島には貴重な資源がございまして、兵器を作る為に是非欲しい島であります」

「そうか、では私は一旦戻るが後はこう殿に任せてよいか」

「かしこまりました」


 リシタニアは陥落したイスバールを復旧する意味をこうに確認し、その返答を聞き自身の今回の役目は終わったと理解しアイリスへ戻る事を告げる。


 イスバールの城を後にし城下町を歩くと、清水達サイレンスとの冒険が無性に懐かしく覚え、日も暮れかかる商業区でリシタニアは部下達に今日はここで泊まる事を告げ、兵士に宿の手配をさせ、その間にサイレンスのアジトのある住民区へ顔を出す。


 久々のアジトに入ろうと入り口のノブに手を掛けたが鍵が掛かっており、リシタニアは以前に貰った合鍵を使い少し小ぶりな扉を開ける。


 誰も居ない閑散とした室内を眺め、リシタニアはサイレンスのメンバーの安否を気に掛ける。


「今回の転移と言われる現象は全ての冒険者に与えられた運命と言っていたが、あの者達は無事であろうか・・・。家臣達の言う『選ばれし民』に選ばれていれば良いが」


 今回の転移騒ぎでアイリス国も被害を蒙っていて、家臣である数名とプレイヤーである兵士が行方不明になっていたが、菊地はアイリス三世に「これは、我々がアイリスの神に選ばれたと言う事」と話し、混乱が続く各国を差し置き国の士気を上げる事に成功した。


 リシタニアはこの騒動の発端はアイリス教団のプレイヤーによるものだと考える。

 菊地もこうもこの混乱に乗じ、イスバールを攻め国の拡大を実施した。

 それは本当に偶然だったのだろうか。

 もし、自身が同じような立場になったらこ冷静になんていられない。

 こうなる事が分かっているのであれば話は別だが。


 誰も居ないアジトを後にし、リシタニアは商業区へ戻る。

 その後ろ姿は、祭りの後の帰り道を歩く子供のようなその背中からは寂しさが垣間見えた。


 一週間後、アイリス軍はイスバールを拠点とし、南にある島ラムダへの侵略を開始する。


 国と銘打っているラムダであるが、実際には小さな島国で、武力などに関してはイスバールなどと比べ物にならない為、リシタニア率いるアイリス軍は、参戦したこうと共に、兵力をまったく減らす事なくあっけなく陥落に成功する。


 この数週間で、ここ数年変化の無かった国の勢力図が一気に変化する。

 中央大陸と南の島を占拠したアイリスは、リレイズの歴史上最強の大国となった。


 元あったイスバールにはリシタニアの弟に当たる『ピボット』が即位し、小国であるが資源が豊富なラムダには『こう』が即位する。

 リシタニアはアイリス家の一員であるが女性の為国を治める王の即位は無く、今回の戦争も前衛に立ち、戦闘に一番貢献していたが、貰える物は僅かな金貨と労いだけだ。


 しかし、幼少の頃から戦場に立っているリシタニアには自分の家族がやっている事にそれ程興味はなく、王宮内に部屋はあるが父親であるアイリス三世や実弟であるピボットにさえも、リシタニアは宮廷の礼儀である敬語で話す。


 だがそれは、自身が生まれながらに決まっていた運命だと感じる。

 リシタニアが知る限り、戦場を生きる兵隊の寿命は持って十年がいい所で、その間に大多数の兵は死んで行く。

 しかしリシタニアは、幼い頃から剣を取り戦場へ赴き十数年が経つが、大した死線もさ迷わず生き抜いていられるのは戦場に立つ事が運命な人間であると感じている。


 今までならそれでいいと思い運命が指示する流れに乗っていればいいと感じていたが、サイレンスに入った事で皆それぞれの理想を持ち生きている事を感じた時、自分の思想とは何かを考えさせられた。

 冒険者という特殊な人種であるが、戦争と言う目的だけで、あれ程までに多種多様な考えがある事に深く感銘し、それ以来リシタニアは事ある毎に己の考えを客観的に考えるようにしている。


 今回もこれ程までに順調に進んだ侵略に対しても、この戦争を提案した冒険者の思惑に何か別の意味があるではないかと己に問いただす。


「我らアイリスは今までも侵略により領土を広げて来たのは事実だが、どうも奴らの考えにはそれ以外の思惑が見えて仕方が無い。今回のラムダ国の侵略もそうだ、いくら資源の為とは言え、奴らがこうまで急いでいるのはなぜだ」


 ラムダを去る前に、この国の王へ即位するこうに会い話を聞く。

 見るからに怪しい雰囲気を醸し出すこうは、リシタニアの急な訪問を特に嫌な顔をせず、普段どおりの低姿勢な態度で接する。


「どうなされましたかリシタニア姫」

「私はこれからアイリスへ戻るので、帰る前にそなたへ挨拶をしようと思ってな」

「それは、こんな私目の為にわざわざ御出で下さり申し訳ございません」

「そんな事はない、そなたはこれからこの国を治める長となるのであろう。そうであれば私など、ただの戦いに赴く兵にしか過ぎない」

「そんな、ご謙遜を」


 低姿勢ながらも決してリシタニアから視線を逸らさないこうに、その言葉とは裏腹に何者にも屈しない信念のような物をリシタニアは感じていた。


「そなたは、ラムダを落とす理由は兵器を作る事と言っておったが、それを国王は知っておるのか」

「はい、それは国王も存じております。王はラムダを攻め落とした後、カシミールへ攻める為の兵器を開発する事に了承しております」

「・・・そなたが作ろうとしているのは兵器だけなのか。私達より冒険者は知識や技能力は豊富だからな。ところで、そなた達の言う兵器とどういった物なのだ?」


 質問に淡々と答えていたこうの表情が一瞬変わったのを見逃さなかった。

 それは僅かな変化であったが、度重なる戦闘を経験し相手の動きを早く見極める為に技を繰り出す前の行動や表情など、リシタニアはそういった変化を見る事に長けている。


「鉄砲でございます」

「ほう、鉄砲とはどういった物なのか?」

「はい、我ら冒険者の世界で存在する飛び道具でございまして、鉛の玉を火薬の爆発によって発射させる装置になります。玉の速さは矢よりも早く、それを目で追う事は不可能に近いです。ラムダには鉱山と火薬の原料が豊富で、私どもはここを鉄砲の生産拠点にする考えです」

「そうか、鉄砲とやらが出来上がり次第カシミールへ向うと言う事だな。予定的はどのくらい掛かるのだ」

「製作に一ヶ月と準備に一ヶ月、合わせて二ヶ月程です」

「分かった、ならば私はアイリスへ戻る。準備が整ったら連絡をくれ」


 こうの説明を聞くと、即座にリシタニアは部屋を出る。

 王宮と言っても平屋の建物のラムダ城の廊下を歩きながらリシタニアは考える。

 あの時のこうの反応は明らかに何かを隠していると感じ、それは話していた鉄砲と言うのは隠れ蓑であってもっと強大な何かを隠していると感じた。


「姫は何かを勘づいたようだな」


 リシタニアの去った王の間で一人玉座に座るこう一人の人物が話し掛ける。

 黒の短髪に赤の武術服姿の男性は、こうと同じネクロマンサーに所属するりゅうだ。


りゅうも気付いたのカ」

「お前の芝居が上手ではなかったからな。姫はお前の態度で悟ったみたいだぞ。どうする、消すか?」

「いや待て、ここで騒ぎを起こせば計画が台無しネ。気付いたのであれば向こうから自然に離れていくだろうからその大義名分で消せばいい、それまでは戦力として使わせて貰うネ。サイレンスへ戻った所で、復活出来ないプレイヤーなら数には敵わなイ。で、そっちはどうなっタ」

「今の所は順調だ、とりあえず目くらまし用の武器を作っている最中だ。こっちは、これから物資を運び入れる所だ」

「予定ハ?」

「組み立てとセットアップに三ヶ月、起動までに三ヶ月で多分半年は必要だ。解析はその後からだ」

「わかった、そっちは任せル。私はカシミールを落とすネ」


 二人は不敵な会話を交わすと、りゅうは即座に闇の中へ消えて行く。

 中央大陸と島国を手中に収めたアイリスは、カシミール国への出撃に向け準備を進める中、その中心人物である冒険者達の不穏な動きが徐々に活発になりつつあった。


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