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サイバー・バウンダリー  作者: りょーじぃ
第二章 転移後の世界
15/73

第十三話 選ばれし民

2015/12/18 文構成を修正実施

2016/1/31 文章の一部を構成(言い回しなど)

 覚えているのは空が突然暗くなり黒い雨が降り出した所までで、気が付くと上杉は突然にリレイズの世界へ転移させられていた。


 気付き辺りを見渡すとそこは広大な草原が広がる大地で、これまでの状況や周りの雰囲気からして、そこはリレイズの世界だと判断出来たが今居る場所は把握出来なかった。


 現在地を知る為に上杉はいつもより感触がリアルに感じるステータスバイブルを開き現在の居所を確認すると、ここは最南端の大陸『カシミール』らしく場所の把握が出来ると遥か先にある海の潮風が微かに感じ取れる。

 ステータスバイブルを見ながら上杉はログアウト機能を思い出し確認すると、いつもある筈のそれは元から存在しなかったかのように消されていた。


 上杉の目の前に広がるどこか見覚えのある景色はヘッドマウントディスプレイから脳へ送られて来るいつもと変わらない風景だったが、その肌に感じる風や臭いは今までのリレイズでは感じた事の無い自身の皮膚へ付着してから直接伝わって来る感触は脳へ直接信号を送っているのではなく肌から伝っている感覚に、上杉はログアウトが出来ない件と合わせ自分がリレイズ世界へ転移させられたのではないと感じる。


「そう言えば、鮫島は!?」


 上杉は先程まで一緒に居た鮫島の存在を思い出しステータスバイブルを使い探そうとした時、脳内に呼び鈴が鳴り響く。

 それは脳内へ信号を送り通話をする現代の通話システムで、着信相手は探していた鮫島からだった。


「上杉君、そっちは大丈夫?」

「・・・ああ、大丈夫だけど。それより、鮫島なんで携帯持ってるの?」

「それは上杉君も一緒でしょ。私も今気付いたけど、自分の持ち物を確認したら殆ど持っていて、だから携帯で連絡したのよ。だけど、やっぱり基地局は存在しないみたいで、近距離通話しか出来ないみたいだけど」

「俺は今気付いたばっかりだったから、そこまで冷静に探してなかった・・・。やっぱり、現実世界の中継局は無いみたいだな」


 脳内から聞こえて来る鮫島の声は冷静で、彼女は気が付いた後身の回りを確認し持っていた携帯で連絡を取っている。

 だが、通常通話で使う通信方式である中継局は存在しないようで、別機能である携帯同士で直接通話する近距離通話しか使えないらしく、これだと半径数キロまでしか通話は出来ない。


 この通話で二人は思ったより近い距離に居る事が分かり、互いから見える目印を確認し合流する。 

 実際にあった鮫島の表情は、電話越しでは感じられなかった不安を浮かべた神妙な表情であった。


「上杉君、これって一体・・・」

「俺もまだ整理が付いていないけど、確実に言えるのは、ここはリレイズの世界で俺達はこの世界に転移したって事だ」

「あの時、学校の屋上で話した後、黒い雨が降ってきたらこの世界に飛ばされていて、それくらいしか覚えていない」

「鮫島は、リレイズのオープニングと同じ声は聞こえなかったか」

「・・・ええ、確かに聞こえた」

「あの声は、ヘッドマウントディスプレイを装着しないと聞こえない声で、あの時聞こえた声で脳からの信号じゃなく聴覚へ直接入って来たから、あの時から既にヘッドマウントディスプレイを被った状態と同様の状態になっていたって事だ」

「・・・まさか、あの黒い雨が」

「おそらく、あの黒い雨は手に取ってもすり抜けた。俺達はあの時、あれを光の様な物質だと思っていたが、恐らくあれは目に見える電波で、あの電波を浴びた事でリレイズの世界へ転移させられたんだ」

「だけど、臭いとか全てが想像以上にリアルなのは何故?・・・!」

「さっそく、来やがったな」


 若草の臭いの中に突如、血生臭さと獣臭が入り込んで来た瞬間、二人の後ろに一匹の巨大なトラが低いうねり声を上げ現れる。

 その口元にはおびただしい血と、食した直後であろう一人の戦士の半身を咥えて飲み込む寸前であった。


「サーベルタイガーか!」

「うっ・・・」

「大丈夫か、鮫島!?」


 その様子を見て鮫島が気分を悪くすると、サーベルタイガーは鮫島目掛けて襲い掛かる。


「~キャスト~」


 上杉は即座に移動阻害魔法を詠唱しサーベルタイガーの動きを遅らせ、繰り出された足の攻撃を鮫島を抱えながらかわし、同時に鮫島へ解毒魔法のデトックスを唱える。


「魔法は詠唱すれば普通に使えるみたいだ。鮫島、動けるか?」

「ええ、大丈夫。今度は私が攻撃する」


 正気に戻った鮫島が即座に詠唱を始めると、目の前が激しく光り出し火炎を纏う従者ヴァルカンが現れる。


「凄い迫力だな・・・」

「やっぱり、この世界は今までと全然違う。体が感じるモンスターの腐臭や詠唱後の疲労も、全て直接体が感じるみたい。ヴァルカン、敵を焼き払え!」


 鮫島が指示を出すと、ヴァルカンの口元から高熱の火炎が噴出されサーベルタイガーは業火に焼かれると激しくのた打ち回る。

 この攻撃で倒せないと察していた上杉が既に次の攻撃に回っていて、浮遊呪文フローでサーベルタイガーの背後へ回り右手を白く光らせ、その手を背中へ当てる。


「~ヒーリング~」


 上杉の攻撃回復魔法がサーベルタイガーに触れると、サーベルタイガーの体が一瞬にして膨れ上がり膨張するかのように破裂し消え去った。


「全てがリアル過ぎて、息をするのも苦しい・・・」

「間違いない。この世界は、脳内で体験しているバーチャルの世界じゃ無く、自分自身が直接この地で生きている世界なんだ」

「そんな・・・」

「さっきサーベルタイガーが咥えていた死体は恐らく冒険者で、リレイズでの死は普通はペナルティーが与えられるだけだけど、さっきの姿を見る限り、この世界の死は現実世界と同じで死に直結している」


 リレイズで死亡した場合、体は光子になり消えると強制的にログアウトされ二日間ログインできないペナルティーが与えられる。

 だが先程見た光景は、実際の死と同様に魂の抜けた肉体と化していて、その体は消える事無くモンスターの胃袋へ入っていった。


 上杉もプレイヤーが死ぬ場所を何回も目にし、実際に死んだ事もある。

 だが目の前で起きた光景は、リレイズで今まで見た事が無い程現実かつ残酷で、その光景が自身の持つ記憶で唯一一致したのは、残虐や戦争などの映像で見た人間の死に様だった。


「仮説でしかないが、ヘッドマウントディスプレイを使わずリレイズに居る俺たちは恐らくこの世界へ体ごと転移し、死はリアルに起きる現実になったって事だ」

「どうやったら元の世界に戻れるの」

「それは分からない。まずは、どういった原理でこの世界へ転移させられたか知らないといけない。とりあえず、イスバールのアジトへ戻れば川上達と合流出来るかも知れない」

「・・・そうね」


 上杉はそれ以上を語るのを躊躇する。

 上杉の脳裏に浮かんだ事は、現実世界がリレイズの世界へ入れ変わったのであればリレイズの世界を知らないログインIDを持たない人間の現在の所在で、例えば両親やリレイズをしていない人達はこの世界に転移されているのだろうか。


 上杉はその答えを二つ持っていて、最初に考えた己自身が転移させられたケースであれば現実世界は別で存在していてIDを持たない人間は元の世界に居る。 

 そしてもう一つは、現実世界が無理矢理リレイズの世界と入れ替わったと考えれば元の世界は消滅しこの世界に入れなかった人間も全て消滅している。

 後者であれば、この世界に残っている者は『選ばれた人間』と言う事になる。


 だが、それは悪まで上杉自身の仮説でしかなく、鮫島の話す現実世界へ戻る方法を模索する為に仲間が集まるイスバールのアジトへ帰る事が当面の目標になる。


 カシミール大陸はイスバールとアイリス国のある中央大陸から南にあるL字型の大陸で、この領地はアイリスの世界で最大の都市が大陸名にもなっている『カシミール』で、エスタークの本拠地もこの地にあり、一冒険者の人口が一番多い大陸でもある。

 人口の多い大陸と言う事もありモンスターの数や種類も多く、冒険するには常に戦闘が付き纏う地でもある。


 歩くこと数日、二人は『ミロの街』へ着き早速今夜の宿を押さえ、今日は日が暮れるまで情報収集を行なう事にする。


 街の商人も数日前から当然冒険者が増えたと話し、一部のプレイヤーからの話だと強制ログイン後現実世界で一緒にいた仲間の中でIDを持つプレイヤーは同じ場所にいたが、IDを持たない人間とは未だに連絡が取れていないらしく、その話を聞きく限り上杉の考える仮説で言う現実世界とリレイズの世界が入れ替わった方に限りなく近い現状だと理解出来た。


 死については、この数日で死亡したプレイヤーが一切戻ってこない情報を聞き、この世界での死は現実世界の死と直結している事実は決定的になった。


 この世界に一番歓喜しているのはやはりアイリス教団で、即座にアイリス三世を立て戦争を企んでいる情報も入る。

 だが、現実世界と比べプレイヤーとしては少ないアイリス教徒を増強するべく勧誘等も行なっているらしく、アイリス教のリレイザーが今回の首謀者ではない事も分かる。

 もし、彼らが首謀者であれば転移前に大量の成員にログインIDを発行している筈だからだ。


 僅か数日で世界が急速に動いている実体を目の当たりにし、宿へ戻り上杉の部屋に来ていた鮫島に上杉は重い口を開く。


「・・・可能性でしかないんだけど。この転移の首謀者は、鮫島 春樹かも知れない」

「この街で話を聞いて、それは感じていたわ。私が貰ったIDや、父のリレイズへの失踪、全てのタイミングが良過ぎるもの」


 上杉の話す内容を薄々悟っていた鮫島は、自身の父親である鮫島 春樹が首謀者である可能性を否定しなかった。


 鮫島の脳裏に突然現れたIDやケルベロス討伐への参加など、これがなければここまで無事に来れなかった訳だし、それ以前に今の世界に存在していない。

 その可能性を感じていた鮫島は、俯きながら小声で呟いた。


「・・・でも、どうして母へはIDを与えなかったの」

「鮫島・・・」

「それじゃ、この事を知っていた父は母を見殺しにしたも同然よ。私だけ生き残ったってしょうがないのに・・・」

「でも、この世界にいない人間が生きていないなんてまだ確定した訳じゃないし」

「でも、私はここで生きている。そんな不明な生存の可能性に賭けるくらいならIDなんて持たないで、母と一緒にいたかった・・・」


 淡く優しい色の電球が灯された薄暗い部屋で膝を抱え塞ぎ込む鮫島に上杉は掛ける言葉を失っている。

 この不穏な世界に自分だけ生き残り肉親の行方は絶望的な現実に直面した鮫島は、自分だけを生かした過酷な運命を与えた父親である鮫島 春樹を恨んだ。


 その姿を見て上杉も自身の肉親を気に掛けるが、街で聞いた話通りであれば両親はこの世界には居ないだろと考える。

 けれど鮫島は肉親が存在する可能性が高く、上杉は「お前以上の苦しみを抱えているのは、自分を含め大勢居るんだ!」と言いたかったが、なぜか口からその言葉が出て行かない。

 それはなぜか自分の行き場の無い怒りを鮫島にぶつけているだけだと感じたからだった。


 これまでの上杉は今の鮫島と同じく事ある毎に誰かのせいにして来たと感じたからで、あれ程真剣に打ち込んだ剣道も絶対の自信のあった相手に敗れた途端、己の油断で負けた筈の結果にその時の状態や運命を恨み、どこかに責任を押し付けようとする自分が嫌になり剣道を辞めた。


 全てを失った底辺の状態から立ち上がる力。

 それが今まで上杉に足りなかった力で、あの時もその状態から立ち上がる事が出来なかった為、剣道の無い高校へ進学し目立たない影の薄い人間へと変わっていった。


 リレイズの職業で剣道のスキルを生かさず魔法職を選んだのもその無力感から来る後遺症で、竹刀を持つとあの時の無力さを思い出し手が震え出し、それが例え道端の棒切れでも同様の症状が現れる為もちろん剣など持つ事など出来なかった。


 あの時の上杉は孤高と言われる程の存在だった為、周りの人間は上杉へ声を掛ける事は無く、それが今の自分を生んだのを知っている。

 目の前にいる女性は、自分だけが生きている事に悲壮感を抱いていて、それを諭す事が出来るのはその苦しみを知っている上杉しかない。


 あの時、小沢を諭したリシタニアのように。


「鮫島、今は皆の無事を信じるしかない。俺達は早く皆を助けだせるように、元の世界に戻す方法を探さなければいけない。それが、この世界に生きる俺達の使命だから。鮫島 春樹も、同じ使命感から鮫島にIDを与え自身もこの世界に居るかも知れないから」

「上杉君・・・。そうね、この世界に生きているであれば、それが使命かも知れない」


 塞ぎ込む鮫島の前でしゃがみ、上杉は優しく語りかけ、それを聞いた鮫島も俯く顔を上げ涙で腫れた症状で上杉を見つめその話に俯く。


「ありがとう・・・。まずは、イスバールを目指しましょう。おやすみなさい・・・」


 鮫島はそのまま立ち上がり、上杉に無理に作った暖かい表情を向け部屋を出て行き、その姿が消えるまで見つめた上杉は鮫島へ掛けた言葉を気にしていた。


 自分が絶対の自信を無くしたあの日。

 あの時言葉を掛けてくれる人がいれば、剣道を続ける事が出来たのだろうか。

 それを思った上杉は、結局今でも剣が持てないのは自分以外の人のせいにしているのは変わっていないと感じると、えも言えない脱力感を体に覚え部屋にあるベッドに寝そべった。


「結局、前から俺は今の鮫島と変わらないんだよな・・・」


 薄れて行く意識の中で上杉は呟き、その日は神経を使い過ぎたのかそのまま眠りに着いた。


 翌朝、戻りつつある意識に気が付いた上杉はベッドから起き窓を見ると、宿の目にある公園で一人の女性がトレーニングをしている。

 眠気眼の目をこすり再度見直すと、腰まで伸びだ艶のある黒髪を一本に縛り華奢な体に鞭を打つかのように、ダッシュや腕立て伏せをしている鮫島がいた。


「鮫島、何やってんだ?」

「あ、おはよう上杉君。この世界で生きて行くには体力は必要でしょ。だから、いつもなら朝の予習の時間をトレーニングに変えて実施しているの」

「朝の予習って・・・。でも、ゲームの世界なら体力はステータスで決まっている筈だし、あまり意味がないと思うけど」

「でも、体ごと転移されているなら体が資本でしょ。動けば現実世界と一緒で、結構気持ち良いのよ」

「まぁ、そうとも言えるけど。相変わらず真面目だなぁ」


 昨晩の姿が嘘のように、鮫島は早朝のトレーニングを行なっている。

 あの時から彼女も何か吹っ切れたのだろうその姿は、迸る輝く汗と共に生き生きとしていた。


 その後二人は、宿の一階にある食堂で朝食を取る。

 食事は欧風的な物が大半で、トーストとハムエッグそれにコーヒーのセットで、今までと違い食事の味は脳からではなく直接口から入る為、前と比べ腹の減り具合も現実世界同様で、今まで朝は食べていなかったが転移後は定期的に食事を取っている。


「今日はここを出て別の場所へ向うの?」

「ああ、明日位にはカシミールに着きたいな。あそこには俺達のアジトもあるし、それに大陸間を渡る船を手配しないといけないし」

「そうか、イスバールへ行くには船が必要なのね。てっきり何か飛行魔法があるのかと思ってた」

「短時間なら飛べる魔法はあるけど、さすがに大陸間を飛べる魔法は無いな。それと、せっかくカシミールに来たんだから従者も欲しいしね」

「でも、従者との戦いになると二人では戦力的に不安よね」

「そうなんだよな、もう一人攻撃系のプレイヤーが欲しいな。とりあえず、この街で探してみるか」


 二人はイスバールまでの道のりで必要になる仲間の話をし、魔術系の二人に足りない戦士職を仲間に入れる為、カシミールへの出発を延ばしミロの街を散策する事にする。


 ミロの街は決して大きな街ではないが商業が盛んで、カシミールへ運ぶ荷物の発注手続きや集積などはここで行なわれており、大体のプレイヤーはゲーム内で己の職業を持ってたので、リレイズの世界へ転移させれられた事で混乱する人間は以外に少なく、街は交渉の場として大いに盛り上がっている。


 街外れの酒場などは、集積した荷物を運ぶ際の護衛などの依頼を受け持つプレイヤーがその場で募集を出しているので上杉達は立ち寄るが、丁度出発した所だったのか、プレイヤーは殆ど居らず酒場は閑散としている。


 その奥に、一人の女性風の戦士が席に座り上品に酒を飲んでいる。

 癖のある銀のショートボブに純白に青のストライプの入る衣装を着る姿を見て上杉は、そのプレイヤーが高級職業と言われる数少ない職業である『ロード』である事に気づく。


「『ロード』がなぜこんな所に」

「ロードって、高級職業の」

「ああ、戦士の攻撃力にヴィショップの魔力を持つ最強の戦士だ」


 ロードはリレイズの職業で、『パラディン』『ウィザード』に並ぶヴィショップの同等の魔法力を持ちながら戦士としての力もある高級職業で、魔術士の魔力を持つ剣士の『パラディン』や、召喚も含むあらゆる魔法を使いこなす『ウィザード』と並び、この三つの職業は『三大高級職業』と呼ばれている。


 この職業になるには、それなりの経験を積んだプレイヤーが転職の聖地である『カサード』で鍛錬を積む事で得られ、その習得まではセンスと時間が必要で、この職業を持つプレイヤーは世界でも数える程しか存在しないレアなプレイヤーだ。


 二人の存在に気付き、ロードが鮫島の方へ視線を向けた瞬間鮫島は驚いた表情をし、そのロードに近づき訪ねるように話しかける。


「・・・木村 由紀さん?、だよね?」


 鮫島から発せられた名前に、上杉も覚えがある。


 木村 由紀。


 木村は上杉と同じクラスメイトで、テニス部に所属するスポーツマンだ。

 だが、クエスト攻略で有名になった時も上杉には一切話しかけたりはして来なかった。


「鮫島、本当に木村なのか?」

「髪色は違うけど、表情が木村さんそっくりよ」


 疑うかのように上杉は今一度鮫島に確認するが、鮫島は、髪の色こそ違うが長さは変わらなく、その幼い表情も似ていると話し彼女の返事を待つ。


「・・・鮫島さん、ゲームに無縁なあなたがこの世界に居るなんてね」

「本当に木村なのか?お前がロードなんて、そんな簡単になれない職業なのに」

「簡単な事でしょ、私がカサードで修行したからじゃない」

「て、言っても・・・」

「ところで、私に何か用なの?」


 驚きを隠せず動揺した仕草を見せる上杉に、小さくため息を付く木村に鮫島が口を開く。


「木村さん、あなたもこの世界に?」

「そう、教室に居たら突然辺りが暗くなってリレイズに転送してたの」

「やっぱり俺達と同じか。俺達もミロの街付近の離れた場所へ転移させられた。だとすると、学校の連中はカシミール周辺に居るのか」

「いえ、学校の人と会ったのはあなた達が始めてよ。と言っても、アバターを変えてれば分からないけど。それにしても、まさか鮫島さんが上杉と一緒なんて、私はそっちの方が驚いてるけどね」

「私達は今まで居たイスバールへ戻る予定だったのだけど上杉君も魔法職だし、この先戦士が必要になると思って声を掛けたの」

「・・・そうか、あなたのお父さんは鮫島 春樹って訳ね」

「なぜ、父を?」

「ゲームとは無縁なあなたが、ここに存在している事で理解しただけよ。今生きている人間はリレイズのIDを持つ者のみで、私達は『選ばれた民』でもあるのよ。鮫島 春樹の失踪やあなたのIDも多分、鮫島の策略って事でしょ」

「それは分からない・・・。それを知る為に、これから父を探しに行こうと思っているの。木村さん、力を貸して貰えませんか?」


 鮫島の話しに黙った木村は、暫くして座っていた席を立ち二人に視線を合わせた。


「ロードだと言っても役に立てないかも知れないけど、それでも良ければ構わないわ」

「ありがとう、木村さん」

「別に構わないわ、どうせ私もイスバールに用事があったし」

「イスバールに?」

「ちょっとした事よ。この世界になって、都合が悪い事ばかりじゃないからね。それに、この世界の戦闘はかなりリスクがあるから仲間は多い方がいいし」

「木村も気付いていたのか」

「なんとなくだけどね。世界中のリレイズのプレイヤーが同時に転移されたにしては数が少な過ぎるし、この酒場でも殺された仲間が数日経っても戻って来ないと騒ぎになってる。それは、この世界の死は実世界の死と同等だと考えるのが妥当でしょ」


 上杉も木村の話している事を同様に感じていて、あの転移騒ぎでこの世界には最低でも数十万人のプレイヤーが一斉にログインした状態になっている事を想定した時、各地の居住区や商業区での宿などが足りなくなる恐れが出て来る筈だが、このミロの街でも問題なく宿を取る事が出来た。


 確かに周りの人の数は、週末や連休にプレイする時のような光景だがそれでもその程度でしかなく、一番多い大型連休でもログイン人数はせいぜい数万と言った所で、それを踏まえても周りの状況で推測出来る数は多くて十数万人くらいだろう。


 何処かの地域で過密的な人口増加が起きている可能性もあるが、その可能性を除けば全プレイヤーの約1/3程度しかこの世界には存在しておらず、残りは何かのトラブルでログインに支障が起きたのか、モンスターやそれ以外の者に殺されたかになり、上杉や木村は後者の方だと感じている。


 新たに加わった仲間は最強の剣士職であり同級生でもある木村は、まだ曝け出していない謎のベールを残しつつ二人の仲間に入りイスバールを目指す事になった。


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