第十二話 境界の崩壊
2015/12/17 文構成を修正実施
門を潜り暫く進んだ所で、目の前が広いホールのような場所へ出る。
そこは元石切り場だったのか、鋭利に切られた無数の岩壁がホール内のインテリアであるかのように岩の洞窟を幻想な雰囲気に変えていて、そのホール中央には三つの首を持ち背中と尾には無数のバシリクスを飼う四足歩行の巨大な生物が鎮座している。
その姿は、間違いなくケルベロスだ。
「清水、前衛は任せる。小沢さんは清水のサポートを」
「はいよぉ」
「上杉、私の炎が効くと思っているのか?この部屋に来た時の気温上昇で感じてはいるが、恐らくヤツの属性は火炎で私の魔法剣は効かない」
「攻撃は効かないのであれ防御は可能です。ヤツの攻撃が来たら火炎属性の攻撃で相殺して下さい」
「・・・まぁ、それは理論的には間違っていないが。しかし、今までそんな事試して無いから使えるかどうか分からないぞ」
「それは俺の方で実験済みです。属性毎で相手に攻撃が与えられるのであれば、逆に属性でも防御は出来る筈です。火炎のブレスであれば、小沢さんの火炎魔法と魔法剣を使って吸収して下さい」
「どうやってだ!?」
「通常の魔法剣は己の魔力を直接込めるイメージですが、それを他の力から取り込むイメージでやって見て下さい」
「あ、ああ・・・。どうなるか分からないかやってみるか」
上杉の話に最初は疑問を抱いた小沢だったが、上杉の話す理論に完璧ではないが納得し小沢はその方法を試みる事にする。
ケルベロスの前に壁役の清水が立ちはだかり、背中の長剣を抜き襲い掛かるケルベロスの攻撃を受け止める。
「つぅー!コイツの力は強いね」
戦士としては最高ランクの魔法剣士だが属性に対して弱いのが最大の欠点で、魔法剣が使えない属性の相性が悪い相手では戦士より力が弱い為、戦士のような力比べの戦闘では分が悪い。
不得意属性を克服するには自身の属性に寄ってしまうので、複数の属性を極めるのはかなりの時間が必要になる。
魔法剣士としては日が浅い小沢は魔法使い時代の火炎属性しか持っておらず、ケルベロスの属性とは相性が悪く、こういった場合は力の攻撃で上回る清水やリシタニアに遅れを取ってしまい、清水が苦戦する程の力であれば、力勝負では小沢は太刀打ち出来ない。
「ヤツの動きを弱める!~キャスト~」
上杉が唱えた魔法でケルベロスの周りに現れた光のロープが体に絡み着き、その様子を見て清水がケルベロスの間合いに入り長剣を振りかざす。
その太刀はケルベロスの片足を傷つけたが、その足は少量の血が滲む程度で足自体にダメージを与えていないようだった。
その直後に、ケルベロスの三頭の内一頭が息を大きく吸うのを見た小沢は、ローブの中から剣を出し清水の横に出る。
「清水、あの一頭は任せろ。お前は残り二頭に集中しろ」
次の瞬間、ケルベロスの一頭から火炎が吐かれ、目の前の二人に襲い掛かる。
小沢は前に出ると、剣を前に出し魔法剣を作るイメージを想像する。
ケルベロスの炎が小沢の剣に当たると激しい光と篭った騒音が辺りに響き、そのケルベロスの火炎勢いに小沢は徐々に後方へ押されて行く。
「クッ!!私の力じゃ無理なのか!」
小沢は、火炎に押されながら己の力の無さに落胆を覚える。
アイリスでは闇奉行として少しは名の知れた存在で、魔術士から魔法剣士へ転職した時も、魔法と剣の両方が使えれば最強に違いないと考えていた。
だが、実際は属性に合わないモンスターと遭遇すれば、戦闘では盗賊並みに役に立たない存在で、小沢はその事に気付き四大竜派に入門したが、己の属性の問題もあり炎竜派しか極める事は出来ず、その炎竜派でさえも体力不足が原因で『師』の称号も貰えていない。
結局は何も出来ない中途半端者だと気付いたのは、川上と会ったあの夜にリシタニアにあっけなく倒された日で、ゲームキャラクターにアイリス教で諭され、それに反論出来ない自身に酷く腹が立った。
だが川上もリシタニアも、自身の実力を認め仲間へと誘ってくれたのだ。
今まで、一匹狼として活動していた人間を。
その時、小沢はアイリス教の教えを思い出す。
『理想と言うのは、夜空にある星の数同様、人それぞれに理想郷がある。よって、悪も星の数ほどあり、また、善も星の数ほどある。』
リシタニアが探そうとしている理想も、平和の世界を実現しようとする自身の理想も星の数程ある中の一つ理想に過ぎず、それが善であるか悪であるかを決めるのは争いや言葉では無く、それぞれの理想の先にある境地だとアイリス教は謡っている。
この世界の境地は戦争で成り立った平和で、リシタニアに言われた通りそれを争いで正すのは不可能なのかも知れない。
だが仲間を持ち皆で理想を追い求める方法もまた、一つの理想なのかも知れないと小沢は感じていた。
「私の思っていた理想の境地は、この程度なのかも知れないな」
ケルベロスの放つ炎のブレスに徐々に押されて行く小沢は、自身の理想の境地はこの場で死ぬ事によって終わると悟った時、間に割って入る強烈な風を感じ、次第にその風は竜巻となり、目の前の炎のブレスを巻き込みかき消した。
小沢はこの攻撃に見覚えがある。
あまり思い出したくない記憶だが、己の火炎斬が一国の姫に跳ね返された時だ。
ケルベロスと小沢の間に現れたのは、腰まで伸びた美しいブロンドヘヤーを靡かせたリシタニアだ。
「よくぞここまで耐えた。ヤツの属性なら風竜派の方が有利だ。そなたは今やろうとしていた技を完了させろ」
ケルベロスを睨みながら背中越しに小沢に話し掛けたリシタニアは、振り吹いたサーベルと再び前に戻し、風竜派の技を繰り出そうと構え、それを見たケルベロスの一頭の気を引かせると、別の方向から、従者であるシヴァの拡散冷気攻撃がケルベロスに襲い掛かる。
「何とか間に合いましたね。ケルベロスの一頭は任せて下さい」
フリルの付いた黒いワンピースを靡かせ、従者を召喚するのは鮫島で、奥には川村もサポートの準備をしている。
後発メンバーが間に合ったのだ。
「上杉!扉の向こうで村雨が、俺らの失敗を手薬煉引いて待ってるぞ」
「そりゃ、負けられないな!」
川上の激励に上杉は浮遊魔法『フロー』を使い、ケルベロスの頭部が清水・リシタニア・鮫島と戦っている隙を突き、無防備のケルベロスの背中目掛けて飛び出す。
「今は回復役として鮫島も居る。体力の配分の必要がないから、取っておきの魔法で倒してやる」
上杉の手が白く光り出し、その光をケルベロスへ放とうとした時、尾にいたバシリクスが、上杉の前に立ちはだかり口を開けると、ケルベロス同様の炎のブレスが放たれる。
「しまった!ヤツも炎を使えるのか」
バシリクスが火炎攻撃をするのは想定外で、上杉の手にある回復魔法の『ヒーリング』では目の前に来るブレスに対して効果はなく空中にいる上杉は方向も変えられず、このままでは、火炎に焼かれてしまう。
火炎が上杉を襲う瞬間、横から小沢が割って入り持っていた剣をその炎に向け受け止める。
「小沢さん!」
「まかせろ!今度こそ決めてやるよ。上杉はそのまま突き進め!」
小沢は、己の剣に取り込もうと炎を受け止めた剣を必死に抑える。
やがてバシリクスの放った炎は、受け止めた剣の中に吸い込まれるように剣に収められる。
「よし、抑えたぞ!これは、そのままお返ししてやる」
バシリクスの炎を纏った剣を、放ったバシリクスへ向け振り下ろす。
その太刀がバシリクスの頭部へ届き炎が体に移り焼かれだすと、小沢は振り降ろした剣を再び振り上げバシリクスの胴体を切り裂く。
ケルベロスの三頭の頭も、清水・リシタニア・鮫島の攻撃に苦戦している。
小沢の攻撃で尾にいたバシリクスも撃退し、背中にいるバシリクス数匹のみを残し、ガラ空きになった背中へ白く光る右手を突き出す。
「~ヒーリラ~」
ヒーリラは、ヒーリングの上級魔法で、回復同様に、相手に与えるダメージもヒーリングの倍以上で、背中から光に包まれたケルベロスは悶え苦しみ、やがて溶けるようにその巨体は液体となり蒸発して行った。
「やったのか」
「ああ、ケルベロスは溶けて消え去った。小沢さんの新技のお陰ですよ」
上杉の横にいた小沢がケルベロスを確認すると、消え去った状況を見ていた上杉はケルベロスを倒した事を告げ、小沢の完成した新技に感謝した。
川上がケルベロスの生死を確認した後、その周辺を探ると液状化した遺体の中から艶の無い白い石を見つける。
それは以前、ハヌマーンを倒した際に出て来た赤い石と同様に艶の無い円状の石だった。
「川上、これって・・・」
「おお、間違いない。これはハヌマーンの体内にあった石と同じ物だ」
「川上、どういう事だ」
「俺達がアステル社のクエストの時に倒したハヌマーンの体内からも同じ形の色違いの石が出て来たんだ。鑑定に出したけど、鑑定不能と返事が返って来た」
「鑑定不能って・・・」
「ゲーム内のアイテムで、そのような物はありえない。だけど、あの石は鑑定が出来ないと言われたのは、この石自体がゲームで存在しないアイテムだと言う事だ」
川上が見つけた石に上杉は即座に反応し、二人の反応に疑問を持った小沢が質問をすると、川上はその石は鑑定出来ないアイテムだと話した。
「これ程有名なクエストから手に入れた唯一のアイテムだ。必ず何処かで必要になる時が来る筈だ」
「必要になるって言っても、何で使う物か検討も付かないな」
「まぁ、よくある話なら『あと幾つ集めれば願いがかなう~』だよねぇ」
川上達の所へ、三頭と戦っていた清水・リシタニア・鮫島も集まって来る。
清水はよくある話だとして、同様の石を幾つか集めれば何かが起きる可能性を話していると、近くに居た鮫島はその石を見て己の指にある指輪と比べている。
「川上さん、その石見せて貰えますか」
「おお、どうぞ」
「・・・やっぱり。この石、私の指輪の石と材質が似ています」
「鮫島さんの指輪って、何処かで手に入れたアイテムとか?」
「いいえ、これは元々私が持っていた指輪で、父から貰った物です」
「鮫島ちゃん、フツー現実世界の物はこっちへ持って来れないんだよ」
「それは上杉君から聞きました。けど、なぜかこの指輪だけはこの世界に持って来る事が可能なんです」
「俺もそれを見て思ってたけど、今回の討伐で確信出来た。
この石の秘密は、鮫島 春樹が知ってるんじゃないかって」
「鮫島 春樹が?」
鮫島が父親である鮫島 春樹に以前貰った指輪はリレイズの世界に来ても装着しているアイテムで、そのような事はありえないのはプレイヤーであれは周知の事実だが、制作者側の意図と考えれば納得が行く。
「本当だ、指輪になっているけど石の材質は一緒だ」
「この石の色は青で、ハヌマーンの体内にあった赤や今回のケルベロスの白とそれぞれ違う石だけど、表面の処理とか材質は明らかに同じだ。鮫島 春樹は、テック社の創設者にしてクリエーターでもあり、リレイズは鮫島 春樹も製作に参加しているからこの程度の仕込みは容易な筈だ」
「だけど、それが何かが分からない」
「そこなんだよね・・・。先週から、鮫島 春樹もリレイズにログインして行方を眩ましているから、この世界の何処かには居る筈なんだけど」
鮫島の持つ指輪とこれまでのクエストで手に入れた石は材質なども瓜二つで、上杉はその秘密は鮫島 春樹がしっていると踏んでいるが、当人はリレイズにログインし消息を絶っている為、その先の手掛かりを掴む切っ掛けを得る事が出来ずにいる。
「とりあえず戻るか。ここは、話をするには寒すぎる」
「だな」
結局ケルベロスからは他に手に入れらる物は無く、討伐完了を知っていたエスタークも既にその場を去っていて、今回も名誉と言う金額にならない少々面倒臭い勲章のみを手に入れ、リレイズのメンバー達はミリア大陸を後にした。
イスバールのアジトへ戻った六人は、ここで一旦解散をする。
リシタニアは自身の国へ戻り、小沢はイスバールに留まり一旦現実世界へ戻る。
元々アイリスではお尋ね者であった小沢にとってアイリスは窮屈な国らしく、別の住まいを探して旅をすると言った。
「まぁ、お前には魔法剣の新技のヒントを貰った恩がある。必要であれば、一度だけだが借りは返す」
「サイレンスとして一緒に行動しないのか?」
「私は、アイリス教の異端児として追われの身でもあるから、一緒にいればいずれ成員達に襲われるかも知れない。私は、私の考えで理想郷を目指す」
そう話した小沢は凛とした表情で紺のローブを身に纏うと、颯爽と商業区へと去って行った。
「私も国へ戻る。そなた達には大変世話になったな」
「姫と冒険が出来て光栄でした」
「姫!俺も一緒に御供させて下さい!」
「えーい!そなたは騒がしいヤツだな」
「・・・姫?サーベルはやはり危険かと・・・」
「姫もまた一緒に冒険して下さいね」
「ああ、清水よ、そなたには大変世話になった」
リシタニアと握手を交わす上杉・鮫島に、いつもの様にサーベルを向けられた川上を横に、最後はリシタニアを闇から救った清水と二人は固い握手を交わし、リシタニアはアイリス国へと戻って行った。
「さて、上杉はどうする?」
「俺も一旦帰るよ。宿題全然、手つかずだし」
「上杉君、まだ終わってなかったの?」
「うっ、鮫島はもう終わってるの!?」
「ええ、ログインする前に終わらせたよ」
「よ!流石秀才ってとこだな上杉」
「うるせー、川上」
「まぁ、学生は勉学が大事。頑張って来なね」
「ううう・・・」
「そうなると、ログインはまた週末か?」
「そうだな、鮫島 春樹を探し出さないと」
「じゃぁ、次回は鮫島 春樹捜索って事で」
二人が去り残された四人は、次回の予定を決た後ログアウトする。
翌日、世間はクエスト討伐の話題で盛り上がり、しかもそれをサイレンスが達成した事で、学校中がその話題で持ちきりだった。
案の定、上杉の周りには大勢の人間が来てその話を振り、パーティー参加や術の伝授などを嫌になる程対応した。
「ここへ来ると変な噂立てられるって言っただろ」
休み時間は相変わらず屋上へ逃げている上杉に、それを知っている鮫島が横になっている上杉の横に立っている。
「今回のクエスト、正直これほど有名だって知らなかった」
「そりゃそうだろ、ゲームなんてした事のないお嬢様なんだからさ」
「でも、父の仕事が世間でこれ程認められているのも悪い気分じゃないと思っているの。仕事ばかりで家族を省みない人だったけど、本当は私達家族が父の気持ちを分かっていなかったのかも知れない」
「鮫島 春樹は俺達リレイズをする者達にとっては、その名を知らない人はいないヒーローみたいなもんだからね」
「ヒーロー?」
上杉の言葉に、不思議そうな表情で見る鮫島に話を続ける。
「多くの人間を熱くさせるゲームを作り出せる、これって素晴らしい才能だと思うんだ。俺はそれまでゲームと無縁の世界に居たから、初めてリレイズをプレイした時そのリアルなゲームの世界観よりキャラクターの思想の深さに感心したんだ。最近では姫みたいに接したプレイヤーによってそのキャラクターの考えが変わり、その後の世界に影響を与える。悪い方で言えば、アイリス国のように教えを謡えば国をも動かす事の出来る、そんな壮大な可能性に俺は引かれ、それを作り上げたのはクリエーターでもある鮫島 春樹なんだ」
仰向けになり、澄み切った空を眺めながら上杉は、剣道しか知らずその道で堕落した己を救ってくれた鮫島 春樹の作ったリレイズの世界の奥深さを話す。
上杉の話す顔を見ながら、鮫島は父親の事を言われて満更ではない表情を見せていた。
その時、突然晴天だった空がたちまち黒い闇に侵食され始め、空を見ていた上杉達もその異常に気付く。
「突然どうなってんだ?」
「空が突然・・・」
屋上に居た二人は、ゲリラ雷雨か何かと思い横になっていた上杉も体を起こし立ち上がろうとした時、目の前に黒い粒が大量に空から降り注ぐ。
「・・・黒い雨?」
不思議そうに黒い空を見ている鮫島は、空から降るその雨の異変に気付く。
「上杉君、雨なのに体に当たった感触がしない」
「これは、雨ではなく光か?」
雨だと思われたその黒い粒は体に当たっても感触がなく、服の上からだと思い手を差し出してその粒を受けようとしても、その粒は手をすり抜け下へと消えて行く。
やがてその粒は量を増やし、やがて目の前の視界は暗闇と化した。
「鮫島、居るのか!?」
「ええ、だけど私も何も見えない!」
次の瞬間、聞こえて来る声は聴覚からではなく脳へ直接話しかける、音声電波を使用し脳から話しかけて来た。
「ようこそ、リレイズの世界へ」
その声はリレイズを開始する時に聞こえる音声で、その声を聞くにはヘッドマウントディスプレイからでないと聞こえない筈が、今の上杉の脳内にはハッキリとその声が聞こえる。
その後は通常のゲームルーチンのようにゲームが開始し、自動的にログオンされると目の前の視界が復活して行く。
暫くして上杉が目覚めた先は見覚えのあるリレイズの世界で、ヘッドマウントディスプレイも、ましてやログインもしていない状態で今上杉はリレイズの世界に居る。
恐れられていた『バウンダリー(境界)の破壊』が現実世界をゲームの世界に変えた事で、プレイヤー達の思想ではなく物理的な実現で、今、世界を巻き込んで現実となって起きた。
- 第一章 リレイズの世界 完 -




