第十一話 不穏な空気
2015/12/17 文構成を修正実施
最北端にあるこの大陸には季節が無く、唯一の季節感は、4ヶ月毎に吹雪の強さが変わるくらいで、今の季節が最も吹雪が強い季節で、辺りの木々や川をも全て氷の世界へ追いやってしまう。
ムルティプルパーティーになったサイレンスは、ケルベロス討伐の為、吹雪の寒さに負けない防寒着を身に付け極寒の地ミリア大陸へ降り立った。
これまでの調査は小沢とリシタニアのみで行なっていた為効率は悪かったが、他の冒険者に悟られず調査が出来た。
だが今回はオリジナルメンバーである上杉達も一緒にいる為、遅かれ早かれ他の冒険者にも情報が回ると思われるが、サイレンスの得たアドバンテージは圧倒的で、これから慌てて後追いをされても討伐には十分裕がある時間を得ている。
先発隊の事前調査のお陰でケルベロスの洞窟までの道のりは順調で、途中で遭遇したホワイトゴーレムなどは小沢が既に調査済みの為、小沢の火炎斬で簡単に退治でき、他のメンバーの体力温存に貢献する。
上陸から半日以上経ち、予定通りケルベロスの居る洞窟へ辿りついた。
その入り口には六つの杭があり、その杭を同時に叩かないと洞窟入り口が開かない仕組みになっており、小沢達の探索もここまでになっていた。
「それでは皆さん、よろしいですか?せーの!」
一列に並んだメンバーに川上が音頭を取りその合図で一斉に杭を叩くと、目の前の大きな岩の壁が轟音を立てゆっくりと地面に呑まれて行き、その先には銀色の輝く壁が左右に並び白い床で出来た迷宮が現れた。
それまで先頭だった小沢から川上に代わり、銀色に輝く壁や白い床をさすりながら罠の有無を確認する。
「うん、罠はなさそうだ。とりあえず、先に見える分岐まで進むぞ」
罠を探りながら先頭を行く川上に、辺りを見渡しながら上杉達は進んでい行く。
迷宮の中で数体のモンスターと遭遇したが、冷気属性のモンスターは小沢が火炎属性はリシタニアが相手をすればほぼ問題の無い程、二人の力のお陰で魔法関係は温存出来ている。
途中でキャンプを張り休憩を取る。
川上が洞窟潜入前に入り口の状況が見えるアイテムを置いたので、入り口の状況を確認すると情報を聞きつけた勘の良い数組のパーティーが既に洞窟までやって来ていたが、それでもまだ差があり問題は無い。
翌日、地下へと通じる階段を発見し地下二階へ降りる。
この階層はモンスターは少なかったが罠が多く、毒ガスなどのバットステータスの罠に嵌り、上杉の解毒魔法がフル稼働になる。
今までのサイレンスのメンバーで攻撃職は清水しかおらず、攻撃に期待出来ない川上と上杉となると必然的に上杉が攻撃に回る事になる。
その苦肉の策が攻撃的回復魔法であったが、通常の回復魔法より消耗が激しい為本職である回復まで手が回らない状態であったが、今は攻撃職が三人もいるので上杉は従来の回復職に集中でき、罠に嵌ったとしても即座に対処できた。
「どおよ、川上?」
「うー、まだ検討も付かないな」
「しょうがないか、鮫島のメモにはそこまでは書いてなかったんだし」
「とりあえず中心へ向かって行くか、外へ向かうかだな」
鮫島 春樹の残したメモにはケルベロスの居場所までは記載されていたが、その洞窟内の詳細までは書いてなかったので川上と上杉で迷宮をマッピングしながら進んでいたが、恐らく中心付近からスタートした地下二階は螺旋状に通路があり、上側を目指すか下側を目指すかの分かれ道な構造になっている。
「なら、半分に分けて探索するのはどうだ?」
「しかし姫、それだと属性に対する戦力均等が厳しいですよ」
「ならば、足りない方に戦士を二枚置けばいいのではないか」
「そうなると・・・、姫と鮫島さんと俺、上杉と小沢と清水でどうです?姫の仰る通り、属性の弱い上杉側には戦士を二枚で、こちら側は鮫島さんが両属性持っておりますし、私は姫に助けて頂ければ・・・」
「まぁ、確かにその布陣でよいが。そなと私が一緒なのは、狙ってなのか?」
「い、いいえ、先程言った通りですよ・・・」
リシタニアの発案に川上は二手に分けるシュミレーションを提案すると、私欲が見える布陣にリシタニアは渋々受け入れ、他のメンバーも賛成する。
両属性を持つ鮫島には詠唱時の壁役として戦士を一枚付け、冷気属性の無い片方へは戦士を二枚にする事で攻撃力を上げる構成にし、川上チームは上へ、上杉チームは下へそれぞれ移動を開始した。
螺旋状の通路は先の見えない天井へ何処までも続いている。
上側を歩く川上チームは、顔を上に向けながら敵と罠を警戒しつつ慎重に進むと、先の見えない洞窟上空の暗闇から突然無数の黒い謎の物体が振ってくる。
リシタニアはサーベルを上段に構え風竜派の技『風避の舞』を繰り出すと、サーベルから発した強烈な渦が三人の上へ移動すると、その渦が壁になり降り注ぐ黒い物体を跳ね返すと、勢いが無くなり落ちてくる物体は物ではなく生物で、灰色の毛に覆われ長い羽を持つ生物は見た感じから蝙蝠に見える。
「おーい!上から何か落ちてきたぞ。川上大丈夫か?」
「大丈夫だ、上から高速で蝙蝠が振って来てるけど、これがケルベロスの攻撃じゃないのは確かだ。そのまま進んでくれ」
「分かった」
下へ向かっていた上杉がその場へ落ちてきた蝙蝠に気付き川上へ声を掛けるが、この攻撃がケルベロスの攻撃ではないと判断した川上は、上杉に捜索を続行するように話した。
「生物なら火が有効な筈です。ヴァルカンを召喚します」
リシタニアが風避の舞を繰り出した後、鮫島は即座に従者の召喚の準備に入り従者を呼び出す。
ヴァルカンから放たれた火炎は降り注ぐ蝙蝠を焼き払い、火の玉のようになった蝙蝠は、暗闇の底へ落ちていった。
ヴァルカンが攻撃を繰り出している最中、リシタニアは既にその上を目指し進んでいて、その目的はこの上に蝙蝠を操る者が居ると判断したからで、その予感は的中し、暫く登った先には振ってきた蝙蝠よりさらに数十倍はあろう巨大な蝙蝠が、迷宮内を飛びながら口から蝙蝠を吐き出している。
「大蝙蝠か、あの攻撃の根源は」
大蝙蝠は体内で毒蝙蝠を生成しそれを吐き出し攻撃する生物で、その光景に先程の攻撃が目の前の生物からだとリシタリアは即座に判断し、振り抜いたサーベルを構え剣に風を集め大蝙蝠目掛けて振り抜くと、その風は真空の刃となって大蝙蝠を襲う。
その刃をかわす為、大蝙蝠は一旦攻撃を止め目の前に襲い掛かる真空の刃をかわすと、既に間合いを詰めていたリシタニアが大蝙蝠の目の前に突然現れ、焦る大蝙蝠にリシタニアの太刀で一撃を与え、その直後、螺旋下中央から炎の柱が現れ大蝙蝠へ襲い掛かる。
攻撃を受けた直後で避けるのが送れた大蝙蝠は、その炎に飲まれ消し炭になり消えてなくなった。
「姫、大丈夫ですか」
「ああ、そなたの召還獣のお陰で片付いたぞ」
「あまりお役に立てない魔法かとは思いますが」
「そうでもないぞ。ヴァルカンをあれ程素早く召喚出来る人物を私は見た事はないし、威力も申し分ない」
「姫に褒めて頂けるなんて光栄です」
「そなた達、私は仲間なのだから敬語は禁止と言っておろうが」
「いえ、私は元々このような性格ですし。いきなり態度を改めるのは難しいので」
「まぁ、ゆっくりでいいが」
「姫!、俺は遠慮なんて致しませんぞ!」
「お前は少し場を弁えよ」
「・・・姫、サーベルは御仕舞いになって下さい・・・」
鮫島とリシタニアの会話に川上が割って入ると、いつもの調子でサーベルの刃先と向かい合った川上は冷や汗をかきながらリシタニアから後ずさりする。
上杉に先程の戦闘終了をステータスバイブルのチャットで連絡を入れ、三人は螺旋状の階段を再び上へ向かい始める。
暫くして来た上杉から返信にはバシリクスと戦闘をしたと書いてあり、バシリクスと聞いて川上は、ケルベロスの神話を思い出す。
ケルべりスは、複数の頭部の他に背中と尾に無数の蛇がいる幻獣である事を思い出し、自身が戦った大蝙蝠より系統が似ているバシリクスの方がケルベロスの居場所に近いのではないかと考えた。
「上杉の方でバシリスクが出たと連絡があったんだけど、こちらで戦った大蝙蝠と比べると、ケルベロスの系統に近い生物だ。同じ種類の生物であれば、環境条件が近い筈だから、恐らくケルベロスは上杉達の下側に生息していると思う。そこで、俺達も下へ行こうと思う」
「上杉君には待って貰うのですか?」
「いや、今回の捜索に時間が掛かっているから後発の冒険者に追い付かれる可能性もある。だから、上杉達にはそのまま進んでもらって俺達が追いかける」
「二手に分かれての捜索だったからな、仕方ないだろう。もし、この先にケルベロスが居たら?」
「どちらにせよ、これ以上離れると互いに戦闘へ合流出来ません。どちらかに絞るチャンスとしては今が機だと思います」
「そうだな、この道は我々が思っていた以上に手間が掛かる。ましてやこの先もモンスターが出るであろうからな。このパーティーの参謀はそなただ、我々はそなたに従おう」
「では、上杉には連絡を入れます」
二手に分かれてからも戦闘が多くこれ以上の別行動は合流に時間が掛かり、ケルベロスの戦闘に支障が起きる為、川上は自身の考えを二人に告げ、その話にリシタリアは説明こそ求めたが、最終判断はサイレンスの作戦参謀である川上に託すと言いい、三人は上杉達と合流する為、来た道を引き返し螺旋状に続く道を降りていく。
上杉達は、行く先を阻む多くのバシリクスを倒しながら進む。
このパーティーは属性系が弱いので戦士を二枚付けたのが功を奏し、属性能力ではないバシリクスの相手をするには戦士が適役で、清水と小沢の攻撃で殆どの敵は撃沈出来た為、探索は順調に進んでいた。
「川上が居ないから、トラップ関係はちょっと不安だけどな」
「大丈夫だろう、ここまで何も無いし」
「まぁ、敵は多いけどね。私はへビが苦手なのよ。あのニョロニョロが気持ち悪いし」
上杉の心配を小沢は軽く一蹴し、連続で戦っている蛇に険悪感を抱いている清水が話をしている時、上杉のステータスブックに、川上からのチャットが入り、川上達もこっちへ合流すると書いてあった。
「上に行った三人が、こっちへ合流するって」
「向こうの探索はいいのか」
「チャットにも書いてあるけど、戦闘が多くて思ったより時間が掛かってるから、これ以上の別行動はケルベロスの戦闘時に合流出来ないかも知れないから」
「じゃぁ、私達は川上達が来るまで待つの?」
「それだと、後発のパーティーの中にエスタークや有力なパーティーがいれば追い付かれる可能性がある。川上もそれを感じていて、俺達はそのまま進んでくれって」
「しかし結構な見切り発車だぞ。私達だって、まだ手掛かりを掴んでいる訳じゃないのに」
「それは川上に考えがあって、向こうで出たモンスターと今俺達が戦っているモンスターの系統だと、ケルベロスに近いのはバシリクスと戦っているこちらだって」
「確かにそうだが・・・」
「任せなさいって。俺達サイレンスの、これまでのクエストで得た『勘』を」
「ま、その点は今まで単独だった私には無い部分だがな」
「川上の勘は結構当たるし、それなりの理論もある。生物の生態環境も、このゲームは織り込んであるからねぇ」
二人の話に小沢は、ここは川上のお手並み拝見と言った感じで納得し、三人は引き続き下層部分へ進むと目の前に巨大な扉が異様な雰囲気を漂わせ、整然と立ちはだかっていた。
「・・・間違いないねぇ」
「ああ、ここにケルベロスが居る」
「で、どうするんだ。余裕があれば、川上達が来るまで待つのか。・・・て、そうも言ってられないみたいだな」
小沢が振り返る先には、青い剣を持つ戦士率いるパーティーが上杉達の後ろに立っている。
その剣の所有者は上杉は知っていて、あの剣は三種の神器の『聖なる青い剣』で、それを持つものはエスタークの村雨だ。
「村雨・・・」
「また上杉、お前か。お前達はムルティプルパーティーには参加しない主義じゃなかったか?しかも、この短期間でケルベロスの洞窟を探り当てるなんてな」
「俺たちは運が良かったんじゃないかな」
「まぁ、どのみちこのままじゃお前らが先にケルベロスに辿り着ける訳だが、見た感じ手分けして探索してるようだから川上達が間に合ってないようだな」
「だからって、このままお前達に譲る訳にはいかないな」
「まっ、俺らはこのまま突っ込んで全滅してもらった方が都合がいいからな」
人数の少ない上杉達を見て、この洞窟に入るには六人必要な事を知っている村雨は、サイレンスは洞窟内を手分けして探索していてケルベロスに辿り着いたが合流出来ていない事を推測する。
「その人数じゃ、ハヌマーンのようには行かないぞ」
「三人が来るまで持ち堪えればいいだけだ」
「少しでも、ケルベロスに深手を負わしておいてくれよ。そうすれば、次の俺達が楽だからな。お前らに、連続でクエストを取られる訳にはいかないからな」
村雨の挑発に上杉は以前と同じように冷静に返答したが、前回に続きサイレンスにクエストを先に越された悔しさがあったのか、村雨は最後に悔しさを垣間見せた。
「村雨、新しく入ったアイツ。多分『アイリスの闇奉行』だ」
ケルベロスの間へと去っていった上杉達を見て、村雨の後方から一人の女性は話しかけてくる。
その姿は、肩まで伸びた紺色の髪に白に金色の刺繍が施された煌びやかなローブを纏うその見た目は魔法使いの装いをした人物は、エスタークの頭脳的存在の召喚術士『菊池』だ。
「菊池、知っているのか?」
「あの紺色のローブに見覚えがある。我がアイリス教を謡って、極悪商人を討っている不届き者だ。あの者は、私がいずれ改心させなければならない」
「と言っても、殺せねえ世界じゃ暴力は通じないぜ」
「アヤツに恐怖を植えつければいいのだ。アイリス教を敵に回す恐怖を」
アイリス教は実世界に存在する教団で、その教祖であるアイリス一家がスポンサーになる事で、ゲーム内でも教団活動を行なう為にアイリス王国を存在させている。
王国を維持するプレイヤーはほぼ現実世界でアイリス教の成員であり、菊池もアイリス教の成員である為、現在もアイリスに住んでいる。
以前に川上の言っていた悪い噂とは、リレイザーになった教徒達が自身の理想郷を築く為に各地で略奪を行なうなどゲーム内に居るアイリス教徒は常に不穏な動きを見せている事で、エスタークのメンバーである菊池もアイリス教の世界を実現する為に、最強剣士である村雨についている。
村雨も彼女のその危うさを知っているが、彼女の戦略に対する頭脳と召喚術士として従者の中で最高級と言われる四大従者の一つ『ベヒモス』を従者にする実力を買い、メンバーへ召集している。
「まっ、お手並み拝見と行こうかね」
小沢に険悪感を示し殺気立つ表情の菊池を見て、村雨は自身の焦りに対し冷静でいたいと考え近くにあった石に腰を降ろす。
ハヌマーンのクエストを取られ、今回のクエストも取られる事に苛立ちと焦りがあったのは正直な所だったが、菊池の険悪な表情を見た時、自身の心に一物の不安が過ぎったのは事実で、それは以前から懸念されている『バウンダリー(境界)の破壊』が身近な問題になっているのではないかと言う事だった。
リレイズでプレイヤー同士の戦いは幾つか経験がある村雨には、その殺戮は現実世界に限りなく近い経験だと感じ、実際に人を殺めた事などもちろん無い村雨でも、その日は嫌な気分になり暫くログイン出来なかった苦い経験だ。
しかし、それを躊躇無く出来てしまうプレイヤーがいる事もまた事実で、その大半がアイリス教徒のリレイザーだと言う事も村雨は知っているが、今後それ以外の人物が殺戮に抵抗をなくしているのであれば、間違いなく『バウンダリー(境界)の破壊』は訪れると村雨は考えている。
そう考えると、自身が変わって来てはしないかと我に返った村雨は陽気な表情ではあったが、凄まじい形相の菊地に少しの恐怖を覚えていた。
上杉や川上に続きここにも一人、村雨もその危うい現実に気付き始めていた。