第十話 契約
2015/12/17 文構成を修正実施
ケルベロス討伐に向けてのリレイズの作戦は、川上、小沢、リシタニアの先発隊が探索を行い、面の割れていない小沢、リシタニアで冒険者に勘付かれずに行動し、装備などの準備を川上が揃え、上杉、清水、鮫島で、鮫島のレベル向上と従者を探す旅をしてケルベロス討伐前に合流し、戦闘に挑む作戦だ。
ムルティプルパーティーが揃って以来、初のログインになる今回、アジトで既に待っていたリシタニアと小沢に上杉達は合流する。
上杉達が来るまでの数日間でリシタニアと小沢は、鮫島のメモに記載のあったケルベロスの居る北の大陸『ミリア』へ潜入捜査をしていたが、他の冒険者に見つからないように行動した為、この数日間ではあまり動く事が出来なかったが、鮫島のメモの通り山がある所までは確認出来た。
そのメモには、その山の洞窟内に居るとの記載がされているが最北端の大陸だけあって、この季節の寒さは尋常ではなく、大抵の冒険者はミリアへ行く優先順位を最後にする為、それが上杉の話した、一番に着ける理由であった。
「あの山へ行くには、結構な防寒装備が必要だな。それに、寒冷地用の武器だな」
「そこは川上が揃えてくれると思うけど、小沢さんの魔法剣は火炎なら大丈夫なんでしょ?」
「いや、温度差が激しいから多分強度がダメだろう」
「そうなると武器も必要だな」
ミリア大陸の寒冷地に耐える武器も集める必要もあり、ケルベロス討伐へは時間が掛かりそうだったが、それは上杉にとって不都合ではなく、その分鮫島のレベルアップも出来るので、むしろ好都合だ。
暫くして清水が合流した事で上杉側のメンバーは揃ったので、定期連絡はステータスバイブルのチャット機能で取る事を確認し、川上の到着を待たずに出発をする。
ケルベロスの猛犬から来るイメージだと火炎属性の可能性もあると考えたが、ミリア大陸を考えると、冷気属性とも考え、まずはこのアイリス大陸にいる火炎属性の従者『ヴァルカン』を手に入れる。
アイリス国から南下し一日程度歩くと、レンガで覆われた釜戸のような入り口が現れる。
ここへ来るまでに、鮫島を戦闘慣れをさせる為に数々の戦闘を繰り返し基礎的な連携などのトレーニングは行なっていたが、目の前にモンスターを迎えての戦闘は始めてで、鮫島同様当時それまでゲームをした事の無かった上杉も、初めてリレイズで戦闘した時は、かなり緊張した事を覚えている。
だが、鮫島 春樹の選んだ召喚術士は見事に彼女にフィットしていて、元々記憶力の良い秀才を生かし、唯一持っていた従者『シヴァ』を鮫島は既にステータスブック無しで詠唱でき、タイミングも絶妙のシヴァの拡散冷気で、数々の敵を呆気なく凍結させて行く。
「ありゃー、鮫島ちゃん、上杉より才能あるんでないかい?」
「想像はしていたけど、それ以上だね」
呪文もそうだが、戦闘でも彼女の能力は遺憾なく発揮され、戦闘配置などの戦略も一度教えれば正確に遂行し、そこから応用も出来る戦力家としての実力も垣間見える。
ここまでの戦闘で鮫島のレベルも順調に上がり、上杉が予定していたタイミングで、この『フレイムの洞窟』へ来る事が出来た。
火炎の従者が住む所だけあり、その内部は鼻で息をすると熱で苦しくなる程辺りはサウナのように高温多湿で、冒険者を寄せ付けない場所になっている。
三人は事前に準備した湿らせた布を巻き、熱気を帯びたレンガの道を進み、時折現れる炎の精霊と交戦を繰り返す。
周りの熱気に湿らせた布はあっと言う間に乾き、即座に持ってきた水筒から布を湿らせ再び顔に巻き直し、体に溜まった熱は上杉の回復魔法で冷まさせる。
「いやー、あちーなぁー」
「上杉君、従者はまだ先なの?」
「うーん、確かこの辺だったと思うけど・・・」
熱く熱されたレンガの壁を、上杉は手探りで何かを探し、暫くすると、上杉が触れた一つのレンガが簡単に取れる。
上杉はそのレンガを床に置き、外したレンガの中にある突起物を摘むと、先程まで歩いて来た後方から地響きと僅かな振動が伝わって来た。
「よし、今後方で動いた場所が従者への入り口だ」
鮫島のメモに記載されていた方法で上杉が開錠し、後方に現れた新たな道に三人は進むと、その先の部屋はレンガが円を描くように繋がり、通路の中心には先程までよりさらに温度が上昇した事で発生したプロミネンスのような煮え滾った溶岩が飛び交い、その中に一体の生物が佇んでいる。
その姿は赤い毛で覆われた巨体の頭に生える短い二本の角に、口元からは僅かだが火が灯されている。
「あれが、『ヴァルカン』」
「ヴァルカンの火炎属性は、鮫島のシヴァの冷気属性が有効だ。清水を盾に鮫島は従者を召喚して、俺が後方サポートへ回る」
「分かったわ」
「りょーかい」
上杉の指示に二人が頷くと清水が即座にヴァルカンの前に立ち、相手の気を引いている間に鮫島は、地面に魔法陣を描き詠唱を始める。
「~ルブリカント~」
上杉が清水へ放った魔法は、戦闘中の移動速度を上げる魔法で、ヴァルカンの火炎攻撃は触れれば大ダメージは避けられず、その為、少しでも速度を上げる為の上杉の配慮で、向かって来る清水に対してヴァルカンが放つ炎を、ルブリカントの効果のお陰で間一髪かわす事が出来た。
「ふぅー、危ない危ない」
「清水さん、今従者を送ります!」
描いた魔法陣から出てきたのは、全身が冷たい氷に包まれた小さな精霊で、その精霊はヴァルカンに向かって手を差し出すと手の平に渦が出来、その渦から大量の氷の粒が発生し、ヴァルカン目掛けて襲い掛かる。
ヴァルカンはその氷の嵐を火炎のブレスで対抗すると、互いの攻撃がぶつかり合いその場で凌ぎを削り合う。
その二人の後方から、上杉が浮遊呪文フローを使いヴァルカンの隙を見て突進する。
その上杉の手には、白く輝く光が発せられる。
「効くかどうか分からないけど、相手は生物だからイケる筈だ」
上杉の両手には同様の色の光が発せられていたが、光量に違いがあり、片方はヴァルカンに触れる際の火傷を想定し回復用に、もう片方は攻撃用として用意している。
「~ヒーリング~」
片手は己の体に、もう片方がヴァルカンの片腕に触れるとそれは激しく光出し、ヴァルカンが激しい痛みを覚え叫ぶと共にその片腕は、光と共に消えて行った。
「熱気でこれ以上近づけないから、これ以上のダメージは無理だ。清水、頼むよ!」
「わかったよぉ!」
ヴァルカンは残った片腕を上杉目掛け振り下ろし攻撃を飛んで避ける上杉を予想していたかのように、空中に居る上杉目掛けて火炎攻撃を繰り出すが、それと同時に繰り出された鮫島の召喚したシヴァの拡散冷気攻撃にかき消されると、ヴァルカンの死角からほぼ無防備な首目掛けて清水が飛び込み、両手に握る長剣を振り下げ首へダメージを与えヴァルカンの肩に着地し、即座に身を反転し長剣を逆手に持ち変え敵に背を向ける形になたた清水は、脇から伸びた長剣を一気にヴァルカン目掛けて突き刺す。
清水の突いた剣先からマグマのように蒸発する血が溢れ出すと、ヴァルカンは先程までの勢いが無くなり徐々に弱り始める。
「鮫島、今だ!」
上杉の掛け声と共に鮫島は一枚の術紙を広げ、目の前にいるヴァルカンへ詠唱を始めると、契約の儀式を受けたヴァルカンの体は先程までのサイズより小さくなり、やがてその体は光に包まれ鮫島の用意した術紙へ吸い込まれていった。
「ふぅ・・・」
「これで、火炎の従者の契約は終了したな」
従者との契約が終了した鮫島のステータスバイブルの魔法欄には、新たに『ヴァルカン』が追加され、ステータスバイブルを見つめ従者との詠唱を確認する鮫島に上杉が話す。
「とりあえず、火炎と冷気の攻撃属性は手に入れたから次は、補助系の従者を探しに行くから」
「ええ・・・。だけど、従者って力ずくでしか手に入れられないの?」
「契約は互いの承諾でも可能だが、こういった攻撃系の従者は基本力ずくだね」
「だから、召喚術士が一番面倒臭い職業だって意味はこれなんだよ。覚える魔法に対して、どうアプローチするか考えないといけないからねぇ」
鮫島の質問に答える上杉の後に、清水が話した召喚術士の難しさとは、召喚術士が従者にする儀式の方法は二通りあり、対象の従者の了解か力ずくで弱らせ強制的に契約を結ぶ方法で、どちらも術紙を用意し契約魔法を詠唱する事で契約が結ばれる。
前者のメリットは互いの信頼関係で契約が成り立つので、仲間として常に召喚する事で、補助系であれば永続魔法としての使用も可能だが、相手にある程度の知識が要求される為、穏やかな性格か高難易度の召喚獣しかこの方法は使えない。
後者の場合は攻撃の際のみの出現になるので、連続攻撃の際は召喚の為の体力消耗が激しいが、大体の攻撃系の従者はこちらの場合の方が多い。
鮫島が現在持つ従者はどちらも後者で攻撃専門の為、次は従者との契約で成り立つ可能性の高い補助系の従者を探しに、フレイムの洞窟を出て南にある大森林へ向かう。
その森林は精霊のモンスターが多く存在し、上杉が次に狙う『トレント』が、この場所に居る事は鮫島のメモで確認済みだ。
従者『トレント』は回復系の精霊で、契約出来れば召喚術での回復が可能になり永続魔法として使える。
巨大な木々に囲まれたこの森は、昼間でありながら差し込む光の量は圧倒的に少なく、暗くなる前の夕暮れに似た寂しい感覚を与え、静かな森を恐ろしく感じる森へ変えている。
だがこの森は、精霊達の不思議な力で魔物を寄せ付けておらず、その事はメモを見て知ってはいたが、三人は一応の戦闘に備え警戒しながら薄暗い不気味な森を歩く。
「確か、この辺りね」
「この辺りって、特に何もないけどねぇ」
「俺もトレントは一度見た事はあるけど、この辺りでいい筈だ。鮫島は、ここで一回契約の魔法を詠唱してみて」
「ええ、分かった」
上杉の言葉に鮫島は頷き従者との契約時に行なう魔法を詠唱すると、目の前の森から突然霧が発生し周りを包み込むと、霧の中から一本の大木が姿を現し霧の壁に響くような声で話し出す。
「・・・何者だ」
「あなたはトレントですね。私は、あなたと従者の契約を交わしに来ました」
「何?ワシと契約だと」
「お前達冒険者は、ワシらの世界には災いでしかない。それでも契約を交わす事に利点はあるのか?」
「それは・・・」
戦場になる事を警戒し清水は背中の長剣に手を掛けているが、上杉は目の前のトレントの会話に妙な感覚を覚える。
場所は違うが上杉は以前にトレントに会い、今回のように従者の契約をする現場に立ち会った事がある。
その時に交わした言葉と今回の言葉の内容は明らかに違い、以前のトレントは契約に関して否定的な言葉ではなかったと覚えているが、今回は間違いなく契約に関して否定的な内容で、まるで禅問答的な質問を鮫島に投げかけて来る。
場所によって難易度が違うという事はよくある話だが、今回のような内容的な部分の違いに上杉は納得出来ず、上杉はその些細だが不気味な環境の変化に違和感を覚えていた。
その二人の前に立つ鮫島は、トレントに質問に最初戸惑いを見せたが即座に冷静さを取り戻し、再びトレントを見つめる。
「この世界を知る為に力を貸して欲しいのです。世界を知り互いの考えが分かれば、分かり合える筈です」
「それが災いでしかないと言っているのだ」
「いいえ、それはあなたの考えるこの場でしかない事実で、実際は皆、争いを避けたいと思っています。冒険者は災いではありません、皆平和の為に戦っているのです。私と世界を知る事で、あなたは冒険者の本当の考えが分かる。それが利点です」
鮫島は小沢やリシタニアの思想を聞いて、プレイヤーである冒険者がゲームのキャラクターに諭され、またリシタニアを諭した清水のように逆もあると感じ、その場で考えるより、自身で感じる事の大切さをトレントへ伝えた。
鮫島の回答に暫く黙っていたトレントは、一本の大木であった木から両手を出し、地面に埋もれていた根を足のようにして歩き鮫島の目の前に立つ。
「お前の気持ちは分かった。では、私にその世界を見せてくれ。お前の従者となり、その世界を見てからまた考えよう」
「トレント、ありがとう」
鮫島がトレントの体に触れるとトレントは光に包まれ消えて行き、鮫島のステータスブックの魔法欄に追加される。
「凄いな鮫島ちゃん。難しい交渉契約を意図も簡単に成し遂げちゃったよ」
「いいえ、私も返答するのに精一杯でした。正直トレントの言葉に、ここが本当の世界に思える程の緊張感でしたから」
「それが、このリレイズの世界だからね」
難しい契約を成し遂げた鮫島に、清水が称賛を送る中、上杉は鮫島の話した一言を気に掛けていた。
本当に思える世界。
確かにリレイズは現実世界に限りなく近いゲームだが、それは脳へ直接信号を送る事による視聴的な感覚であり、プレイヤーの考えがキャラクターに影響を与えるような機能では無い筈で、それを製作者が意図的に変える事は容易ではなく、変える度に大規模なソフトアップデートが必要になる。
キャラクターのリシタニアが仲間に入った時点で異変に気付いてはいたが、今回のトレントの会話で間違いなくリレイズの世界は、視聴覚的以外の部分も現実世界に近づいて来ている事に上杉は感じつつあった。
続けて鮫島は移動疎外系の従者『ハティ』とも契約を結び、予定した日までに計画どおりの従者と契約し、川上達から討伐準備完了の連絡を貰い三人はイスバールへ戻る。
鮫島のレベルもある程度上がった事で全ての準備が完了し、サイレンスはケルベロス討伐へ向けミリス大陸へ潜入する。
メンバーが意気揚々と出発する中、上杉一人が浮かない顔をしている。
この世界の不気味な変化が気になって仕方が無く、その傾向は未だに行方不明の鮫島 春樹が失踪した時から起きている事に、上杉は一つの大きな不安が心に浮び消えないでいる。
以前から川上も不安を抱き、今回の遠征で上杉も同様にその問題に不安を感じる、リレイズ内ではリレイザーと共に問題視されているが表に出ていない問題。
『バウンダリー(境界)の破壊』。