第九話 新生サイレンス
2015/12/16 文構成を修正実施
今は、現代で言う週末の19時頃。
ゲームの世界の時の進みも同様の為日もすっかり暮れ空の色も、暗闇の薄黒い色が辺りを覆い尽くしている。
イスバールの住民区の一角にあるサイレンスのアジトは、いつもの三人以外にもメンバーが募っている。
上杉が連れて来た鮫島は、先に来ていた清水と既に話をしていて自己紹介は済ませてある。
その後に来た川上達のメンバーは異様な雰囲気で、紺のローブを纏う謎の人物を背負ったボロボロの川上と、露出ギリギリの革の鎧を纏うブロンドへアー靡かせる長身な女性の姿に、まだ若い鮫島の目には刺激が強すぎたのか、頬を赤らめ他所を向いている。
「川上、お前の担いでいるのが新しい仲間なのか?」
「おお、まだ了承は取ってないがな」
「取ってないって、その姿だと力ずくで連れて来たのか!?」
「いや、コイツは小沢と言って、向こうから襲って来たんだよ。だけど能力は一品で、炎竜派の技を使う『魔法剣士』だ。まぁ、姫の力の方が圧倒的だったがな」
「姫って、こちらの?」
川上が手の平を差し出した先に佇む美しい女性は、先程の話に聞いた炎竜派を相手できるような感じには見えないが、リシタニアの体を纏う剣気のオーラの異様な雰囲気に、上杉の体に一瞬悪寒が走り去った。
「あ・・・姫、始めまして」
「そなたが上杉か。見た目からして全然強さは感じぬがな」
「確かに、大して強くはございませぬので」
「弱気なヤツだな」
「ははは・・・」
リシタニアの吐き捨てるようなセリフに、上杉はその威圧感にただ笑うしかなかった。
本題へ入る前に、まずは眠っている小沢が起きるのを待つ事にし、川上の部屋のベッドに移された眠っていた小沢は、暫くして静かに目を開いた。
「・・・」
「おお、気がついたか」
目を覚ました小沢の周りには、噂で聞く見覚えのある面々と、一人は知らない女性達に見つめられているのに気付く。
「・・・どうやら、強引に連れて来られたようだな」
「あのまま気絶していたら、雇った冒険者にやられる事になったぞ」
「それもまた、運命だ。・・・まぁ、どうせ死なないがな」
小沢の話に川上が答える様子を、部屋の壁に腕を組み背をもたれながら見ていたリシタニアは静かに口を開いた。
「そなたのしようとしている事は、私から見ればただの無駄足掻きにしか見えん。なぜなら、本当の力は民を守る為にあり、それを侵す悪に対し使うもの。暴力で押さえつける力など、独裁的な発想でしかないからだ」
「『美しき暴君』から発せられる言葉とは、思えない発想ですね・・・」
「私は、戦場へ赴くには若すぎたのだ。己の感情もコントロール出来ない人間が、あの戦場を体験すれば目の前で繰り広げられる景色が、善であると思うのは至極当然だ。だが、そなたは全うな知識を持つ有識者であり、己の思想で行動している。ならば、その先の未来も予想出来ない程のボンクラではあるまい」
清水と出会ってから明らかに変わったリシタニアは、自身の今までの失敗を語るかのようにベッドに横たわる小沢に話しかける。
その時のリシタニアは暴君と言われた人物には相応しくなく、その表情はまるで自分の子をあやす母親のような表情をしていた。
「彼女はアイリス家の女児として生まれた為、戦争と言う遊び場へ放り出された数奇な運命を歩んでいたの。戦争と言う環境しか知らない彼女にとって、殺戮は生きていく為に必要であって、決して悪ではなかった。周りから見れば曲がった思想に見えるけど、それは彼女にとって当たり前の事であって思想でもあったの。恐らくそれは、現代を生きる私達には理解し難いから、この世界に染まりつつある小沢の思想も、この世界に生きる姫にしか分からない」
「う、美しい・・・」
清水はリシタニアの過去を話し、彼の闇を理解出来るのは、戦国乱世の時代を生きるリシタニアにしか理解出来ないと清水は感じていて、川上は相変わらずリシタニアの美貌に惹かれていると共に、部屋に居た全員は身動きもせず二人の会話に耳を傾けていた。
「私の見える未来は、戦争の無い平和だ。それ以外は見えていない。」
「制圧された国が、大人しくしている訳が無いのはそなたも分かっている筈。そなたが闇奉行としてアイリス教を語っているのであればアイリスの教えも知っておろう。『神は民の為にあり、神は民以上の存在を作らず』と」
アイリスの教えは、神と言う絶対的な存在を否定しないが、それは幻想の人物であり、それを祭る人間の存在こそが神の存在意義だと唱え、そして神は人間以上の存在を作っておらず、人間は皆、平等な生き物だと謡っている。
それは、罪や権利に対しても平等を意味していて、アイリスの教えでは、あだ討ちを正当化している為、それは戦争とも繋がり、制圧されれば必ず権利を取り戻す為に戦争を起こす。
アイリスの教えを乞う国は決して戦略へ走らないが、己の陣地を汚す者は一切許さずアイリスがイスバールを嫌う理由は、過去の戦争で侵略を受けた事によるものだ。
「民以上の存在はいない、この世界は皆平等だ。平和の為に戦争を仕掛ければ、必ず戦争で帰って来る。それは、この世界の大陸の国名が制圧した王国の名前になる事が証明している。そなたの語る理想は、この世界では通じない。この世界は、戦争と言う歴史で築き上げられた歴史なのだから。」
キャラクターであるからこそ分かるリシタニアが語るこの世界の現状は、製作者側でインプットされた記憶であったとしても、それを受け入れ生きている覚悟を感じる。
その場に居た人間も、その事は重々承知だ。
いくらリアルに近い世界とは言え結局は人が作り上げた幻想の世界で、キャラクターやストーリーは全て製作者が意図的に作り出したプログラムに過ぎない。
だが、目の前でプレイヤーを諭すゲーム内のキャラクターは、清水に会った事で芽生えた感受性を存分に発揮し、まるで現実世界に生きる人間かのように目の前のプレイヤーに語り掛けている。
この現状を見た川上は、清水が話していた『人格を直せるか』のクエストの結果で、リシタニアは暴君から知将に変わったのでないかという事で納得していた。
「私はサイレンスに入り、己の理想を探してみる。そなたも、仲間と言うコミュニティーを持ち、自身の理想を探してみるのも悪くないと思うぞ。私は清水の話しか聞いていないが、残りの二人からも感じ取れるのは、そなたと同じ目的を持っている事は理解出来る」
横たわっていた小沢は、体をゆっくりと起こし目の前の壁に目をやり、暫くの沈黙の後ゆっくりと口を開いた。
「・・・面白い。姫の話に乗ってみようじゃないか」
その表情は川上が初めて会った時と変化はなかったが、唯一変わった所は、それを発した口元が僅かに緩んでいた事だった。
「これで六人、ようやくムルティプルパーティーの完成だ」
小沢の横にいた川上が、彼の同意を待っていたかのように声を上げた。
気絶していた為、本人から改めて自己紹介をして貰う。
名前は、小沢 進。
職業は『魔法剣士』で、元は魔術士からの転職組で火炎系の術を得意とし、魔法剣士になった後も炎竜派で修行を積み、火炎系の魔法剣術をマスターしたそうだ。
ただ魔術士からの転職の為、体力が足りず攻撃力に難があり『師』の称号を貰えずにいが、小沢の実力とすれば、力は清水以上で魔法も使える為、戦いではかなり重宝する人物には間違いない。
だが問題が無い訳ではなく、先程の体力の問題と合わせて本人の自身過剰な性格も、作戦部隊として動くパーティーとしては結構な問題になりそうだったが、その点はリシタニアの言う事であれば渋々応じるので均衡は取れそうだが、あの姫様に逆らう者は居ないのも事実だ。
「・・・で、お前は完全な素人だな」
自己紹介を終えた小沢が、鮫島を見つめる。
リレイズには相手のステータスを見る事は出来ないが、仲間集めの基準や相手の力量を見た目で確認出来るように、ある程度のレベルに達したりクエストをクリアすると、その冒険者にオーラが宿り、高レベルの冒険者が見ればその凄みが分かるようになっている。
当然、ゲームを始めて日の浅い鮫島にはそのオーラは無く、小沢はそれを見て彼女が低レベルプレイヤーだと理解し質問した小沢に上杉は即座に話す。
「皆にまだ話していなかったけど、鮫島に思い当たる事はないか?」
「鮫島に?」
「・・・あ、まさか鮫島 春樹!?」
「はい、私は鮫島 春樹の娘です」
上杉が問いかける鮫島の名前に首を傾げた川上に対し、清水は鮫島 春樹の名を思い出し、鮫島は自身が鮫島 春樹の娘だと切り出した。
「で、その鮫島と言う者がどうだと言うのだ」
「説明します。皆は既に知っていると思いますが、鮫島 春樹は、このゲームの製作者であって、このクエスト配布先のテック社社長です」
「・・・ゲイムセイサクシャ?」
「あ、・・・姫には詳細も説明します。簡単に言うと、この世界を作った『神』でクエストを配布した人物です」
「何!?神が今回のクエストを!?」
「あ、ちょっと説明が過ぎました・・・。神とは、・・・そう!テック社は、神と拝められる程の商人でございます」
「なるほど・・・、クエスト配布先の商人の名か。で、その者がどうだと言うのだ」
ゲーム内のキャラクターと言う事で、ソフト側の話など知らないリシタニアに、上杉は必死に理解して貰えるように言い方を変え説明し、その説明にリシタニアもようやく納得の行く表情を示す。
「鮫島 春樹は、娘にこの世界への招待状を出していて、今の姿は鮫島 春樹によって設定された冒険者です」
「娘に与えたIDにしては、随分弱くて難しい冒険者を与えてるな」
「最初は俺もそう思いました。しかし、彼女のステータスバイブルのメモ機能に、従者の居場所から特性まで事細かに記載されていて、彼女の力量に合わせて、いつでも取得出来るように出来ているのです。・・・そして、今回のクエストであるケルベロスの居場所も書いてあります」
「何!?」
「まじでぇ!?」
「本当かよ!?」
「・・・」
上杉の話した衝撃の事実に、他の四人は驚きのあまり同じような表現しか出来ず、唯一話についていけていないリシタニアだけ蚊帳の外の雰囲気でその様子を見ている。
「鮫島 春樹は、ケルベロス討伐に関して以前から、娘がこの世界に来る事を予測しアカウントを作成して、ケルベロスの居場所を教える事で、他の仲間が捜索している間、彼女をこの世界に慣れさせ実力をつけ、一緒に討伐させようと鮫島 春樹は考えている」
「しかし、何の為に・・・」
「それは分からないけど、彼女が仲間になれば、一番乗りでケルベロスへ辿り着けるのは間違いない。鮫島 春樹は、娘に何かをさせたかったとしか考えられないんだ。そこで最初は、二手に分かれてクエスト討伐をしたいと思っているんだ」
上杉の考えは、上杉と鮫島で従者を探しながらレベルを上げ、残りの四人で、ケルベロスの場所を突きとめ討伐の準備をした後に合流し、六人でケルベロスへ向かう計画だ。
「鮫島さんが一番レベルが低く、戦闘も慣れていないのだからしょうがない。その方法が一番近道かも知れないな」
「私は戦いの方が好きだから、討伐へ向かうぞ」
「じゃぁ、俺と姫と小沢で先に討伐の準備を進めるよ。そっちに戦闘系が居ないのは不安だから、清水はそっちへついて行ってくれ」
「はいよぉ。」
川上は上杉の案を受け入れ、リシタニアと小沢とでケルベロス討伐の準備をし、清水には二人の護衛へ回って貰うように指示をすると、いつもの調子で清水は返事をする。
「それでは姫、私達は討伐に向かう事に致します」
「フン!、そなたはまだ男として信用しておらん」
「姫、そのサーベルは御仕舞いになって下さい・・・」
「・・・お前、馬鹿だな」
川上が即座にリシタニアへ手を差し伸べようとすると同時に、目の前へ差し出されたサーベルに全身から冷や汗を出しながら空笑いをするとその横で、小沢が呆れた表情で呟いた。
「では姫、私達は一旦ログアウトしますので明日夕刻から作戦を実行します」
「わかった。それまで、私はこの部屋に居てもいいのか?」
「ええ、なんでしたら私の部屋でも・・・」
「そなたはやはり、一度死んだ方が良いかもな」
「いえいえ、滅相もありません・・・。で、小沢はどうすんだ?」
「私はこのまま残る。なんなら、姫と情報収集にでも行ってこようか?」
「小沢さんって、本職は?」
「ああ、私は大学院生で既にテスト休みだ。だから問題ない」
「じゃぁ、明日の夕方までに戻って来てくれれば」
「わかった」
「あー!!、俺除け者じゃん!」
「だったら、お前も来ればいいだろ?」
「クッソー!これだから学生ってヤツは」
自身の冗談をほぼ本気で答えるリシタニアから必死に逃げる為に川上は小沢に今後の予定を聞くと、小沢はこの世界に残りリシタニアと二人での先行捜索の案を出すと、渋い顔の川上以外はその意見に賛成した。
四人は、その場でログアウトし、リシタニアと小沢は引き続き討伐準備を行なう為、鮫島のステータスバイブルに記載されている場所の確認を行なう。
ログアウトに関して、リシタニアは一切の疑問を抱かない所は、さすがゲーム仕様といった所だ。
翌日、校舎の屋上で寝そべる上杉の姿がある。
教室の休み時間はリレイズの話で持ちきりで、ケルベロスの情報を得ようと上杉に話しかけてくるクラスメイトに嫌気が差し、いつもこの場へ逃げ込んで一人時間をやり過ごしている。
「上杉君」
ここに居る事を知っている唯一の人物。
それは、クラスで秀才と呼ばれる女性で、今はサイレンスのメンバーでもある鮫島だ。
「・・・ここへ来ると変な噂、立てられるぞ」
「父がしている事は、ゲームの世界で多大な影響を与えている。そう考えてたら、昨日は眠れなくて・・・」
「影響?」
「昨日の話だと、ケルベロスの居場所は他の冒険者では簡単に見つけにくいのでしょ。それを父が仕向けているのなら、私は何かを変える存在になるのではないかって。」
寝そべる上杉の横でスカートの裾をひざ裏に挟み座り込むその姿に、ちょっとスカートの中身が見えないかと不順な気持ちもありながら、上杉は彼女の方へ寝返りを打つ。
「姫はゲームキャラクターだから、その思想は製作者の意図した事とは分かります。だけど、小沢さんは現実世界を生きる人間なのに、自身の思想の為に平然と人を殺し戦争を仕掛けようとしていた」
「まぁ、それがリレイズが抱える表に出ない闇の問題だからね。ゲームなんて、今じゃ人と連携してやっているけど、実際はRPGなんて己の欲望を満たす為の手段の一つで、それは、ROMカセット時代から変わっていないよ」
上杉にだって、このゲームをするに当たって理想を持っていて、それがヴィショップという職業であり、自身もその職業に誇りを持っている。
だがら小沢の考える思想も理解出来るし、同じゲームを選んだ以上、その思想は己の中にもある筈だ。
しかし、ゲーム経験の無い鮫島から見たそれは異様な光景に見え、力を持ちすぎたプレイヤー達の思想がぶつかり合うその世界に、いつ均衡が崩れ爆発しかねない危うさを感じている。
その感覚は、リレイズの裏の問題である現実世界とゲームの世界との境界の欠落『バウンダリー(境界)の破壊』を意味し、それに気付いているプレイヤーは少ないが、確実にその闇は侵食しつつあり、ゲーム経験の無い鮫島は、その違和感をすぐ感じ取る事が出来た。
「だけど、姫も話してたでしょ。有職者であれば理解出来る筈だって。俺達はゲーム内のキャラクターじゃなく己の考えでこのゲームを選びプレイしているから、改める事も出来る。俺からしたら、姫様の変わり様の方が驚きだよ」
「父は不安定な世界に私を送り、何を考えているのだろう」
「直接聞いてみたらいいじゃないか?」
「それが・・・。父は先日、社内の人間も知らない内にリレイズにログインして戻って来てないの」
「鮫島 春樹が!?」
「父がログインを持っている事も誰も知らなくて・・・。会議に出席して来ない事に気付いた関係者が、別室でヘッドマウントディスプレイを装着した父を発見したの」
上杉の切り出した話に、神妙な表情で鮫島は答える。
彼女が初めてログインした同じ日、鮫島 春樹もリレイズにログインしていて、それ以来現実世界に戻って来ていない。
ケルベロスのクエスト等、運営面は既に他の人間に任せていて表上は問題無い為、テック社はあえて公表はせず身内で捜索すると話した。
「従者を探す時に一緒に探して、鮫島 春樹から真意を聞けばいいんじゃない」
「・・・うん、そうね」
上杉の話に、少し寂しそうな表情で鮫島は頷いた。
数日後、上杉達はリレイズにログインし、ついに新生リレイズがケルベロス討伐に向け動き出した。




