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サイバー・バウンダリー  作者: りょーじぃ
第一章 リレイズの世界
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第八話 闇奉行

2015/12/16 文構成を修正実施

 アイリス城の城下町で清水と別れた川上は、入門時に被っていたローブのフードを再び顔に覆わせ、城までの直線の道の左右にある商業区を目立たない様にする為に、小さな歩幅で歩いている。


 街には既に多くの冒険者が訪れケルベロスに関する情報を収集しているらしく、町の情報屋に話を聞く度今更感な表情をされる。


 今回のクエストの条件であるムルティプルメンバーはサイレンスが最も不得意とするクエストで、元々自由人のコミュニティー感覚な集まりの三人にさらに追加して六人で戦うムルティプルパーティーは合わず、今まで数回経験したが、即席で組んだパーティーで挑んだクエストでは半数が死亡するなど結果は散々だった。


 その時に参加させたメンバーがリレイザーで、技術は申し分なかったが性格に難のあったメンバーと話し合う時間が足りず、それがあの時の全滅の原因だと三人は考えていて、それ以来川上はムルティプルパーティーは組んでいない。


 ゲームの世界に入り浸るような人物は大体がプライドが高く、己の判断が正しいと自負する傾向が強く、リレイザーとしてゲームの世界に住み続ける自信から

即席パーティーを組む際は、互いの意見の相違で険悪になる事が多い。


 今回のクエストは川上達の最も嫌うムルティプルパーティーだが、クエスト配布者があのテック社となれば話は別で、川上はノルマである一人のメンバーのスカウトも情報収集の合間も常に探しているが、緊急の為とは言えリレイザーを仲間にするのも抵抗が残り川上は、町で見かけた冒険者に話しかける事に躊躇していた。


「ダンナ、今日の夜は気を付けた方がいいぜ」


 川上は、町で会った一人の情報屋と話をした際にそう言われた。


「どういう事だ?」

「噂では、今夜この商業区のアザレラの所で、あだ討ちがあるって話で、もしかすると『闇奉行』も出て来るらしいんだよ」

「闇奉行?」

「商業区で悪事を働く悪人に裁きを下す、あだ討ち人みたいな者で、表では裁けない人間を闇に乗じて斬る、よく言う仕事人って感じな人よ」

「ふーん・・・でっ、そいつは冒険者なの?」

「あっしも見た事はないんだが、噂では冒険者らしく、この世に住み着いているリレイザーだって話だよ。まぁそれ程腕が立つんだから、別の仕事で稼いでいるんだろうけどよ」

「ゲームの世界の仕事人ねぇ・・・」


 現在清水が行っているクエストのようなゲーム内のキャラクターが参加するクエストは多々存在するので、悪事を働く商人に裁きを下すクエストもあるが、そういったクエストは余り儲けには繋がらず、正義の見方気分の面白半分でやっているプレイヤーしかいない。


 だが、この商業区のアザレラと言えば結構な規模の戦力を持つ商人で、クエストの報酬から考えればリスクが大きいので、普通受けるに値しない相手だが、今回そのクエストを受けたプレイヤーが居る事に川上は興味を持ち、アザレラの家へ潜入する事を決めた。


 日中の情報収集の成果は特に無く、唯一分かった事は我々サイレンスがかなり出遅れている事で、村雨率いるエスタークは、既にこのアイリスを出てこの大陸の南にある『ラムダ王国』へ向かっているとの事だ。


 そしてもう一つ大きい出来事は、清水が連れて来たメンバーが、アイリス国王の娘だと言う事で、会うのは週末だが、ゲーム内のキャラクターとメンバーを組むなんて正直考えてもなかった事なので、清水の変化球的な仲間に川上はただ驚くしかなく、パーティー参加の条件などは明日以降で調べる事になっている。


 上杉も召喚士のメンバーを連れて来たとの事で、川上だけまだ見つかっていない状況に少し焦りはありその話を聞いて、今夜も仕事するべきか悩んだが、やっぱり現代の桃太郎侍を見たいと思った川上は興味深々でその場を見学したいと思っていた。


 アザレラの住居は、さすが商業区でトップに入るだけある住民区に建つその建屋は、城壁とは言うには小さいが四方を壁に囲み、正面からしか進入出来ない作りになっていて、城砦としての体も成していた。


 盗賊シーフの能力を駆使し小高い城壁を難なく乗り越えると、内部の庭園には、アザレアが雇ったのであろう多くのリレイザーらしき冒険者が、己の武器を磨いて戦闘準備を行なっている。

 この場合は間違いなく冒険者は商人側の仕事をした方が報酬も高いが、相手が同じ冒険者となると、互いの殺し合いに抵抗を感じ大体の冒険者は、この種のクエストには参加しない。


 そう言った人間的な思想に狂いが生じ、人殺しも許容する者こそ、ゲームの中で住み続けるプレイヤー『リレイザー』であり、彼らはここで生活する為に必要な金の為なら何でもする。

 それが例え、同じ冒険者であるプレイヤーをを殺める事になっても。


 ゲームの世界での死ぬ間際の痛みなどは、リアルに近いと言われるが、実際は二日間ログイン出来ないペナルティーを払えば問題なく復活できるので、この世界の死は現実世界に比べ軽く思われがちだが、川上は例え戦争でも人を殺すという行為は、現実世界での自分の思想に影響を及ぼすと恐れていて、元々戦闘には向かない職業という事もあったが、川上は清水も上杉も参加経験のある国同士の戦争に参加した事は無く、ゲームの世界はモンスターと未知との冒険の出会いと考える川上には、彼らリレイザーの思想に険悪感を抱いていた。


「ヤツが来たぞ!」

「準備しろ!!」


 庭園内が俄かに騒がしくなり、入り口に居た冒険者が内部に居た冒険者達に、大声で何かを伝えている。


 その時、正面の門が突如大爆発を起こし、その爆風で正面にいた数人の冒険者は吹き飛ばされた。


「てめぇが『闇奉行』だな!?」


 爆風の煙の中から現れたのは、川上の想像していた人物と違い紺色のローブに同色の帽子をかぶった魔法使い風の冒険者が、爆風の強風にローブを靡かせ、立ちはだかっていた。


「普通、こういう時って侍か剣士じゃないのかよ・・・」


 ちょっと突っ込みを入れつつその戦況を見つめていると、その魔法使いは数十人は居たであろう冒険者を手の平から発した爆風で蹴散らして行き、手から発せられる光を見るに、その魔法は閃光系だと川上は推測したが、魔法使いはその魔法をマシンガンのように連射している。


 リレイズでの魔法は詠唱時間が必ず発生し、一度放った魔法を即座に発生させる事は理論上不可能だが、目の前で次々に繰り出す魔法使いの魔法は切れ目無く発生していて、それを可能にするには無詠唱しかなく、川上は無詠唱の魔法の存在は聞いた事が無いが、少なくとも目の前の魔法使いを見る限りその可能性しか思い浮かばなかった。


 やがて、庭園にいた全ての冒険者がその爆風に消し飛んだ後、魔法使いは再び歩みを進めアザレアの居る室内へ入る。


「ひゃぁぁ!お、お助けを!」

「・・・私は貴様に恨みはない。だが、アイリス教の教えに逆らい己の利益の為に、罪のない者達を窮地へ追い込んだ罪は大きい」


 静かな口調だが、言葉の一つ一つは重りが吊ってあるかのように心に恐怖を響かせ、話し終えた魔法使いは、静かに右手をアザレアの額に向けると、その手から瞬時に発生した光がその先にあるアザレアの額を包むと、光はアザレアと共に彼方方向へ飛び去り、その場には首の無いアザレアのみが残された。


「・・・お前も、アイツに雇われた冒険者か?」


 川上の存在を知った魔法使いは、首の無いアザレアを見つめながら質問する。

 その鋭い目は、己の邪魔をする者でれば何者でも許さない覚悟と殺意で、川上は一瞬金縛りのような身動きの取れない感覚に襲われる。


 先程アザレアの命を容赦なく奪った時と同様に、魔法使いは右手を壁の上に居る川上へ向ける。

 川上は、掛かっている金縛りを解こうと必死にもがき、やがてその呪縛が解かれたように体の自由を取り戻すと身の危険を感じ、その俊敏さを生かして即座にその場から離れる。


 魔法使いが放った閃光を間一髪かわすが、詠唱時間の感覚も無く即座に次の閃光が移動した場所へ襲い掛かる。


「待ってくれ!俺は雇われた冒険者じゃない」


川上の言葉に疑いを感じなかったのか、魔法使いは連続で放っていた閃光を止める。


「・・・確かに、お前は単身だしな。話だけは聞こうか」


 魔法使いは、別行動を取っていた事と見た目で分かる盗賊シーフの職業柄で川上の言い分に一理の理解を示し、攻撃を止め壁から飛び降りて来る川上を待つ。

 川上が魔法使いの居る場所に降り立ち、その顔が明かりに照らされ表情が見えると、魔法使いは先程と違い意外な人物の登場に少しの驚きを見せていた。


「・・・お前、サイレンスの川上か」

「おお、俺の名前を知るのかい?おれも結構有名人なのかい?」

「私も日本人だからな、アステル社のクエストを取れば大体の人間に顔は割れるだろう。まぁ、それ程の有名人じゃリレイザーと一緒に仕事なんてしないだろうからアイツらに仲間でないのは間違いないな」


 前回のクエスト制覇の余波は、日本人ユーザなら知らない人間は居ない程有名になったらしくその魔法使いは川上の顔を知っていた。


「私の名は小沢、職業は『魔法剣士』」

「なるほど、あの連続魔法は『魔法剣』って訳だ」

「お前、それを何故知っている?」

「だって、魔法剣士と言えば剣に魔法を込められる能力を持つ者で、お前は恐らく魔術師からの転職組だろうから、前職で培った魔法力を駆使すれば、魔法を武器に込められるこの職業で魔法道具を作るのも簡単だ。」

「私の装備で、そこまで推測したのか」

「いや、ローブの中から一瞬見えた武器と体付きで判断できた。いくら剣士に転職しても前の体系は変わらないから、その腕の細さは元は魔法職だからだろ」

「さすがは、サイレンスの情報屋だ。洞察力は大した物だ」


 小沢の職業である『魔法剣士』は、己の武器に魔法を込め攻撃できる職業で、魔法による攻撃力増加や属性攻撃など幅広い戦闘に役に立つ職業だ。


 しかし、魔法を習得する手間と戦士としてのトレーニングが必要になり、キャラを育てるまでに時間が掛かるので、この職業を選ぶプレイヤーは、真面目か勤勉家が多い。

 小沢の場合は、魔術師である程度の力をつけてから転職したので、それであれば最初から魔法力も多いので、トレーニング次第では連続魔法も使える剣士として前衛で戦えるようになり、今回の戦闘のように、一人で大勢の敵を相手する事も可能だ。


 だが川上は、小沢の放った連続魔法に関しては正直理解が出来ていなかった。

 小手やアイテムに魔法を宿らせ使う方法も考えたが、それでは手を差し出しただけであれ程の連続攻撃は不可能で、アイテムだけでは到底説明のつかない原理だった。


「だけど連続詠唱は、さすがの川上でも理解出来ていないみたいだな」

「やっぱり、そこは分かってたか」

「職業の判別は詳しく説明したけど、装備やアイテムに関してはかなり簡略されていたし、それにこの技は私独自の研究で開発したものだからな」


 小沢の話によると、連続詠唱のカラクリは独自で開発したとの事で、川上の想像していた専用の武器や無詠唱とは違う部類のものらしい。


「・・・なぜ、お前程のプレイヤーが、あだ討ちなんてしているんだ」


 主が居なくなり静まり返った庭園を背にこの場を去ろうとしていた小沢に、川上はその行動を阻止するかのように話しかけ、その呼びかけに歩みを止めた小沢は背中を向けたまま話し始める。


「金と権力が有る者は、何をしてもいいこの世界は現実と比べて理不尽さ極まりない。金を持つ者に、リレイザーは逆らわないから、こういった人間の行為がまかり通ってしまうこの世の中をアイリス教を謡い、正しい方向へ導いているだけだ」

「なぜ、俺を見逃す。この世界に生きている全ての冒険者はリレイザー同様、理不尽な行動をしていないと言い切れる人間はそうは居ない筈」

「・・・だろうな。現に、私も今のように平然と人を殺した。やっている事は理不尽的な行動だ。リレイザー達は、二日もすればまたログイン出来るが、アザレアはゲーム上のキャラクターだからもう二度と生き返る事は出来ない。この行為がゲームの歴史を変えてしまっている可能性もあるが、私は現実世界の平和は嫌いではない。民主主義と謡いながら、単独政党の独裁政治な現状で国民は蚊帳の外だが、直接国民には被害の少なく傷つきもしない立派な平和だと思っている。だが、この世界の平和は同じ独裁政治でも、他国を攻め国民を平然と殺す戦争と言う名の血生臭い平和だ。ならば、枠に囚われない冒険者が理想の世の中に作り上げればいい。例え今は小さな行動でも、いずれか大物に辿り着ければこの世を変える事は出来る」


 小沢は己の理想の世界を実現する為に、商業区なのどで噂になる悪事を片付け、アイリス国の内部から世を正そうと考えている。


 ゲームの世界は戦国乱世の世界、これはどのゲームを取っても同じで、それがなければゲームとしての醍醐味が無くなってしまう。

 しかし、脳を介して直接ゲームの世界へ誘うリレイズでは、目の前で起こるリアルな惨劇に心が耐えられずゲームを辞めてしまうプレイヤーも存在する程、リレイズの世界は己の思想さえも変えてしまう可能性があるリアルに近い世界を体験しているので、こうした自身の思想を実現しようするプレイヤーも現れる事に、同じようにゲーム内での思想を持つ川上には驚きもしない事実であった。


「だけど、悪を倒せば別の悪は必ず出て来るし、逆にお前が悪を減らす事で圧倒数の減った悪は更に増大して強大な悪に変わる可能性もあるんじゃないか。ましてや、ここはゲームの世界だ。運営は、この主の居なくなった家に再び商人を配置する筈で、その商人が決して善だと言う保証はない」


 川上の言葉に、背中を向けていた小沢はその体をゆっくり川上に向ける。


「お前の思想はよく分かった。だが、これも私の思想で、この世界で実現可能であれば実現させたい。私は、このアイリス国から世界を変えるつもりだ」


 話し終えた小沢は、再び川上に背中を向け入り口の門から去って行った。


 その去り行く背中に掛ける言葉が見当たらないまま小沢の去り際を見ていた川上も、明日からの仕事に合わせる為心にムカムカを残し、そのままログアウトする事にした。


 翌日、川上は今だにあの時言われた小沢の言葉を忘れられずにいた。


 リアル過ぎるゲームの世界は、現実とゲームの堺の判断が麻痺し彼のように、己の思想を叶えようとするプレイヤーが出て来ている問題は、リレイザーのように表沙汰の社会問題にはなっていないが、ゲーム内では間違いなく大きな問題で、今は規模は小さいが将来王国を飲み込み、一つの国家を作り上げる可能性もある。


 リレイザーは己の利益の為に動くだけで、依頼が無い限り自身で行動する事はなく、言わば現実世界と同じで働き生活するプレイヤーだ。

 だが、小沢のような己の思想を実現する為に動く人間は目先の利益ではない為、いずれなにか大きな事をするのではないか、盗賊シーフとして各地で情報を仕入れている川上にはそんな気がしてならかった。


 アシンメトリーの電脳に犯されたプレイヤー達は、確実にその『バウンダリー(境界)』を破壊しつつあると。


 それは共通通貨システム等の現実世界と等しくしようとするシステムの影響もあって、そう言った者達の暴走が、ゲームの世界のみで留められない可能性があると川上は考えている。


 その夜川上は普通平日はログインしない事が多いのだが、昨夜の件が気になりその夜は再びリレイズの世界に入っていた。


 昨日ログアウトしたアイリス王国から商業区を目指し夜奉行の情報を収集すると、さっそく今夜、闇奉行が出現するとの情報を得て、今回は出現場所に先回りし小沢が潜入するであろう場所で張り込む事にする。

 今回の屋敷はアザレアの屋敷同様、壁に囲まれた建屋なので、一ヶ所しかない入り口付近で待ち伏せれば会えると考え待つと、暫くして見覚えのある紺色のローブを纏った一人の冒険者が待ち構える川上の前に姿を現した。


「・・・何だ。今度は、敵として来たのか?」


 川上の真剣な表情に、小沢は敵として現れた可能性を示唆して川上に話しかけた。


「いや、俺ではお前に勝てないのは知っているだろ?話の続きがしたくて、お前が来るであろう場所で待っていた」

「話なら、ここを片付けてからでも良いだろう」

「どちらかと言うと、その件についてだ」

「それは昨日話したとおり、私の思想とお前の思想が合わなかった事で話が着いている筈だ」

「お前が話した平和は、人を殺して成り立つ平和じゃない筈だ。闇で人を殺したって、噂だけ広まるだけで何も変わらない。なら自ら表に立ち、話し合いで解決する道を選ぶ事が、お前の話す現代の平和に限りなく近いんじゃないか。今のお前は電脳に侵され現実とゲームの世界の堺がなくなりつつある」


 川上が小沢に感じている不安感は、境界を無くしてしまう人間を生み出してしまう事で、このまま彼の思想のまま進めればいずれこの世界に混乱が訪れる。

 争いでの解決は、また争いを生むだけだから。


「昨日も言ったが、お前と私の思想は根本から違う。お前はこの世界に現代の思想を持ち込もうとするが、私はその思想を実現するには不穏分子を全て除去する考えだ。ならば、私が進める事を黙って見ていて貰おうか!」


 小沢が片手を突き出すと、その手が光出し閃光となり放出され川上目掛けて襲い掛かるが、閃光は避ける暇も与えずに上村に直撃する。


 しかしその直後、当たる筈の光の閃光はまるで鏡に跳ね返されたように遥か上空へ消えて行き、川上の目の前にはブロンドの長髪の美女が立っていた。


「うちの領地で、何をやっているのだ」

「・・・リシタニア姫か」


 小沢は即座にリシタニアだと分かったのは、閃光魔法を弾き返した『魔封じの盾』は幼少の頃から戦闘に明け暮れた有名な剣豪が、敵の魔法を弾き返す為に使っていて、それを持つのは『美しき暴君』の名のリシタニアのみだからだ。


「姫、どうして此処へ?」

「清水から言われていてな。そなたの了承が下りないとパーティーに参加出来ないそうだから借りを作りに来たのだよ」

「それは、大変助かりました」


 清水の粋な計らいのお陰で一応は助かったが、目の前の魔法剣士に果たして魔法使い抜きのパーティーで倒せるか、リシタニアと小沢がにらみ合う後ろで川上は作戦を考え始めるが、リシタニアは盾の持たない片手に持つサーベルを前に構え一気に小沢へ詰め寄る。

 小沢は、向かってくるリシタニアの魔封じの盾を警戒してか、ローブの中にある剣を初めて抜き、向かってくるサーベルの刃先に己の剣先を交差させる。


「~ファイヤーボム~」


 剣が交わった瞬間、小沢は中級火炎魔法を詠唱しその炎を己の刀に宿らせると、剣は業火の炎に囲まれ、周りの温度を一気に上昇させ溶けるような熱風を発生させる。


 魔封じの盾も魔法剣を弾く事は出来ないので、リシタニアは交わる剣を弾き返し一旦距離を取ろうとするが、離れるリシタニアの後を小沢が炎を纏った剣を振り上げ追走する。


「『炎竜派奥義 火炎斬』!」

「アイツ、四大竜派の技を使うのか!」


 川上の叫んだ四大竜派とは各地にある剣術で、水・風・炎・土の竜派があり、それぞれが独特の剣技を持ち、ゲームの世界の戦士職の大体はその四大竜派の門下を叩き、各竜派には『師』と呼ばれる使い手がいて、エスタークの村雨は水竜派の使い手で、彼は水竜師の称号を持っている。


 戦士になってから日が浅い小沢は己の魔法を利用して、相当な修行が必要な剣気の練り出しを魔法で補い、魔法剣士の特性を使い炎竜派の技に変えている。


「『師』の称号はまだだが、いずれ称号を得れる程の威力だ!」

「・・・フン。『師』の称号を持たない、そなたの威力なら問題ないわ」

「何だと!」


 リシタニアの間合いに入り、振り上げた炎の剣を振り下ろす小沢に、リシタニアはあざ笑う表情で魔封じの縦をその場に落とし、両手で持ったサーベルで小沢の剣を止めに入る。


「無駄だ!その程度の剣では、お前もろ共ぶった切ってやる!」

「『風避の舞』」

「何!?」


 小沢の炎の剣がリシタニアのサーベルと重なった瞬間、リシタニアのサーベルから竜巻のような強風が現れ、その風は火炎斬の威力を飲み込むと、即座に渦が逆回転し目の前の小沢へ向かって行くようにその強風は小沢へ放たれる。

 強風に煽られた小沢は、瞬く間に空中へ飛ばされ屋敷の城壁へ強烈に叩き付けられた。


 両手で持ったサーベルを前に構えポーズを取りながら、小沢の行方を目で追うリシタニアの凛々しい姿に、川上は確かに聞こえる心臓が高鳴る音を感じながら見つめていた。


「いつ見ても、美しいサーベル裁きです。・・・でも、もしかして姫は」

「ああ、私は風竜派の『風竜師』の称号を持っているからな。剣の修行で、幼少の頃から通い詰めていたから当然であろう」

「姫は凄腕の持ち主でしたか。・・・そしてその美貌も・・・」


 意図も簡単に師の称号取れそうな事をリシタニアは話すが、ゲーム人口で一番多い戦闘系の職業の中で四大竜派の『師』の称号を持っている冒険者は数える程しかおらず、その称号を持つ者はその竜派の師範クラスに当たり、川上が知っている中でも村雨を入れて数人しか知らない程で、ましてや、キャラクターがその称号を持っているなんて情報屋の川上でさえも知りえない事実だった。

 ブロンドの髪を軽やかに揺らしながらサーベルを収める姿に、川上は目の前に立つ女神に近づこうとしたが、その女神から差し出されたのは白く美しい手ではなく銀に鈍く光る剣先だった。


「そなたに借りは作るが、まだ信用はしておらん」

「ははは・・・、そうですか・・・」


 両手を挙げ、敗戦のポーズを取る川上を見ると、リシタニアは突き出したサーベルを鞘に収め遥か向こう側に倒れる小沢を見つめる。


「アイツにとどめを刺すか?」

「いいえ、冒険者は殺しても復活しますし、俺の考えには合いません。アイツは争いの無い国を築く為に、自身で争いを始めようとしています」

「何だそれは?、言っている事が全く逆ではないか」

「今の世界をリセットして作り直そうとしている、と言えばいいのでしょうか。戦国乱世の世界で、その戦力を全て剥ぎ取ろうとしているのです」

「そんな事、無理な話だ」

「だと思います。ただ、その先の世界は俺も賛同する世界ではあります」


 岩壁に激しく激突した事で気絶している小沢の前に立った川上は、その体を抱き起こし担ぎ上げる。


「・・・それに、彼は大事なパーティーですから」

「何、そうなのか!?」

「あ、でもこれも俺の一存では決められませんので、一度戻って承認を得ないとですけど」

「そなたも、清水と同様の言葉を言うのだな。清水は、そなたの承認が必要だからと言うから助太刀したのに」

「まぁ、それがサイレンスと言うパーティーですので」


 川上とリシタニアは、気絶する小沢を担ぎイスバールへ戻る。

 これで、ムルティプルパーティーは揃って、いよいよ冒険が出来るかと思いきや、個性派メンバーのサイレンスに、さらに個性メンバーが追加されチームワークに関しては暫く苦労する事になる。


 暗闇が支配する世界に一筋の光が差し込んで来て三人が進む大地を明るく照らし出した早朝、イスバールの住民区のサイレンスのアジトへ辿り着いた。

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